貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

執筆用bot E-021番 

最速だって言えますか?

 宿――。
 いまごろクロは竜舎で休んでいることだろう。オレもまた疲労がたまっていた。


 眠って休んだほうが良いとわかっても、眠る気になんてなれなかった


 残り50Mのところで、墜落してしまったこと。ジオに龍騎手免許を剥奪されてしまったこと。ロクサーナにクロをバカにされたこと――。 オレの胸裏には屈辱や怒気が渦巻いているのだった。


 窓のない部屋を一室借りていた。オレは部屋には入らずロビーで酒を飲むことにした。


 1階はバーになっていた。日が暮れるにつれて、天井から吊るされていたカンテラに店の人が明かりを灯しはじめた。


 酔客が増えてゆき、バーは盛大に賑わうことになった。非常に明るい酒だった。ドラゴンレースのことで盛り上がっているのだ。


「やっぱりジオさまは速かったな」「国王陛下のお気にいりなんだろ」「そう。我がヘブンガルド王国を代表する龍騎手だってことだ」……とみんな今日の優勝者であるジオのことをホめたたえていた。


 オレはちびちびと味のしないブドウ酒に口をつけながら、そんな話を聞いていた。


「こんな日だって言うのに、暗い顔をしているのね」


 カウンターにいた女性が声をかけてきた。
 女主人――にしては年若いように思う。看板娘といったところか。


 赤毛を三つ編みにした女性だった。肌はキレイだが、目元にはソバカスがあった。目元のソバカスさえなければ貴族の娘だと言われても信じてしまうところだ。国王陛下の側室だと言われても信じるだろう。ソバカスがあることで、美人というよりも愛嬌のある女性といった印象に変えてしまっていた。


 胸元が大きく開いたウェイトレスの服を着ている。開いた胸元は男たちを酒場に誘うための武器というわけだ。


「喜んでいる人たちばかりじゃ、釣りあいが取れないでしょう」
 と、オレは茶化した。


「あら。面白い言い回しね。でも今日は年に1度の国王陛下主催のドラゴンレースがあったでしょう。ヘブンガルド王国でイチバン大きな試合よ。おかげでみんな大盛り上がりよ」


「みたいですね」


 テーブル席のほうから笑いが湧いていた。ゴール直前で落っこちたヤツがいてな――なんて話題になっているのかもしれない。


「それと釣りあうだけの絶望をお抱え?」


「今のオレは世界でもっとも不幸な男なんですから」


 嵐に見舞われ、試合にはトンデモナイ負け方をして、あげくのはてにはミノタウロスの肉もクロに買ってやれなかった。売りきれだということだ。良いことなんてひとつもない。


「溜めこまないで話してみなさいよ。私がその絶望の重さをはかってあげるから」


 話す気になんてなれなかった。
 試合に負けたことが、どうしても言い訳がましくなってしまうからだった。ロクサーナに言い訳だと思われたのが効いているのかもしれない。


 なぜかオレは口を開いてしまった。ろくに味のしないブドウ酒のせいか、あるいはこの看板娘のソバカスのせいかもしれない。


 話した。
 看板娘は淡々とグラスを拭きながらも、オレの話に耳を傾けてくれていた。


「じゃあ、あなたが、墜落した龍騎手なのね」


「ええ」


「私も見てたわ。ゴール直前で急に墜落しちゃったのよね。まるで死んじゃったみたいな落っこち方だったからドキッとしたわ」


「嵐さえなければオレは勝てたんです。クロのスピードはあんなもんじゃない」


 この看板娘から見たら、やはりただの負け惜しみにしか聞こえないだろう。今日1位になれなかった龍騎手は、みんな同じセリフを吐いているはずだ。
 いいや。ほかの龍騎手と、オレとでは確実に違うことがある。残り50Mでオレは勝利を確信していたということだ。あのまま飛んでいれば、確実に勝っていたはずなのだ。


「ジオよりも速い?」


「もちろん」


「ジオは貴族の出自でね。ヘブンガルド王国のドラゴンだけじゃなくて、世界中からもっとも速いドラゴンを選別して、その2匹を掛け合わせて卵を産ませたのだそうよ」


「ホントですか?」


「さあ。事実かどうかはわからないけど」


「じゃあ、デマでしょう。そんな速い親龍から生まれたにしては遅すぎる。どんなドラゴンだったかすら覚えてませんよ」


 ウソぶいた。
 ジオが乗っていたのは、白銀のカラダをしたドラゴンだ。オレはちゃんと覚えていた。白銀のウロコはもっとも高貴なドラゴンだと言われている。そういう血脈だってことだ。


