貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

執筆用bot E-021番 

仲間がもどってきたようです

「うわーっ。すごく飛びやすいンよーっ」
 マーゲライトがそう叫んだ。


 配達物を届けて終えて、都市ブレイブンへと引き返してした。
 飛び立つ前にアブミの位置を調整してやった。

 
「そりゃ良かったよ」
 と、オレも空の上ゆえに怒鳴るように返した。


 マーゲライトはしばらく当たりを飛びまわっていた。アサギ色のツインテールが風になびいているのが見て取れた。マーゲライトは、不意にオレのとなりに並んできた。


「ねぇ。師匠。都市ブレイブンまで競争しようよ」


「レッカさんを置いてけないだろ」


「あ、そっか」


 私なら構わないわよ――とレッカさんが言った。


「いいんですか?」


「ええ。私なら平気よ。近くにロクサーナ組合の連中も見当たらないし。さすがにもう、あの連中はあおり運転を仕掛けては来ないと思うのよね」


「なにか根拠でもあるんですか?」


「べつに、ただの勘よ」


「たしかに他に飛んでるドラゴンは見当たりませんけれど……」


「心配ないわよ。身の危険を感じたら、歩いて帰るから」


「しかし……」


「アグバのことを頼りにしてるけれど、重荷にはなりたくないわ」
 と、レッカさんはソッポを向いてそう言った。


 オレのことを慮っての態度だろう。そのときはじめて、オレはマーゲライトの仕掛けてきた誘いに乗り気であることに気づいた。


 免許を剥奪されて運び屋に転職してからというものの、クロを全速力で飛ばしたことは1度もなかった。
 物を運ぶだけだから、さして急ぐこともなかったのだ。ときには速達の要求もあった。だからと言ってレースのような速度は出さなかった。


 今なら――。
 クロは全力を出せる。


 大会のさいに見せた飛行をマーゲライトは「空を割るようだった」と言ってくれた。クロの本領はあんなもんじゃない。もっと速く。もっと先へ行けるはずだ。


「じゃあハンデってことで、私は先に行くンよーっ」
 と、マーゲライトは速度をあげた。


「あ、ズルいぞ」
 アサギ色のドラゴンの背中が、たちまち離れて行く。


 オレは息を大きく吸って、呼吸を止めた。自分の心臓の音がカラダ全体にひびく。自分自身の鼓動と、もうひとつ別の鼓動を感じる。内股をつたって、クロの鼓動が聞こえてくるのだ。ふたつの鼓動を重ね合わせた。アブミに足をかけるチカラを強くして腰を浮かせる。左右の脛で、ギュッとクロのカラダをはさみこんだ。


「さあ。行くぞ」


 青空を突き破る勢いでクロは飛んだ。暴風のような向かい風が吹きつけてくる。右も左もわからなくなる。前方。先に飛んでいた。グリンの背中をとらえた。


 クロはさらに速度をあげた。全身の皮膚がズル向けになりそうな感覚をうける。クロに振り落とされないように――むしろ、クロを誘導するかのように、さらに前傾姿勢をとった。


 ドラゴンには個性がある。


 クロは、闘神、だった。
 レースになると、自分より前にいるドラゴンを全力で抜かそうとする。その飛行に、恐怖や逡巡はいっさいない。


 相手と衝突しても構わないというような勢いで突っ込んでゆく。いくら強靭なカラダを持つドラゴンでも、飛行中に別のドラゴンと衝突すればただでは済まない。それはクロもわかっているはずだ。わかっていても行く。まさに闘神である。


 体力を温存しておこうとか、このあたりから全力を出そうといった計算もまた、クロにはいっさいない。
 最初から最後まで、死に物狂いなのだ。
 ただ一陣の黒い風と化す。


 そんなときオレは、クロのことが怖くなる。オレはクロにふさわしい乗り手だろうか……と不安になる。
 いつかクロに食い殺されるのではないかとすら思う。


 ふと――。
 あるひとつの言葉を思い出した。


『きっとアグバはものすごく大胆なのよ。チャンスが来るまで、その牙を隠してる獣みたい』。レッカさんにそう言われた。話の流れは覚えていないが、その言葉だけは記憶のなかにあった。
そうだ。


 オレは、獣、だ。
 クロへの恐怖は消えた。
 まだ、先へ――。
 もっと速く飛べるような気がした。


 マーゲライトはとっくに抜かしていたし、都市ブレイブンもすぐ真下に見えていた。速度を落として、マーゲライトとレッカさんが来るのを待った。


「ぐるるぅ」
 と、クロがうなっていた。


「わかってるさ。オレだって竜騎手に戻りたいよ。レースに復帰したい。そのときは、前よりもっと速く飛べるようになってるだろうな」
 と、語りかけて、クロの闘志をいさめた。


 竜騎手に戻りたいと強く願った。
 母が喜ぶだからだとか、賞金がもらえるからだとか、最速の称号が欲しいからだとか、オレのことをバカにしたジオを負かしたいだとか、そんなチンケな理由から来るものではなかった。


 ただ、全力で、飛びたいのだった。


 オレとマーゲライトとレッカさんが都市ブレイブンの城門棟を抜けると、都市の人々はオレたちのことを拍手で迎え入れてくれた。どうやら黒い鱗のドラゴンと、アサギ色をした鱗のドラゴンの競争を見物していたらしかった。


