気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

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復讐者編 十九話 女神達の狂乱

 夜空を飛び、屋根の上へ着地した時だった。

「少しいいかな、クロエくん」

 後ろから声をかけられた。
 気配がなかったので驚いて振り返った。
 すると、灰色の女性が立っている。
 トキだ。

「わかるんだね」

 今の私はマスクをつけ、声も変えている。

「わかるとも。神気を纏う人間はそうそういないからね」
「それで、どうしたの?」
「実は、力を貸してほしいんだ」
「いいけれど、何があったの?」
「シュエットが、さらわれた」

 トキは、短くそう答えた。



 事の起こりは、夕方。

 シュエットとトキは、ヤタの運命を読む事で今夜起こる事を察知していたらしい。
 なので、事件が起こる前にヤタを守るために出かける予定だった。
 しかし……。

 突如現れたカラスによって、シュエットはさらわれてしまった。

「はははっ! 助けたければ小生を探し出し、打ち倒すがいい!」

 カラスはそう言って、どこぞかへ去って行ったそうな。

「場所は見つけたんだけどね」

 トキが言う。

「だったら、助けに行けばいいじゃない」
「それはできない……。残念ながら、僕に彼女を倒す力は無いからね」

 だから私に頼みに来たのか。

「シュエットは僕の……僕のものなのに……」

 そう言いながら、トキは憎々しげな表情で親指の爪を噛んでいる。
 なんか暗黒面《ダークサイド》に落ちていそうな表情だ。
 目も死んだ魚の目みたいに濁っている。

 そのままインナーワールドへトリップしたのか、ぶつぶつと独り言を喋り続ける。
 その目は死んだ魚の目の如く濁っていた。

「シュエット、どうして僕の所から離れていくんだい?
 いつもいつも、僕が君の事をどう思ってるか知ってるのに……。
 なんであんな女と一緒にいるんだい?
 僕よりあの女の方がいいって言うのか?」

 さらわれたんでしょ?
 何でいつの間にかシュエット様が悪い事になってるの?

「僕の方がずっと君の事を想っているのに……。
 ああ、そうだ。
 もう二度とどこへも行けないようにすればいいんだ。
 ずっと部屋の中で僕だけと過ごしていれば、きっと彼女も僕の気持ちをわかってくれるはずだ……。
 僕がお世話するから、手足だって必要ないよね」

 もうそれ、シュエット様を監禁したいだけでしょ。

 あと、シュエット様は手足ぐらい黒色でいくらでも生やせるよ。

「「ああっ女神。何故このような事に?」」

 チヅルちゃんが言う。

「正解はレズのサディストだからじゃない?」
「「正確にはクレイジーダイヤ……サイコレズだからですかね」」

 強そう……。
 時間を止める上に物まで直せたら最強じゃないか。

 と、そこでトキの濁った目が光を取り戻した。

「という事で、助けて欲しいんだ」
「一応私も巫女なんで、奉じている女神様の監禁計画の助けはちょっと……」
「あれ? 何で僕の考えがわかったんだい?」

 不思議そうな表情で問い返された。
 独り言になっていた事に気付いていらっしゃらない?

「まぁ、そっちを手伝ってくれるなら嬉しいけれどね」

 だから手伝いませんって。

「でも、僕が今言っているのはカラスの魔の手からシュエットを助け出す事だよ」

 変態(クレイジーサイコレズ)と変態(快楽主義者)に弄ばれるシュエット様マジカワイソス。

 さて……。
 冗談ではなく、シュエット様がさらわれたなら頼みを聞きたい所ではある。
 でも……。

「うーん。でも、私も今忙しくて……」

 流石に、カラスだって同族を遊びで殺すような事はしないだろう。
 多分……。
 大丈夫だと思う……。
 自信ないけど……。

 でも、そちらより今現在進行している王都の危機の方が重要だ。

「それもそうだ。そちらも大変そうだからね。でも、それならこうすればいい」

 トキは指を鳴らした。
 同時に、あらゆる物が止まる感覚があった。
 頬を撫でていた風も、耳に届いていた音も、何もかもが止まる。

「止めている時間の中で行動すればそれで問題ない。それを前提に、改めて話をしよう」

 指パッチン……時間を操る……話をしよう……うっ頭が……。

「手伝ってくれるね?」

 断る理由はなくなった。



 私はトキを体に宿らせ、バイクで夜の町を駆けた。
 時間が止まっている今、風が起こらないので空を飛ぶ事はできない。
 だからバイクなのである。

 今の私の強化装甲は、トキの影響によって形状と色が変わっている。
 今まで以上にメカニカルな風貌になり、なんというのかバリってる感じだ。
 あと、色は灰色に近い薄い黒色だ。

