貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。
竜騎手免許を剥奪された
あともう少しでゴールだ。もう200M。いや。もうそんなに残されてはいない。150Mといったところか……。
物凄い風が防塵ゴーグルに打ちつけてくる。耳当てをしていても暴風の音がすさまじい。
右も左もわからない。ただ正面にはゴールテープが見える。
ここからだ……と、クロの背を強く股ではさみこんだ。
ドラゴンの背中には鱗がビッシリと生えている。直ではさみこんだら、股が血まみれになる。傷つかないために足には脚甲がはめられている。脚甲ごしにもクロの鼓動が伝わってくる。
大丈夫。黒もこの試合の重要性はわかってる。闘志は充分。
このまま行けば、1着だ……。
あと50M。
この試合に勝てば、オレは世界最速の龍騎手としての栄光をつかむ。優勝したときの光景が、期待とともに胸裏に映しだされた。
刹那――。
脚甲ごしに伝わっていたクロの鼓動が小さくなった気がした。
受ける風の勢いがゆるやかになった。
そして今度は追い風がやって来た。追い風は、ものすごい羽音をともなって通過していった。べつのドラゴンに抜かされたのだとわかった。
風圧を受けてクロの態勢が揺れた。2匹、3匹……と後続のドラゴンが、クロを抜かして行く。
態勢を立て直そうとした。クロの反応はなかった。クロはそのままチカラ尽きたように落下していく。クロの落下に伴ってオレのカラダも落っこちて行く。
落っこちてゆくさなかに、オレは目を凝らしてゴールテープを見つめた。ジオとその白銀のドラゴンが1着でゴールしたのが見て取れた。
負けた……。
敗北感に打ちひしがれた。
クロがこのまま地面に落っこちれば、オレは死ぬだろう。
死んでも構わない。オレは負けたのだ……。
オレの絶望とはウラハラにクロは意識を取り戻した。地面に叩きつけられる寸前のところだった。翼を広げ、ユックリと着陸した。
オレはクロから降りて、防塵ゴーグルを外した。
空――。
もうすべてのドラゴンがゴールし終えていた。会場に集まっている観衆からは、地を揺るがすような歓声がわき起こっていた。歓声はすべて空に向けられたものだった。
墜落したオレたちに向けられたものではない。
さっきまで試合をしていたって言うのに、酷い疎外感をおぼえた。
「負け……か」
と、オレは呟いた。
優勝したのはジオだろう。追い風とともにイチバンにオレたちを抜かして行った。ジオと白銀のドラゴンが、ゴールテープを切ったところも、落ちてくさなかに確認した。
「ぐるるっ」
と、クロが顔を寄せてきた。
「どうした? オレの心配をしてくれているのか? オレは大丈夫だよ。オレのほうこそ悪かったな。お前にムリをさせすぎた」
と、オレはクロの頭をナでた。
ドラゴンのカラダは強靭だ。墜落しても傷を負うことは珍しい。死ぬのはたいてい龍騎手のほうだった。
ドラゴンだって無敵ではない。疲れはたまる。この試合会場に来る途中に嵐に遭った。酷い嵐のせいでクロは長く雨に打たれたし、カラダも痩せ細っていた。
最後の50M。クロのチカラが抜けてしまったのは、嵐によって受けた疲労が出てしまったからだ。
今回の大会。ホントウなら棄権していたところだ。
オレだってクロにムリをさせたくはなかった。
今回の大会だけは、どうしても棄権できなかった。
オレは故郷のチコ村の代表としてやって来た。この大会に勝てば国からチコ村に賞金が贈られるはずだったし、チコ村の名誉もかかっていた。
「ぐるる」
と、クロが申し訳なさそうにうなった。
「べつにお前のせいじゃないさ。最後の最後でオレも気が抜けちまったんだ」
残り50Mというところで、オレは試合のことよりも、勝った後のことを考えていた。油断していたのだ。1着だったジオは、王国最速の龍騎手と呼ばれている。
オレが勝っていれば、最速の称号を手に入れていたはずだった。
