男だけど魔法少女になれちゃった話。

カラメルラ

恐怖に隠れるもの

 「魔法少女になってくれる気にはなったかな?」
 …そう言われても…なあ…。
 困る、というのが率直な感想だ。
 これまでにないくらい丁寧に解説してくれた黒猫だが。
 これまでにないくらい困ってしまったのもまた事実である。
 「…魔法少女になってくれる気にはなったかな?」
 「え…断らせる気が無い感じですか…?」
 誠意は伝わった、うん。凄く丁寧だった…でも、さ。
 そんな突飛な話に乗れと言われても、先ず第一に実感が湧かないというのもあるし…何よりその"利点"の役に立てるかすら解らない。
 そして、利点の役に立てないということは、黒猫側の利点が消えるということと同義であって。
 利点が消え、ある一種僕の盾と言えるものが消えた時、この黒猫がどう出て来るかというのも─解らない。
 念入りな程に細かく解説してくれた黒猫だが。
 謎が増えたというのも、また事実である。
 黙る。
 言えることが無いから、黙る。
 特に深い意味も浅い意味も、重い意味も軽い意味も持たない筈の沈黙だったのだが、しかし僕には不思議と重力が増した様に思えた。
 何故だろう、それは解らなかったけれど。
 解らないことが降り積もって、口すらも今更動かせない様な空気であることだけは確かだ。
 暫く場を重くたしていた沈黙を破ったのは半ば予想通り黒猫であった。
 「…断っても良いけど、」
 発した台詞は全く予想に反していたが。
 「…え、良いのか!?」
 ちょっとばかり予想に反し過ぎていたくらいだけれど…。
 あんなにも纏わりついて来たのに、断っても良いなんて言い出すとは。
 予想外にも程がある。
 嬉しい予想外というのはこういうことなのだろう。
 「話は最後まで聞きなよ、そんなことも出来ないのかい?魔法少女の才能だけはあるから手は出さないでいてあげるけど」
 「だけって…」
 それは本気で落ち込めてしまう案件だぞ…だから魔法少女の才能はいらないんだって!
 大体手を出すってどう手を出すんだ…理解出来ないのが逆に恐ろしい…。
 「そりゃあ君、決まってるだろう…猫パンチだよ!」
 「猫だもんね!?」
 思いの外可愛いかった!
 良かった、そんなに怒ってない様子だ。
 「いや、爪をこう…伸ばしてからの猫パンチだよ?ちゃんと聞かないと─こうだぞっ!」
 黒猫はそう言って、腕を振り抜いた。
 カーテンの端が粉々に散った。
 病室のカーテンの端が。
 怖いっ!
 ばっちり怒ってた。
 カーテンとはいえ、一瞬で粉々に…!
 あれを食らったら傷が残りそう…。
 軽く恐怖である。 
 というか、パンチじゃないじゃん…腕振り抜いてんじゃねえか!
 「聞きます!聞きます!それを僕に向けないで!」
 「仮にも人間が猫に服従するとか、それはそれでどうなんだろうね」
 「うるせえ!」
 従ってやってんだろ、早く話せよ!
 何をされるか解らないから怖いんだよ…割と切実に!
 「解った解った、落ち着いて。」
 見下されてる気がして激しくむかつくが…落ち着く努力を試みる。
 まあ…こいつも悪気はない、ない筈なんだ…。僕は自分に言い聞かせた。
 …取り敢えず話を聞ける姿勢は出来た…つもりだ。
 取り敢えずは。
 僕が落ち着くのになんとか成功したのを見計らった様なタイミングで、猫は喋り出す。
 いつも通り、口は動いていなかった。
 「…ボクが言いたかったのはね、断っても良いけど、姉さんは治らないかもよって」
 「───……は?」
 前言撤回、話を聞く姿勢など出来ていなかった。
 「…お前、何故それが断言出来る?」僕は問い詰めた。
 姉さんが治らない?
 そんなこと、信じられない。
 信じたくは─
 「……本当に君は学習しないんだね。医者だって匙を投げたんじゃなかったのかい?"原因不明"─ってさ」
 殴った。
 聞きたくはなかった。
 だから殴って口を塞ぐ。
 「ボクを殴ってもどうにも─」
 「黙れッ!」
 「──そうか、君もあの子と─」
 「黙れっ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッッ!!!」
 なぐる、撲る、撲る、撲る、撲る…僕はひたすらに殴った。
 僕の腕が、痛くなる程度には。
 猫が、黙る程度には。
 殴って撲って、…やっと猫は静かになった。
 「はーッ、はー…………」
 もう猫は、ぴくりとも動かない。
 …でも、眼。…眼が。
 異常な程に真っ赤な眼が。
 僕を逃がさない。
 怒りも何も─気味が悪い程に何の感情も映さない眼が─
 …殺した?
 殺した、小動物を。
 僕が。
 「ぁ、ぁあ、うああぁぁあ!!」
 乱暴に病室の扉を開ける…そうだ、ここは病室だった、姉さんもいる空間で─生き物を生かす為の空間で生き物を殺したッ!
 他ならぬ僕自身の手で、僕自身の意思で!
 僕は飛び出す様に病室を出る、病室から逃げる。
 あの黒猫から逃げる。
 まるで何かに追われているかの様な感覚に背を押され、看護師の制止の声も聞かず走る。
 走って走って─近くの閑散とした公園に入り、しゃがみこんだ。
 殺した、猫を、殺した─ぁ、あ…。
 「はぁっ…」
 やばい、やばいやばい、ばれたら終わる…猫の死体は病室だ、病室に置いてきた、直ぐにでも誰かが追ってくるかもしれない…。
 いやでも、暫くばれないかも─否、あんなに叫びながら出て来たんだから異常は感じとるに決まっている…。
 「─ぁは、…」
 …駄目だ、駄目だ─何が駄目なんだろう………解らない解らない解らない…。
 その時。
 僕の肩に、重みが。
 これは─誰かの、手?
 終わっ…た…?
 声、声が…耳元で響く。

 「─本当に、君はどうしようもないなあ」

 

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