ボクとネコのはなし
第34話 夢を砕いた幼なじみ
「以上。ボクの恋ばなはおしまいだよ。等価交換にはなれたかな?」
これ以上話すことも無いし、これ以上樹下を怯えさせイメージ低下に勤しむわけにもいかないので、ボクは話を終わりにする事にした。
「いえいえ、等価交換なんて滅相も無い。お釣りを返さなければいけないぐらいです。作り話なら即興で話しますけど」
凄い勢いで首と手を横に振る樹下。あまりの恐縮ぶりに止める術を見失ってしまったのだが、手が両手だったのでそこだけツッコむ事にした。
「君は雨の中走る車か!」
ボクの軽めのツッコミに樹下はニッコリと微笑んだ。いや、ツッコミに微笑みで返されても。
さて、話も終わった事だし今度こそ帰ろう。立ち上がり時計を見ると、時針が6を過ぎていた。窓から外を見れば、街は夕陽のオレンジに染まっていた。結構、長居してしまったな。
今度は樹下から抗議の声も、抗議のガン見も無かった。満足したのか、はたまた怖いから帰れと言うことなのか。
とりあえず、帰れるならそれが一番なのでボクはもちろん帰宅を選択する。
「じゃあ、帰るとするよ」
「お疲れ様です。雨には気をつけてくださいね」
外は夕陽のオレンジが広がる、快晴。樹下は、心まで雨の中走る車になってしまったのだろうか?
ボクの住む駅に着く頃には雨はどしゃ降りだった。
やはり樹下はニュータイプか、なんて思ったけどニュータイプは天気予報なんて便利な事は出来ないし、単純にTVか何かで天気予報を見たって事だろう。
ボクの鞄の中には折り畳み式の傘なんて用意周到な物は入っていない。備えあれば憂いなし。先人の言葉が最近身に染みて、染みすぎて痛い。
ボクの当たらない予感からしてもこの雨は直ぐには止みそうにない。駅から自宅までは近かったので、ボクは鞄を傘代わりに走ることにした。傘代わりと言っても棒を突き刺して掲げるわけではなく、両手で頭上に掲げるだけ。
ああ、もちろんいらない説明だとはわかっているが、樹下桜音己と会った後は何かと自身の一般性を主張したくなる。誰に対しての主張かは、考えない事にする。
近くと言ったが自宅までそこそこの距離があり、ボクは途中で一呼吸休憩を取った。シャッターの閉まった本屋の前、雨宿りをするボクの後から来た足音。
「やっと、見っけたで」
その足音の主、その声の主が誰かわかった瞬間、ボクはその主に殴られ雨に濡れるアスファルトにふっ伏した。
その主の顔を見なくてもボクにはわかった。
ボクが夢を砕いた幼なじみ、深見優人だ。
「何や、殴られてもしゃあない、っつう顔しよって」
ボクは雨に濡れたアスファルトから身を起こし、汚れた顔をそのままに優人を見上げた。
セリエAの有名サッカークラブの白いジャージで上下を揃えた彼は、一年前と変わらない、いや、ずっと変わらない深見優人だった。
たすき掛けで背負っているジャージとお揃いのクラブのスポーツバッグ。刈り上げて短く立てた髪。陽に焼けた褐色の肌。
雨に濡れる事も気にせずに、ボクの知るサッカー少年はそこに立っていた。
幼い頃はボクより低かった背はいつの間にかボクより高くなっていて、彼は立派なDFとして一年前にボクの前に立ちはだかった。
今もこうしてボクの前に立っている。
違いがあるとすれば、ボクがユニフォームを着ていない事と、小生意気に見える優人の笑顔が今は怒りの表情に満ちている事。
でもそれは、優人の言うように仕方の無い事だ。
ボクは優人に対して取り返しのつかない事をしてしまったし、その事から逃げ出してしまったのだ。
だから、ボクは殴られても仕方無い。
いや、もっと早く殴られるべきだった。
それで、何かが解決するのならば。
それで、何も解決しないとしても。
ボクは、しっかりと優人に殴られておくべきだった。
幸いこの通りはこの時間帯は人通りが少ない場所なので、ボクが優人に殴られても誰かが騒ぐ様な事はなかった。
雨がアスファルトを打つ音と、心臓が胸を打つ音だけが聴こえる。
「殴られても仕方無いよ。ボクは取り返しのつかない事をし……っ!?」
ボクが言い切る前に、優人はボクの胸ぐらを掴んだ。優人の方がボクよりも身長が高く筋肉質で、ボクは優人の右腕に掴み上げられる形になった。
「仕方無い? 取り返しのつかない? 何の事や、言うてみぃ!」
頭をぶつけるように擦りつけ、優人の眼は突き刺す様にボクの眼を睨む。樹下桜音己の睨みとはまた別の突き刺す視線。それは眼だけじゃなく、心の奥底まで突き刺されそうだった。
「……一年前、ボクがしたこと。それについて、ボクがお前に殴られるのは仕方が無い事だ。お前にはボクを殴る権利があるし、ボクにはお前に殴られる義務がある」
胸ぐらを掴まれたままで、息苦しくて上手く声を出せなかったがそれでも何とか言葉にした。優人の問いに答える様に、改めて言葉にして自分自身に戒める様に。
これ以上話すことも無いし、これ以上樹下を怯えさせイメージ低下に勤しむわけにもいかないので、ボクは話を終わりにする事にした。
「いえいえ、等価交換なんて滅相も無い。お釣りを返さなければいけないぐらいです。作り話なら即興で話しますけど」
凄い勢いで首と手を横に振る樹下。あまりの恐縮ぶりに止める術を見失ってしまったのだが、手が両手だったのでそこだけツッコむ事にした。
「君は雨の中走る車か!」
ボクの軽めのツッコミに樹下はニッコリと微笑んだ。いや、ツッコミに微笑みで返されても。
さて、話も終わった事だし今度こそ帰ろう。立ち上がり時計を見ると、時針が6を過ぎていた。窓から外を見れば、街は夕陽のオレンジに染まっていた。結構、長居してしまったな。
今度は樹下から抗議の声も、抗議のガン見も無かった。満足したのか、はたまた怖いから帰れと言うことなのか。
とりあえず、帰れるならそれが一番なのでボクはもちろん帰宅を選択する。
「じゃあ、帰るとするよ」
「お疲れ様です。雨には気をつけてくださいね」
外は夕陽のオレンジが広がる、快晴。樹下は、心まで雨の中走る車になってしまったのだろうか?
