Marvel-Hall(マーベル・ホール)

小本 由卯

5 勧誘

 この街の異人たちは、それぞれの持つ多彩な能力や体格に適した仕事を見つけ
生活を営んでいるが、異人のようにそれらを持たない人間にとっても、この街で
暮らす以上、課せられる条件は同じなのである。

 ……。
 エウは1人、街の役場に訪れていた。

 席に座りながら、分厚く束ねられた用紙を険しい顔つきで見つめるエウ。
 その目的は当然、自身がこの街で出来る仕事を探すためであった。

(改めて考えると、人間って不便だったんだなぁ……)
 心の中で呟きながら用紙から目を離し、自身が記していた手帳を見つめる。

(私に出来そうな仕事はこれくらいかな、戻ってみんなとも相談してみよう……)
 席を立ち、帰り支度を始めるエウの隣に突然、何かが現れた。
 不思議に思ったエウが視線を移すと、そこにいたのはエウの半分ほどの
背丈を持った魔導人形であった。

「その佇まい……仕事をお探しの人形師様とお見受けします」
 人形に問い掛けられたエウは、平然とした態度で答える。

「はい、仕事を探しているのはこの通りなのですが、私が人形師なのはよく
お分かりでしたね」
 エウの返事を聞いた人形は目を輝かせながら、嬉しそうな声で言葉を返す。

「やはりそうでしたか! 魔導人形として見抜くくらいのことは訳ないですよ!」
「それで……私に何かご用でしょうか?」

「あ! よく聞いて下さいました!」
 人形は背負っていた鞄から1枚の用紙を取り出すと、それをエウに
向かって差し出した。
 エウがそれを屈んで受け取ると、人形は威勢の良い口調で話を続ける。

「この街の魔導人形たちが住居としている屋敷があるのですが、我々魔導人形の
人数に対し、肝心の人形師様が屋敷の主と、ある事情でいらっしゃる方の御二方
だけなのです」
「そこで、貴方にそちらの専属人形師として働いて頂きたく思っております」

 人形師という存在は、その人数の大半を人間が占めているが、異人と合わせても
それほど数は多くないのも事実である。
 ましてやここが異形の街ということなら、そのような問題が起きてしまうことも
それを知るエウにとって理解できる事情であった。

「でも、専属……ですか?」
「あ、専属といっても別に屋敷に住んで頂くという意味ではないので
誤解しないで下さい」

 複雑な顔を浮かべるエウを見て、人形はすがるような態度で頭を下げる。
「お願いします! どうか前向きにご検討を!」

 ……。
 翌日、緊張した顔立ちで街中を歩く人形師エウの姿があった。
 そんな彼女が進んでいるのは、昨日人形から手渡された用紙が示す屋敷の
方角である。

(結局、前向きに検討してしまったけど、この街でまた人形師の仕事が
できるなら私も嬉しい限りなんだよな……)

 そう考えながら歩いている間にエウが辿り着いたのは、暗い配色が施された
大きな屋敷であった。
 魔導人形の住処という話もあってか、エウには普通の住居とは何処か違った
独特な雰囲気を感じ取っていた。

(間違いなくここで合っているはずだけど……入ってもいいのかな……?)
 エウが疑問の眼差しで屋敷の門を見据えていると、その背後から静かな足音が
聞こえてくるのに気が付いた。

「……?」
 振り返ったエウの視界に映ったのは、エウと同様に複雑な表情を浮かべた
青年の姿であった。

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