吸血鬼だって殺せるくせに

大野原幸雄

旧友と傀儡Ⅱ


俺は知っていたんだ。
ジェイスは仕事にまじめな奴だが、誰かが言ったことを盲目的に信じる男ではないということ。
だからこそ、自分で全てを確かめるために……わざわざ二つの国を超え、俺の目の前に来たんだということを。

俺は俺とカーラの物語を語ることにした。
それはジェイス達の旅の目的でもあったわけだから、ちゃんと話さなきゃいけないと思ったんだ。

「話は……もう4カ月も前に遡る。ジェイス、お前が宰相の命令で、旧シドラル領へ行っていた時の話だ」

「…あぁ」

「俺はホークビッツ政府の推薦で、宮廷吟遊詩人として働かないかと言われたんだ」

「その話は聞いていた。ホークビッツ王はお前の歌好きだもんな」

「あぁ…下品な歌でもホークビッツ王はゲラゲラ笑ってくれる。宰相や貴族の前で歌うのは好きじゃなかったが、王のためと割り切れれば楽しい話だと思ったよ」

「……」

「それにずっと宮廷にいるつもりもなかったし……なんていうか歌のネタになると思ったのさ。最初はそんな気持ちで話を受けた」

俺は一口だけ水を含み、口を湿らせる。

… … … …

小さい頃から、リュートを弾いて歌を歌えば目の前に人だかりができていた。
吟遊詩人になるのは必然で、俺はホークビッツ中を旅しながら気ままに歌うだけで満足だった。

だから根なし草の吟遊詩人ではなく、宮廷で王や貴族のためだけに歌を歌ってくれと頼まれた時……俺は喜びではなく、むしろ宮廷への好奇心でその話を受け入れた。

「わかりました。俺、宮廷吟遊詩人になります」

俺はそれから、1か月ほど宮廷で歌を歌うことになる。
まぁそれなりに楽しかったんだが……性に合わないとはずっと思ってた。

バカみたいな皮肉や言葉は禁止されていたし、題材もお上品なものばかりだったからな。

ある日、俺はいつもより早く宮廷へ向かっていた。まだ召使いたちも起きてないような時間さ。
その日披露する曲が、前の日に完成したばかりの新曲で、早めに行って念入りに練習をしておこうと思ったんだ。

王宮は警備の兵士が数人巡回しているくらいでガランとしていた。
俺が楽屋に向かおうと裏庭へ向かうと……2人の少女とすれ違ったんだ。

「……?…誰だあの女の子?」

少女2人はどちらも無表情で、暖かい日なのに黒と白でおそろいの長袖シャツとスカートを履いてた。
遊戯団ならもっと派手な格好だろうし、娼婦ならもっと薄着だ。貴族と言うには貧相な服装だとも思った。

