貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。
飲み比べ
免許試験がおこなわれた場所の近くには都市があった。あまり縁のない都市で、配達に来ることもなかったので都市の名前はわからない。
発音しにくい名前だったような気がする。その都市にある宿で部屋を借りていた。
都市に入って、ミノタウロスの肉を売ってる店にはいった。オレとマーゲライトとレッカさんの3人でテーブル席を取った。
店員に金貨1枚をわたして、持てるだけ持ってきてくれと頼んだ。まさか大金貨を渡されるとは思ってなかったらしく店員は意表を突かれたような顔をしていたが、断られたりはしなかった。
今日の主役であるマーゲライトはちょっとした有名人だった。
「お前、たしか3度だか4度だから免許試験に落ちてたヤツだろ」とか「見事だったぜ。よくもまぁ、そんなに成長したもんだ」といった声をかけられていた。そのつどマーゲライトは「お師匠のおかげなンよ」と返していた。
店のなかは、おおいに盛り上がっていた。
「あの日のことを思い出すわ」
と、レッカさんが濃厚な色のブドウ酒を飲みながら言った。
「あの日?」
「私とアグバがはじめて会った日」
「そう言えば、あのときも酒場は、これぐらい賑わってましたね」
「うん。たったひとりアグバだけはこの世の終わりみたいな顔をしていたの」
「そうでしたね」
と、オレもブドウ酒に口をつけた。
ブドウの味がした。
「こんなに味のするブドウ酒なんて飲むのは、はじめてだわ」
「オレもです。ミノタウロスの肉を食べられるのも、こんなに味がするブドウ酒が飲めるのも、すべてマーゲライトのおかげです」
なに言ってるンよ――とマーゲライトが口をはさんだ。
「この私が免許試験に合格できたことも、お金が手に入ったことも、どれもこれもお師匠のおかげなンよ」
「いや。オレのおかげなんかじゃないさ」
「ゼッタイに違うンよ。お師匠のおかげなン」
と、ナポリタンで口もとを真っ赤にしたマーゲライトが反論してきた。
「謙遜してるのか?」
「謙遜なんかじゃないンよ。お師匠にいろいろと調整してもらった。アブミの位置や、鞍の固定の仕方とか、グリンちゃんの癖とか、いろいろと教えてくれたンよ。5度も落ちてた私が竜騎手になれたのは、お師匠のおかげとしか思えンよ」
「じゃあまぁ、そういうことにしておこうか」
マーゲライトはまだ何か言いたげだったが、そのヤリトリは中止されることになった。
メインディッシュのミノタウロスの肉が運ばれてきたのだ。
丸テーブルの中央に、その肉は顕現することになった。ミノタウロスの腿肉と、グリフォンの腸に羊の肉を詰め込んで蒸し焼きにしたものが並べられた。
「ミノタウロスの肉って、どうして高級品なのかしらね」
と、レッカさんが首をかしげた。
「ミノタウロスって、モンスターのなかでもけっこう強いそうですよ。だから倒すのが大変なんだそうです。冒険者のなかでも、手練れしか倒せないモンスターらしくて、だから出回ってる肉の量もすくないんだそうです」
「詳しいのね」
「オレの母が、もともと冒険者でしたから」
冒険者の話は母がよく聞かせてくれた。ダンジョンと言われる魔物の巣が、世界の各地にあって、それを駆逐していくのが冒険者の仕事なのだそうだ。
冒険者が採取する草やらモンスターの肉やらは、冒険者組合が買い取る。そして冒険者組合は、ほかの商会やら組合やらに売りさばくのである。
このミノタウロスの肉やらグリフォンの腸詰も、そうやって巡ってきたものだ。
ミノタウロスの肉は一口サイズに切り分けられた。オレはそのひとかけらを口に運んだ。表面はパリパリとしていて、中の肉は硬い。硬いのだけれど噛めば噛むほど味がにじみ出てくる。
「ねぇ。アグバ」