 バイクもまたトキの影響なのか、同じように形と色が変わっていた。

「ここだよ」

 シュエット様に案内されて辿り着いたのは、スラム街の奥にある建造物の前だった。
 その建造物は、何度も増改築したかのようにまとまりのない形をしていた。
 扉が幾つもあったり、不自然に部屋が突き出していたり、階段が壁に向かって続いていたり、ウィンチェスター夫人の屋敷みたいである。
 いや、九龍城塞《くーろんじょうさい》の方が近いかな?
 あそこまででかくないけど。

 恐らく、違法建築物だろう。
 そんな雰囲気のある廃墟めいた建物だ。

「よく、こんな場所を見つけましたね」

 ここは違法建築物だらけで、区画整理も満足にできていない無法地帯だった。
 その奥にこんな建物があるなんて、案内されなければ私は一生知らなかっただろう。

「シュエットの気配を辿っていったら見つけたんだ」

 レズ特有の察しか。

 私は建物の中へ踏み入る。
 入り組んだ建物の中を案内されて歩いていく。

 そして、ある一室にたどり着いた。

 扉を開けると、まず目に入ったのは奥の壁に張り付けとされたシュエット様の姿だった。
 半裸状態な上に、手足はもちろん、体中を鎖でガチガチに拘束されている。
 どことなく厨二臭い。

 そして、その前には胡坐をかいて座り、左手で頬杖を付き、右腕を刀の鞘に絡め持つカラスの姿があった。
 こっちも厨二臭い。

「来たか……」

 カラスが呟き、私へ笑みを向けた。

「何て事だ。絵にしたいくらい魅力的だよ、シュエット!」

 空気を読まないトキが、その背後のシュエットを絶賛する。

 シュエット様が顔を上げ、じろりとこちらを見た。
 口元には猿轡をかまされていて喋れないだろうが、さっさと助けろとその目が語っていた。

 大変だなぁ、シュエット様……。

「ふふふ、やはり彼女を呼んできたか」

 カラスが笑みを浮かべながら言い、立ち上がる。

「カラス! どけ邪魔だ! シュエットが良く見えないじゃないか!」

 カラスが立ち、シュエット様が隠れてしまった事で怒るトキ。

「なんだか、当初の目的とは違うが……。まぁいい。この緊縛されたシュエットを視姦したければ小生を倒す事だな!」
「やるぞ! クロエくん!」

 グダグダじゃねぇか。
 シュエット様が後ろで大層嫌そうな顔してるし。

「ふふふ、しかし勝てるかな? トキの力を借り、そしてその鎧が如何に強いとしても、小生にはまだ遠く及ば……」
「ジ・アバター!」

 トキに加え、ジ・アバターが私の体に合体する。

「なっ! 卑怯だぞ!」

 相手が神様なら、普通に使うよ?
 当然でしょ?

 ジ・アバターが合体した事により、強化装甲の形状と色がさらに変化する。

 装甲が厚くなり、尖り、露出した口元もマスクで覆われる。
 そしてヘソが露出した。
 背中のマントも蝙蝠の羽のような形状となる。

「悪いけど、こっちも急いでるんだ。あんまり長く遊んでられない。だから……」

 私はカラスの側面へ一瞬で移動し、蹴りを放った。
 カラスはそれを刀の腹で防ぐ。
 けれど、一メートルほど吹き飛ばされた。
 防ぎきったが、その場で膝をつく。

 ダメージはあまりない。
 けれどそれでいい。

 私は両手の平を合わせ、その間に空間を作る。
 手と手の間に、熱エネルギーが収縮していく。
 球形のエネルギー体が形成されていった。

 今の蹴りは、シュエット様を射線から外したかったからだ。
 この攻撃の射線からカラスが外れた今、容赦なくこれをぶっ放せるという寸法だ。

「最初からクライマックスだ! クロエェェェェェサァァァンッシャイィィィィン!」

 熱エネルギーが完成すると、私は叫びながらそれをカラスへ向けて放った。

「そんな、馬鹿なぁぁぁぁっ!」

 防御姿勢を取ったカラスだったが、そのまま光に包まれた。
 光球はカラスを巻き込んだまま部屋の壁を突き破り、外へ飛び出していった。

 外へ飛び出した光球は空へ上がり、派手に爆発した。

「きたねぇ花火だ」

 そう呟くと、私は背を向けた。

 トキが私の体から離れ、同時にジ・アバターも合体を解いた。
 飛び出したトキは、シュエット様の方へ向かった。

「シュエット! すごくいやらしいよ!」

 鎖で縛られたシュエット様に大興奮である。

 第一声がそれ?
 助けてあげなよ。

「「クロエさん。ここどこですか?」」

 チヅルちゃんの声が通信機から聞こえた。
 今まで止まっていた時間が動き出したのだろう。
 同じように止まっていたチヅルちゃんからすれば、私が一瞬でどこかへ移動したように見えたのだ。