俺は中庭で仕事をしてた庭師の爺さんに、彼女達のことを尋ねた。

「よ、じいさん」

「バージニアさん…今日はお早いんですね」

「。なぁ、今さっき宮廷から出て来た少女達は何者なんだ?」

「え…あ…はは…」

爺さんは俺からすっと目を逸らした。俺はピンと来たよ。
何かデカいゴシップの臭いを感じたんだ。俺は吟遊詩人だからな、いい歌ネタになると思った。

俺は爺さんに『お願い』をした。もちろん、少しばかりの金を渡してな。

「仕方ありませんね…」

爺さんは金を受け取ると、こそこそと俺に耳打ちをした。

「あれは……宰相の夜のオモチャですよ」

「夜のオモチャ……?」

「えぇ……なんでも魔法で動く人形なんだとか」

「おいおい、それって傀儡(かいらい)じゃないのか…?ホークビッツじゃ禁止されてるはずだぞ?」

「そうなんですよ……。しかも2人とも変身魔法を使える上級品らしく……出てくる時はあの姿ですが、入る時は毎回姿を変えて入っていくんです」

「王宮で人形を使った女遊びとは……。宰相はつくづく悪い奴だなぁ」

「まぁ立場上、娼婦で女遊びなんてできませんしね。……まぁ色々と溜まっておいでなんでしょう」

爺さんも宰相のことは嫌いだったはずだが。
ことを荒立てないように、悪い言い方をさけていた。

「このことを知っているのは?」

「いつもここで仕事をしている私と、おそらく国政の局員だけでしょうね。王族のみなさんは当然誰も知らないでしょう…」

「そりゃそうか…ホークビッツ王はともかく、王子は宰相をずいぶん嫌っているようだし」

汚職、不正献金、脱税。
権力者が裏で悪いことをしているなんて話どこにでもある。

だからこの話には別に驚いたりはしなかった。
ゴシップ欲を満たした俺が次に興味を持ったのは傀儡……つまり彼女達の存在についてだった。

俺は次の日、同じように中庭を歩く彼女の一人に話しかけてみることにしたんだ。
同じ時間に王宮へ向かい、出てくる彼女たちを待った。

2人は見た目が同じ双子のようだった。とても幼く、人間で言えば年齢は15~16歳ってとこだろう。
美しい黒髪と、まん丸のおっきい目が愛らしい。

「こんにちわっ!お嬢さん方」

元気に話しかけたのはいいものの、2人からの返答はなかった。

「あれ?無視?」

「…」

「俺、今月から王宮で吟遊詩人をすることになったバージニア・フェンスターだ…君たちの名前は?」

「カーラと言います」

「ミーナと言います」

「カーラちゃんとミーナちゃんか。毎日宰相の相手ばっかで大変じゃない?」

俺がそう言うと…

「宰相から……誰とも口を聞いてはいけないと言われているので…」

そう言って2人は走り去ってしまった。

「…へへ」

それから俺は、毎朝彼女達に声をかけることが日課になっていった。
別に宰相の弱みを見つけて付け込んでやろうとか、そんなんじゃない。

単純に興味があっただけだ。傀儡の存在に。

まぁほとんど俺から声をかけて、無視されてたんだけど。

「おはようッ!カーラ!ミーナ!」

「…」

「…」

そんな日々が続いていたある時…俺は通りすがりに綺麗な花を見つけた。
本当になんとなく、彼女達との話のきっかけになるかもと、俺はその花をプレゼントしてみることにした。

「おはようッ!」

「…」

「…」

その日も2人からは返答はなかった。
俺は2人に一輪づつ、可愛い花をプレゼントした。

「今日はプレゼント持って来たんだ……どーぞ」

「…?」

「…」

2人はただ無表情にその花を見ていた。
あまりに反応がないので「失敗したか…」と思ったほどだ。
しかし…

「あ…いらない?花好きじゃない?」

2人は目を合わせ、そしてこう言った。

「わかんない」

花が好きかどうか聞いて、「わからない」と帰って来たのは初めてだ。
やはり傀儡。感情はないのだろうか。

「ごめんね…やっぱ迷惑だよね……はは…」

「…あ」

しかし俺が花をしまおうとすると、2人の視線がまだその花に向いていることに気づいた。

「やっぱ好きなの?」

「わかんない…でも…かわいい」

「うん…かわいい」

「……?あ、もしかして宰相に、誰かにモノをもらっちゃいけないって言われてるとか?」

「言われてない」

「うん…」

「そっか…じゃあはい」

俺は半ば強引に、2人に花を掴ませた。2人はまだじっと花を見てる。

「カーラちゃんのはホークビッツ・アマナって花だよ。ミーナちゃんのはエ―デルワイス」

「ホークビッツ・アマナ…」

「エーデルワイス…」

「どっちとも可愛いだろ?」

「うん…」

「うん…」

2人とも表情が変わらないけど。どうやら…喜んでくれているようだ。
なんだか俺はすっごく嬉しかったんだ。少し、心を通わせられた気がして。

これをきっかけに、俺は裏庭ですれ違うたび少しだけ彼女たちと会話するようになった。
内容はくだらないものばかりだったけど…少しづつ距離が縮んでいくのは感じていた。

「これはアジサイ。こっちはフローロス・ヘンデン。この白いのはティシュー」

「かわいい」

「かわいい」

「どれもこの辺りで取れる花だよ」

2人は表情こそ変わらないものの、何かを知るということが大好きなように見えた。
俺が話すくだらない話をいつも興味深々で聞いてきた。

なんだか俺は、彼女たちに親にも近い感情を抱くようになっていた。

人って嬉しいとか悲しいとか、表情でわかると思うだろ?
でも彼女達と話すとさ、表情が変わらなくても人の感情ってわかるんだなって気づいたんだよ。

いつも言葉と音楽で表現する俺にとって、それらで表現できないものの素晴らしさってものに……はじめて触れた気がした。

そう、俺はすでに彼女達を人形ではなく、人として見るようになっていたんだ。
感情がないのに。感情があるようにふるまっているだけのハズなのに。

俺には目の前にいる2人に『心』があるんじゃないかと、確かに思ったんだ。

「…よし」

そして数日後、俺は決心した。
この2人が一生宰相のオモチャとして生きていくのはかわいそうだと思ったんだ。

俺はとある計画を立てることにした。

宮廷吟遊詩人をやめて、彼女達を救うためにこの事実を民へ伝えようと。
宰相は違法な傀儡を作り、王宮で娼婦のようなことをさせている変態クソ野郎って歌を作ってやろうと。

