青も虹も黒

先導ヒデ

帰り道(2/73)

学校を出てから、いつものように考え事をしながら自転車を漕ぐ。
 今日は先ほどの土方と白浜さんのことを考える。
 土方は自分のいる学年の「イケてる男子」だ。クラスや学年を盛り上げている、目立っている、注目されている、存在感を放っている人のことの「イケてる男子」と「イケてる女子」と呼んでいる。各クラスに40人中で5人から10人いる。
「イケてる男子」は基本的に、かっこいい、明るい、コミュニケーション能力がある、運動神経もしくはアーティスト的センスが学年のトップレベル、という人で構成している。
 特にコミュニケーション能力が重要で、他の要素はあまり高くなくてもコミュニケーション能力が高ければ「イケてる男子」に入れる。
 逆に、その他の要素が高くてもコミュニケーション能力のところで「イケてる男子」に入っていない人や入らない人がいる。
 コミュニケーション能力についての自分の判断基準は「自分が話していて楽しいか」と「聞き上手で自分が話し上手に思ってしまう」の二つである。
 自分は当然「イケてる男子」には入っていない。自分が「イケてる男子」と接する機会は少ないが、たまに話をする機会はある。
 「イケてる男子」と話をすると単純に楽しく、面白い。なぜこんなに面白い言葉が次々と湧き出てくるのだろうと思ってしまう。また、彼らは聞き上手だ。話を引き出すのがうまく、自分を気持ちよくしゃべらせてくれて後になって自分が話しやすくしてくれたのだと気づく。
 逆に「イケてる男子」とつるんでいても、自分と話した時にうまく話せない人は自分の中で「イケてる男子」の認定をしていない。
 そんな「イケてる男子」の1人が土方だ。土方は顔がカッコよく、運動神経がいい。ハンドボール部での動きや、体育祭でサッカーとバスケとリレーでの走りをみたが、間違いなく学年でもトップクラスの運動神経だと思う。
 土方とは一度だけ話したことがある。高校1年の四月の体育祭のリレーの時だ。幼馴染で1組サッカー部のソウジと同じ陸上部で三組の佐々木(ささき)と同じ区間で話しをしていた所に土方が来た。土方も同じ区間だった。
 明るく陽気な感じで、主にソウジと佐々木と土方の3人で話をしていた。それを見てコミュニケーションが高いという印象だったが、自分と土方も3往復ほど話をしたのだが、それでコミュニケーション能力が高いことが確信できた。
 それ以降はすれ違うこともほぼなく、自分は挨拶もしない関係になったが、文句なしで「イケてる男子」にいて、自分の中では「イケてる男子」のトップクラスの位置にいる。
 ちなみにソウジも佐々木も「イケてる男子」だ。基本的に「イケてる男子」は「イケてる女子」と交際をする。土方と白浜さんもそうだ。
 白浜さんは「イケてる女子」だ。
「イケてる女子」についても男子とほぼ同じ条件だが、女子の場合、コミュニケーション能力はあまり重視していない。
 可愛いさが一番重要で、「イケてる男子」と「イケてる女子」から嫌われていなければいい。
 男子も女子もコミュニケーション能力が高ければモテる。
 だが、男子の場合、コミュニケーション能力のあまり高くないイケメンはモテない。それに対して女子は、コミュニケーション能力があまり高くなくても可愛い女子はモテるというのが自分の人生の中で蓄積されているデータだ。
 よくドラマやアニメで根暗な男にクラスのマドンナ的な女子が告白するというのがあるが、自分の世界では未だに起きていない。いや、小学生の低学年の時にはそういう状況があった気もするが、中学生以降はまだない。
 白浜さんは自分の中では学年のトップ5に入る可愛さを持っている。おそらく他の人に「学年で可愛いと思う人を5人あげろ」と言われたら九割以上の人が入れると思う。
 白浜さんと話したことはないが、自分の見た印象と聞いた話では落ち着いたタイプだ。「イケてる女子」は「イケてる男子」とよく話をしているのを見るが、白浜さんはあまり見ない。廊下ですれ違ったりするときは、基本的に「イケてる女子」を問わず、バトミントン部の女子と一緒にいる印象だ。白浜さんと話したことはないが、白浜さんはどちらかというとあまりコミュニケーション能力の高い方ではない。
 だが、圧倒的に可愛い。さらにバトミントンもかなり強いということを聞いて知っている。可愛くて運動神経がいいタイプで、間違いなく「イケてる集団」の女子の中でトップクラスだ。
 そんなのトップクラスの土方と白浜さんの2人が手を繋いでいた。
  2人は四月末から付き合っている。二人は電車通学で、自分の部活帰りにも何回かすれ違ったり、反対の歩道を一緒に歩いているのを見ている。そして、いつからか手を繋いで帰るようになったのも知っている。
 しかし、今日は学校の敷地内から手を繋いでいた。
 白浜さんは学校内で手を繋いで歩くようなタイプではないと思っていたので驚いた。恐らく土方の方から提案をしたのだろうか。
 土方と白浜さん。
 組み合わせとしては釣り合っているように思える。土方は本当に凄くて一目置いている。しかし、何か心に引っ掛かるような、何か違うような気がしてならない。
 自分なんかがこんなふうに考えるのが申し訳なく、畏れ多く感じてきた。2人とは身分が違う。自分は学校で「普通のクラスメイトA」と「普通の生徒A」を演じていればいい。
 そんなことを考えながらいつものように自転車を走らせる。
 学校、競技場から1人で自転車を漕いで帰る時間が自分の心の安らぎの時間だ。学校と部活では「普通の生徒A」、家では「普通の家族A」を演じなくてはならない。精神は常に疲弊するのだが、もはや演じずに生きることはできない。
 高校1年の前半の方は部員と一緒に帰っていた。練習が終わってから荷物の場所でしばらく話をするのを待って一緒に帰った。
 だが、高1の夏休み明けくらいから、仲間を待たずに練習が終わったらすぐに1人で帰るようになった。
 最初は少し抵抗があったが、すぐに慣れた。
 中学まではコミュニティから逸脱することの恐怖があったが「中二の冬」に少し乗り越えた。今でも人から嫌われる恐怖、コミュニティや集団から逸脱する恐怖はある。
 この1人で帰る自転車での帰り道で心を休めるのだ。          
 自転車に乗りながら暗闇の中を光り輝く市街地を眺める。自分の家の周りは市街地よりも少し標高が高くなっており、市街地がよく見える。この景色を眺めながら、色々なことを考えながら自転車を走らせる時間が何よりの心の保養だ。
 演じる必要のない、仮面を外し、心の鎧を外すことのできる時間だ。
 しかし、今日はいつもよりも気分が良くない。原因は土方と白浜さんのことを考えての心のモヤモヤ感がある。毎日良いわけではなく、今日のような日もある。
家の前に着く。
 部屋の明かりが多くついており、気分がさらに落ち込む。
 これからいつもの苦しみの時間が始まる。いつもは帰り道で心を休めることができるのが今日はあまりできなかった。しかし、もう休憩は終わりだ。
「ただいまー。」
 心と体は無意識に、自然と「普通の家族A」を演じる。いつものように帰宅の挨拶をしながら玄関のドアを開ける。

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