男だけど魔法少女になれちゃった話。
魔法少女(1)
「君、魔法少女にならないかい?」
猫はそんな台詞を実に流暢に発音した。
女か男か判別のつきにくい声音をしている。
そして僕は当然動揺する。
口が動いていなかった。
それなのに、はっきりと文が聞き取れた。少しもくぐもること無く。
この状況には誰であれ動揺するしかないと思う。
「ねえねえ、聞いてる?」猫は実に親しげな口調で問うた。どうやら僕が正確に聞き取れなかったと思ったらしい。
「魔法少女にならないかい?」猫は繰り返した。
どちらかと言うと、僕としては正確に聞き取れてしまったことに対して呆然としているのだけれど…。
「…あー…僕、男…なんだけどー…」
僕は辛うじてその言葉を絞り出した─そう。
猫が喋ったとか、やけに日本語が流暢だなとか、僕の理解の範疇を超えた領域の話は置いておくとして。
問題は魔法"少女"だという点である…成ろうと思っているからそこが気になるのではなくて、だ。念のため。
僕はそんなに女っぽい見た目をしているのだろうか。だからモテないのか…?
それとも猫には人間の性別なんて見分けがつかないのだろうか。
…きっとそうだ、そうに違いない。
「何だか変な勘違いをしている様だけど、ニンゲン。君には魔法少女の才能が溢れているんだ!」
「何の才能だよぉ…」
いらねー!多分その才能、世界で一番いらない才能だ…。
というか、だから僕は男なんだって…。
日本語喋ってるけど、理解は出来ているのか?
「だから、さっきから性別は関係ないって言ってるじゃないか!日本語が理解出来ていないのは君の方だよ」
「んなこと言われた覚えはねえぞ!?」
そんなこといつ言ったんだ!?
聞いた覚えもないぞ!?
「馬鹿だなあ、じゃなくて、えっと…愚かだなあ」
それ、全く言い換えれていないけれど…寧ろ酷くなった気がするが。
「日本人は行間を読めるんだろう?だったら、日本人である君は、ボクに魔法少女の才能があると言われた時点で気付いて然るべきだ…あぁ、性別ってどうでも良いんだなーって」
「嘘だろ?」
性別、どうでも良くないだろう…なんなら割と重要なポイントだろう。
だって、魔法"少女"だよな?
幼児アニメの代表格。最近では広い世代に人気が出つつあるファンタジー。
魔法を遣う少女達が悪を滅ぼす、正義と夢の物語。
男がそれになっちゃ駄目でしょ。
夢がぶち壊しだよ。
世界中の幼児達が泣くよ。
「いやいや、今はジェンダーレスの時代だよ。男とか女とか…正直どうでも良いよ!君が魔法少女になってくれたら!」
「だからどうでも良かねえわ!お前は良くても僕は気になるんだって!」
お前はセールスマンか何かなのか!?
誰かを魔法少女にしないと家に帰れないのか!?
………………。
………不覚にも猫と本気で口論してしまった…。
はぁー…何だか馬鹿らしくなってきた。
よし、帰ろう。
帰って目を覚まそう。
恐らくこれは僕の夢、潜在意識が生み出す幻覚なのだから。
そうすればきっと、この変な猫も幼馴染みが消えた事実も、きれいさっぱり消え去っているに違いない。
どうやって帰るのかは実は見当もついてなかったりするけれど、この猫なら知っていたりするんだろう、多分。
「…………」
その模範解答を求めて猫を見ると、気味が悪い程に無表情で─猫だから元より表情は無い訳だから気のせいに決まっているのだけれど、しかしそう思えてくる程度には気味の悪い顔をして、僕を見ていた。
僕の方角とかではなく。
はっきりと、僕を見ていた。
現実逃避を始めた僕を責める様に。
それも謂わば僕の自意識過剰と言われてしまえば反論の余地は全くないのだが。
「……にゃーん」
猫は僕の不意を突くかの様にそう言って─否、そう鳴いて踵を返す。
さっきまで僕と口論していたのがまるで嘘の様に、ごく普遍的にそう鳴いて。
夢だとか言って存在を否定したその猫に、あろうことか助けを求めようとした僕を嘲る様に。
去っていった…普遍的に。
その姿を見て、僕は馬鹿みたいに─愚かな奴みたいに、呆けていた。
……え、ちょっと待って…帰り方は!?