「スラム街だよ」
「「あと、このよくわからない光景はなんですか?」」

 この光景って、時の女神が縛られた運命の女神にひたすら「いやらしいいやらしい」言ってるこの光景の事?
 私にもわからん。
 これにタイトルとつけるならなんとするべきだろう?

 いつまで経ってもトキがシュエット様を解放する様子がなかったので、私がシュエット様を救出した。
 トキはとても不満そうだった。
 シュエット様もなかなか助けてもらえなかったためかムスッとして不満そうである。

 建物の外に出ると、入り口に停めていたバイクの上にカラスが何事もなかったかのように座っていた。

「卑怯じゃないか。三人がかりだなんて」

 バイクから降りながら言う。
 こっちも不満そうだ。

「消滅しないように手加減したんだからいいでしょ?」

 言うと、一転してカラスは笑顔を作る。

「まぁ、なかなか楽しいイベントではあったよ。シュエットをさらって、変態を煽っただけの事はある」

 やっぱり、今回も退屈しのぎでこんな事をしたわけか。
 怒りが湧いてくる。

「だったら、私を巻き込むかもしれない事はしないでよ。私は今、忙しいんだから」
「この王都の暴動かい?」

 カラスが聞くと、今までムスッとしていたシュエット様が口を開く。

「そうじゃ! ヤタはどうなった?」
「わかりません。今、探してる最中です」
「くっ、今何時じゃ?」
「大丈夫だよ。まだ猶予はある。ギリギリだけれどね」

 慌てるシュエット様をトキが宥める。

 この慌てよう。
 もしかして、ヤタの危機を運命で見たから?
 危険な運命がヤタを襲おうとしているの?

「ふむ。確かに、大変な時に遊びへ誘ってしまったようだ」

 カラスが言う。

「せっかくだ。その侘びとして、小生も手伝ってあげようか?」

 少し考えてから答える。

「いや。あなた達が自分からそうしたいと思って行動するなら構わないけれど、私から頼って何かをしてもらおうとは思わないよ。人間の問題は、人間が解決するのが道理だから」
「ふふふ。なるほどね。なら、小生は小生の領分を守るとしよう」
「どういう事?」
「小生達がシュエットを捕らえた事で、この事件は未然に防ぐ事ができなかった。けれど、元々この惨劇もまた、君が運命を変えた事で起こった事だ。わかるだろう?」

 確かに。
 私がヴァール王子にさらわれた事が原因だ。
 そして、さらわれる原因は私が強さを示したから……。

 なら、私のせいかもしれない。

「ゆえに、本来の運命ならばこの場、この時間に死ぬ人間など寿命を迎えた老人程度のものだったんだよ。でも、このままでは死ぬ運命ではなかった人間が死ぬ事となる。それを防ぐのが、小生の領分だ。領分を全うするなら別に構わないだろう?」

 それなら、いいか……。
 正直、助かる。

「それは、大歓迎だよ」

 私は笑った。

「ワシはワシで好きにするぞ。ワシは、自分の意思でヤタを助けたいのじゃからな」
「それももちろん大歓迎です」

 寄り道をする事になったけれど、おかげでヤタの居場所がわかりそうだ。
 シュエット様が運命を読んだというのなら、ヤタの居場所も知っているはずだ。

「僕はいつもシュエットと一緒だよ」
「貴様は帰れ! 近付くな、気持ち悪い!」
「シュエットのいけずぅ」

 余程今回の事に腹が立ったのか、シュエット様のトキに対する態度がいつも以上に辛辣である。

 シュエット様が、小人バージョンで私の肩に乗る。
 ついでにトキが私の体の中へ入り込んだ。
 また、強化装甲の形状が変わる。

 そして、再び時間が止まった。

「止めた時間の中を行けば、猶予が増えるだろう?」

 ありがたい。

「ではゆくぞ」
「はい。案内してください」

 私はシュエット様の案内に従い、バイクを走らせた。

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