婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子

3.王太子1

「お前という奴は!!」

父上はそう言うや否や、私を殴り飛ばした。

「心底腹立たしい! 私自身、情けないぞ。婚約の意味も責任も理解しておらなんだとは。お前の妃となる為にアレクサンドラがどれほど己を律して努力してきたか。それを次期国王になるべく育ったはずのお前が理解出来ていなかったとは!!!
愛のない政略結婚だと…?お前は何様だ!!それはアレクサンドラとて同じことだ!!国のため、民のためと、我慢してお前と婚姻しようとしていたのだぞ!!何を勝手に、さも自分だけが犠牲者のように思っておるのだ!!
お前のような不届き者は王族として生きる資格など無い! 生涯、北の離宮で謹慎せよ!」

追い払われるように部屋から出された。
背後から「あのような男を大事なアレクサンドラの婚約者に据えたこと…天国の姉上にどうお詫びすればよいのだ…」と言う父上の嘆きが聞こえてきた。







「王太子殿下」

私を呼ぶ、小さく震える声。
その声の方角に顔を向けると、そこには己の乳母が佇んでいた。父上との謁見の間中、ずっと廊下に控えていたであろう乳母。

「もう王太子ではない」
「……殿下」
「近いうちに呼ばれなくなる。私は生涯軟禁されることになった」
「そんな…」

私にとって母同然の乳母だ。
厳しいばかりの母上と違って、乳母はいつも優しかった。間違った事をすると怒られたが。弟の乳母と違って、私が成長してからも傍に仕えてくれていた。乳母の役目が終わったら、今度は『専属の女官』として傍にいてくれたのだ。
真っ青な顔で小刻みに震える乳母を見ると、豊かな褐色の髪に白いものが数本見えた。この数週間ですっかり老けてしまった。それもこれも私のせいで。

「これ以上、私に関わると、そなたにも沙汰があるかもしれぬ…」
「構いません。私は殿下のお傍を離れません」
「バカな事を。そんなことをすれば、そなたの身内にも被害が及ぶかもしれん」
「殿下、私の夫は既に亡くなっております。子供も…殿下が生まれる少し前に…。私に家族と呼べる身内はもうおりません。ですので、そのようなお気遣いは不要なのです」

乳母の言葉に衝撃を受けた。私は知らなかったからだ。長年、仕えてくれている乳母の家族の事も、その近況もなにもかも。

「それでも連れては行けない。ちちう……陛下にもそなたの今後を頼むつもりだ。悪いようにはしない」
「いいえ、私がお仕えするのは殿下だけでございます」
「馬鹿なことを言うな…」
「不敬ながら、幼き頃より我が息子と思うてお仕えしてきました。最後までお供いたします」
「私は…そなたの忠言にも耳を貸さず…あろうことか愚行を繰り返してきたというのに」
「それでも私にとっては大切な殿下でございます。この老いぼれの最後の望みを叶えてくださいませ」

この乳母とアレクサンドラだけが最後まで苦言を呈していた。「ミリー嬢から離れてほしい」と、「王族にあるまじき振る舞いです」と、そのような行為は正しくない事だと。
今思えば、アレクサンドラよりも乳母の方が必死だった。
何度も「婚約者であるアレクサンドラ様がいらっしゃるのですよ」と言われ、「あのような女狐に心奪われるなど断じてなりません。取るに足らない男爵家出身者に寵愛を与えるなど」とミリーを悪し様に言われた事もある。
あの時は、アレクサンドラが乳母に言わせているのだと思っていた。
私とミリーの仲に嫉妬して、乳母に言わせているのだと信じ込んでいた。

「私がもっと強くアレクサンドラ様を、お引き止めしていれば…」

後から知った事だが、乳母はアレクサンドラの逃走を防ごうとしたらしい。乳母としては、どのような理由があろうとも、王族の命令に背いたアレクサンドラとその侍女の行動は許されない事であったようだ。もっとも、武芸に長けたアレクサンドラの侍女に対して、足止めらしいことも出来なかったようだが。
その事を知った時は、乳母が深入りしなくて良かったと安堵した。
なにしろ、あの侍女は、並みの男よりも強かった。末端とはいえ近衛兵を数人投げ飛ばしたのだ。
しかも、投げ飛ばされた近衛兵は怪我一つなかった。打ち身だけで数日も寝込んだと聞いた時は、軟弱な奴らだ、と思ったが、実際相手に対して傷を負わせないことが狙いだったのだと後から気付いた。
王族の命令で動いた近衛兵の邪魔をしたのだ。
王家に対して叛意あり、と訴えられても仕方ない行為だ。だがそれを「冤罪をかけられた主を守るための自衛または正当防衛である」と言い切られてしまったのだ。

「そなたのせいではない」
「殿下……」

涙を堪える乳母に申し訳ないが、こればかりは私のせいだ。アレクサンドラが毒を自ら飲み干したのは私の責任だ。
そして王家の。
彼女は誰よりも王家を理解していた。王太子妃としての教育を受けてきたのだ。
それを私が台無しにした。
婚約者がいながら別の女性を愛し、アレクサンドラに冤罪を被せてまで、婚約破棄の宣言を行ったのだ。躊躇はなかった。
偏にミリーと結ばれたいがために。

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