10年越しの君と……

まっつん

1話



「やあやあ、君が東雲しののめさんか。
 僕、同じクラスの荻野はぎのとおるっていうねん、よろしく!」

 陽の当たる廊下で、後ろからトントンと肩を叩いて振り向かせたその男子生徒は、満面の笑顔で自己紹介してきた。
 隣町から越してきて初めての転校。慣れない人付き合い。荻野徹はいとも簡単に、あおいの中に入り込んだ。
 不思議と徹を中心に段々と親しい友人が増え、夏休みを迎える頃には、自分が転校生だということをすっかり忘れていた程クラスに馴染んでいた。

 それ程までに徹の存在は大きく、葵の中で芽吹くものがあった。
 今となっては、遠く懐かしい無邪気な日々……。



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 鬱陶しい梅雨が明けて、蝉の鳴き声で目覚めるようになった初夏。ゆっくりと〝こっちが現実だ〟と思い直し、枕元に置いてあるスマホを手に取る。まだ明け方の五時。カーテン越しに朝陽が差し込んでいるのを目にして布団から這い出た。

 懐かしい夢を見たせいか、物思いに耽りそうだったので、今日はお気に入りのカフェでモーニングしてから出勤しようと思った。善は急げだ。着替えて軽くメイクして、髪を整えて、鞄の中身をチェック。
 ついでに冷蔵庫にある卵と牛乳とソーセージが切れそうなのをチェックしてから、スマホのメモ機能に入力していく。

 時刻は六時半、今の時間なら歩いてもいいだろう。外は既に陽が高くなっており、温かい陽射しで暑くまではない。
 葵は戸締りをしてマンションのエントランスを出ると、日傘をさして目的のカフェへと向かった。

 家から駅前のカフェまで徒歩五分。そこから会社まで約十五分くらいかかる。満員電車が大嫌いで、なるべく会社に近い立地のマンションを借りた。最悪歩いても帰れるように、電車で二駅離れたところである。
 人通りの多い駅前であるだけに、カフェの周辺は夜遅くになっても明るく、店内でも寛いで過ごせる。外観や内装だけでなく、メニューも時間帯によって程よく揃ってある為、気分によってはよく利用している。最近は挽き豆を買うようにまでなり、サーバーや口が細長いケトル、一杯分のスプーンも揃えた。

 ここまで揃えたら、あとは豆を挽くミルでも買おうかとも思ったが、後片付けなど考えると紙フィルターを使う方が簡単かつ綺麗に片付く事に行き着いて購入はしていない。

「あら、葵ちゃん。
 おはよう、今日は早いねぇ」
「おはようございます、カンナさん。
 今日やけに早く目が覚めちゃって……」

 近所の林田カンナは、去年古希を迎えた朗らかで活発な老婆だ。朝と夕方、トイプードルのシャムを散歩させるのが日課だそうだ。
 若い頃はエアロビクスのインストラクターをしていたらしい。見た目とても古希を迎えた人には見えず、背筋はピンと伸びていてスタイルも良く、まさに〝こんな風に歳を重ねたい!〟と秘かに憧れる人でもある。

「シャムー、おはよー!」
「ゥアン!」

 仔犬の頃から知ってるシャムは、尻尾をこれでもかというくらい振りまいて、手を伸ばす葵の元に擦り寄る。その仕草に、葵の顔はニヤケを通り越してデレ顔になっていた。

 ――あー、可愛い……っ!!

「ふふふ、ほんま葵ちゃんに甘えたやねぇ!」
「もう、朝からシャムに癒されて今日も仕事頑張れるわぁ!」

 ご満悦な顔で葵にされるがままのシャムの顔を、両手でわしゃわしゃと撫でつつ、癒しをたっぷり堪能した葵は「ありがとう、シャムー♡」とお礼言ってカンナとも別れた。
 いつもはカンナが散歩の帰りに会う為、今朝は時間的に会えないと思っていただけに、タイミング良く散歩の行きしなに会えて良かった。

 ――これで今日も仕事本当に頑張れそう!

 順調な足取りでカフェに着いた葵は、窓際の席を確保する。
 サンドイッチと珈琲のセットを購入してから席に着いてスマホを確認すると、昨日の夜に母親からメッセージが届いていたのに気づいた。

 そういえば、昨日やたらと早く寝たことを思い出す。母親からのメッセージに目を通すと、葵の顔が明らかに歪んだ。

 ――え……?

《葵にお見合いの話が来たこと、前にしたのを覚えてますか?
 先方にお断りしましたが、何故かわからないけど話が進んでいました。顔見せるだけでいいので、予定を立ててくれますか?
 日時は──……》

 ――は? 先月断ったやつやん!

 思わず大きな溜め息を吐いて、項垂れながら先月母親が紹介されて来た見合い話の出来事を振り返った。
 見合いを持ち掛けて来たのは、父親の伯母に当たる典子であり、趣味教室で知り合った友人の孫だそうだ。歳も葵と同じという事で話が弾み、あれよあれよといつの間にか見合い話に発展したらしい。

《写真見せていただきましたが、あなたが知ってる人だと思います》

 ――ん?

 文末に気になる点があって片眉を上げる。母親がそんな事を言うということは、葵の学生時代の友人もしくは知人ではないかと思ったからだ。中学に上がってからは、友人の話などほとんど母親にしなくなった。
 母親の過干渉や過保護が相まって、どこの誰でどこの住まいで男か女かなど、逐一話すのも億劫になって話さなくなったのだ。今思えば、ガチガチの過保護と過干渉な人ではないと知り、自分はまだマシな方なのかと思った記憶がある。

 シャムで気分を充電満タンにしたのに、おかげで気になって仕方なく、朝食を摂るペースが思うように進まない。

 ――いったい誰よ……?

 見合いをするつもりがなかったので、相手の写真を見ないまま断ったのもあり、母が知っていると言うと気になってしまう。
 そんなモヤモヤとしたまま、葵は見合いの当日を迎えた。

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