アンドロイドに恋をして

文戸玲

灰色の噂



 守田の話は次のような内容だった。


 プレミアムリビングと社名が変わる前は,世界的な不景気の波をもろにくらい,業績不振で倒産が目に見える状態だった。経済状況が悪いので会社の給料は上がらない,景気が悪くて家を建てる夫婦は減る,極めつけに少子高齢化が目に見えて進み,業界としては衰退していくことが分かりきって,お先真っ暗な状態だ。

 危機的な状況を迎えつつあるのは,プレミアムリビングだけではなかった。同じように苦しい経営状況にあった会社はたくさんあり,グローバル化により海外の会社が日本を席巻することはあっても,その逆はなかった。

 国力の低下を懸念した政府は,まずは少子高齢化する日本社会に一石を投じることを重要事項に置いた。経済を回すには日本の人口が増えることが不可欠だと考えたのだ。しかし,社会保障を充実させても,税金面で優遇しても少子化に歯止めはかからない。どうにかしなければということで目を付けられたのが,現在のプレミアムリビングという,当時は会社全体が傾いていてどうしようもない会社だ。


 話の全容が全くつかめないので,要点だけを話せと促したが,まあまあとなだめるように手のひらを下に向け,


「ここからはほんと出どころも分からない,実態がつかめない話なんですけど」


と卵をこぼしながら,もったいぶって続けた。その内容は,到底信じられないものだった。


 政府は国の生産力を上げるために,人ではなく機械に働かせることにした。今までのように単純化された作業を機械化するのでは飼う,人でないとできないとされていたサービス業をまずはAIにやらせる。それを,つぶれたも同然のプレミアムリビングに介入して試験的に行っているという話だ。


 守田の話についていけず,思わず遮る。


「待て待て,そんな都市伝説みたいな話を信じるのは勝手だが,少なくともおれが通っている時間帯には,懇切丁寧なサービスを行う優秀なスタッフしか見当たらなかったけどな」
「ぼくも,別にドラえもんみたいにネコ型ロボットが働いている会社なんて想像できませんよ」


 ただ,と守田は眉をひそめる。


「あの会社の社員が,退社して言うところを誰も見たことがないって。下請けの会社も含めて,泊まり込みで仕事をさせられているんじゃないかって噂なんです。あいつらは機械みたいに扱われてるって。確かに,良質なものを売り出している会社かもしれないけど,人権をないがしろにしたらだめですよね」


 SDGS! と覚えたての言葉を嬉しくなって使う小学生のように,守田は同じ言葉を二度繰り返した。

 「今日は遅くなりそうなので」と申し訳なさそうに目を細めるアイさんを思い出す。
 守田の出どころが曖昧な話を真に受けているわけではない。それでも,今日もアイさんのところに行こうとおれは決めた。


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