男だけど魔法少女になれちゃった話。

カラメルラ

少年の雑談、少年の余談

 一般論として、隣で何の脈絡もなく唐突に倒れた友人が居れば、心配はするものだ。
 というか、友人でなくても普通に心配する。
 勿論言うまでもなく、人当たりが良く老若男女に好かれる聖人で有名な何故か僕の幼馴染みを担っている四月朔日わたぬき刕人りひとが心配しない訳はない。
 あいつは僕に限らず地球上の生物皆友達だと思っている様な節はあったりするのだが─それはともかく。
 僕がスマホを家に置いたまま家を飛び出し、その先の病院にて滑稽なまでに見事な暴走劇を繰り広げたのは昨日の話である。
 そう、家にスマホを置いたまま。
 …スマホが無いだけで何をと思うかもしれないが、連絡手段が無いというのは、意外に由々しき事態にるものなのだ。
 例えば、今の僕の様に。
 連絡手段さえあれば、僕は今こんな緊張感ある空気を吸うことは無かっただろう─そんなことはあると僕は信じてる。
 あの時僕は愛する姉さんに会いたくて必死だったのだから、致し方がない出来事であったと弁解しておく。
 スマホが手元に無かったのだから、何らかの連絡事項をスマホに送って来ても当然気付く筈はない。 
 そして更に言うならば、スマホが手元に無かったのは仕方ない状況の中での事だから、つまりそれは連絡出来なかったのも仕方ない事なのだ、うん。
 とまあ、いつの間にか思考が言い訳モードへと移行しつつあるのでこれ以上僕の覚悟が揺らがないよう、簡潔に結果から言うと。
 凄まじい量の着信履歴が入っていた。
 ほぼ一日中掛けられてたんじゃないかって位。
 幾ら下にスクロールしても、刕人の名前で埋っている…。
 想像していたより遥か上を行く心配度合いである。
 つくづく思う。何でここまで心配してくれるのだろうか。十中八九心配性なだけだろうが。
 僕を対象に入れているのが理解出来ない…そういうのは普通女の子とか、か弱い存在に向けるものな気がするぞ、僕は。
 強い存在はそこまで心配を向ける対象でもないだろう。
 僕はか弱くない。決して。
 …さて、軽く状況を振り返ってみたところ僕に非がある様にしか思えないが、覚悟して折り返しの電話を掛けるしか選択肢は無いのだろう…あいつは普段優しいくせにこういう時に限って厳しい奴なのだ。
 それも優しさだと思えばそれまでだし、実際そうだと思うけれど。
 とにかく僕は刕人に電話を掛けた。
 とにかく、とは言っても今は日曜日の朝。直ぐに出る訳もないから待ち時間で言い逃れ…間違えた、報告用の状況説明文を整理し、
 「おい霙!昨日出なかったのはどういう事なんだ?」
 「…………」
 うわぁ…ワンコールで出やがった…ひょっとして暇か?暇なのか?
 しかも開口一番でそれか…電話越しでもびりびり伝わってくる怒り…悪いのは僕なんだけどね。
 それより不味いぞ、まだ報告用の状況説明文が完成していない。
 「…ぇっとぉ…そのー、昨日はー…」
 「どうせ寝不足だったんだろ?急に寝やがって!」
 ………はぁ?
 予想外も予想外、計画外の返答に僕の口は暫く開いたまま塞がらなかった。
 刕人は何を言っているのだ?
 僕が、寝不足?
 …実は全くその通りであったりするのだけれど…前触れも無く倒れ伏す程深刻ではない。
 というか、それはもう寝不足の域ではないだろう。
 それは只の病気だ。
 「吃驚したんだからな?急に倒れたかと思ったら寝息たてて…うなされてたけど」
 そりゃあそうだろうな、あれだけ酷い目に遭ってればな。
 一つ確かになったのは…僕が寝ていたらしい事…?
 でもあれは夢なんかじゃあない…多分。
 あの気持ち悪さと痛みをこの僕の潜在意識が再現していたのであれば、人類は発熱した時だけは絶対に熟睡したくはないだろうな…悪夢なんて見てしまったらそれはもう一種の拷問である。
 地獄を見ることになると予測出来る。かなりの確率で。
 なんたって、僕の貧相な想像力でさえあれって事だぞ?
