吸血鬼だって殺せるくせに

大野原幸雄

吟遊詩人は真実を歌う プロローグ

やぁ、俺の名前はバージニア・フェンスター。
世界中の歴史や小話を歌にして旅をしている、しがない吟遊詩人さ。

今回はアンタにジェイスというモンスタースレイヤーの話を聞かせてやろうと思ってな。

ジェイスは俺よりも6つも年下で、ガキの頃からよくつるんでた…腐れ縁ってやつだ。
モンスタースレイヤーとしての腕は確かなもんで、いろんな国にジェイスの噂話があるくらいさ。まぁ、そのほとんどは俺が歌として広めたんだけどね。

…え?いや、まぁ少しは誇張したが、ほとんど実話さ。

ジェイスは職人のように仕事をこなす男で、剣の腕は凄まじいものだった。
だけど殺しが性にあわないらしくてな……その力が発揮される機会はとても少なかった。

だから実際、これから俺が話す物語には怪物との壮絶な戦いとか、悪魔との死闘はあんまり出てこない。
期待していたら悪いが、物語の本筋はそこじゃないんだ。


怪物よりも、むしろ人間と向き合う物語さ。


さて、前置きはこれくらいにして、本題に入るよ。
今回の話はジェイスがとある人物を探してフュリーデント公国という国に入るところから始まる。

フュリーデント公国ってのは美しい自然とワインに溢れたいい国なんだ。
食べ物も豊富で金もあるが、ベルドランサという国と長い間戦争をしている。

まずはジェイスが一体誰を探すためにフュリーデントにやってきたのか……
そこんとこまで話をしてやろう。





グライン・フォールという大きな橋の上に成り立つ街があった。

下に流れる大きな川は、フュリーデント公国とオロール連邦を分ける国境としての役割を持っていた。
橋の上に街が形成されるのは、ごく自然のなりゆきであったのだと思う。グラインフォールは両国をつなぐ唯一の手段だった。

オロール連邦という国は、戦争で王と領主のほとんどを失い、大地が腐敗し、国民はみな飢餓と病気で苦しんでいた。
そんなオロールからフュリーデントへ亡命するため、当時のグラインフォールには毎日のように長い長い列が出来上がっていたんだ。

やせ細った子供や、悪臭を漂わせる老人、悲しみで身体を震わせる老夫婦。
人々はまるで何かの罰与えられ、その順番を待っているように、絶望の中でグライン・フォールの列に並んだ。


ジェイスは、そんなオロール人達の列の中にいた。


如何にも高級そうなコートを羽織り、3本の剣をさした若者。
清潔そうな金色の短髪。年齢は当時20歳。

夢も希望もなく、ただ下を向き並ぶ者たちの中で、ジェイスだけはまっすぐに前を見て自分の順番を待っていた。

「…やっとか」

2時間ほど待たされ、ようやくジェイスの順番が回って来た。

しかしジェイスの前に並んでいる母子が、国境審査でなにやら揉めているようだった。
母親が大きい声でフュリーデント兵になにか言っていた。

「この子のやせ細った姿をみてください!私たち家族は、もう2カ月近く木の皮のスープしか飲んでいないのです!お願いです…なんでもします!フュリーデントに入れてください!」

「駄目なものは駄目だ…お前らみたいな腹減りを全員受け入れてたら、一日でフュリーデント中の牛を全部食われちまうからな」

審査を行っているフュリーデント兵は、大きな声で笑った。ひどい言い方をする。
ジェイスはじっと彼らを見つめていた。

「お願いですッ!せめてこの子だけでも…グラインフォールの中には親戚がいるんです。数日だけでもいい…どうか、どうかお願いします」

「いい加減にしろッ!さっさといけ!」

ジェイスの目の前の母親は、泣きながら兵士にお願いする。
頭を下げる母親を見る少年は……兵士をぐっと睨みつけていた。

「お願いします!お願いします!」

「うるさいんだよッ!」

バンッ!

