ボクとネコのはなし
第48話 けじめ
「これで、お前の勝ちやな、洸」
転がったボールを拾い上げて、優人はその場で座り込んだ。胡座を組んで座り、足の中心にボールを置く。ボクもそれを見て、膝から折れる様にして地面に座り込んだ。
吸いたいのか吐きたいのかわからないぐらい呼吸は激しく、身体は疲労感で一杯だ。疲れがすぐ来るのは年を取ったせいか、まだまだ若いからか。いや、単なる運動不足か。
「あ~あ、疲れたわホンマ」
空を見上げ、棒読み気味に優人は言った。ボクとは違って、肩を震わす程も無い呼吸の乱れ。青信号の点滅にちょっと小走りしました、ってぐらいの疲れ具合。
「嘘言うな、全然疲れてないじゃないか」
「アホ、今の事だけ言うとるんやないわ。色々と全部ひっくるめて疲れた、言うとんねん。あ~、しんど」
言うなり優人は、空を見上げた身体をそのまま後ろに倒した。手足を広げて、大の字になる。
「しんどかったけど、これで何もかんも終いや」
優人は空に手を伸ばして、星を掴む様に、空を掴む様に手を伸ばして、何も掴めずに手を下ろした。
“終い”という言葉と優人の仕草が気になってボクは声をかけようとしたが、ああせや、という優人の声に遮られる。優人はそう言いながら上半身を起こし胡座の姿勢に戻った。
「オレの癖って結局何やったんや?」
「何だよ、気になってたのかよ」
そういうのを一切気にしない豪快な素振りを見せていたのに、意外と小さい奴なのかもしれない。
「いやいや、お前言いたそうやったやん。わざわざ聞いたろう言う好意やん。オレって、いい奴、やからな」
やっぱり小さい奴だった。気になっているくせにボクのせいにしようしてる。喋り方を変えたらツンデレのツン部分みたいだ。
しかも、すっかりいい奴アピールが板についてきている。言い出したのがボクだから安易にツッコめないのが痛い。癖についても、いい奴についても。
「優人、お前の癖はさ、その右足だよ。治ったその右足」
ボクは優人の右足を指差して言った。一年前にあの事故で折れた右足。それを必死の努力、必死の思いで治した優人。
その思いが癖という形としてなってしまっている事に、ボクは気づいた。
骨折による後遺症があるわけではない。いや、あるいはそれもまた“後遺症”と呼べるモノなのかもしれない。
優人には決定的な場面では右足を使う癖がある。右足でトラップを仕掛け、右足で誘い、右足でカバーする。その際、左足はフォローとも呼べない程の中継的な役割しか担わない。次の右足の為の左足。
右足の治療時に負担がかかっていたから強くなったと言っていた左足は、使われる事がほとんど無かった。使えないのではなく、使わないのだろう。
利き足だからと右足の使用に偏ったわけではない。優人は昔から両足を巧みに使えるプレーヤーだった。
では何故右足を積極的に、いや、強引に使う事にこだわったのか?
「お前はボクに対して、右足は大丈夫だ、って証明したかったんだろ?」
癖とは無意識的にやる行動を指す言葉だが、意識的に行動する場合も癖と呼べる。半ば強引で少し危険性を含む右足の使い方は、優人の思いが作り出した癖だ。
「証明、か。せやな、証明、したかったんやな。オレはまだ終わっとらん、勝手に夢を終わらすな、ってな」
優人は自分の右足を撫でながらそう言った。
「まぁそれで負けてもうたんやったら、笑い話にもならんわな。これで……オレとお前との夢も終いや」
優人はそう言って立ち上がる。身体についた砂を払い、ボールついた砂も払う。
「終い、終いってさっきから何だよ?」
ボクも立ち上がり、先程から抱いていた疑問をぶつける。
「お前はオレに負けて彼女と別れた。約束通りけじめをつけた。だから、オレもけじめつけなあかんやろ?」
「今回の勝負にはそういう決め事無かったはずだぞ」
勝ち負けの後に何も決めておきたくなかった。決めておく事でボクの中で逃げ道を作りたくなかったからだ。
それが逃げ道になるかどうかもわからなかったがそうなる不安が何処かにあって、だからボクは何も決めなかった。
「けじめ、や。お前が勝ったら今後一切お前には関わらん。それがオレのこの勝負にかけていたけじめや。けじめもちゃんとつけれへんねやったらこの勝負、初めから無意味になってまうやろ? このままやったらお前は無意味に彼女と別れた事になってまう」
「だったら……いや、そんなの関係無く、ボクは早恵とやり直す。もう一度、早恵とやり直す。それが、この勝負で勝ち取ったモノ。それでいいだろ?」