そうすれば彼女達は宰相から解放されて、もっと自由な暮らしができると思ってたんだ。

… … … …

ここまで話すと、簡単にジェイスが話をまとめる。

「それでできたのが……あの歌ってわけか」

「評判はよかった。元シドラル人の中にも宰相に不満を持っている人は多かったし、2、3回酒場で歌っただけで王都ではすぐ話題になった」

「…だろうな。元シドラル人を含め、ホークビッツ国民は宰相と国政局に頼らない、ホークビッツ王の一権体制政治を望んでる」

前にも軽く触れたが……ホークビッツの政治体制は、シドラル国との戦争によって大きく変革した。
植民地となったシドラル領は膨大な国土を持っており、円滑にそれらを統治するため、王国の軍事組織であった『紅の騎士団』やシドラル人の官僚を多く国政に従事させることになった。

その結果、ホークビッツは王国という国家体制でありながら王政とは別の政府組織『国政局』が誕生。これら二つの政治組織によって運営される二権制政治という希有な政治体制を持つにいたった。
この変革は戦後シドラル領の抱えていた食糧問題を含め、急激に広まった国土の統治に必要なものだったのは間違いないが、戦後少しづつ『国政局』の権力が強くなり、その長である宰相が王に近い権力を有するようになってしまった。

当然あらゆる問題が発生し、それらは戦後10年がたった今も根深く残っている。
表面化していないだけで『王政 と 紅の騎士団』VS『宰相 と 国政局』という二派閥の図式はあらゆる政治的な場で対立していた。

これが大事になっていないのは、ひとえに争いを望まないホークビッツ王の人柄によるところが大きい。

「それで……?あの歌を歌った後、お前はどうなったんだ?」

「あの歌が広まっちまったせいで『第三魔術師会』が動きだした。これがどういう意味か。お前にはわかるだろう」

そして、政治を行う組織が二つあると言うことは、それぞれを公平に監視する第三者組織も必要になる。
ホークビッツではこの第三者組織を『第三魔術師会』と呼んでおり、この第三者組織こそ、俺の物語を大きく進展させた存在でもあった。

第三魔術師会は、どの政治組織とも関係を築かない独立した行政・法務機関。

ホークビッツでは魔術と政治は密接に関係しており、これに関するなんらかの問題が発生した場合や、その疑惑がある時。
当事者ではない『第三者』である『第三魔術師会』がその事象を調査し、法的に問題がないか審査を行う。

その調査対象はホークビッツ政府にまでおよび、いくら国政局の長である宰相であろうとも、その権力の及ばない唯一の調査機関なのである。

「つまりお前の歌った歌が真実であるのかどうか、『第三魔術師会』はそれを公平に審査しようとしたわけだな…」

「その通りだ。『第三魔術師会』は俺の歌の噂を聞いて、宰相の家に調査へいくことになった。もし宰相が傀儡を作っていたなんてわかれば、戦後最大のスキャンダルになるからな」

「なるほど……お前があの歌を広めた目的も、そこにあったわけか」

「あぁ。公平な審査をされれば、いくら宰相であろうと逃げることはできない。そしてこれが成功すれば、宰相の息がかかった国政局は本件から除外され、王政がカーラとミーナの処置を決める。王政なら……少なくとも2人を殺したりしないだろうと思った」

