貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

執筆用bot E-021番 

ロクサーナの誘いは断りました

「まさか断られるとはね」
 と、ロクサーナはひきつったような笑みを浮かべた。


 ロクサーナが書いてオレによこした番地は、大きな屋敷のある場所だった。門前に立っている者に用件を伝えると、ロクサーナが出てきた。オレは率直に断りの件をつたえた。


「竜騎手免許を取り返してくれるって言うから悩みました」


「私はウソは言ってないよ。君がこっちに来ればホントウに、国王陛下に取りやってやるさ」


「オレも意地になっているわけではありませんよ。誘ってもらったことには感謝してます。けどやっぱり、オレはゴドルフィン組合に世話になっている身なんで」


 なるべく角が立たないように慎重にそう言った。


「あの潰れかけの組合に、そんなにも愛着があるのかい?」


「義理ですよ」


「義理?」


「オレが弱ってるときに、ゴドルフィン組合はオレのことを助けてくれました。そんなゴドルフィン組合を裏切るようなマネは、オレには出来ませんから」


 クロがゴドルフィン組合のドラゴンに恋慕しているから――なんて私情は口にはできなかった。


「その代わりに、君は竜騎手免許すら捨てるというわけかい?」
 と、1歩、詰め寄ってきた。


 獰猛な顔貌が迫ると、オレはすこしたじろいだ。


「竜騎手免許のことは、また別の形でチャンスが来るだろうと思いましたから」


「けれど竜騎手なら、いっこくも早く取り返したいはずだよ」
 と、やけにロクサーナは食い下がってきた。


 どうしてこんなに食い下がってくるのだろうか――と、オレは考えた。


 ひとつはオレのことを、優秀だと認めてくれているからだ。そしてもうひとつは、伯爵令嬢としての意地もあるのかもしれない。
 欲しいと思ったものを、なんでも手に入れようとする意地が。


 いや、もうひとつあった。
 
 
 ゴドルフィン組合に息を吹き返されると、今度はロクサーナ組合の経営が傾くかもしれない。ロクサーナは、ゴトルフィン組合からの報復を恐れているのだ。きっとそうに違いない。


「それでも今のところ気持ちは変わりません」


「わーったよ。しかし、惜しいね。見抜けなかった私の目が節穴だったってことかい」
 と、ロクサーナは不機嫌そうにため息を吐いた。あたりを見渡して、「クロはどうしたんだい?」と尋ねてきた。


「今は竜舎にいます」


「そりゃ良かった。あんな立派なドラゴンを見せられちまったら、あんたたちを欲しい気持ちがおさまらねェだろうからね」


 もう断りの旨は伝えたので、用事は済んでいた。これ以上、ロクサーナとオレが話をすることなんて、何もないはずだった。立ち去る隙がなかった。いかにも名残惜しげな目を向けてくるのだった。しばらく沈黙があり、ロクサーナはようやく諦めるように肩を落とした。


「わかったよ。けど、もしこっちに来たくなったら、いつでも来ると良い」


「はい。それでは失礼します」
 と、オレもその場を後にした。


 隠れていたレッカさんが、すぐにオレに寄り添ってきた。「他人の話を盗み聞きするようなことは、やめなさい」とバサックさんから注意されていたにも関わらず、どうしてもオレに付いて行くのだとレッカさんは言ってきかなかった。
 オレとロクサーナのヤリトリを、隠れて監視していたのだった。