転がったボールを拾い上げて、優人はその場で座り込んだ。胡座を組んで座り、足の中心にボールを置く。ボクもそれを見て、膝から折れる様にして地面に座り込んだ。
吸いたいのか吐きたいのかわからないぐらい呼吸は激しく、身体は疲労感で一杯だ。疲れがすぐ来るのは年を取ったせいか、まだまだ若いからか。いや、単なる運動不足か。
「あ~あ、疲れたわホンマ」
空を見上げ、棒読み気味に優人は言った。ボクとは違って、肩を震わす程も無い呼吸の乱れ。青信号の点滅にちょっと小走りしました、ってぐらいの疲れ具合。
「嘘言うな、全然疲れてないじゃないか」
「アホ、今の事だけ言うとるんやないわ。色々と全部ひっくるめて疲れた、言うとんねん。あ~、しんど」
言うなり優人は、空を見上げた身体をそのまま後ろに倒した。手足を広げて、大の字になる。
「しんどかったけど、これで何もかんも終いや」
優人は空に手を伸ばして、星を掴む様に、空を掴む様に手を伸ばして、何も掴めずに手を下ろした。
“終い”という言葉と優人の仕草が気になってボクは声をかけようとしたが、ああせや、という優人の声に遮られる。優人はそう言いながら上半身を起こし胡座の姿勢に戻った。
「オレの癖って結局何やったんや?」
「何だよ、気になってたのかよ」
そういうのを一切気にしない豪快な素振りを見せていたのに、意外と小さい奴なのかもしれない。
「いやいや、お前言いたそうやったやん。わざわざ聞いたろう言う好意やん。オレって、いい奴、やからな」
やっぱり小さい奴だった。気になっているくせにボクのせいにしようしてる。喋り方を変えたらツンデレのツン部分みたいだ。
しかも、すっかりいい奴アピールが板についてきている。言い出したのがボクだから安易にツッコめないのが痛い。癖についても、いい奴についても。
「優人、お前の癖はさ、その右足だよ。治ったその右足」
ボクは優人の右足を指差して言った。一年前にあの事故で折れた右足。それを必死の努力、必死の思いで治した優人。
その思いが癖という形としてなってしまっている事に、ボクは気づいた。
骨折による後遺症があるわけではない。いや、あるいはそれもまた“後遺症”と呼べるモノなのかもしれない。
優人には決定的な場面では右足を使う癖がある。右足でトラップを仕掛け、右足で誘い、右足でカバーする。その際、左足はフォローとも呼べない程の中継的な役割しか担わない。次の右足の為の左足。
右足の治療時に負担がかかっていたから強くなったと言っていた左足は、使われる事がほとんど無かった。使えないのではなく、使わないのだろう。
利き足だからと右足の使用に偏ったわけではない。優人は昔から両足を巧みに使えるプレーヤーだった。
では何故右足を積極的に、いや、強引に使う事にこだわったのか?
「お前はボクに対して、右足は大丈夫だ、って証明したかったんだろ?」
癖とは無意識的にやる行動を指す言葉だが、意識的に行動する場合も癖と呼べる。半ば強引で少し危険性を含む右足の使い方は、優人の思いが作り出した癖だ。
「証明、か。せやな、証明、したかったんやな。オレはまだ終わっとらん、勝手に夢を終わらすな、ってな」
優人は自分の右足を撫でながらそう言った。
「まぁそれで負けてもうたんやったら、笑い話にもならんわな。これで……オレとお前との夢も終いや」
優人はそう言って立ち上がる。身体についた砂を払い、ボールついた砂も払う。
「終い、終いってさっきから何だよ?」
ボクも立ち上がり、先程から抱いていた疑問をぶつける。
「お前はオレに負けて彼女と別れた。約束通りけじめをつけた。だから、オレもけじめつけなあかんやろ?」
「今回の勝負にはそういう決め事無かったはずだぞ」
勝ち負けの後に何も決めておきたくなかった。決めておく事でボクの中で逃げ道を作りたくなかったからだ。
それが逃げ道になるかどうかもわからなかったがそうなる不安が何処かにあって、だからボクは何も決めなかった。
「けじめ、や。お前が勝ったら今後一切お前には関わらん。それがオレのこの勝負にかけていたけじめや。けじめもちゃんとつけれへんねやったらこの勝負、初めから無意味になってまうやろ? このままやったらお前は無意味に彼女と別れた事になってまう」
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