しかし、ジェイスはすぐに気づいた。
一見完璧な俺の作戦が、成功していないことに。

「しかしバージニア。俺はそんな話を聞いてない」

「…」

「それほどの大スキャンダルになれば…俺がいくら旅の身だとしても少しくらい情報が入ってくるハズだ」

「あぁ…全て上手くいっていれば、このスキャンダルは国も越えて轟いただろう。『吟遊詩人の歌が、一国の宰相をその座から引きづり降ろした』とかな」

「どうして上手くいかなかったんだ?」

俺はこの物語の先を話し始めた。

… … … …

『吟遊詩人バージニア・フェンスターが、宰相のスキャンダルを歌っている』

これを聞いた『第三魔術師会』は、宰相を公平に調査する必要がでてきた。
そのために奴らは俺を呼び出して、宰相の家宅捜査の見届け人になってほしいと言ってきたんだ。

「俺も…調査にいくんですか?」

「あぁ。君があの噂を広めた張本人だからな…。君にはこの結末を見る義務がある」

「それって……」

本来、調査する上で俺を同行させる必要はない。
ではなぜ『第三魔術師会』がこんなことを言ってきたのか。
俺にはすぐにわかった。

『第三魔術師会』は、この事態を収束させるために二つの結末を用意していたんだ。

一つは宰相宅から傀儡が見つかり、俺の歌が真実であると証明される結末。
こうなれば、宰相はその地位をはく奪され、カーラとミーナも自由になれただろう。

そしてもう一つの結末は、俺の歌が全て根拠の無い嘘であり、宰相は違法行為を行っていないと立証される結末。
これはつまり…

「つまり……もし宰相が何もしていなかったら、俺に責任を取れ。ということでしょうか」

そう、この結末の辿る先は『嘘を広めた吟遊詩人が死刑になった』というタイトルで語られることになる。
相手は国の宰相だ。宰相の嘘情報の流布は、それだけで国家反逆。その情報が蔓延し、国政に疑念が出れば多くの政(まつりごと)の妨げになる。

つまり『第三魔術師会』は後者の結末になった場合、すぐに俺に通告を行うため調査に同行させるのである。

「その通りだ、吟遊詩人バージニア・フェンスター。我々はホークビッツの公平を司る『第三魔術師会』。君の歌が事実であれば、相手がいくら宰相であろうと我々は公平に審判を行う」

「…はい」

「しかし君の歌が嘘であった場合……。この国の公平の象徴たる我々が…君の首を取ることになる」

……自信はあった。

『第三魔術師会』は常に絶対的な公平の上に成り立つ組織。
いくら多くの権限を持つ宰相であろうと、彼らは完全に独立した機関であり、その動きが伝わることはない。

つまり『第三魔術師会』が動いた後に宰相が証拠を隠ぺいする時間は無く、相手がホークビッツ政府の長であろうと必ず正義は執行される。

この時、俺が宮廷吟遊詩人をやめてから数日しか経過していなかった。
公務で時間のない宰相が、証拠を隠ぺいするにはあまりにも期間も短い。

大丈夫。きっとうまくいくさ。

俺はそう、心の中で何度も繰り返し…
『第三魔術師会』と共に宮廷敷地内にある宰相宅へ向かったのである。


深夜。

ゴーン…

王宮ほどの大きさはないが、小国の城ほどもでかい宰相宅に鐘の音が鳴る。家のチャイムとしてはえらく大げさだ。
しかしどんなに家がでかかろうと、調査を行う『第三魔術師会』の魔術師は30人を超えていた。
調査はくまなく迅速に終わるだろう。

