気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

復讐者編 十六話 マジカル八極拳と素敵な腰

 広範囲の捜索をするため、私はマントで夜空を飛んでいた。
 上空から、広い範囲を見渡す。

 今の私の目的は、イノス先輩を始めとした行方不明者の捜索だ。
 どこかへ行かなければならないというわけでもないので、こうして空から探した方が見つかりやすいと思ったのだ。

 時折、暴徒に襲われる人間を助け、また魔力縄《クロエクロー》を引き上げる反動で上空へ飛び上がる。
 という行為を繰り返した。

 そんな折、私は知り合いの姿を目にする。

「「ヤンくんじゃないですか」」

 チヅルちゃんも気付いたのか、声を上げる。

 彼は、チンピラ達に囲まれていた。

 助けよう。
 そう思ったのだが……。

 私が降り立つ前に、ヤンくんはチンピラ達を蹴散らしてしまった。

 縦拳と蹴り、地面を強く踏みしめる独特の動作。
 一撃一撃が必殺の威力を持っているらしく、チンピラ達は彼の一撃に沈んでいったのである。
 八極拳に似た動きだ。

 この世界にその拳法があるのかは知らないが。

 地面に降り立った私は後ろからヤンくんに近づいた。
 手の届く距離。
 そこまで接近した時だった。

 彼は唐突に振り返り、その動作を利用して右肘を放ってきた。
 それを手の平で受け止める。

 受けられてもヤンくんは動きを止めなかった。
 次いで左拳を振るう。

 密着するほどの距離から放たれた拳を右腕でガードする。

 なんてパンチだ。
 この体格からどうしてこんな威力の乗ったパンチを放てるんだろう?

 その上、無色の魔力の塊を強烈な打撃で体の中へ押し込んでくる。
 意識して魔力の防御をしていなければ、内蔵を直接殴られていただろう。

 前世でいう所の発勁という代物だ。
 朱雀……黄龍国の拳法にはこういった魔力を組み込んだ技が多い。
 所謂《いわゆる》、マジカル八極拳という奴である。

 アールネスの闘技に通じる技術だ。

「待て。私は味方だ」

 次の攻撃が来る前に、声をかける。
 エミユちゃんと違って、そう言うとヤンくんは動きを止めた。

「本当ですか?」

 私は一歩離れ、印章を見せた。

「国衛院の者だ」
「申し訳ありません!」

 ヤンくんは慌てた様子で、深く頭を下げた。

「一戦やらかした後だ。勘違いしても仕方がない」
「そう言っていただけると救われます」

 ヤンくんは顔を上げる。

「君はどうしてここに?」
「町へ買い物に来ていたんですが、帰りが遅くなってしまって……」

 そうこうしている内に暴動が起こったわけだな。

「それで襲われたんだ」
「いえ、襲われたのは僕じゃないです」

 そう言って、ヤンくんは視線を動かす。
 その先には、町の住民らしき人が数名いた。

「その人達が襲われていたので、助太刀してました」

 こんな大変な状況なのに、そういう行動に出られるのか……。
 心の強い子だな。

 見た目は可愛いけれど、中身は雄々しいのかもしれない。
 ゲパルドくんとは真逆だな。

 ゲパルドくんも怒ったら雄々しいけど。

「なら、ついでと言ってはなんだが、国衛院の本部へその人達を連れて行ってくれないか。そこが避難所になっている。送ってくれれば、君もそのままそこへ避難してくれればいい」
「はい。わかりました……。あの、僕も治安活動を手伝ってはいけませんか?」

 ありがたい申し出だ。
 けれど……。

「ダメだ。黄龍国からの留学生である君が傷つけば国際問題になるかもしれない」
「そう……ですか……」

 彼は俯いてしまった。
 この暴動がスラム街のチンピラ達だけで行なわれたものなら、間違いなく力を借りる所なのだけどね。
 タイプビッテンフェルトの着用者は相手が悪い。

「では、よろしく頼む」
「わかりました」

 ヤンくんは頷いた。
 一緒にいた住民達を連れて、国衛院へ向かった。
 その姿を見送る。

 さて、私はどうしようかな……。

 そう思っていた時だ。

「「少しいいか」」

 通信機から、アルマール公の声が聞こえた。

「はい。何かありましたか?」
「「うむ。刑務所が襲われ、囚人が逃げ出したようだ」」
「えっ!」

 何気ない口調でさらっと言われたので思わず驚いた。

「「襲ったのはサハスラータの影達だ」」
「一大事じゃないですか」
「「ああ。だから知らせた。陛下が兵士を動員してくれたのだがね。また振り出しだ。タイプビッテンフェルトの襲撃に合いつつ、それでも少しずつ鎮圧していたというのに……。まったく大変だな」」
「私もそちらに行った方がいいですか?」
「「いや、それには及ばない。君もいろいろと動き回っているだろう。
 君が各所でタイプビッテンフェルトを倒してくれているおかげで、鎮圧もしやすくなっている。
 少なくとも君が数を減らしてくれていなければ、治安活動は頓挫していただろう。
 君は君の都合で動きたまえ。
 派手に動いてくれればくれるほど、こちらは楽になる」」
「わかりました。あの、エミユちゃんは?」
「「逃げられてしまったよ。ふぅ……まったく、あの子の無茶な所は父親似だな」」