「なんです? レッカさん」
「飲み比べしない?」
「飲み比べですか……」
普段ならばゼッタイに断っているところだ。オレはそんなに酒に慣れていない。
今日に限っては、いくらでも飲める気がした。「女性からのお誘いを断るわけにはいきませんね」
ポケットのなかにある金貨のことが心配だった。酔っぱらったらオレは前後不覚になってしまうことだろう。そんな状態で金貨を2枚も持ち歩くのは危ない。良し。ならば使い切ってやろう。
店員を呼びつけて、金貨2枚を渡した。ここにいる客の代金をすべてオレが肩代わりすると告げた。
「それで足りるかな?」
「充分です。むしろ余るぐらいだと思います。しかしホントウによろしいのですか?」
「ああ」
博打でもうけた金なんて、持っていても落ちつかないのだった。故郷に持ち帰ることもすこしは考えたのだが、博打で稼いだなんてヤッパリ言えそうにない。
オレの提案によって、店のなかの盛り上がりは最高潮に達していた。
「ずいぶんと気前が良いのね」
「小心者なんですよ。オレは」
「ふぅん」
と、レッカさんはまったく信じていない口ぶりだった。
「前にレッカさんはオレに言いましたよね。オレは獣なんだって。チャンスが来るまで牙を隠してる獣なんだって」
「言ったわ」
「でもオレは、獣になんてなれる自信はないんですよ。どうしようもなく小心で臆病なんですから」
「小心者の臆病は、いちどに金貨を3枚も使ったりはしないわ」
「それは博打でもうけたお金を持ってるのが気味悪かったからですよ」
「もし私に飲み比べで勝てたら、どうしてアグバが獣だって感じたのか教えてあげても良いわ」
「わかりました。それは是非、勝たなくてはなりませんね」
と、ワイングラスを軽く交わした。
どこの何を見て、レッカさんはオレを獣だと言ったんだろうか。ワインを飲みながら思案した。
今まで会ってきた人のなかで獣と呼べるにふさわしい人はいただろうかと考えてみた。
第一印象からいくとロクサーナだ。あのトラみたいな髪色に、猛禽類のような目は獣と呼べるかもしれない。
違うな。
ロクサーナは見た目に反して小心であることをオレは見抜いている。獣とは呼べない。
バサックさんはどうだろう? あの筋骨隆々のカラダや、豪快に笑うところは獣じみたものがある。
バサックさんも違うな。
バサックさんにも弱点があった。奥さんに逃げられたことを気にしているようで、ふと暗い表情を見せることがある。尊敬できる人だとは思うが、獣とはチョット違う気がした。
ひとり。獣と呼べる人物がいる。オレの師である母だ。なにせドラゴンの巣から、卵を持ち帰るような人だ。ふつうの人間のやることではない。
「どうして、アグバは獣であることに、こだわるの?」
「レッカさんがオレに獣だって言ったからじゃないですか」
「私に言われたからこだわってるの? それだけ?」
「オレは臆病者じゃなくて、獣なんだって言ってくれたでしょ。オレにそういう獣染みた強さがあるって意味で言ったんでしょう?」
「ええ」
「オレは強い人間になりたいんですよ。クロにふさわしいような強い人間に。クロは一流のドラゴンです。嵐だろうと逆境だろうと、迷いなく猛進する強さがある。だけど、オレにそれに見合うだけのチカラがあるんだろうか――って、不安になるときがあるんですよ」
明け透けなく自分の弱音をさらけ出すことが出来るのは、このブドウ酒のおかげだった。
「自分の強さがわからないのね」
「ええ」
「クロはアグバに従順じゃない。だったら自信を持てば良いんじゃない?」
「そりゃクロとはいっしょに育ちましたからね。だけど、クロに頼りない乗り手だと思われるのは厭ですからね」
先の大会でオレは、残り50Mというところで落っこちた。
オレは嵐のせいだと決めつけていた。
ホントウにそうだったか――?