「話はまとまった?」


「ええ。ロクサーナはちょっと怒ってましたけどね」


「もっと激しい口論になるのかと思った」



「だから付いて来たんですか?」


「そうじゃないわ。ついて来たのは、アグバが道に迷わないか心配だったからよ」


「ロクサーナの屋敷に行くまでの道ですか? それともオレの人生についての道ですか?」


「両方よ」


「迷いませんでしたよ。どうやらオレには優秀な案内人がついてくれているようですから」


「私はこの都市ブレイブンのことに関しては、どんな裏道だって知ってるんだから」


「そんな裏道に行く用事があったんですか?」


「子どものころはオテンバだったのよ」


 レッカさんが勝手にあちこち走り回って、バサックさんに叱られている場面は、オレの脳裏に思い描かれることになった。


「たしかに今もオテンバな名残がある気がしますねぇ」


 冗談のつもりでオレがそう言うと、レッカさんはずいぶんと色気のこもった流し目を送ってきた。


「そうよ。私はオテンバの名残があるの。もしアグバがロクサーナに寝返ってたら、私はアグバの首を絞めてたところよ」
 とオレの首に手を回すような仕草をして見せた。


「それは怖い」


 オレが笑うと、レッカさんも口もとをおさえて笑っていた。冗談のような物言いだったけれど、もしかするとホントウにそうだったかもしれない、とも感じた。
 敵に回して怖いのはロクサーナよりもレッカさんのほうかもしれない。


「もっと強く言ってやったら良かったのに。相手はあのロクサーナなのよ。ゴドルフィン組合をここまで弱らせてきた悪の親玉なんだから」
 と、レッカさんは口先をとがらせた。


「相手を批判したりするの苦手なんですよ、オレ。角が立って組合の仲がこじれるのも、それはそれで厄介でしょう」


 オレは人間の悪意というものを信じていない。悪意は何かしら理由があって引き起こされるものだと思っている。


 ロクサーナが仕掛けてきたゴドルフィン組合への厭がらせも、ロクサーナという女性の気の小ささから生じたものに違いない。
 風貌はトラでも、その中身は子猫なのかもしれない。


「優しいのね」


「臆病なんですよ」


「それは違うわ。臆病な人に、あんな大胆な乗竜術はできないはずよ。きっとアグバはものすごく大胆なのよ。チャンスが来るまで、その牙を隠してる獣みたい」


 何か根拠があるかのようにレッカさんはそう言った。


「オレが獣だったら、レッカさんは気を付ける必要がありますね。同じ屋根の下に住んでるんだから」


「うん。細心の注意を払ってるわ。寝るときはいつも、ホウキの柄を心張棒にしてるの」


「え! そんなことしてたんですか!」


「ウソよ。そんなことしてないわ」


「ビックリしましたよ。酒場を辞めてもその口は絶好調のようですね」


 レッカさんは昨夜のうちに酒場に辞表を出してきた。すると1日にして、レッカさんからは酒の匂いがしなくなった。
 代わりに柑橘系の良い匂いがする。
 何か香りのするものをつけているのかもしれない。


 その匂いに気を取られていると、不意に昨夜のバサックさんのセリフを思い出すことになった。『アグバくんを婿として迎え入れるのも悪くないな』。なんだか心臓がくすぐられているような心地になった。


 もしレッカさんと結婚なんかしたら、オレじゃなくても誰だって尻に敷かれることになるだろう。いったい何を考えているんだか。そんなことを考えてしまったのは、レッカさんから香ってくる柑橘のせいだと思った。


「私、これから運び屋として頑張るわ。アグバもいてくれるし、それに辞めていった人たちにもパパが声をかけたの。そろそろ私たち2人じゃ回せなくなってきたし」


「誰か戻ってくるんですか?」


 もし戻ってくるのなら挨拶を考えておかなければならない。
 いちおうオレは新入りなのだ。


「前にちょっと話したと思うけど、とりあえずマーゲライトが今日から戻ってくることになってる」


「たしか竜騎手になりたがってる子でしたっけ?」


「そう」


「オレも会うのが楽しみです」


「組合のところでアグバのことを待ってると思うわ」


 1度家に戻って、竜舎からクロを連れ出した。レッカさんはホンスァのことを連れ出していた。ホンスァにとっては、久しぶりの外出になる。心地良さそうに翼を広げたり、首を伸ばしたりしていた。


 クロも機嫌が良かった。ホンスァといっしょに外出できたのが嬉しいのか、それとも作日のミノタウロスの肉に満足しているのか、あるいはその両方かもしれない。

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