 アルマール公が愚痴るのも珍しいな。

「「愚痴っぽくなってしまったな。最近はこういう事がよくあって困る。歳かな。では、切るよ」」
「はい」

 通信が切れた。

「「影が刑務所を襲った、か」」

 チヅルちゃんの声が呟く。

「あそこはそんなに重要な施設とは思えないんだけどね。何か特別な物品があるわけでなく、ヴァール王子のように標的となる人物はいないと思うんだけど……」

 まぁ、標的に関してはわからないな。
 もしかしたら、刑務所にはサハスラータの人間がいて、その命を狙ったのかもしれないし。
 もしくは、彼らと繋がっていた人物の救出もありえるか……。

「「なら、考えられるとすれば、囚人の解放そのものが目的だった、とか」」
「囚人の解放……」

 考えもしなかった。
 でも、ありえる。

「それによって起こるのは、町のさらなる混乱か」

 暴動という炎に、囚人という燃料を投入したという事だ。

「影の目的は、このアールネスへの復讐。混乱に貶め、ビッテンフェルトの恐怖を振りまく。彼らの言葉が本当なら、今の状況こそがまさにそれだ」
「「その状況を長引かせるのが目的ですか」」

 かもしれない。
 でも、どうなんだろう。
 それだけなんだろうか?

 アールネスの住民達に不安を抱《いだ》かせて、それでおしまいなんだろうか?

「ねぇ、チヅルちゃん。その先には何が待っているのだろうか?」
「「その先……まだ何かあると?」」
「さぁ、あるかもしれないと思っただけだよ」
「「わかりません」」

 わからない以上、何があっても動けるように覚悟はしておこう。

 そのやり取りを最後に、しばし無言になる。

「「少しよいか?」」

 通信機から王様の声が聞こえた。

「はい。何ですか?」
「「うむ。用事があるのは私ではないのだが……」」
「「クロエマミー」」

 イェラの声がした。

「イェラ! どうして?」
「「マミーがどうしてるのか知りたくて……。王様にお願いしたんだ」」

 なんともまぁ、恐れ多い。

「イェラ。陛下にわがままを言ってはいけないよ」
「「まぁ、そう言うな親の事を想う子供の頼みは断れぬものだ」」

 イェラに代わって、王様がそう答える。

「「私とて、体を左右に揺り動かしながら可愛らしくお願いされると断り切れなかったのだ。その際の腰のくびれが素晴しくてだな。十五歳とは思えぬ、完成された美しいスタイルに見惚れてしまった」」
「陛下。指一本でも触れたら、異世界から「おまわりさん」を召喚しますよ」

 あらゆる悪を留置所へと誘う異世界の魔神だ。
 そのもの青き衣をまといて不審者の元へ降り立つべし、である。

「「『おまわりさん』? なんとも恐ろしい響きだな。しかし、そんな事はせぬよ。私は見るだけで満足だ」」
「「だったらイェラ、もっと見せるよ!」」
「「おお……っ!」」

 イェラ、お止《よ》し……。

「「ねぇ、クロエマミー。マミーはどうしてるの? イェラ、マミーの声が聞きたいよ」」

 寂しそうな声色だ。
 きっとこの子も、今の状況が不安なんだろうな……。

「アードラー」

 通信機に呼び掛ける。
 返事がなかった。

「「アードラーさんは今、モニターから離れてます。呼びますね」」

 チヅルちゃんが答え、アードラーを呼ぶ声が通信機越しに聞こえた。

「「何かしら?」」

 すぐにアードラーの声が通信機から聞こえた。

「「マミー!」」
「「イェラ?」」
「「マミーの声が聞きたくて、王様にお願いしたんだ」」
「「……! あなた、なんて事を!」」

 アードラーは怒声を上げる。

「「良い。子が親を求めるのは当然だ。叱るでないぞ」」

 そんなアードラーに、陛下が告げる。

「「はい。陛下がそう仰るのでしたら」」
「「マミー……」」

 叱られてしょんぼりしたイェラの声が聞こえる。

「「仕方のない子ね。でも、陛下は敬われるべき偉大な方なのよ」」

 偉大な方は、十五歳の少女の腰に魅了されたりしないと思うけどね。

「「もう、二度とこんな事をしてはいけないわ」」
「「はい」」
「「いい子ね」」
「「マミー……。イェラ、マミーがいなくて寂しいよ。グランパとグランマは一緒にいてくれるけど、もう一人のグランパはあんまりイェラと話してくれないし……」」

 もう一人のグランパ。
 フェルディウス公か。

「「ダディもいなくなっちゃったし……。なんだか、マミーとももう、このままずっと会えないんじゃないかって思っちゃって寂しくなっちゃったんだ……」」

 イェラは、アードラーの事が大好きだからな。
 アードラーがいなくて心細いのだろう。

「「大丈夫よ。そんな事にはならないわ。だから、安心して」」
「「マミー」」

 それから、しばらくアードラーとイェラの会話が続いた。
 アードラーもなんだかんだで心配していたのかもしれない。

 イェラが今どうしているのか、詳しく聞いていた。
 伝える言葉も優しい響きを持っている。

「「そろそろ切るわね。この不安な夜を早く終らせるためにも、やらなくちゃならない事があるから」」
「「でも……。うん。わかったよ。イェラ、我慢する。だから、早く迎えに来てね。待ってるよ」」
「「ええ、必ずよ」」
「「うん。じゃあね」」

 通信が切れた。

「早く終らせないとね」
「「ええ」」

 タイプビッテンフェルトを回収して、さっさと事態を収拾する。
 そして、早く家族を迎えに行かないとね。

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