彼氏がニートですけど何か?

ねヲ

1話 終幕は唐突に

「この書類どうしますか。」
「それぐらい自分で考えなよ。」
冷たいとまではいかない、かといって暖かさがあるわけでもない。無関心というのだろうか。考えのない質問には考えのない答えが返ってくる。
私がこの会社で働いてもう2年になる。大学生の頃はもう少し心に明るさがあったと思う。友達もいた。
社会人になってわかったことがある。私は道具だ。社会の。私だけではない。この社会で働く人間は全て、社会の道具だ。学生の頃、勉強はできた。親に怒られることもなかった。顔もわからない誰かの「今頑張れば将来のためになるぞ。」という言葉を信じていたわけでもないが、言われたことはできた。そのころから私は既に言われて動くだけの道具だったのだろうか。
今日はいつもより早く退社するかもしれない。いつもよりタスクが少ない。もしかしたら彼がまだ起きているかもしれない。実はこんな私にも彼氏がいる。かといって何か特別なことがあるかといえばそうではないが、同棲をしている。同棲をしているといっても、彼氏彼女というより同居人に近い。彼と知り合ったのは入社してしばらくした頃。初めての取引先との会議に彼がいた。会議が終わり、取引先の会社を出たところで彼に話しかけられた。今日が彼も初めての場だったそうで、すぐに打ち解けた。彼はとても人気者で、彼が大学時代の話をしながら写真を見せてくれるのだが、どの写真でも友人に囲まれていた。知り合ってしばらくして彼から告白された。今まで恋愛などとは無縁だったが、お酒が入っていたことや、場の流れもあって、その告白を承諾した。付き合い始めたとはいえ、それ以前とは特に変わりがなかったが、気が付いたころには同棲までしている。が、私はいつも残業に追われているため、帰りが遅くなる。彼は既に寝てしまっているが、彼も仕事をしているし仕方がない。

しかし今日は、早く帰れる。
久しぶりに定時で退社した。バスを待ったが来ない。ああそうだ。今日は土曜日だ。少し遠いけど駅まで歩いて電車で帰ろう。
駅までの道のりは確かに遠いが、体感はさらに遠かった。やっとの思いで駅に着いた。電車が到着するまであと2分。彼に連絡をいれておこうか。「定時に上がったから20分ぐらいで帰宅します。」と送信しようと思ったが、柄にもなく自己中心的な気がして削除した。かわりに「晩御飯作るんだけど奏くんもどうですか。」にした。買い物は数日前にしたからまだストックはあるだろう。何を作ろうか。彼の好物のから揚げでも作ろうか。いやまだ食べるなんて一言も言ってないじゃないか。

そんなことを考えているうちに家についた。結局連絡はなかった。既読もついていないから、きっと仕事中だろう。
ドアを開けたら、ハイヒールがあった。私が絶対に買わないような色だ。
彼の部屋から音がする。何の音かわからない。扉は締まっている。
嫌な予感がした。
開けない決まりだけれど、そっと開けた。


あいつなんてただの同居人。

ただ恋の味が知りたかっただけ。

告白だって酔ってなかったら承諾しなかった。

そこに特別な感情はない。

だから私は「あんなやつ好きじゃない」。


気が付いたころには日は既に落ちきっていて、真っ黒な世界に一人ぼっちだった。あぁ、やっぱり私は道具なんだ。道具に意思は必要ない。使うだけ使われて最後には捨てられるのがオチだ。これからどうしようか。明日は…会社は休みだ。家には帰りたくない。というか帰る勇気がない。独りが寂しいと、初めて感じた。

「お姉さんここで何してんの。」

暖かい声を感じた。生きている声だった。

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