アンドロイドに恋をして

文戸玲

呼び出し


 契約に向けての打ち合わせを控えて,いつもより早めに出社した。正直,仕事をする気持ちにはなれないが,お客様の人生を左右する大切なことだし,仕事自体は好きだ。余計なことは考えないようにしようと,資料の準備に取り掛かったところで,守田がやってきた。


「すさまじい集中力ですね。それでこそエースです」
「すさまじい集中力を,わざわざ削ぎに来たのか? お前はいっつも,間が悪いんだよなあ」


 いつもの軽口を言ったつもりだったが,守田の反応は薄い。作業する手を止めて守田を見ると,浮かない顔をしていた。
 何かあるな。それも良くないことが。
 できれば,大切な打ち合わせの前にメンタルに影響を及ぼすようなことは耳に入れたくなかったが,守田も遠慮しているのだろう。そんな気配りをしなくていいんだよ,と感謝しながら用件を尋ねた。


「課長が呼んでいます。出る前に寄ってほしいって。込み入った話だから,時間に余裕を持って来るようにって言ってました」
「ややこしい上司に込み入った話をされるんだ,心穏やかにはなれそうにないな。ご立腹の様子で?」
「山下課長,気分屋ですからね。いつものように適当に流したらすむでしょ」


 ファイトです,と言って守田は社内にある自販機で買ったらしき缶コーヒーを差し出してきた。


「なんだよ,気持ち悪いな」
「コーヒーでも飲んで,交感神経をなだめてください」
「こんなの飲んだら,ハリーポッターぐらい長編の課長の演説中に,尿漏れするだろ」


 ありがとな,と礼を言ってコーヒーを一気に飲み干し,襟を正して課長のところへと向かった。



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