オレがもっと強い精神を持っていれば最後までクロと飛びきることが出来たのかもしれないのだ。
この店の支払いをオレが肩代わりしたことによって、客はオレたちの周りにあつまっていた。
今日は無限に飲めると思っていたのだが、さすがにボトルを2本空けたあたりからメマイをおぼえた。
一方でレッカさんは顔色ひとつ変えていない。
ホントウの獣はこの人なんじゃなかろうか……。
負けたくないので、もう一杯飲もうかと思った。ダメだ。レッカさんの様子を見るかぎり、オレに勝機があるようには思えなかった。
「負けですよ。オレの負けです。ギブアップ」
発音しにくい名前だったような気がする。その都市にある宿で部屋を借りていた。
都市に入って、ミノタウロスの肉を売ってる店にはいった。オレとマーゲライトとレッカさんの3人でテーブル席を取った。
店員に金貨1枚をわたして、持てるだけ持ってきてくれと頼んだ。まさか大金貨を渡されるとは思ってなかったらしく店員は意表を突かれたような顔をしていたが、断られたりはしなかった。
今日の主役であるマーゲライトはちょっとした有名人だった。
「お前、たしか3度だか4度だから免許試験に落ちてたヤツだろ」とか「見事だったぜ。よくもまぁ、そんなに成長したもんだ」といった声をかけられていた。そのつどマーゲライトは「お師匠のおかげなンよ」と返していた。
店のなかは、おおいに盛り上がっていた。
「あの日のことを思い出すわ」
と、レッカさんが濃厚な色のブドウ酒を飲みながら言った。
「あの日?」
「私とアグバがはじめて会った日」
「そう言えば、あのときも酒場は、これぐらい賑わってましたね」
「うん。たったひとりアグバだけはこの世の終わりみたいな顔をしていたの」
「そうでしたね」
と、オレもブドウ酒に口をつけた。
ブドウの味がした。
「こんなに味のするブドウ酒なんて飲むのは、はじめてだわ」
「オレもです。ミノタウロスの肉を食べられるのも、こんなに味がするブドウ酒が飲めるのも、すべてマーゲライトのおかげです」
なに言ってるンよ――とマーゲライトが口をはさんだ。
「この私が免許試験に合格できたことも、お金が手に入ったことも、どれもこれもお師匠のおかげなンよ」
「いや。オレのおかげなんかじゃないさ」
「ゼッタイに違うンよ。お師匠のおかげなン」
と、ナポリタンで口もとを真っ赤にしたマーゲライトが反論してきた。
「謙遜してるのか?」
「謙遜なんかじゃないンよ。お師匠にいろいろと調整してもらった。アブミの位置や、鞍の固定の仕方とか、グリンちゃんの癖とか、いろいろと教えてくれたンよ。5度も落ちてた私が竜騎手になれたのは、お師匠のおかげとしか思えンよ」
「じゃあまぁ、そういうことにしておこうか」
マーゲライトはまだ何か言いたげだったが、そのヤリトリは中止されることになった。
メインディッシュのミノタウロスの肉が運ばれてきたのだ。
丸テーブルの中央に、その肉は顕現することになった。ミノタウロスの腿肉と、グリフォンの腸に羊の肉を詰め込んで蒸し焼きにしたものが並べられた。
「ミノタウロスの肉って、どうして高級品なのかしらね」
と、レッカさんが首をかしげた。
「ミノタウロスって、モンスターのなかでもけっこう強いそうですよ。だから倒すのが大変なんだそうです。冒険者のなかでも、手練れしか倒せないモンスターらしくて、だから出回ってる肉の量もすくないんだそうです」
「詳しいのね」
「オレの母が、もともと冒険者でしたから」
冒険者の話は母がよく聞かせてくれた。ダンジョンと言われる魔物の巣が、世界の各地にあって、それを駆逐していくのが冒険者の仕事なのだそうだ。
冒険者が採取する草やらモンスターの肉やらは、冒険者組合が買い取る。そして冒険者組合は、ほかの商会やら組合やらに売りさばくのである。
このミノタウロスの肉やらグリフォンの腸詰も、そうやって巡ってきたものだ。
ミノタウロスの肉は一口サイズに切り分けられた。オレはそのひとかけらを口に運んだ。表面はパリパリとしていて、中の肉は硬い。硬いのだけれど噛めば噛むほど味がにじみ出てくる。
「ねぇ。アグバ」
「なんです? レッカさん」
「飲み比べしない?」
「飲み比べですか……」
普段ならばゼッタイに断っているところだ。オレはそんなに酒に慣れていない。