救護部隊がやって来た。
オレにもクロにもケガがないことを伝えた。「国王陛下がお呼びです」と伝言を受けた。会場外の別邸まで来いとのことだ。
王様がいったいオレになんの用だろうか……。あまり良い予感はしなかった。仕方ない。呼ばれたからには行くしかない。
会場と言っても、だだっ広い平原に人が集まっているだけの場所だ。集まった群衆の周りには天幕が張られている。遠方から来た人たちのものだろう。天幕の張られたあたりを抜けた先に、国王陛下の別邸が見てとれる。
レースが終わったことで、観衆は散りはじめていた。
「あいつ終盤まで先頭を飛んでたのにな」「落っこちてたヤツか」「惜しいことをしたよな」「ナイスファイトだったぜ」……。いろんな声を投げ与えられることになった。今は声援が逆に、オレの心を暗くさせた。
王の別邸へと急ぐことにした。
別邸は、今回のヘブンガルド王国のレースに向けて急造されたものだ。急造とは言っても、屋敷と言って差しつかえない大きさのものだった。周囲には武装した兵士がいて、ものものしい雰囲気だった。
別邸の門前に国王陛下の姿があった。
何度かお見かけしたことはあるが、直接会うのははじめてのことだった。ブロンドの髪に青い目をした人だった。着ているのは真っ赤なコタルディだ。派手派手しい身なりだというのに、どことなく暗い顔をしていた。レースを楽しんでいた男の顔には見えなかった。
国王陛下のとなりにはジオがいた。白銀の髪を真ん中分けにした長身の男だ。後ろはポニーテールに縛っている。ジオはオレのことを認めると、「ふん」と鼻で笑った。国王陛下もオレに気づいたようだった。
クロを座らせた。オレもその場にかしずいた。
「オヌシがチコ村のアグバか?」
と、国王陛下の声が落ちてきた。
「はい」
「ブザマな試合を見せてくれたものだな」
「申し訳ありません」
「しかもなんじゃ、このドラゴンは……。黒く不吉なカラダに、ずいぶんと貧相なカラダをしているではないか」
クロのことを言われると、相手が王様だろうとさすがに黙っていられなかった。
「こちらの会場に来る途中、嵐に見舞われまして」
「まるで嵐がなかったら、勝っていたとでも言いたげじゃな」
「いえ、そんな……」
オレは目を伏せた。
図星だった。
道中の嵐さえなければ、負けはしなかった。クロだってこんなに、やつれることはなかった。せめてあと数日、クロに療養の時間さえあれば、決して負けはしなかった。
こんなにやつれているというのに、残り50Mまでは1着をキープしていたのだ。
「剥奪じゃ」
「え?」
その言葉の意味がわからず、オレは顔をあげた。
国王陛下の暗い顔が、オレのことを見下ろしていた。
「あんなみっともない試合をしたのだ。龍騎手免許を剥奪する」
「お、お待ちください。それはあんまりです」
オレが立ち上がろうとすると、周りにいた兵士がオレのことをおさえつけてきた。オレが攻撃されていると思ったのか、クロが威嚇のうなり声を発した。威嚇するクロの態度に、兵士たちはオレから手を離して後ずさっていた。
オレはあわててクロのことをいさめた。
「そういうことだ。素直に免許を渡せ」
と、国王陛下のとなりにいたジオが言った。
ジオの白銀の瞳には勝ち誇った光があった。ジオの目の光を見たとき、こいつの進言によるものなのだと察した。
同じ龍騎手として、ジオにはわかっているはずだ。もしもクロが万全の状態だったなら、さっきの試合はオレが勝っていた。ぶっちぎりだったはずだ。次の試合。あるいはその次の試合があれば確実にオレはジオを抜かす。
ジオはオレに負けることを怖れているのだ。だから龍騎手免許を剥奪するように――と国王陛下に吹き込んだのだ。そうに違いない。最速の称号を持ち、国王陛下のお気に入りであるジオならば出来ることだ。
「ジオ。もしもう一度試合すれば、オレに勝てると思うか?」
と、オレは挑みかかるように問いかけた。
「貴様にもう一度なんかない」
