ママ、男の子にうまれてごめんなさい

味噌村 幸太郎

子供はおもちゃじゃない



 ぼくは幼いころから女の子によく間違われる。
 なんでかと言うと髪が長いから。
 肩につくまで長いんだ。


 よく保育園でお友達がぼくに聞いてくる。
「ねえきみって女の子?」
 ぼくはあわてて答える。
「ちがうよ! 男だよ!」
「ふーん、なんで髪が女みたいに長いの?」
「それは……」
「女になりたいの?」
「違うよ!」


 この長い髪はママが好きだから伸ばしているだけだもん。
 ぼくはもっとスポーツ刈りとか男の子らしいカッコイイ髪型が好き。
 でも、毎朝保育園に行く前にゴムで髪をくくってくれるママが嬉しそうなんだ。
 その時の優しいママが好き。


 ぼくにはいとこがいる。
 いとこのなぎさちゃん。
 なぎさちゃんとぼくは仲良し。
 でも、おばさんたちが家に遊びに来るとママはいつもこう言う。
「なぎさちゃんはいいよねぇ、女の子だからカワイイ服いっぱいあるし」
 ぼくとなぎさちゃんがままごとで遊んでいるとママはため息をつく。
 おばさんはそういうママにこう答える。
「でもいいじゃない、男の子だって」
「そんなことない。女の子の方が育てやすいし、大きくなっても一緒に買い物にもいけるでしょ。ずっと友達でいられるもの。絶対女の子の方がいいわよ!」
 ぼくは思った。ママはきっとぼくが女の子に生まれてきてほしかったんだって。


 ある日、ぼくが外でお友達と遊んでくると服が土で汚れてしまった。
 家に帰るとママが見たことないぐらいの怖い顔で怒った。
「ちょっと! なんでそんなに汚くしてきたのよ!」
「ご、ごめん。サッカーしてたから…」
「その服、高いのよ! だから男の子の遊びは嫌いなのよ」
 ママはそう言うとぼくが着ていた服をひきはがすように、脱がせた。
 そしてお風呂でぶつぶつ言いながら土を落としていた。
「ごめんね、ママ」
「もう野蛮な遊びはやめて!」
 ぼくは悪い気持ちでいっぱいだった。


 それからお友達に何回かサッカーを誘われたけど、全部断った。
 ママが嫌がるだろうから。
 それにぼくはサッカーボールを持っていない。
 おもちゃも男の子らしいものはあまりない。
 ミニカーとか合体ロボとかおじいちゃんにもらったけど、ママを怒らせたときに全部捨てられちゃった。
 怒らせたぼくが悪いけど、さびしいな。
 家に残っているのは、なぎさちゃんが置いていったおままごとセットと保育園からもらった絵本ぐらい。


 そんな毎日だけど、ぼくはママのことがだいすき。
 だからこの長い髪も嫌いじゃない。
 誰かに指を指されたり、変なことを言われてもやめない。
 この長い髪はママとの繋がりなんだ。
 いつも怒っているママだけど、朝ぼくの髪をとかしているときはニコニコ笑ってくれるもの。
 それが嬉しくて嬉しくて。


 パパが夜になって帰ってくるとだいたいママとケンカになる。
 その理由はきまってぼくの髪のこと。
「なんで、この子の髪を切らないんだ!」
 パパは顔を真っ赤にしてぼくの頭を指差した。
「いいじゃない。似合っているんだから」
 ママはブスッとして答えた。
「あの子の気持ちはどうなるんだ!? 男の子なんだぞ?」
「関係ないっていってるでしょ! じゃあ本人に聞いてみればいいじゃない!」
 ぼくはふたりがケンカしているところを見てとても胸が痛かった。


 パパがぼくの肩を掴んでこう言った。
「お前はその長い髪を好きでやっているのか?」
「そ、それは……」
 ぼくは言葉につまった。
「嫌ならちゃんとパパに言え。パパみたいにカッコよくしたいんじゃないのか?」
 本当はぼくだってパパみたいな男らしい髪型にしたい。
 けど、ママが……。
「ぼ、ぼくはこの髪型、好きだよ?」
 そう言ってママの方を見るとママがニッコリ笑ってくれた。
「そうよねぇ、好きでやっているんだもんね」
 パパは悔しそうにしていたけど、ママが笑ってくれるから安心した。

10
 そんなことがあってしばらくすると、ぼくはそろそろ小学校に入る準備をすることになった。
 今年で保育園も終わり。来年からは小学生だ。
 おじいちゃんから電話があって
「ランドセルの色はなにがいい?」
 と聞かれた。
 ぼくはすごく困った。
 青色が好きだけど、ママがいつも選ぶものは黄色が多いから。
 黄色って言わないと怒られそう。
 困ったから色はしばらく考えておくっておじいちゃんに言っておいた。
 
11
 ある日ママが病院から帰ってくると、すごく嬉しそうにしていた。
 なんで病院に行ったのに楽しそうなんだろう。
 そう思っているとママがぼくにいった。
「あなた、来年にはお兄ちゃんになるのよ!」
 ビックリした。
 ママのおなかのなかには赤ちゃんがいたんだ。
「お、おめでとう。ママ」
 ぼくがそう言うとニッコリ笑ってくれた。
「ありがとう! きっと女の子だと思うわ」
 それを聞いてぼくはさびしいという気持ちよりも、怖くなった。