チャイムを鳴らしてしばらく待っていると、数人のメイドが広い庭を歩いて門前にやってきた。

「いらっしゃいませ…。なんです?こんな夜遅くに」

「『第三魔術師会』だ……。吟遊詩人バージニア・フェンスターの歌の件で調査に来た。…悪いがホークビッツ国の宰相であろうと我々の調査を拒否する権利はない」

「…わかりました」

メイドはすんなり門を開ける。ぞろぞろと魔術師達が広い庭を抜けていく。
邸宅の扉の前にくると、外の違和感に気付いたようで宰相と奥方が玄関で待っていた。

宰相は表情を一つ変えず俺らに言った。

「『第三魔術師会』だな」

「はい…例の歌の件で調査にまいりました」

奥方が不安そうに宰相を見る。
宰相は奥方の手をつなぎ、小さい声で「心配するな」と言った。

そして魔術師会のリーダーをキッと睨んで言う。

「公式な令状は?」

「こちらに…」

「読み上げてくれ」

「『吟遊詩人バージニア・フェンスターが広めた歌『肉の黒いバラ』の歌詞の中で、ラ=グロイゼン=シドラリア宰相の魔術法違反に関する内容があり…」

『第三魔術師会』の役人は、淡々と令状を読み上げる。当事者に全ての事実を説明する義務があるからな。
宰相は令状を読み上げている間、俺に冷たい視線を送ってきていた。

俺が目をそらすと、『第三魔術師会』の役人が令状を読み終える。

「…以上の事実を確認、および調査を実行するものとする』」

宰相は役人に冷たい視線を送りながら、皮肉を言う。

「よくできた令状だな……。嘘の噂を立証するためにしては、立派に作りすぎじゃないか?」

「あなたはバージニア・フェンスターの歌が全て嘘だと?」

「当然だ。くだらん吟遊詩人の歌に騙されるとは『第三魔術師会』も落ちたものだな……さっさとはじめろ」

「えぇ。もちろん」

『第三魔術師会』はこんな皮肉を言われることに慣れているんだろう。
役人は相手が宰相だろうと、毅然とした態度で目的までこぎつけた。

役人達がズカズカと邸内に入るのをみて、宰相の奥方は「乱暴に入らないでっ!」と役人達についていった。
すると宰相が俺のところに近づいてきて、落ち着いた声で言った。

「やぁ…バージニア・フェンスター」

「…どうも」

「ホークビッツ王は君の歌が好きだった……。私の妻も君のファンだったのにとても残念だ。せっかく宮廷で働けるよう推薦してやったというのに」

「貴族を満足させる宮廷音楽家なんて、俺には向かなかったんですよ」

「ふん。恩を仇で返すとは……貴様も話を誇張し、嘘を振りまく愚かな歌人の一人だったというわけだな…」

「違います。私は真実を歌う吟遊詩人。今までも…これからも…」

それから約4時間。調査はくまなく行われた。
俺と宰相は客間で一緒に待つ。その間、一切の会話はなかった。

「…」

「…」

そして…ついにその時はやってきた。

「調査が終了しました」

「どうでしたか?」

『第三魔術師会』の調査員は俺に視線を向けた。
何か薄暗い、心臓に這い寄る寒気のようなものを感じたよ。

そして調査員はこう言ったんだ。

「何も…見つかりませんでした…」

「…は?」

その言葉を理解するのに、俺は二回も息を吸った。
俺は正当に彼らに抗議した。

「馬鹿なッ!確かに見たんだッ!カーラとミーナという名前の傀儡だッ!彼女達から話も聞いてる!」

「もう一度言います。何も見つかりませんでした。傀儡どころか過去数年間、この邸内で魔法が使われた形跡もありません。傀儡に関する違法な魔道書もありませんでした」

「そ…そんな…」

『第三魔術師会』は絶対に公平な組織。この時の俺はそれすらも疑ったが、それがありえないこともすぐに思い出した。
だとすれば、どうやってやったのかわからないが……答えは一つだった。

『第三魔術師会』の役人が俺に言う。

「わかっていますね……?吟遊詩人バージニア・フェンスター」

「…」

「あなたは宰相に関する嘘の歌を国中に広めた……これは国家反逆に当たる行為です」

「…ま…待ってくれッ!もう一度調査をしてくれ!」

「すでに調査は完了しています……。我々は公平に事実を調査するのみ。あとは調査を正式な書類におこすだけです。そしてその書類に書かれることは……」

「…嘘だ。待ってくれ…」

「『吟遊詩人バージニア・フェンスターの歌は全て事実無根の嘘であった』ということです」

「ちがうッ!」

「法の執行者は後日、別の機関の者がやってくるでしょう。以上です。」

その時…宰相が二ヤリと笑ったのを俺は見た。
ぞろぞろと出て行こうとする『第三魔術師会』のメンバーを俺は必至で引き留めようとしたが、彼らは俺の言い分を聞かず宰相宅から出て行ってしまった。