と、オレの胸元についてあった龍騎手の証であるバッジを、ジオは奪い取ってしまった。
物凄い風が防塵ゴーグルに打ちつけてくる。耳当てをしていても暴風の音がすさまじい。
右も左もわからない。ただ正面にはゴールテープが見える。
ここからだ……と、クロの背を強く股ではさみこんだ。
ドラゴンの背中には鱗がビッシリと生えている。直ではさみこんだら、股が血まみれになる。傷つかないために足には脚甲がはめられている。脚甲ごしにもクロの鼓動が伝わってくる。
大丈夫。黒もこの試合の重要性はわかってる。闘志は充分。
このまま行けば、1着だ……。
あと50M。
この試合に勝てば、オレは世界最速の龍騎手としての栄光をつかむ。優勝したときの光景が、期待とともに胸裏に映しだされた。
刹那――。
脚甲ごしに伝わっていたクロの鼓動が小さくなった気がした。
受ける風の勢いがゆるやかになった。
そして今度は追い風がやって来た。追い風は、ものすごい羽音をともなって通過していった。べつのドラゴンに抜かされたのだとわかった。
風圧を受けてクロの態勢が揺れた。2匹、3匹……と後続のドラゴンが、クロを抜かして行く。
態勢を立て直そうとした。クロの反応はなかった。クロはそのままチカラ尽きたように落下していく。クロの落下に伴ってオレのカラダも落っこちて行く。
落っこちてゆくさなかに、オレは目を凝らしてゴールテープを見つめた。ジオとその白銀のドラゴンが1着でゴールしたのが見て取れた。
負けた……。
敗北感に打ちひしがれた。
クロがこのまま地面に落っこちれば、オレは死ぬだろう。
死んでも構わない。オレは負けたのだ……。
オレの絶望とはウラハラにクロは意識を取り戻した。地面に叩きつけられる寸前のところだった。翼を広げ、ユックリと着陸した。
オレはクロから降りて、防塵ゴーグルを外した。
空――。
もうすべてのドラゴンがゴールし終えていた。会場に集まっている観衆からは、地を揺るがすような歓声がわき起こっていた。歓声はすべて空に向けられたものだった。
墜落したオレたちに向けられたものではない。
さっきまで試合をしていたって言うのに、酷い疎外感をおぼえた。
「負け……か」
と、オレは呟いた。
優勝したのはジオだろう。追い風とともにイチバンにオレたちを抜かして行った。ジオと白銀のドラゴンが、ゴールテープを切ったところも、落ちてくさなかに確認した。
「ぐるるっ」
と、クロが顔を寄せてきた。
「どうした? オレの心配をしてくれているのか? オレは大丈夫だよ。オレのほうこそ悪かったな。お前にムリをさせすぎた」
と、オレはクロの頭をナでた。
ドラゴンのカラダは強靭だ。墜落しても傷を負うことは珍しい。死ぬのはたいてい龍騎手のほうだった。
ドラゴンだって無敵ではない。疲れはたまる。この試合会場に来る途中に嵐に遭った。酷い嵐のせいでクロは長く雨に打たれたし、カラダも痩せ細っていた。
最後の50M。クロのチカラが抜けてしまったのは、嵐によって受けた疲労が出てしまったからだ。
今回の大会。ホントウなら棄権していたところだ。
オレだってクロにムリをさせたくはなかった。
今回の大会だけは、どうしても棄権できなかった。
オレは故郷のチコ村の代表としてやって来た。この大会に勝てば国からチコ村に賞金が贈られるはずだったし、チコ村の名誉もかかっていた。
「ぐるる」
と、クロが申し訳なさそうにうなった。
「べつにお前のせいじゃないさ。最後の最後でオレも気が抜けちまったんだ」
残り50Mというところで、オレは試合のことよりも、勝った後のことを考えていた。油断していたのだ。1着だったジオは、王国最速の龍騎手と呼ばれている。
オレが勝っていれば、最速の称号を手に入れていたはずだった。
救護部隊がやって来た。
オレにもクロにもケガがないことを伝えた。「国王陛下がお呼びです」と伝言を受けた。会場外の別邸まで来いとのことだ。