12
 それからママは新しい赤ちゃんの服や靴、おもちゃとかをいっぱい買ってきた。
 けど全部女の子のもの。
 まだ決まってないのに……。
 ママはなにを思ったのか、ぼくにこう言った。
「あなたもう来年で小学生だからそろそろ髪を切りましょ」
「え……」
 すごくショックだった。

13
 この長い髪はママとのたった一つのつながりだったのに。
 ぼくが泣いて嫌がると鬼のような顔でママは怒鳴った。
「あなたはもうお兄ちゃんなのよ! しっかりしなさい!」
 そのとき、やっとわかった。
 ママはもうぼくのことがいらなくなったんだ。
 次に生まれる赤ちゃんであたまがいっぱい。
 ぼくは泣きながら散髪屋さんで髪を切られた。
 新しい髪型は、ぼくが前から好きだったスポーツ刈り。

14
 うれしいはずなのに、涙がとまらなかった。
 ぼくはもうきっと賞味期限が切れたまずい子なんだ。
 長い髪を散髪屋のおじさんが床に次々と落としていくたびにママとの思い出が蘇ってくる。
 そんな長い時間も数分でバツンと切られてしまった。
 切り終えたおじさんがこう言った。
「こりゃハンサムくんだね、よく似合っているよ」
「ありがとう……」
 
15
 しばらく、ぼくは髪を切られたことがショックで落ち込んでいた。
 けど、それよりも一つ不安がある。
 それはママのおなかの中の赤ちゃん。
 パパに聞くと「まだ女の子なんて決まってない」「おまたも見えてない」
 て言われた。
 つまり男の子が生まれることもあるんだ。

16
 もし弟が生まれても、ぼくは絶対に可愛がるつもりだ。
 なんだったら一緒にサッカーだってしたい。
 けど、女の子じゃなかったら、ママはまたぼくみたいに髪を長くして、つらい思いを赤ちゃんにさせるかもしれない。
 ぼくみたいな想いはもうしてほしくない。
 だってぼくはもうお兄ちゃんなんだもん! 

17
 それから時はたって年をこして、春になると小学生になった。
 もうママはぼくがサッカーで遊んでも怒らないし、男の子のおもちゃをおじいちゃんが買っても怒らない。
 むしろ毎日、次に生まれてくる赤ちゃんでルンルン気分みたい。
 だからランドセルも迷ったけど、ぼくの好きな青色にした。
 毎朝、ぼくは学校に行く前に近所の神社に寄る。

18
 おじいちゃんからもらったお年玉を全部くずして、5円玉にした。
 それを賽銭箱に入れて、お願いをする。
「かみさま、どうかママのお腹の赤ちゃんを女の子にしてください」
 必死に毎日かみさまにお願いした。
 わがままなお願いだってわかってる。
 けど、もうぼくみたいな辛い想いだけはさせたくないから。
 どうか、お願いします。
 一生分のお祈りです。

19
 ママのお腹の赤ちゃんはエコーっていうので、しらべてもなかなか女の子のおまたは見えないらしい。
 結局、生まれる直前までわからずじまい。
 ママはずっと「無事に女の子が生まれすように」とお腹を優しく触っている。
 赤ちゃんが生まれる予定日に近づくにつれて、ぼくは神社にお賽銭するお金を増やした。
 怖くて毎日眠れなかった。

20
 ある夜にママがお腹が痛いって飛び起きた。
 ぼくはビックリしてパパを起こす。
 パパが慌ててママを車で病院に連れて行った。
 夜中だったけど、ぼくは家にいるのが怖くて外に飛び出した。
 向かった先は神社。
 ずっとお祈りをしていた。

21
 お日様が出てきたころ、神社にパパが現れた。
「こんなところにいたのか? ママもう赤ちゃんうんだぞ」
 パパは汗だくになっていた。
 恐る恐る聞いてみる。
「どっち?」
「ああ、元気な女の子だぞ」
「よかったぁ」
 ぼくは力が一気に抜けて、その場に崩れ落ちた。

22
 赤ちゃんが女の子に生まれて本当に良かった。
 ママも嬉しそうに笑っているし、パパも昔みたいにママとケンカしない。
 家族四人でよく公園にいく。
 ママは妹を抱っこしてぼくとパパがサッカーをしているところをニコニコ笑って見ている。
 とっても楽しいし、嬉しい。
 けど何かが引っかかる。
 翌日、久しぶりに神社に行った。
 お祈りじゃないけど、かみさまとお話がしたかったんだ。

「男の子がいらないなんて思ってません。変なお祈りばかりしてごめんなさい」
 ぼくのせいで、ひょっとしたら生まれてくるはずだった弟は死んじゃったのかもしれない。
「ごめんなさい……」
 妹は無事に生まれたのに、生まれてくることができなかった弟のために涙が止まらなかった。

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