「ねぇ。不幸な龍騎手さん」
 と、看板娘は前かがみになって見せた。胸元を見せようとしているのだとわかった。魂胆がわかったから、オレは意地でもそこに目がゆかないように気をつけた。意味なんてない。ただの意地だ。


「なんですか。酒場の看板娘さん」


「これからどうするおつもり?」


「もう少しロクサーナ組合に頭を下げてみるか。あるいは別の都市で運び屋として雇ってもらうか――ですね」


「素直に故郷に戻る気はないんだ?」


「ええ」


 帰るのは惜しい。
 負けて帰るわけにはいかないという意地もある。それ以上に、クロという才能を、田舎で埋もれさせるのが惜しい。


 クロのことを考えた。


 ミノタウロスの肉がないとわかって、すこしスねてしまっている。代わりにべつの肉を置いてきたが、いじけてしまって口をつけようとはしなかった。たぶん今も食べてないだろう。


 明日の朝には機嫌もなおっているはずだ。もう眠ってるだろうか?
 それともオレと同じく、敗北に心を乱しているかもしれない。


「自分のドラゴンが最速だって、私の目を見ても言える?」


「言えますけど、それがなんですか?」


「美女の目を見ながら、本音を吐けるならたいしたもんだと思ってね」


「自分で美女って言っちゃうんですか」


「あなたもそうでしょう? 自分のドラゴンが最速だって言えるんでしょ?」


 さすがは酒場の娘だ。
 うまく会話に乗せられている。
 酒場の娘と商人とだけはケンカをしてはならない。母にそう教わった。


 試されているのなら、挑んでやろう。
 オレは看板娘の目を覗きこんだ。赤い虹彩を宿した瞳をしていた。陳腐な言い回しだが、まるで宝石みたいな目だ。


「オレのドラゴンは世界最速だし、オレは最速の龍騎手ですよ」


 まさかオレが本気で言うとは思っていなかったのか、逆に看板娘のほうがたじろぐ気配があった。


 看板娘はそのソバカスのある頬を、わずかに染めていた。


「威勢が良いのね」


「真実を語ったまでですよ」


 看板娘はカウンターテーブルの端に置いてあった羽根ペンを手にとった。スラスラと何か書きはじめた。1枚のパピルス紙をオレに渡してきた。どうやらどこかの番地らしいということはわかった。


「これは?」


「明日の朝。そこに行くと良いわ。もしかしたら、何か仕事をもらえるかもしれない」


「仕事って言っても、オレはドラゴンに乗ることしか出来ませんよ」


「だからそういう仕事よ。運送者組合の場所だから」


 運送業組合の場所? 聞いたとたんに良いが覚めた。


「都市ブレイブンでは、ロクサーナ組合が運び屋の仕事を牛耳ってるって聞きましたよ」


 いや。
 牛耳ってるというような言い方はしていなかったか……。でもそれに似たようなことを、あのトラのような風貌の女が言っていた。


 看板娘は曖昧に笑った。


「まあね。実質、ロクサーナ組合一強よ。だけど廃業寸前の運送者組合がいちおうあるのよ」


「なんてところですか?」


「ゴドルフィン組合」


「ゴドルフィン……。わかりました。今から行ってきます」


「今は夜だからやってないわよ。それにドラゴンもあなたも休んだほうが良いでしょう」


 たしかにその通りだ。
 浮かせた腰を、もう一度イスに落とした。


「でもどうしてオレに仕事を紹介してくれたんですか?」


「あなたのドラゴンって、あの黒いドラゴンでしょ。ちょっと痩せ細って、鱗の輝きがくすんでるドラゴン」


「ええ、まぁ」


 言葉を選んでもそういうふうに見えてしまっているのだろう。
 今日かけられた言葉のなかではマシな表現だと感じた。


「あなたの言葉を信じる気になったわ。体調がもとに戻れば、きっと良いドラゴンになるわ」


「オレの負け惜しみかもしれませんよ」


「あなたの目つきが真剣だったもの。なんだか口説かれているような気さえしたわ。私、人を見る目だけはあるのよ。酒場の娘だもの」


「ありがとうございます。あの……お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「レッカよ」


「オレはアグバ」


「良い名前ね」


「お互いに」


 もらったパピルス紙を、懐にしまいこんだ。
 気が付けば心のなかにわだかまっていたものが、軽くなっていた。味のしないブドウ酒のおかげでないことだけは確かだ。


 レッカさんはもう上体を起こして、ほかの酔客の相手をしていた。
 前かがみになっているときに、その胸元を見ておけば良かったとすこしだけ後悔した。

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