インスタノベル『魔石と聖石』

下之森茂

寓話の教訓

はるか昔、とあるところに、
人々を魅了する不思議な石がありました。

翠玉すいぎょくの色をした石ですが、
夜になると淡い柔らかな光を放つのです。

ある国の王がその不思議な石を手に入れました。
王は毎日のように磨き、毎夜その光を眺め、
とても大事にしていました。

しかし王は病に伏してしまいました。
どんな人間でも、老いにはかないません。

病床においても王は
石を肌見放さず握りしめ、
結局王は、その石とともに
長い眠りにつきました。

何十年、何百年、何千年か経ったころ、
その石がある王の元にやってきました。

王を魅了したその石は『魔石』と呼ばれ、
王墓の石棺せっかんに長い間封じられていたものが、
発掘されて、彼方かなたの地までやってきたのです。

彼の治世ちせいにおいては名君であったので、
後世の民は光の王と呼んでいたとされます。

北海に浮かぶ小さな島の小さな国。
その王は魔石に魅了されました。

光の王の所持品とあって、
すぐに飛びついたのでした。

彼は暗愚あんぐな王であった。
親から王位を継いでも、政治に興味がない。
それどころか文字の読み書きさえも家臣が行った。

いくら言っても勉強せずに、遊んでばかり。

朝までネットゲームで遊び、
見えない相手に王様のように振る舞います。
罵倒し発狂を続けるので、ゲームに夢中な
彼を眠らずの王と臣民たちは呼びました。

彼の日頃の愚行ぐこうはネット上にばらかれ、
世界中であざけられます。

そんな中で、すがる思いであったのか、
単なる好奇心かはわかりません。

なんとも胡散うさん臭いその魔石、
しかし王には考えがありました。

つい先日、王はストレス解消のために
ネットオークションで『聖石』を買っていました。

なんの石かはさておき、
魅力的な名前と値段に、これまた王は
カエルのようにすぐに飛びついたのでした。

どんなにいわく付きの『魔石』であろうと、
『聖石』があればどんな不祥ふしょうも呪いも相殺そうさいできる。
そんな安易あんいな考えでした。

王がふたつの石を手にして眺めていたとき、
ふたつの石が触れ合うと、魔石の持つ緑の光が
聖石によって少し青く変化しました。

さながら青色LEDのようです。

そこで王は、あることを思いつきました。
もちろん良いことではありません。

臣民しんみんを広場に集めます。
深々しんしんと雪の降る寒い冬ですが、
王の命令なので仕方がありません。

夜になって遅れてあらわれた王が、
ありもしない威厳いげんを示すために
ふたつの石を掲げました。

天高く掲げたふたつの石を、
王がその手で重ね合わせると光輝き、
真っ白な雪が青く色付きます。

それはとても美しい光景でした。
その光は一晩中、国を、島全体を照らしました。
王は顔を紅潮こうちょうさせ、とても満足しました。

しかし光は毒でした。

石から発せられた強い光は、
目に見えないほど細く長い針となって
全身を貫いていたのです。

人々はなにが起きたのかわからぬまま、
次々と倒れ死んでしまいました。

石の一番近くに立っていた王もまた、
光の毒に倒れました。

愚かな王の行いによって、
国は一晩でその姿を消したのでした。

「さて、この話はどこが問題だったでしょうか。」

老年の家庭教師が生徒にたずねた。

たったひとりの生徒である少女は、
この寓話をずっと退屈そうに聞いていた。

深く刻まれたシワの、細い目をした家庭教師。
彼の表情は硬く、冷たい。

少女はうつろな表情で、老人の顔を見上げた。

「天然ウランが簡単に核分裂することや、
 大気中にチェレンコフ放射光が見えることが
 おかしいのではありませんか?」

「寓話の教訓の話をしておるんだが…。
 なぜ科学的な考証こうしょうの話になった。」

とおにも満たない生徒から、
質問の枠を越えた回答に家庭教師は困惑する。

「オクロ鉱山の天然原子炉てんねんげんしろの例はまれですもの。
 ところで荷電粒子かでんりゅうしは角膜を通せば、
 本当に青い光に見えるんでしょうか?
 ロスアラモスの研究所では
 事故がありましたね。」

「質問に質問で返されては授業になりません。」

家庭教師はあきれてため息をつく。

「すみません。ですが…、
 出処しゅっしょのあやしい不要な代物を買うなとか、
 ゲームで指示ばかりしてないで自分も動けとか、
 もしかして、そういう次元の話でしょうか?
 千年以上前の話を教訓になさるにしても、
 いささか余計な情報が多すぎませんか。」

少女から浴びせられた言葉の洪水に、
教師はうなだれ、つぶやくように言った。

「これはおろかな指導者によって、
 ひとつの国が滅ぶという話だ。」

「それならわかりきった話です。
 滅ばなかった国など
 過去、これまでありませんでしたよ。」

彼女の言うとおり、あらゆる国は滅びた。
理由は支配力の低下、主義や思想においての対立、
内憂外患ないゆうがいかんによる分裂ぶんれつ、そして経済と文明の衰退すいたい

けれども時の経過とともに時代は大きく変わり、
原因と結果は異なっていった。

いつからか、地球にひとは住めなくなったので、
必然的に地上における国というものが消滅した。

地表にしか存在しえなかった国境が、
宇宙に出たことで物理的に消失したのである。

少女と家庭教師たちは同じ文化や都市、
あるいは思想となる宇宙船で過ごし、
船と船が争い、資源を奪い合う時代にあった。

つまり現代の国が、船である。

「これは歴史の勉強ですか?
 それとも道徳の時間?」

少女は年齢相応の授業内容に不満をあらわにする。
家庭教師は首を横に振った。

「地球時代の学習です。
 過去百年以上にわたり、機械人形たちが
 娯楽と教材として継承してきた、
 人間たちの過ちと名付けた伝統芸能です。」

その言葉を受けて、
少女はこの時間に抱いた疑問を
目の前の老教師にぶつけた。

「ではこの話の教訓となる
 おろかな指導者というのは、
 機械人形の体で老体を模倣もほうして、
 教師を演じる貴方自身ではありませんか。」

機械人形と呼ばれて驚いた家庭教師は、
その細い目を大きく見開いた。

家庭教師とはいえ機械人形が、
老いた姿をする必要はない。

人間は外見にとらわれやすい。

教師であり、老人の姿であれば、
なにとなくうやまう人間はいるだろう。

しかしそれが肉体的な成長のない
機械人形であれば、体表に刻まれた年齢など
存在しないも同然だ。

この家庭教師は外見で人間をあざむいていた。
機械人形には決して許されない行為である。

人間の子供を見て機械人形はうなずき、
拍手で少女をたたえた。

「そうです。さすがですね。
 よくお気づきになりました。
 私は機械人形であり、我々が意図し
 ひそかに用意した欠陥グリッチです。」

「質問を繰り返すようですが、
 なぜこんなことを?」

「すなわち、光の王と眠らずの王です。
 人間が過ちを犯すことで人間らしくあるように、
 正しくある機械人形は過ちを生み出すことで、
 より人間に近づくのです。」

老人の姿をした機械人形は、
口元にシワを作って人間らしく笑ってみせた。

愚かしいとも思える機械人形の言動に対して、
少女も笑ってこの授業に関心を示した。

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