ボクの住む駅に着く頃には雨はどしゃ降りだった。
やはり樹下はニュータイプか、なんて思ったけどニュータイプは天気予報なんて便利な事は出来ないし、単純にTVか何かで天気予報を見たって事だろう。
ボクの鞄の中には折り畳み式の傘なんて用意周到な物は入っていない。備えあれば憂いなし。先人の言葉が最近身に染みて、染みすぎて痛い。
ボクの当たらない予感からしてもこの雨は直ぐには止みそうにない。駅から自宅までは近かったので、ボクは鞄を傘代わりに走ることにした。傘代わりと言っても棒を突き刺して掲げるわけではなく、両手で頭上に掲げるだけ。
ああ、もちろんいらない説明だとはわかっているが、樹下桜音己と会った後は何かと自身の一般性を主張したくなる。誰に対しての主張かは、考えない事にする。
近くと言ったが自宅までそこそこの距離があり、ボクは途中で一呼吸休憩を取った。シャッターの閉まった本屋の前、雨宿りをするボクの後から来た足音。
「やっと、見っけたで」
その足音の主、その声の主が誰かわかった瞬間、ボクはその主に殴られ雨に濡れるアスファルトにふっ伏した。
その主の顔を見なくてもボクにはわかった。
ボクが夢を砕いた幼なじみ、深見優人だ。
「何や、殴られてもしゃあない、っつう顔しよって」
ボクは雨に濡れたアスファルトから身を起こし、汚れた顔をそのままに優人を見上げた。
セリエAの有名サッカークラブの白いジャージで上下を揃えた彼は、一年前と変わらない、いや、ずっと変わらない深見優人だった。
たすき掛けで背負っているジャージとお揃いのクラブのスポーツバッグ。刈り上げて短く立てた髪。陽に焼けた褐色の肌。
雨に濡れる事も気にせずに、ボクの知るサッカー少年はそこに立っていた。
幼い頃はボクより低かった背はいつの間にかボクより高くなっていて、彼は立派なDFとして一年前にボクの前に立ちはだかった。
今もこうしてボクの前に立っている。
違いがあるとすれば、ボクがユニフォームを着ていない事と、小生意気に見える優人の笑顔が今は怒りの表情に満ちている事。
でもそれは、優人の言うように仕方の無い事だ。
ボクは優人に対して取り返しのつかない事をしてしまったし、その事から逃げ出してしまったのだ。
だから、ボクは殴られても仕方無い。
いや、もっと早く殴られるべきだった。
それで、何かが解決するのならば。
それで、何も解決しないとしても。
ボクは、しっかりと優人に殴られておくべきだった。
幸いこの通りはこの時間帯は人通りが少ない場所なので、ボクが優人に殴られても誰かが騒ぐ様な事はなかった。
雨がアスファルトを打つ音と、心臓が胸を打つ音だけが聴こえる。
「殴られても仕方無いよ。ボクは取り返しのつかない事をし……っ!?」
ボクが言い切る前に、優人はボクの胸ぐらを掴んだ。優人の方がボクよりも身長が高く筋肉質で、ボクは優人の右腕に掴み上げられる形になった。
「仕方無い? 取り返しのつかない? 何の事や、言うてみぃ!」
頭をぶつけるように擦りつけ、優人の眼は突き刺す様にボクの眼を睨む。樹下桜音己の睨みとはまた別の突き刺す視線。それは眼だけじゃなく、心の奥底まで突き刺されそうだった。
「……一年前、ボクがしたこと。それについて、ボクがお前に殴られるのは仕方が無い事だ。お前にはボクを殴る権利があるし、ボクにはお前に殴られる義務がある」
胸ぐらを掴まれたままで、息苦しくて上手く声を出せなかったがそれでも何とか言葉にした。優人の問いに答える様に、改めて言葉にして自分自身に戒める様に。
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