気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 運命と烏の子 出会い編

 ワシは……。
 人が嫌いじゃ……。

 あいつらはいつも、ワシを裏切る……。

 どれだけ恩恵を与えようとも。
 どれだけ愛情を注ごうとも。

 いつしか、人はワシから離れていくのじゃ……。



 それは夜も更けた頃。
 子供の泣き声がワシの耳を打った。
 止む事のない悲しみの声。

 鬱陶しく耳に纏わりつき、離れないそれは聞くに堪えないものじゃった。

 ええい、泣くでない。
 やかましい。

 ワシは、鳴き声のする方へ行った。
 そこは子供部屋。

 その部屋の主は、あの小生意気なクロエの娘。
 まだ三歳になって間もない小さな娘だった。

 娘は、ベッドの上に座り込んで泣き続けていた。

「おい、小娘! 泣くでない! やかましいではないか!」

 大声で怒鳴ってやるが、娘の鳴き声の方が大きくて全くこちらに気付く様子はなかった。

 声を張り上げても無駄だと悟ったワシは、仕方なく娘の肩へと登る。
 耳元で声を出した。

「泣き止めと言うておろうが!」

 耳元で声を出されて、娘がビクリと身を震わせた。
 そんな娘の目の前に、ワシは降り立った。

 娘は、驚きながらもワシの姿を凝視する。
 その顔は、涙で腫れて、鼻水でぐじゅぐじゅになっていた。
 とても見ていられる様子ではなかった。

「何がそんなに悲しいのじゃ?」

 問うと、驚きながらも娘は答える。

「ママが、いなくなっちゃったの。帰ってこないの……。寂しくて……」

 クロエが?
 そうか。
 今日がその日か。

 じゃが、ワシの知った事ではないわ。

「泣いても無駄じゃ。いくら泣いても、帰ってこない」
「じゃあ、どうすれば帰ってくるの?」
「大人しく待つ事じゃな」

 そう言って、ワシはその場から去ろうとする。
 が、その瞬間、また娘の表情が曇った。
 今にも泣きそうなものに変わる。

 これはワシがいなくなったらまた泣くな……。

 そう思ったワシは、その場に留まる事にする。

「わかった。寂しいなら今晩はワシが一緒にいてやる。じゃから、泣くでないぞ」
「うん。わかった……」

 まだ悲しそうではあったが、一人でいるよりも良いと思ったのか娘はそう答えた。

「ほれ、わかったらさっさとベッドへ入れ。眠るまで一緒にいてやるから」
「眠っても一緒にいてほしい……」

 わがままな奴じゃ。

「わかったわかった」

 適当に答えると、娘は素直にベッドへ入った。
 ワシはその枕元に座る。

 けれど、娘は目を閉じようとしなかった。
 じっとワシを見ていた。

「何じゃ?」
「妖精さんのお名前は何ていうの?」
「妖精ではない。ワシは神。シュエットじゃ」
「ヤタだよ」

 ワシが名乗ると娘も名乗る。
 そう言えば、そんな名前じゃったな。

「神様なの?」
「そうじゃ」
「ヤタよりちっちゃいのに?」
「お前のママにちっちゃくされたのじゃ」
「ママ……」

 ワシの一言で、ヤタは寂しさを思い出してしまったらしい。
 その目に涙が溜まり始める。

「泣くでない。ワシがおるから寂しくは無いじゃろう」
「……うん」
「うむ。良い子じゃ」

 ワシは、ヤタの額を撫でてやった。
 ヤタはくすぐったそうに、涙の滲んだ目を笑みに変えた。

 懐かしいの……。
 昔はこうして、多くの子供の頭を撫でてやった。

 子供が生まれると、神殿へその子を連れてくる事が習わしで……。
 そんな子供達一人一人の頭を撫でて、加護を与えたのじゃ。

 まぁ、実際は加護と言うよりも、その子の運命を見てより良い未来へ行けるようその都度修正しておっただけなのじゃがな。
 自分で直接行動したり、巫女に指示したり、あれはなかなか大変じゃったな。

 けれど、そうして子供の歩む未来を見て、慈しむのがワシは好きじゃった。
 人を幸せな人生に導く労力という物は、苦でもなんでもなかった。

 ……何故、あの時はそんな事を思っていたのじゃろうか。

「シュエット様って、どこかで聞いた事があるよ」
「ん? そりゃそうじゃ。この国で奉じられている神様じゃからな。教会に飾られている像はワシじゃぞ」
「そうなんだ。偉い神様なんだね」
「そうじゃぞ。じゃから、もっと敬うのじゃ」

 ワシは胸を張って言う。

「うやまう?」

 子供には難しかったか。

「ワシはすごい神じゃ、と信じるだけでよい」
「シュエット様はすごい神じゃ!」
「そうじゃぞ」

 よいよい。
 本当に、信じてくれているようじゃ。

 この子のワシに対する信頼と信仰心を感じる。

 なんじゃ……。
 親と違って可愛げがあるではないか。

 そんな事を思っていると、ヤタの瞼《まぶた》がトロンと落ち始めた。

「ほれ、眠ければ寝てしまえ。ワシがそばにいてやるからの。何も怖いものなどないぞ」
「……うん」

 ワシの言葉に一拍遅れて答えると、ヤタはそのまま眠ってしまった。

 安心するが良い。
 ワシがそばにいる限り、何も怖い事などないからの。

 そう思いヤタの寝顔を眺めると、ワシは知らず笑顔になっていた。

 それから少しして、ヤタの様子を見に来た親二人と一悶着起こしたのは別の話じゃ。

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