青も虹も黒
11月の部活帰り (1/73)
 「えー、練習前にも言ったけど、期末テストが終わってこれから本格的に冬季練習に入っていきます。長距離は記録会に何回か出るけど、春の総体に向けてこの冬季の練習がとても大事なので故障には気をつけてやっていきましょう。あと、今日部活に来てないものが何人かいて、今まではあまり言ってこなかったけど、ちょっとあまりにも酷いのでちょっと対応を考えたいと思います。以上です。」
「ありがとうございます。えー、監督もおっしゃった通り、冬季練習が大切なので気を引き締めてやっていきましょう。それでは今日の練習を終わりにします。気をつけ、礼。」
「ありがとうございました。」
いつものように監督が話し、長距離ブロック長の鈴木(すずき)が最後に締めの挨拶をする。部活の顧問の先生のことを監督と呼んでいる。うちの高校の陸上部では始めの挨拶は全員でやるが、練習の終わりは各ブロックによって終わる時間が違うため、各ブロックに分かれてやっている。
監督を中心に円になっていたところから競技場のトラックに向かって一列になる。
「気をつけ、礼。」
「ありがとうございました。」
挨拶が終わり荷物の置いてある場所へ向かう。荷物は競技場の正面の壁際に学校ごとでまとめて置いている。学校が終わった後は主に、この競技場に来て部活を行う。自分の学校の他にも近くの学校が何校かここで練習をしている。
荷物を持ってそのまま帰る。服装は上下ウインドブレーカーだ。ウインドブレーカーの下には上半身が肌着と長袖Tシャツに薄いジャンパー、下はパンツと半ズボンを履いている。今は十一月末で寒いのでウインドブレーカーで帰っている。基本的に練習がジョグの日はこの格好で走ってこの格好のまま家に帰る。一応、長袖と肌着の着替えを持ってきてはいるが、汗でどうしても着替えたい時以外はめんどくさいので着替えない。
「お疲れー。」
「お疲れー。」
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。」
監督と部員に挨拶をしてから帰る。
競技場の外に停めてある自分の自転車に乗りいつものように家へ帰るが、今日は学校へお弁当箱を忘れたので取りに行かねばならない。
忘れ物をした自分に嫌悪感を抱きながら自転車を走らせる。今は期末テストが終わったばかりの十一月下旬ということでもう冬は始まっている。手袋とネックウォーマーをつけているが、それでも寒さを感じる。練習で暖まった体も冷たい空気によって冷えてきている。学校の近付くと、同じ高校の学生とすれ違うようになってきた。視界に入る学生に知り合いがいないか注意する。しっかりと対応をしなければならない。
制服を着ている者、私服を着ている者、ジャージを着ている者がとすれ違う。うちの学校は私服通学の学校だ。派手な服装でなければ自由な服装で通学することができる。自分の場合、夏はジャージの半袖半ズボン、夏は長袖長ズボンにウインドブレーカーだ。私服で来ると荷物が増えるし、着替えるのが面倒臭い。
「シュウー!お疲れー!」
びっくりして反射的に声の方向である反対の歩道の方を向く。考え事をしていて上の空で反対側の歩道の人まで意識をしていなかった。
「あ、お疲れ!」
自分と同じ二組で硬式テニス部の国分(こくぶ)だ。同じ学年の硬式テニス部の仲間と合計5人で帰っている。国分ともう1人がウインドブレーカーで、他の3人は私服だ。心臓が少しドキドキしてくる。
自分の名前は黒岡修二(くろおかしゅうじ)だ。そこそこの知り合い以上の関係の人からはシュウと呼ばれている。担任の先生と陸上部の監督からは「シュウジ」と呼ばれている。他の先生やあまり話さないクラスメイトからは「黒岡くん」や「黒岡さん」や「シュウジ君」と呼ばれている。
国分は電車で通学しておりこれから駅に向かうのだろう。国分とはたまに帰り道にすれ違う。
地図で見ると部活をやる陸上競技場は自分の通っている高校からはちょうど東にあり、距離は3kmほどだ。自分の家は学校からちょうど東に6kmほどの位置にあり、競技場と高校と家が一直線のようになっている。
そのため家に帰る際、高校を通るのが最短で高校から競技場方面へ帰る人たちとすれ違う。学校から最寄り駅へ行くには競技場方面への道をまっすぐ行き、途中で曲がる必要がある。そのため駅に行く人と部活帰りによくすれ違い、国分もその1人だ。
知り合いとすれ違う心の準備はいつもしているが、少し油断していた。そういう時に限って国分とすれ違ってしまう。
大丈夫だっただろうか。
上の空で反応が少しだけ遅れた。少しオロオロしてしまった。
変なやつだとは思われなかっただろうか。いつものように「普通の生徒A」を演じることができただろうか。
国分は「イケてる男子」だ。
 「イケてる男子」や「イケてる女子」と話す時は少し緊張する。学校や部活で嫌われる芽は一切排除しなければならない。特に「イケてる男子」や「イケてる女子」には精神を使う。
だが、彼らとうまく接することができた時はとても嬉しい。今日は80点くらいだった。
学校へ古典の教科書とノートを取りに戻る。学校へ戻ると、ちょうど部活が終わったような状況だった。グランドではサッカー部が整備を行い、体育館からはバスケ部が賑やかに出てくる。そして、各部室は明かりがついており、何人か部室から帰宅するような動きが見える。
学校の玄関の横に自転車を停める。時計を見ると18時20分だった。玄関が開いているか心配だったが開いている。先生や事務員が夜遅くまでいるのでどこかのドアは開いているが、できれば正面玄関を使いたい。
自分の教室は2階にある。暗くなっている廊下に少し興奮しながら教室へ向かう。教室に入り自分の引き出しから古典の教科書とノートを取り出す。少し安堵し、玄関まで小走りで向かう。
自転車のところに辿り着き、ようやく家へ帰ることができる。出入り口は北側と南側と東側にあるが、自分の家は西にあり、北側の出口から出て帰るのが一番近い。
北側の出口に向かって自転車を漕いでいると右側に男女が手を繋いで歩いている。暗くなっているが、学校の灯りのおかげで、人物ははっきりとわかった。
ハンドボール部で5組の土方(ひじかた)とバトミントン部で3組の白浜(しらはま)さんだ。土方は私服で、白浜さんは制服だ。
 2人の方を見ていると、向こうも自分の方を見てきた。顔が合いそうになり、すぐに顔を前に戻し自転車を漕いで2人の視界から消える。
 2人のことなど全く見ていなかったかのように、2人の意識の中に自分という存在が入り込まないように、2人が主役の青春ドラマの「普通の生徒A」を演じる。
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