そう言うと、兵士は母親を強く殴りつけた。
ジェイスの前に母親が倒れた。

「よし、次……」

ジェイスはそれに対して特に反応することもなく、国境審査を受ける。

母親はうずくまり、静かに子供を抱き寄せて「ごめんね、ごめんね」と泣いていた。
ジェイスが審査を受けようと兵士の前に立つと、兵士はジェイスにも大きな態度をとった。

「今度は女みてぇに顔色が悪いヤツがきたな」

しかし、ジェイスはそれに対しても特に表情を変えず…

「肌が白いだけさ…」

とぽつりと返した。

「ずいぶん立派な剣を持ち歩いているんだな?しかも3本も。…そんなにいるか?何に使うんだよ」

「仕事で使う。必要に迫られれば、3本とも」

その返答を聞くと、兵士は鼻で笑い…

「ふん、悪いが身分のよくわからん奴をフュリーデントへ入れるわけにはいかない。いくつか質問をする」

ジェイスは表情を変えずにコクリと頷く。
兵士は紙を取り、何やら確認しながら質問をしていく。

「名前と年齢は?」

「ジェイス・ヘンディ。今年で20になる」

「まだガキだな」

「問題あるのか?」

「いや?」

兵士は紙に記入しながら、こう続けた。

「ジェイスか…どこかで聞いた名だ」

「よくある名だしな」

ジェイスがそう返すと、兵士の1人がジェイスの持っていたカバンを漁りだした。
ボロッちいカバンだったが、ジェイスの全財産が入った大切なカバンだ。

「なにするんだ」

「荷物を確認するだけだ。済んだら返してやるよ……ほら、質問を続けるぞ」

ジェイスは不満そうな顔を出さないように、心の中でため息をついた。

「出身は?」

「育ったのはホークビッツだ。生まれた場所は俺も知らない」

「ホークビッツ?貴族には見えんが?」

「貴族だけの国なんてない。裕福な国にだって、はみ出し者はいる」

兵士はジェイスの表情をまじまじと見て、また目線を紙に下げ質問を続けた。

「結婚歴は?傭兵なら所属している組織は?…そしてそれらを証明するものは何か持っているか?」

「結婚はしてない。傭兵でもない。だからそれらを証明するものは持っていないな」

それを聞くと、兵士はジェイスに顔を近づけ睨むように言った。

「なら貴様は何者だ?……何のためにフュリーデントにやってきた?」

「モンスタースレイヤーをしてる。ただ今回は怪物狩りに来たわけじゃない……。とある人を探してこの国にきた」

「モンスタースレイヤーだと?」

モンスタースレイヤーと言う言葉を聞いて兵士たちの表情が変わった。
フュリーデントにはモンスタースレイヤーに関するとある法律があったんだ。

フュリーデントは裕福な国だったが、国内のモンスターは年々凶暴さを増していた。
そのためモンスタースレイヤーであれば、身分を明かした上でどんな人物でも入国を許可しなければならなかった。