王様がいったいオレになんの用だろうか……。あまり良い予感はしなかった。仕方ない。呼ばれたからには行くしかない。
会場と言っても、だだっ広い平原に人が集まっているだけの場所だ。集まった群衆の周りには天幕が張られている。遠方から来た人たちのものだろう。天幕の張られたあたりを抜けた先に、国王陛下の別邸が見てとれる。
レースが終わったことで、観衆は散りはじめていた。
「あいつ終盤まで先頭を飛んでたのにな」「落っこちてたヤツか」「惜しいことをしたよな」「ナイスファイトだったぜ」……。いろんな声を投げ与えられることになった。今は声援が逆に、オレの心を暗くさせた。
王の別邸へと急ぐことにした。
別邸は、今回のヘブンガルド王国のレースに向けて急造されたものだ。急造とは言っても、屋敷と言って差しつかえない大きさのものだった。周囲には武装した兵士がいて、ものものしい雰囲気だった。
別邸の門前に国王陛下の姿があった。
何度かお見かけしたことはあるが、直接会うのははじめてのことだった。ブロンドの髪に青い目をした人だった。着ているのは真っ赤なコタルディだ。派手派手しい身なりだというのに、どことなく暗い顔をしていた。レースを楽しんでいた男の顔には見えなかった。
国王陛下のとなりにはジオがいた。白銀の髪を真ん中分けにした長身の男だ。後ろはポニーテールに縛っている。ジオはオレのことを認めると、「ふん」と鼻で笑った。国王陛下もオレに気づいたようだった。
クロを座らせた。オレもその場にかしずいた。
「オヌシがチコ村のアグバか?」
と、国王陛下の声が落ちてきた。
「はい」
「ブザマな試合を見せてくれたものだな」
「申し訳ありません」
「しかもなんじゃ、このドラゴンは……。黒く不吉なカラダに、ずいぶんと貧相なカラダをしているではないか」
クロのことを言われると、相手が王様だろうとさすがに黙っていられなかった。
「こちらの会場に来る途中、嵐に見舞われまして」
「まるで嵐がなかったら、勝っていたとでも言いたげじゃな」
「いえ、そんな……」
オレは目を伏せた。
図星だった。
道中の嵐さえなければ、負けはしなかった。クロだってこんなに、やつれることはなかった。せめてあと数日、クロに療養の時間さえあれば、決して負けはしなかった。
こんなにやつれているというのに、残り50Mまでは1着をキープしていたのだ。
「剥奪じゃ」
「え?」
その言葉の意味がわからず、オレは顔をあげた。
国王陛下の暗い顔が、オレのことを見下ろしていた。
「あんなみっともない試合をしたのだ。龍騎手免許を剥奪する」
「お、お待ちください。それはあんまりです」
オレが立ち上がろうとすると、周りにいた兵士がオレのことをおさえつけてきた。オレが攻撃されていると思ったのか、クロが威嚇のうなり声を発した。威嚇するクロの態度に、兵士たちはオレから手を離して後ずさっていた。
オレはあわててクロのことをいさめた。
「そういうことだ。素直に免許を渡せ」
と、国王陛下のとなりにいたジオが言った。
ジオの白銀の瞳には勝ち誇った光があった。ジオの目の光を見たとき、こいつの進言によるものなのだと察した。
同じ龍騎手として、ジオにはわかっているはずだ。もしもクロが万全の状態だったなら、さっきの試合はオレが勝っていた。ぶっちぎりだったはずだ。次の試合。あるいはその次の試合があれば確実にオレはジオを抜かす。
ジオはオレに負けることを怖れているのだ。だから龍騎手免許を剥奪するように――と国王陛下に吹き込んだのだ。そうに違いない。最速の称号を持ち、国王陛下のお気に入りであるジオならば出来ることだ。
「ジオ。もしもう一度試合すれば、オレに勝てると思うか?」
と、オレは挑みかかるように問いかけた。
「貴様にもう一度なんかない」
と、オレの胸元についてあった龍騎手の証であるバッジを、ジオは奪い取ってしまった。
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