ボクとネコのはなし

清泪(せいな)

第27話 ちょっとイタい頭

「でも、休みで良かったんですよ。練習に身が入りませんから、今はちょっと」

 猿渡美里の独白が続く。ボクは相変わらず、頷くだけしかできない。本当は、頷くのも戸惑うばかりだ。

 高校生の部活動に恋愛事が絡むなんて、安易に頷ける話じゃない。高校二年生の夏なら、尚更の事だ。

「夏ですからね、ヒデちゃんと夏祭り行きたいなぁとか、大胆不敵絶対無敵のカワモテ浴衣とか着たいなぁとか、色々考えちゃうんですよね」

 なんだか雑誌のセールスコメントみたいな発言が出たが、それは無視するとしよう。

「行ったらいいじゃないか? ほら、幼なじみなんだし、気まずいってわけじゃないだろ?」

「気まずいですよ、ネコがこの調子だったら……なんだか、悪い気がして」

 猿渡美里は、下を向いて顔を横に振った。

 樹下桜音己が自分から部屋にこもって、この三角関係的なモノをリタイアしたのなら、猿渡美里が樹下桜音己に悪びれる必要性は無いだろう。彼女が気にしてるのは、やはり犬飼英雄の気持ちなのだろう。

 う゛ぅう゛ぅ、とポケットに入れた携帯電話が振動する。ボクは、慌てて携帯電話を取り出した。サイドキーを押して、振動を止める。

 ディスプレイには、メールの送り主が表示されていた。

 樹下桜音己、だ。

 内容は多分、いつもより来るのが遅い事の心配だろう。

 相変わらず、特に決まった時間に授業を開始するわけではない。依頼されてるのは、昼の二時過ぎという曖昧な時間設定だけだ。

 それでもボクは、毎回二時過ぎには樹下邸にお邪魔していて、樹下桜音己の部屋で授業を行っている。だからか、もう三時近くになったので樹下は心配しているのだろう。

 多分、あくまで予想の範疇を出ることがないが。もしかしたら、暇をもて余して単に新たなボケを送ってきただけかもしれない。

 樹下ならその可能性もあり得る。大いにあり得る。

「ごめん、猿渡さん。樹下さんの授業を行う時間なんだ」

「あ、そうですね。行ってあげてください。ネコに、勉強頑張れ、ってお伝えください」

 猿渡美里はそう言って、ボクにまた一礼をする。頭を降ろす寸前の顔を見るに、伝えたい事は違う事の様だ。

「わかったよ。あまり期待しないで欲しいんだけど、聞くだけ聞いてみるよ」

 ボクがそう言うと、猿渡美里は虚を突かれた様に驚いた顔を見せる。

 お願いします、と驚いたままのせいで上手く声になりきらないまま口を動かして、猿渡美里はもう一度頭を下げる。

 女子高生に何度も頭を下げさせる、大学生。この光景ははたから見て、誤解を受けないだろうか? いや、無理だろうな。ボクなら間違いなく誤解するし。

 今度は満面の笑みで顔を上げ、猿渡美里は短めの髪をかきあげた。運動部独特の爽やかさが、彼女の満面の笑みをさらに輝かしく見せるようだ。

 先程までは“うっとおしい程、暑い夏”を感じていたが、猿渡美里を見るに“健康的で爽やかな、青春真っ只中の夏”を感じられてくる。

 ああ、犬飼君め。なんとなく、羨ましくなってきたな。

 今度あったら、なんとなくだが、一回ぐらい頭を叩いてもいいんじゃないかと思えてきた。

 ボクは、じゃあね、と猿渡美里に倣って一礼してエレベーターに向かって歩いた。

 お人好しなボクには、この後なかなか面倒な任務が待っている。押しに弱いボクは、それを考えると早くも後悔の念が渦巻いてきていた。

 

「……というわけで、ボクはCIAなんだ」

「ちょっと、イタい、頭?」

 今日の授業科目が国語と数学だった為、予定より大幅に早く終わった授業の後、ボクは猿渡美里に託された用件をそう言って切り出して、樹下桜音己にきょとんとした顔をされながらそう言って返された。

 因みに、樹下桜音己が授業を素早く済ませた分は、猿渡美里と遭遇して遅れた分で帳消しになるので時間的にはいつも通りの夕方五時だったりする。

「ちょっと、って気遣いが逆に痛々しい返しだな」

「いきなり、CIAを自称するなんて頭が痛い証拠ですし、そもそも“というわけで”が、どういうわけなのかもわからないのですが?」

 まったく正論なツッコミを頂いて、返す言葉もございません。とはいえ、話を続けなければミッションは遂行されない。

「ともかくCIAなんだよ。スパイなんだ」

 身分を明かすのは、変化球勝負が苦手な為。直球勝負をするならば、正々堂々真っ正面から。

 ボクは、ゴール前に走り込むストライカーだったから、器用な真似はできない。

 キラーパスは、使えない。ワントラップで、ボレーシュート。

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