つまり兵士たちはモンスタースレイヤーを名乗っている人物を、自分たちの持つ権限で入国拒否する事ができなかったわけだ。

本来であればこんな質問を受ける必要性すらなかったのだが……
他国の事情をジェイスが知るわけもなく、彼らの暇つぶしに付き合わなければならなかった。

「人を探しているっていったな?…誰だ?」

「バージニア・フェンスターという吟遊詩人だ。30歳手前のチャラチャラした吟遊詩人さ」

おい。チャラチャラしたは余計だろう。あと俺の年齢は26歳な。

そう…
ジェイスの探し人は、この物語の語り手であるバージニア・フェンスター…つまりは俺だ。

じゃあなぜ俺を探しているのか。……それはまぁ、この先を聞いてほしい。

「その吟遊詩人を探している理由は?」

「とある人物を侮辱した歌を街中に広めた。その人物から依頼されてそいつを殺しに来た」

「モンスタースレイヤーが人殺しを請け負うとは。落ちたもんだな」

兵士はジェイスを小馬鹿にする材料を探していた。
しかし、ジェイスはこんな幼稚な挑発に対して、淡々と必要であることだけを返した。

「普段なら、こんな依頼を受けない。しかし今回の依頼主はそこらへんの成り上がり貴族じゃないからな」

「だれだ?」

答える義理はないのだが、ジェイスは早くこの場所を切り抜けたかった。
特に秘密でもなかったので、誰が依頼主かを簡潔に話した。

「ホークビッツの宰相(さいしょう)だ」

「…は…?」

「なんだと…?」

このなんとなく返した返答で、徐々に兵士たちの顔が曇り始める。

「ホークビッツの宰相だと?あの国の宰相は、国王と並ぶほどの権力者のはずじゃないか」

「あぁ。だからバージニア・フェンスターはホークビッツにいれなくなった。ベルドランサ経由でオロールへ入り、そのままフュリーデント公国に逃げ込んだようだ」

「そんなことはどうでもいい!なぜお前みたいなモンスタースレイヤーに、一国の宰相が依頼をだす…?」

兵士たちの真剣な問いにジェイスは…

「…さぁな」

と、間の抜けた返事を返した。
兵士たちは混乱していたようだが、その中の一人がジェイスの顔を見て、みるみる顔面が蒼白になった。

「ジェイスって…お…おまえ…もしかして…『吸血鬼殺し』か…?」

「…?」

「人間じゃ殺すことができない吸血鬼を唯一殺せるモンスタースレイヤー…」

他の兵士も…
徐々にジェイスのことを気づき始める。

「嘘だろ…」

「こんなクソガキが…?」

永遠の時を生きる最強の悪魔、吸血鬼。吸血鬼は吸血鬼しか殺せないというのが…長年の定説だった。

俺が歌にして広めたのが大きな理由だが、吸血鬼殺しという実績は、ジェイスの名を上げた大きな仕事の一つだった。
しかし笑えることに、当の本人は自分が『吸血鬼殺し』と呼ばれていることに、この時初めて知ったらしい。

しかしジェイスは心の中で「よくわかんないけどラッキー」と思った。
めんどくさい説明しなくて済むのがうれしかったんだな。

「そうだ…それだ。そのジェイスだ」

なんとなく、適当に話を合わせる。
ジェイスはこういうところで結構いい加減なやつだった。

「その話が事実であるという証拠は?」

「俺自身を証明するものはないが、フュリーデント大使としての召喚証がある。ホークビッツ王じきじきの印書もある」

「み…みせてみろ」

「…」

「…どうだ?」

「たしかに…」

ここで、ようやく兵士たちは納得した。
あまりの驚きで、嫌味を言う間もなかったようだ。

「それで…いれてくれるのか?…まぁ拒否されたとしても、直接フュリーデント侯爵に伝令で許可を貰うだけだが?」

兵士たちは互いを見る。
そしてその中の1人が、うなだれてこう言った。

「通れ…」

何も言い返せず、兵士はついにジェイスの入国を認めた。
しかしジェイスは荷物を受け取ると、兵士にこう言ったんだ。

「あぁ…それと、この証書にはこうも書いてあるんだが?」

「…なんだ?」

「『フュリーデント大使としてモンスタースレイヤー・ジェイス・ヘンディを任命する…役目を果たすため、付き人にも同様の権限を与える』…と」

「それがどうした…?」

「これって俺の付き人であれば、もう一人フュリーデントに入れるってことだろ?」

「は…?」

「なぁ…そこの君…」

そういってジェイスは、先ほど兵士を睨みつけていた少年を呼んだ。

「君、俺の付き人ね」

「え?」

「は!?」

「ちょっ!ちょっとまて!」

兵士たちは何か言いかけたが、ジェイスはびしっと証書を見せつけた。
すると兵士たちは何も返すことができず、ただただ少年が国境を超えるところを見るしかできなかった。

少年の母親はただただ驚いていた。
そして、フュリーデントに入ったジェイスに、オロール側から何度も何度も頭を下げた。

ジェイスは母親に対して特に愛想もなく、少年に言う。

「グラインフォールの街に、親戚がいるんだったな?」

「…うん」

「食べ物をもって、母親のところに戻ってあげるといい……これがあれば国の往来は自由だ」

そう言って、ジェイスは少年に自分の召喚状を渡した。
少年も一体何が起こっているのかさっぱり分からなかったが、ただひたすらに優しいモンスタースレイヤーを見上げて、心の底からこう言った。

「ありがとう」

兵士達や並ぶ人々全員の視線が、国境を越えたジェイスと少年に向けられていた。
別れ際、少年が純粋な瞳でジェイスに言う。

「お兄さんは…エイユーなの?」

「……英雄?俺が?」

「うん。お母さんが言ってたんだ。いつか、この大陸に英雄が現れて、皆を救ってくれるって」

ジェイスはそれを聞くと、グライン・フォールに並ぶ人々を見ながら言った。

「違う」

「…?」

「英雄ってのは、ここにいる全員を助けてやれる奴のことを言うんだ」

そしてジェイスはもう一度少年を見て、何も言わず街の中に消えていった。



さぁ、ここまでが物語のプロローグ。
ジェイスの人柄はよく伝わったと思うけど、俺からしたらまったく笑えないんだ。

なんてったって、ジェイスは俺を殺すためにわざわざ二つの国を超えてフュリーデントにやってきた。
ここから語る物語は、俺が殺されるまでの冒険譚ってことなのさ。

ジェイスは確かにいいやつだ。
しかし誰よりも仕事熱心な男だったということが…俺にとっての最大の不幸だった。

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