客間においてきぼりになった俺に…宰相がぼそりとつぶやく。

「これでわかったか?吟遊詩人。私にはやましいことなど一つもない……」

「何処へ隠した…カーラとミーナを……」

「隠してなどいないさ……。君が何を言っているのか、私にはさっぱりわからない」

俺の中にある、あらゆる暗い感情が心に押し寄せた。
宰相に手を出さなかったのは、その感情があまりにも複雑に絡み合って、その中の怒りを曇らせてくれたからだろう。

何も言えなくなった俺に宰相が言う。

「それにしても……ゴミ掃除は常にやっておくに越したことはないな」

「!?」

「命令を聞くゴミは処分に困らなくていい……。今頃はハレン海岸にでも流れ着いているかもな…。はははは」

その言葉を聞いて、俺は走り出していた。
首都から南下し、ハレン海岸へ馬を飛ばしたが、その間の記憶はほとんどない。

俺の頭の中にあったのは……カーラとミーナにあげた花の香りだけだった。

海岸に到着すると、俺は砂まみれになりながら海岸を歩き回った。

「…!」

そして空は明るくなりはじめた頃。
俺は…海岸の岩場の近くで見つけたんだ。

「カーラッ!」

「…」

首を無くし、波打ち際に打ち上げられたミーナと……そのミーナの前で膝まづき、ただじっと見つめるカーラを。
2人とも裸でびしょぬれだった。

朝日が裸の2人の少女の身体を照らす。

「カーラ…ミーナ…」

首のないミーナは裸なのにも関わらず、大きく股を開いて横たわっていた。
あまりにも無残なその光景は、俺の心をあらゆる後悔で押しつぶそうとしていた。

「そんな…そんな…」

俺のせいだ…俺が、あんな歌を歌ったせいだ。
宰相は俺が歌を歌いはじめて噂が流れはじめた前から、こうなる事を予想していた。

すぐに証拠の隠ぺいを図ろうとしたんだ。
甘かったんだ。一国の宰相を舐めていたんだ。

全部……俺のせいだ。

崩れ落ちる俺の姿を見て、カーラが言う。

「…バージニア様…」

「…」

「私たちは…捨てられてしまいました」

こんな時でもカーラの目はまっすぐだった。

「宰相様は…私達を捨てる時に最後の命令を下さいました……」

「さいごの……めいれい……?」

「お互いに殺しあえと」

「…」

「私は…ミーナを殺しました」

カーラは…淡々とここまでの経緯を話す。
俺はそんな彼女をただ見ることしかできなかった。

「でも…私も死ななくてはなりません……。宰相様から、そう言われましたので…」

「…カーラ……もう、やめてくれ」

「でも死ぬ前に……ミーナのお墓を作ってあげたくて……でも、でも…作り方がわからなくて…」

「やめてくれッ!!」


なぜか…俺は涙がとまらなかった。
ミーナが死んでしまったという悲しみ。カーラが生きていてよかったと言う喜び。
そしてカーラという傀儡の少女が、この悲惨な現実の前にあまりにも健気すぎて。

俺が流した涙は、色んな感情が入り混じったものだった。

「カーラ」

俺は気づけばカーラを抱きしめていた。
彼女に幸せになってほしいと、心の底から思ったんだ。
いや、絶対に幸せにならないといけないと。

だってここにいる少女は、余りにも人間だったから。
あの時は…抱きしめる以外にその方法を想いつかなかった。

「逃げよう…カーラ…」

「…え?」

「2人で逃げるんだ…ホークビッツから……」

「いけません…私は宰相から死ねと命令され…」

「もう君は宰相の人形じゃないッ!」

「…」

「命令が必要なら、俺が書き換えるッ!……俺と一緒に、この国から逃げろ…そして…」

「…?」

「…これからは…自分が幸せだと思うことだけをするんだ」

「バージニアさま……?」

「…頼む…」

「かしこ……まりました」

こうして……俺たちはミーナの墓を作り、2人で旅に出ることにした。

… … … …

全ての真実を語り終えると、不思議と俺の気持ちはスッキリとしていた。
それを見るジェイスとディページは、何も言わずに俺を見ていた。

「……長い旅だったよ。ホークビッツからベルドランサを渡り、オロールを超えてフュリーデントへ」

「…」

「本当に…本当に長い旅だった」

話を終えると、カーラがホットミルクを持ってジェイスとディページに振る舞う。

「どうぞ…」

そんなカーラに、ディページが話しかけた。

「ここまでの旅は楽しかった?」

「はい!色んなものが見れますし……バージニア様は色んなことを教えてくださいますから」

「そっか」

カーラの表情は変わらなかった。
しかしとても嬉しそうに話すのが、きっとジェイス達にも伝わっていた。

俺はジェイスに聞いてみることにしたんだ。

「なぁ…ジェイス……」

「……なんだ?」

「お前……俺を殺すんだよな……?」

ジェイスは珍しく、目を逸らして返答した。

「俺は宰相に『お前の首を持ってこい』と言われてこの国まで来た……。手ぶらで帰ることはできない」

しかしジェイスは決して剣を抜こうとはしなかった。
この時のジェイスは、悩んでいるようにも見えたんだ。悩んでくれているように……思えたんだ。

俺達はそのあと、少しばかりの思い出話をして眠りにつくことになる。
しかし俺とジェイスは互いに決心を固めていたんだ。


自分の、今ここにいる目的を果たすために。



コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品