【ショート小説】奇跡のランナー

越庭 風姿【 人は悩む。人は得る。創作で。】

未来が閉ざされた日

 陽介が13歳のとき、普通の公立中学校に通う、駆けっこがすきな少年だった。
 ヴヴヴ……
「裕也からラインだ…… 」
 自転車で通っていた陽介は、ペダルを漕ぎながらつい、スマホをポケットから取り出そうとした。
 その時、
 キキィー!!!
「うわっ!! 」
 路地から鼻面を出してきた車にぶつかり、車道へ投げ出された!
 ドカッ!!
 幸いにも、ちょうど車の切れ目だったので轢かれずに済んだ。
 だが、
 頭をアスファルトに強打して、意識を失った……

「ん…… ここは…… 」
 気が付くと、大学病院の集中治療室にいた……
 心電図と、脳波計が脇にある。
 ピッ、ピッ、ピッ……
 それが自分の心臓の鼓動を表していると、段々わかってきた……
「ああ、そうか。俺は車にぶつかって…… 」
 ガラス越しに、看護士さんと、医者の先生がこちらを見ていた。
 慌ただしく、看護士さんが指示を出しているようだ。
 心臓が動いている。このことが、こんなに大事なことだったのだと、実感できた。
「生きている…… よかった。早くここから出たいな…… 何だか息苦しい」
 その日のうちに、総合病院へ転院して一般病棟に入院した。
「陽介…… よかった。心配したのよ」
 母聡子は、陽介の手を取ってずっと擦っていた……
 中学校の担任や、友人数人が訪ねてきてくれた。
 入院生活は退屈そのものだった。
 1週間ほど経ったが、左半身は動かないままだった。
「脳に損傷を受けた後遺症で、左半身の麻痺は残るでしょう」
 医者の先生に告知を受けた。
 信じられない気分だった。
 なんだか他人のことを言っているように聞こえた。
「あんなこと言って…… 医者だって、預言者じゃあるまいし、ケガや病気のことを全部分かってるわけじゃないだろうに…… 」
 陽介は自然に左半身も、元通りになる気がしていた。
 しかし、
 医者はこういう時、残酷なほど正確に身体のことを把握している。脳のCTに写った出血痕が、運動野を傷害した後がはっきり写っている。
 転院先がすぐに空いたので、本格的なリハビリ施設がある病院へ転院になった。
 そして、肢体不自由の認定を受け、障害者手帳も取得した。
 公立中学校に在籍したまま、特別支援学校の支援を受けることになった。
 早速宿題が病室に持ち込まれた。
「陽介。考えてみたんだけど、ここでのリハビリを受けても完全には回復しないから、専門的な指導を受けられる、特別支援学校のお世話になった方がいいと思ったのよ」
「ああ。母さんがそう言うなら、それでいいと思うよ。俺はとにかく元の身体を取り戻すから」
 陽介はいつも前向きに、自分が元のように走れるようになるものだと、固く信じていた。
 左腕、左手の指先まで麻痺があるので、まずは筋力を取り戻すトレーニングが行われる。
 元々運動が好きなので、ハンドグリップを持ち込んで、いつも握っていた。
「指先と左上腕、肩の筋力は、大分戻ってきたね」
 理学療法士さんも、驚くほどの速さでリハビリが進んだ。
 だが、左足の麻痺は深刻だった。
 平行棒を使って歩行訓練が行われた。
「もう一回やらせてください」
 陽介はできるまで何度も繰り返す。
「絶対走れるようになりたいんです! 」
 こうして、リハビリ病院での3か月間が過ぎ、退院した。
 特別支援学校へ通い始めた陽介は、週2回理学療法士さんの機能訓練を受けることができた。
 後は手すりを頼りに、歩行訓練を自力で続けた。
 こうして1年が過ぎたころ、何とか杖をついて自力で歩けるまでになった。

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