ボクとネコのはなし

清泪(せいな)

第61話 アフターサービス

 無地の黒いタンクトップに学校指定だろう赤いジャージズボン、と前回出会った際と変わらない出で立ちの犬飼君は前回とは全然違うリアクションの数々を見せてくれている。

 紅潮したのは頬だけに止まらず、その健康的に日焼けた肌全てが紅潮していく。まるで何かに変身でもするみたいだ。もしくはここからギアが上がるのかもしれない。

 熱暴走の加速、妄想の加速。

 しかしながらボクとしてはそういった暴走を見過ごすわけにも、相手にするわけにもいかないわけで。

「けしかける? もしかして、告白、の事を言ってるのかい?」

「そ、そうだ。ア、アンタが何かけしかけなきゃ、あ、あの二人があんな変な事を言うわけがないんだ!」

 純情も暴走すると失礼だな。

「それは誤解だよ。それに二人の真摯な言葉を、変な、なんて言い方はやめた方がいいな。いや、するな」

 少し、腹がたった。

 樹下桜音己の事も、猿渡美里の事も、犬飼英雄は何もわかっていないわけでもないだろうに。

 ボクの言葉に威勢を無くし犬飼君は下を向いた。ぶつぶつと何かを呟いている、癖なのかな。

「……あ、あのその、変な、だなんて言ったのは謝るよ」

「ボクに謝られても仕方ないだろ。今度二人に会った時に謝るんだね」

 下を向いたままの犬飼君はボクの言葉に頷いた。頷いて、直ぐ様首を横に何度か振り、顔を上げた。何やら困惑した様な懇願する様な表情だった。

「だけどさ、俺わからないんだよ。アイツらの告白にさ、何て答えたらいいのかわからないんだ」

「君の気持ちを伝えたらいいじゃないか?」

「だから、その、俺の気持ちってのがわからないんだよっ」

 自分の気持ちがわからない。

 この夏、そう言葉にしたのはボクだっただろうか?

 それとも、樹下桜音己だっただろうか?

「わからない、って気持ちはよくわかるよ。だけど自分の気持ちに向き合えるのは自分だけなんだよ、わからないじゃ進まないし、進めない」

 やっと樹下桜音己は進みだしたというのに、犬飼君が進まないというのなら話にならない。

 ボクは立ち往生経験者として、犬飼君に教えなければならないだろう。

 頼りない家庭教師だとしても、実体験ぐらいは伝えれるだろうし。

 犬飼君はボクを上目遣いに一瞬やると、直ぐ様顔を下に向け首を横に振りながら小さく溜め息をついた。

 別にボクに対して呆れたというわけではないだろう。言うなれば、観念したというところか。

 いや、決心か。

 その一連の行動の後、暫く間が空いたがボクはじっと犬飼君の次の言葉を待ってやる事にした。

 正直言えば犬飼君の相手をしてやるのは面倒だった。幼なじみ二人から告白されて悩むモテモテ野郎に構う様な心の余裕は基本的にボクには無い。

 もちろん、ボクには早恵という恋人がいるので嫉妬だとかの類いではないのだが。

 受け持った生徒の友人だとはいえそんな贅沢な悩み事に、おお心の友よ、と優しく取り合ってやる人間の方がどうかしている。

 そんな器のでかさはボクにとってみれば異常だ。

 では、何故今犬飼君の言葉を待っているのか?

 それは数十分前にアロハな社長に言われた事が心に残っていたからだ。

 そう、これはアフターサービス。

 樹下桜音己へのアフターサービス、なのである。

「ミ、ミリはさ、いつも笑ってくれるんだよ。俺が辛い時とか下向いちゃう様な時に優しく微笑んでてくれてさ。それに癒されるっていうか、つい甘えちゃってるっていうか」

 下を向いたままでそう独白する犬飼君。

 この場合、猿渡美里の代わりにボクが彼に微笑んでやるべきなんだろうか?

 いやいや、それは間違いなく間違えようもなく間違いだな。

「あ、俺さ、ネコが引きこもってから少し考えてたんだよ。俺たち三人の事。何でネコが引きこもる事になったのかとかって、やっぱり三人の間に問題があんのかなぁ、って思ってさ」

 犬飼君の言葉をただ聞いてようと無言を通していたボクに不安になったのか、犬飼君は顔を上げてボクの態度を確かめる様に補足を付け加えた。

 こういう時の相槌というのが如何せん苦手だ。

 とはいえ、犬飼君は不安そうにこちらを見ているので安心させる為にも相槌を打ってやらねばならない。

 それにしても、犬飼君は捨て犬みたいな表情でこちらを見ている。

 出会い頭の威勢は何処へと行ったのだろう?

「ふーん、それで?」

 無難な相槌をと言葉にしてみたがどうにも無愛想な形になってしまった。

 それでも犬飼君はとにかく相槌が欲しかったようで、納得したのか二回程頷いていた。

 尻尾が有ったら振っていそうだ。

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