ボクとネコのはなし
第47話 勝機
「癖言ぅんわな、無意識にやってる動作の事やろ。それを指摘されて修正しようと思うとな、そこに意識が働いて多少のズレが生じるわけや」
腕を組み変えながら、例えばや、と優人は言葉を淡々と続ける。
「お前の場合、チャンスボールには必ず反応する習性がある。これは長年FWとして、ストライカーとしてやってきた特有の習性やな。お前はその習性が出た時に、必ず右肩がほんの少しだけ下がるねん。まぁ、右足を動かす為の予備動作なんやろうけどな。それが、お前の癖や」
ボクが自信を持って考えていたボールへの嗅覚。だけどそれが、ボクの決定的な癖。それが、瞬間的な隙。
右肩が下がってるなんて自覚は全く無いけど、優人の事だから完璧にそれを見抜いてフェイントをかけていたのだろう。
「そのお前の癖。右肩を下げる癖、意識してみぃ。必ずぎこちない動きになりよるから。それは、逆に致命的や。そうやろ?」
穴を埋める為に土を掘るわけだ。癖を隠す為に他の綻びが生じては意味が無い。
何の支障も無く癖を無かった事にする。それが一番の理想だが、きっとそれはボクには無理なのだろう。
無理と見越して優人はボクに癖を教えてくれているんだ。
せっかく見つけた過去からの光明は、アドバイスをくれた優人自身に儚くも欠き消されてしまった。
……というわけでもない。
むしろ、今の優人の言葉にボクは少し思い当たっていた事に自信が持てたのだ。確信、と言ってもいい。
癖は指摘されて簡単には修正できない。その言葉は今のボクには微かな勝機だ。
「やっぱりお前は、いい奴、だよ、優人」
「正直、追い込んだったつもりやったんやけどな。何で笑っとんねや、洸?」
笑っている? 言われて気づいたが、ボクは確かに笑っていた。
口元が弛んでいる程度で、頬が若干上がっているのが意識してやっとわかった。でもそれは、ちょっと不覚だ。
まだ勝った気になるには早すぎる。やっと勝負になりそうになったぐらいだから。
「フェアじゃないから、先に言っておく。ボクもお前の癖に気づいたんだ」
「へぇ……そうか。なら、勝負再開と行こか」
言って優人はボールをまた蹴り出した。
「うわっ、ちょっ。聞かないのかよ、自分の癖」
「聞いたとこで、どうにかなるもんでもない。今さっき、そう言うたとこやろ」
優人が蹴り出したボールをボクは追いかける。
一週間前、一年前、それ以前から何度となくやってきたボールの取り合い。何度となくやってきたから、気づいた違和感があった。
一週間前、その違和感はボクが要因するものだと思っていた。一年間のブランクによるもの、そうだと思っていた。
だけど、今。こうして、何度と優人からボールを取ろうとする事で気づいた。違和感の原因はボクではなくて、優人にあるのだと。
優人がこれみよがしに右側にボールを転がした。“これみよがし”の使い方があってるかどうか少し自信は無いが、ともかくあざとすぎるチャンスボール、あからさまな罠だ。
しかし、ボクはその罠に乗っかってやる。優人に指摘された癖を修正する事なく、チャンスボールに身を動かし右肩を少し下げる。
「ほら、また出とんぞ、癖!」
優人がそう言って右側に転がしていたボールを、右足でステップする様にインサイドキックで左側に運ぶ。ボールが転がり優人の左足に届く直前、ボクの左足がそのボールに触れた。
「お前もな!」
やっと触れる事のできたボールは、優人の後方に転がっていく。驚く優人より早く、ボクはそのボールへと一歩を踏み出していた。
ボールに触れた左足を踏み込んで、優人の左足より外側にボクは右足の一歩目を出した。優人の横をすり抜ける様に、続いて左足での二歩目。
「わざと……! わざと、右肩を下げたんか!?」
優人の言葉に答えている間もなく、右足での三歩目。既に優人は振り返り一歩目を動かし始めているのだろうが、もう遅い。
ボールはボクの一歩先にあって、ゴールはその先にある。次の一歩を踏み込んで右足を振り切ればいい。外す距離じゃない。
優人の推測通り、ボクはわざと右肩を下げた。癖を再現したのだ。無意識的にやっている行為だからどれほど下げるべきなのかは、賭けみたいなものだった。正直言えばその演技がバレてしまったとしても別に構わなかった。ただの二段構えの一段目。
ボールを奪う隙の本命は優人の癖をつくことにあるのだから、この一段目はその癖を早目に出させる為だけの動きに過ぎなかった。こうも見事にかかってくれるとは、逆に驚いているくらいだ。
ボールを追い越す様に踏み込む左足での四歩目。勢いそのままに右足を振り切った。ボールはゴール、真ん中の鉄棒の枠の中を通っていいく。ゴールネットなんか無いので、ボールは公園を囲む金網フェンスに当たり跳ね返って転がった。
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