今日に限っては、いくらでも飲める気がした。「女性からのお誘いを断るわけにはいきませんね」
ポケットのなかにある金貨のことが心配だった。酔っぱらったらオレは前後不覚になってしまうことだろう。そんな状態で金貨を2枚も持ち歩くのは危ない。良し。ならば使い切ってやろう。
店員を呼びつけて、金貨2枚を渡した。ここにいる客の代金をすべてオレが肩代わりすると告げた。
「それで足りるかな?」
「充分です。むしろ余るぐらいだと思います。しかしホントウによろしいのですか?」
「ああ」
博打でもうけた金なんて、持っていても落ちつかないのだった。故郷に持ち帰ることもすこしは考えたのだが、博打で稼いだなんてヤッパリ言えそうにない。
オレの提案によって、店のなかの盛り上がりは最高潮に達していた。
「ずいぶんと気前が良いのね」
「小心者なんですよ。オレは」
「ふぅん」
と、レッカさんはまったく信じていない口ぶりだった。
「前にレッカさんはオレに言いましたよね。オレは獣なんだって。チャンスが来るまで牙を隠してる獣なんだって」
「言ったわ」
「でもオレは、獣になんてなれる自信はないんですよ。どうしようもなく小心で臆病なんですから」
「小心者の臆病は、いちどに金貨を3枚も使ったりはしないわ」
「それは博打でもうけたお金を持ってるのが気味悪かったからですよ」
「もし私に飲み比べで勝てたら、どうしてアグバが獣だって感じたのか教えてあげても良いわ」
「わかりました。それは是非、勝たなくてはなりませんね」
と、ワイングラスを軽く交わした。
どこの何を見て、レッカさんはオレを獣だと言ったんだろうか。ワインを飲みながら思案した。
今まで会ってきた人のなかで獣と呼べるにふさわしい人はいただろうかと考えてみた。
第一印象からいくとロクサーナだ。あのトラみたいな髪色に、猛禽類のような目は獣と呼べるかもしれない。
違うな。
ロクサーナは見た目に反して小心であることをオレは見抜いている。獣とは呼べない。
バサックさんはどうだろう? あの筋骨隆々のカラダや、豪快に笑うところは獣じみたものがある。
バサックさんも違うな。
バサックさんにも弱点があった。奥さんに逃げられたことを気にしているようで、ふと暗い表情を見せることがある。尊敬できる人だとは思うが、獣とはチョット違う気がした。
ひとり。獣と呼べる人物がいる。オレの師である母だ。なにせドラゴンの巣から、卵を持ち帰るような人だ。ふつうの人間のやることではない。
「どうして、アグバは獣であることに、こだわるの?」
「レッカさんがオレに獣だって言ったからじゃないですか」
「私に言われたからこだわってるの? それだけ?」
「オレは臆病者じゃなくて、獣なんだって言ってくれたでしょ。オレにそういう獣染みた強さがあるって意味で言ったんでしょう?」
「ええ」
「オレは強い人間になりたいんですよ。クロにふさわしいような強い人間に。クロは一流のドラゴンです。嵐だろうと逆境だろうと、迷いなく猛進する強さがある。だけど、オレにそれに見合うだけのチカラがあるんだろうか――って、不安になるときがあるんですよ」
明け透けなく自分の弱音をさらけ出すことが出来るのは、このブドウ酒のおかげだった。
「自分の強さがわからないのね」
「ええ」
「クロはアグバに従順じゃない。だったら自信を持てば良いんじゃない?」
「そりゃクロとはいっしょに育ちましたからね。だけど、クロに頼りない乗り手だと思われるのは厭ですからね」
先の大会でオレは、残り50Mというところで落っこちた。
オレは嵐のせいだと決めつけていた。
ホントウにそうだったか――?
オレがもっと強い精神を持っていれば最後までクロと飛びきることが出来たのかもしれないのだ。
この店の支払いをオレが肩代わりしたことによって、客はオレたちの周りにあつまっていた。
今日は無限に飲めると思っていたのだが、さすがにボトルを2本空けたあたりからメマイをおぼえた。
一方でレッカさんは顔色ひとつ変えていない。
ホントウの獣はこの人なんじゃなかろうか……。
負けたくないので、もう一杯飲もうかと思った。ダメだ。レッカさんの様子を見るかぎり、オレに勝機があるようには思えなかった。
「負けですよ。オレの負けです。ギブアップ」
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