猫が去って行った方向にある闇へと一歩を踏み出す。
その深い闇へと。
片足を、突っ込む。
「──ぁ、?」
突如、訳も解らず全身から力が抜けた…当然僕の身体は地面に雪崩れ込む。
肉を削らんばかりの勢いで。
え…普通に痛い…。
かと思えば、次は視界がぐるんぐるんと回転を始める…胃までもが回転を始めた様な錯覚に陥る。
「う…ぉえっ……えぐっ…ぅ…」
堪らず僕の身体は勝手に嘔吐きだす。
痛くて吐きそうでどうしようもなく苦しい─あの猫に逢う直前は体も動かず、声すら出せないことに苦しみを感じたが、体が動かせても声を出せても、結局はこうやって精神的苦痛に肉体的苦痛が加算されて更に辛くなるだけなのかもしれない。
生憎、僕はまだ人間の卒業過程は終えていないので、直ぐにブラックアウトしてしまった…意識を失うこととは、こんなにも快楽を伴うものなのか─と、耐え難い苦痛から解放された反動で一瞬感じてしまったのは誰にも秘密である。
何はともあれ、僕は気絶した─もしかすると、ブラックアウトすることがこの夢から覚める方法だったのかもしれないなどと思いながら。
それは後から思い出してみると、それこそ猫にそう思われても仕方がない位にとんでもなく馬鹿で愚かな、思い出すのも恥ずかしい、最早人生の汚点とさえ言っても過言ではない程滅茶苦茶な思考だった。
だって、僕達人間如きにとっては、見て聞いたものこそが全てなのだから。
自分の目や耳を疑い始めたらキリがなくなってしまう。
人間は勿論全知全能の神などではないし、全生物の頂点などといった大層な生き物でもないのである。
思考能力を持っているからと言っても。
その脳を寄生虫によって食い荒らされることが無いかと言えば、必ずしもそうではないのだ。
今回の僕の失敗は、この事実に気付けなかったことに─僕がまるで一番上の生き物であるかの様にお門違いも甚だしい勘違いをしてしまったことに、起因する。
これは、決して夢などではなかったのだから…。
猫はそんな台詞を実に流暢に発音した。
女か男か判別のつきにくい声音をしている。
そして僕は当然動揺する。
口が動いていなかった。
それなのに、はっきりと文が聞き取れた。少しもくぐもること無く。
この状況には誰であれ動揺するしかないと思う。
「ねえねえ、聞いてる?」猫は実に親しげな口調で問うた。どうやら僕が正確に聞き取れなかったと思ったらしい。
「魔法少女にならないかい?」猫は繰り返した。
どちらかと言うと、僕としては正確に聞き取れてしまったことに対して呆然としているのだけれど…。
「…あー…僕、男…なんだけどー…」
僕は辛うじてその言葉を絞り出した─そう。
猫が喋ったとか、やけに日本語が流暢だなとか、僕の理解の範疇を超えた領域の話は置いておくとして。
問題は魔法"少女"だという点である…成ろうと思っているからそこが気になるのではなくて、だ。念のため。
僕はそんなに女っぽい見た目をしているのだろうか。だからモテないのか…?
それとも猫には人間の性別なんて見分けがつかないのだろうか。
…きっとそうだ、そうに違いない。
「何だか変な勘違いをしている様だけど、ニンゲン。君には魔法少女の才能が溢れているんだ!」
「何の才能だよぉ…」
いらねー!多分その才能、世界で一番いらない才能だ…。
というか、だから僕は男なんだって…。
日本語喋ってるけど、理解は出来ているのか?
「だから、さっきから性別は関係ないって言ってるじゃないか!日本語が理解出来ていないのは君の方だよ」
「んなこと言われた覚えはねえぞ!?」
そんなこといつ言ったんだ!?
聞いた覚えもないぞ!?