 マーゲライトは負けたというのに、すこしも悔しそうではなかった。むしろ大衆といっしょになって、オレに拍手を送っていた。


「すごいんよ。師匠はやっぱりすごい竜騎手なンよ」


「だからオレはもう竜騎手じゃないんだって」


「師匠から竜騎手免許を取り上げた国王陛下は、人を見る目がないンよ」


「おいおい。人前で国王陛下の悪口なんて言うもんじゃないぜ」


 そうやね、とマーゲライトは舌をペロリと出して、ふと浮かない表情を見せた。


「師匠はすばらしい竜騎手だと思うけど……」
 と、マーゲライトは言葉をにごした。


「思うけど、なんだ?」


「なんだか早死にしてしまいそうな気がするン」


「オレが? 事故の心配でもしてくれてるのか?」


「そうじゃないンよ」
 と、マーゲライトはぶんぶんと、頭を振った。


「じゃあなんでオレが早死にすると思うんだ?」


「だって才能のある人は長生きしない気がするし、お師匠の飛び方はまるで命を削ってるような飛び方をするンよ」


 やけに神妙な表情をして言うものだから、オレは鼻で笑った。


「こんなごっこレースで命なんて削るかよ。人前で国王陛下の悪口を言うヤツに、早死にするなんて言われたくないな」


 オレはそんなにも危うい飛び方をしていただろうか――と反省してみた。弟子の手前、そんな危ない挙動があったのならば改善しなければならない。思い当る節はなかった。運転そのものには、問題はなかったはずだ。


 マーゲライトが言っているのは、もっと根本的なことかもしれない。
 命を削るような飛び方――か。


 必死でなにかに取り組んでいるならば、命は削られていくもんだ。それはドラゴンに乗ることだけに留まる話ではないように思った。


「早死にしそうだなんて。縁起でもないこと言わないでちょうだい!」
 と、レッカさんが憤慨していた。


 レッカさんがそんなに本気になって怒るところをはじめて見た。その剣幕にはビックリしたけれど、なぜかとても微笑ましく思えた。


 バサックさんのいる露店に戻ると、積み上げられていた荷物がスッカリなくなっていた。


「あれ? パパ。ここに積まれてた配達物は?」 と、レッカさんが尋ねた。


「配達はほかの連中が行ってくれたよ」


「ほかの連中って?」


「うちに戻ってきたのはマーゲライトだけじゃない。前にうちで働いてくれていた連中が、戻ってきてくれたのさ」


「じゃあベベや、ポポンカも?」


「まだ何人かは戻ってきてねェけどな。そのふたりも今は配達に行ってくれてるよ」


「やった!」


 ついさっきまでマーゲライトに怒っていたレッカさんは、上機嫌でオレに抱きついてきた。
 レッカさんの乳房がオレの胸元で、やわらかく潰れる感触があった。


「な、なに? どうした?」
 と、オレは妙に上ずった声が出てしまった。


「アグバのおかげよ。大好きよ。アグバ」


 あまりにも飾り気のない言葉をブツけられて、オレは動転した。レッカさんが決して冗談を言っているものではないとわかっていながらも、
「また、オレのことをカラカってるんですか」
 と、尋ねた。


「夢の話よ。私の目標は覚えてるでしょ?」


「ええ」


 栄えていたころのゴドルフィン組合に戻したい。かつての仲間たちを呼び戻したいというものだ。もちろん忘れてはいない。


「こんなに早く、またみんなに会えるなんて思わなかったわ。やっぱりクロは私たちに幸運を運んでくれるドラゴンね」


 抱擁を解いたレッカさんは、オレの顔をジッと見つめてきた。レッカさんの目は潤み、頬は上気して、まるで酒を飲んだかのような表情をしていた。酩酊したような表情に、オレはドキッとした。
 レッカさんは自分が今どんな顔をしているのか知っていて、あえてその顔をオレに見せつけているようにも思った。
 

 レッカさんの喜悦とはウラハラに、オレのなかには暗雲がたちこめはじめた。


 オレはここ8日のあいだ、レッカさんから頼りにされているという自負があった。レッカさんに必要とされていることがうれしかった。


 けれど今、レッカさんにとってかつての仲間たちが戻りはじめている。オレの役目はそれで終わってしまったのではないか――という不安が生じたのである。


 レッカさんのかつての仲間たち。レッカさんにとっては、新米のオレなんかより、ずっと縁の深い人たちのはずだ。嫉妬だった。


 少女のように純朴に喜んでいるレッカさんを前にしては、オレはその暗い感情を押し隠すしかなかった。
 コホン、とバサックさんが空咳をかました。


「人も戻ってきた。仕事をくれてやる余裕でも出来た。だから場所を移そうと思うんだ」


「でもパパ。前の場所は更地にされちゃったじゃない」


「また別の場所に目星をつけてる」


「大丈夫? まだもうすこし様子を見たほうがいいんじゃないかしら。今は上り調子だけど、ずっとこんな感じってわけでもないでしょ」


「それはそうだが、こんな店構えだとカッコウもつかねェしなァ」


 場所をどうするか――という話題で親子は盛り上がっていた。


 オレはクロを連れて先に家に戻ることにした。マーゲライトとレースをした興奮は、すでに冷めていた。

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