 「…全く、しっかりしてくれよ?家まで運ぶの苦労したんだから。ほんっとに昔から心配しかさせないよなあ、お前は。一緒に居て飽きねえよ」
 「そりゃ良かった。因みに良い意味で?悪い意味で?」
 「どっちもだ馬鹿」
 どっちもなのか。僕はこの約十六年間、良い意味で心配させた事なんて無かったと記憶しているが。
 …あれ?そもそも心配って良い意味では使わなくないか?
 そして僕は馬鹿ではない。
 失礼な奴だ。
 …運んでくれたらしい点については感謝するしかないけれど。
 「まあ、元気なら良しとしてやるかー!じゃあまた明日な」
 「おう、了解。また明日な…切るぞ」
 互いに少し笑い合った後、通話を終了させた。
 電話は掛けた方から切るのがマナーだ─ほら、僕は馬鹿ではないだろうふふん。
 「流石だね、そこまで流れる様な自画自賛が出来るなんて。尊敬しちゃうよ」
 僕が得意になっていると、気分をあからさまに害す声が背後から聞こえてきた。
 せっかくこいつの事を忘れる時間が取れたと言うのに。
 少しの間くらい忘れさせてくれよ。
 「…だから、僕の心を読むな」
 「仕方ない、勝手に聴こえてくるんだからさ。そう思うのであれば君も何らかの創意工夫を凝らしてみるのがマナー・・・だとボクは理解しているよ─あぁ、恩のある相手に媚びへつらうのもマナー・・・だったっけ?」
 少々引くレベルで恩着せがましいなこいつ。そして妙にマナーを強調してきやがる。
 こんな猫、姉さんの事が無ければ今すぐにでも絞め殺してやるのに。
 もどかしい限りだ。
 僕は勿論反撃に出る。
 「…へえ、お前は知らないのか?僕は知ってるぜ、日本では恩着せがましくするのはマナー・・・違反だってなあ!」
 ふん…こいつは所詮猫だ。適当な事言ってれば鵜呑みにする筈…!
 「…君って本当に馬鹿で愚かだな。憐れになってくるよ…ボクは君の思考を読めるから企みはバレバレなんだけど」
 …………そうだった…。
 つまりこいつからすれば、僕は殺してやりたいとか所詮猫だとか大声で叫びながらマナーを教えようとしている人間だった、と。
 とんでもなく恥ずかしい失態である。
 マナー違反はどっちだという話だ。
 「恥ずかしい失態って言ってる時点で馬鹿だよね、君本当に日本人?」
 「うっ、うるせえな…」
 「…姉さんの助け方、教えない方が良かったみたいだね…」
 「ごめんなさい教えて下さいお願いします」
 土下座した。
 膝を折り腰を折り、地面に両手を付き頭を擦り付けた。
 猫に。
 僕の本気度、伝わっただろうか…?
 ちらりと猫の表情を伺う…否、この猫が喜怒哀楽っぽい表情筋の動かし方をしているのは珍しいのだけれど…。
 簡潔に結果から言うと。
 これまでに見た事の無い表情筋の動かし方をしていた。
 汚物を見る様な目で見られていた。
 「いや、それは大いなる誤解だよ君」
 ああなんだ汚物を見る様な目では無かったみたいだ。
 「うん。ボクは汚物を見ているから、"様な"ではないね」
 「あれえっ!?」
 可笑しい…可笑しいぞ。学校で習った事とはまるっきり違うではないか…!
 これは訴えたら勝てるレベルだ。
 「可笑しいのは君の思考回路の構造だと思うなあ。学校で何を習って来ているんだい、君は」
 「歴史で習った」
 敬意を示す行動だと、教科書に書いてあった!
 「平民が貴族に対して払う敬意だよそれは。何、ボクは貴族なのかい?」
 ………。
 何でこんなに詳しいんだこの猫!
 猫のくせに!
 ばーかばーか!
 僕は馬鹿じゃないもんっ!
 「…解った、ごめんボクが悪かった…じゃあ助け方の授業を始めようか…」
 若干引かれ気味だったのが気になるものの、無事本題に入る事は出来た。
 姉さんを助ける方法の代わりに僕は何かを失った気もしたが、…まあ気のせいだろう、気にしたら負けだ。
 
 僕は気を取り直し、猫から教えを乞うことにした。
 
 

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