「馬鹿だなあ、じゃなくて、えっと…愚かだなあ」
それ、全く言い換えれていないけれど…寧ろ酷くなった気がするが。
「日本人は行間を読めるんだろう?だったら、日本人である君は、ボクに魔法少女の才能があると言われた時点で気付いて然るべきだ…あぁ、性別ってどうでも良いんだなーって」
「嘘だろ?」
性別、どうでも良くないだろう…なんなら割と重要なポイントだろう。
だって、魔法"少女"だよな?
幼児アニメの代表格。最近では広い世代に人気が出つつあるファンタジー。
魔法を遣う少女達が悪を滅ぼす、正義と夢の物語。
男がそれになっちゃ駄目でしょ。
夢がぶち壊しだよ。
世界中の幼児達が泣くよ。
「いやいや、今はジェンダーレスの時代だよ。男とか女とか…正直どうでも良いよ!君が魔法少女になってくれたら!」
「だからどうでも良かねえわ!お前は良くても僕は気になるんだって!」
お前はセールスマンか何かなのか!?
誰かを魔法少女にしないと家に帰れないのか!?
………………。
………不覚にも猫と本気で口論してしまった…。
はぁー…何だか馬鹿らしくなってきた。
よし、帰ろう。
帰って目を覚まそう。
恐らくこれは僕の夢、潜在意識が生み出す幻覚なのだから。
そうすればきっと、この変な猫も幼馴染みが消えた事実も、きれいさっぱり消え去っているに違いない。
どうやって帰るのかは実は見当もついてなかったりするけれど、この猫なら知っていたりするんだろう、多分。
「…………」
その模範解答を求めて猫を見ると、気味が悪い程に無表情で─猫だから元より表情は無い訳だから気のせいに決まっているのだけれど、しかしそう思えてくる程度には気味の悪い顔をして、僕を見ていた。
僕の方角とかではなく。
はっきりと、僕を見ていた。
現実逃避を始めた僕を責める様に。
それも謂わば僕の自意識過剰と言われてしまえば反論の余地は全くないのだが。
「……にゃーん」
猫は僕の不意を突くかの様にそう言って─否、そう鳴いて踵を返す。
さっきまで僕と口論していたのがまるで嘘の様に、ごく普遍的にそう鳴いて。
夢だとか言って存在を否定したその猫に、あろうことか助けを求めようとした僕を嘲る様に。
去っていった…普遍的に。
その姿を見て、僕は馬鹿みたいに─愚かな奴みたいに、呆けていた。
……え、ちょっと待って…帰り方は!?
猫が去って行った方向にある闇へと一歩を踏み出す。
その深い闇へと。
片足を、突っ込む。
「──ぁ、?」
突如、訳も解らず全身から力が抜けた…当然僕の身体は地面に雪崩れ込む。
肉を削らんばかりの勢いで。
え…普通に痛い…。
かと思えば、次は視界がぐるんぐるんと回転を始める…胃までもが回転を始めた様な錯覚に陥る。
「う…ぉえっ……えぐっ…ぅ…」
堪らず僕の身体は勝手に嘔吐きだす。
痛くて吐きそうでどうしようもなく苦しい─あの猫に逢う直前は体も動かず、声すら出せないことに苦しみを感じたが、体が動かせても声を出せても、結局はこうやって精神的苦痛に肉体的苦痛が加算されて更に辛くなるだけなのかもしれない。
生憎、僕はまだ人間の卒業過程は終えていないので、直ぐにブラックアウトしてしまった…意識を失うこととは、こんなにも快楽を伴うものなのか─と、耐え難い苦痛から解放された反動で一瞬感じてしまったのは誰にも秘密である。
何はともあれ、僕は気絶した─もしかすると、ブラックアウトすることがこの夢から覚める方法だったのかもしれないなどと思いながら。
それは後から思い出してみると、それこそ猫にそう思われても仕方がない位にとんでもなく馬鹿で愚かな、思い出すのも恥ずかしい、最早人生の汚点とさえ言っても過言ではない程滅茶苦茶な思考だった。
だって、僕達人間如きにとっては、見て聞いたものこそが全てなのだから。
自分の目や耳を疑い始めたらキリがなくなってしまう。
人間は勿論全知全能の神などではないし、全生物の頂点などといった大層な生き物でもないのである。
思考能力を持っているからと言っても。
その脳を寄生虫によって食い荒らされることが無いかと言えば、必ずしもそうではないのだ。
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