気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

復讐者編 十一話 ヴァール王子救出作戦 前編

 夜の闇が下りる王都。
 とある路地。
 街灯に照らされず、常よりもさらに暗いその場所を両親と男の子の三人が怯えた様子で歩いていた。

 裕福なのだろう。
 良い身なりをしていた。
 そこから鑑みるに、恐らくは貴族の一家だ。

 どこかへ出かけた帰り……。
 恐らく、町で劇でも見た帰りだろう。

 父親は黒い礼服姿。
 母親はドレス姿だ。
 首元にはパールのネックレスをつけている。

 息子は、父親の着ている物をそのまま小さくしたようないでたちで……。
 父親と違う部分があるとすれば、可愛らしい蝶ネクタイをしている事だろうか。

 妻と子供を守りたい一心なのだろう。
 父親は怯えながらも先頭を歩き、夜の闇の中を進んでいく。

 そんな彼らの前に、ナイフを持った男が現れた。
 風体からして、恐らくスラム街の住人だろう。

「そんなに急いでどこに行くんだ?」
「!」

 父親は緊張に顔を強張らせながらも、無法者の視線から家族を庇うように男の前へ立ち塞がる。

「へへ」

 薄ら笑いを浮かべて、今しがた歩いてきた方向からもう一人の男が現れる。
 挟み撃ちにされてしまい、逃げる事はできそうになかった。

「今日はパーティナイトだぜ。プレゼントをいただかなくちゃな」
「わかった。金ならやる」

 父親が言う。
 そんな父親をナイフを持つ男が殴りつける。
 父親は倒れこんだ。

「あなた!」

 妻が悲鳴を上げる。
 夫の所へ向かおうとする妻だったが、無法者達はそれを許さない。

 無法者が母親のネックレスへ手をかける。
 それでも夫の下へ向かおうとする妻。
 パールのネックレスが千切れ、散らばる。
 パールがバラバラと石畳を不規則に跳ねた。

「この」

 ナイフを持つ男が、母親をナイフで刺そうとする。
 そんな光景を目の当たりにした父親は、妻の前へ飛び出した。

 ナイフが、父親の腹部へ刺さる。

 かと思われたその時……。

 上空から黒い何かが下り立ち、ナイフを掴んで止めた。

「何だ!」

 その黒は闇が具現化したかのようだった。
 人間なのか、果たしてどんな形をしているのか、それすらも定かでは無い。

 動きはあまりにも素早く、それを確かめる事はできなかった。

 闇が激しくにくと、ナイフを持っていた男が吹き飛ばされて壁に激突した。
 その隙に、闇はもう一方の男へ接近。

 闇が縦に渦巻いたかと思うと、男の体が宙に浮いて山形《やまなり》になって落下した。
 さらに闇は動き、起き上がろうとしてたナイフの男の方へ飛んだ。
 そのまま闇が男の腹部へ圧し掛かる。
 男は痛みで悲鳴を上げると、痛みからのたうち回る。
 そんな男のかすかに揺れ、動かなくなる。

 闇はすぐさま動き、倒れたままだったもう一人の男の襟首を掴んだ。
 そこでようやく目まぐるしい動きが止まり、その闇が人間の形をしている事がわかった。

 襟首を掴み、そのまま男の体を持ち上げる。

「選べ」

 そう告げた声は歪んでおり、人間のものではないようだった。

「大人しくスラム街へ帰るか、関節を外されるか」
「……どっちもやだね!」

 男は、闇を蹴りつけようとする。
 闇は男から手を離し、その蹴りを避ける。
 そして、男の体が着地するよりも早くその蹴り足を掴む。

「がっ!」

 足を持たれた状態で地面に叩きつけられる男。
 そんな男の足関節を闇は容赦なく外した。

「ぎゃーっ!」

 悲鳴を上げる男へ、容赦のない拳を見舞う。
 男が気を失った。

 闇は脅威を排除すると、家族へと向き直る。
 父親が警戒するように、家族の前へ立つ。

「あ、あなたは?」

 声をかけたのは、意外な事に子供だった。
 闇はしばし黙り込む。
 そして……。

「I’m BLACKNOBLEMAN(私は黒の貴公子です)」

 静かに答えた。
 印章を家族連れに見せる。
 国衛院の身分を証明するためのものだ。

「国衛院の本部へ行きなさい。あそこに行けば安心だから」

 一言告げると、黒いロープを空に発射した。
 家屋の屋根に引っ掛かったロープを引き戻し、そのまま影は夜の闇に消えた。



「「お疲れ様です。相変わらず見事でした」」

 チヅルちゃんの声が通信機越しに私を褒める。
 さっき、親子連れを助けた事だろう。

「ありがとう」

 マントで空を飛びながら礼を返す。

「「正直、何が起こっているのか早すぎて把握できませんでした」」
「「そうね。いつもより動きが速かったように思えるわ。主観的な映像だから確かな事は言えないけれど」」

 チヅルちゃんに同調して、アードラーが答えた。

「はは。それはこの強化装甲がすごいってのもあるけどね」
「「クロエさんが使いこなしているからですよ」」
「多分、強化装甲が体に馴染んできたからだよ。もう動きを阻害される感覚がないからね」

 むしろ、今は私の動きを補助するように動いてくれて、生身の時以上に動きやすい。

「「それはよかった。何か、他に不満点はありませんか?」」
「うーん。あるにはあるよ」
「「何でしょう?」」
「クロエスマイルができなくなった」

 仮面の口元をパカッと笑みの形に開くあれである。

「「ああ……。それは問題ですね」」
「「問題?」」
「「問題ですか?」」

 チヅルちゃんの返答に、アードラーと先輩の声が重なった。

「「まぁ、でも仕方ないですよ。動きやすさを追求したデザインですから。口元を開いた方が、呼吸しやすくていいでしょう?」」
「まぁ、そうだけどね。でも私、五分以上の無呼吸運動ができるから」
「「女神を拳で倒しそう」」

 実際、何人か倒したけどね。

「「そろそろ気を引き締めてください。もうすぐ、ヴァール王子の軟禁施設です」」

 先輩に注意を喚起される。
 私は気を引き締めた。

 近くの家屋《かおく》の屋根へ下り立った。

 遠目から眺める。
 目を凝らしていると、不意に視界がズームアップした。

「うわっ!」

 目がぁ! 目がぁ!

「「遠隔操作で視界をズームにしました。見やすいでしょう?」」

 先に言ってほしかった……。
 びっくりするじゃないか。

 多分、マスクの目の部分にはめ込まれた水晶の効果だろう。
 これは外から見る分には白いすりガラス状になっているが、内側から見ると透明度の高い水晶板になっているという代物だ。
 簡単に言えば、マジックミラーのようなものである。

 相手に目付け(武道において、戦いにおいてどこへ視線をやるかという技術)を悟られないのは悪くない。

「外からじゃわからないな」

 一見して、ヴァール王子の屋敷は何事もないように見える。
 警備の人間も見えない。

 ……そう、見えない
 本来なら、ここにはヴァール王子の護衛兼見張り役の兵士がいるはずだ。
 その姿が見えない。

 いや、よく見ると兵士達は倒れていた。
 入り口前や、庭にもその姿はあった。

「遅かったかもしれない」

 私は呟き、マントを広げて飛ぶ。
 屋敷の屋根の上へ下り立った。
 万能ソナーで中を探る。

 これは……。

 屋敷内には、ヴァール王子とタイプビッテンフェルト着用者三名の姿があった。
 他にも警備を担当しているらしきチンピラ達が屋敷中にいる。
 そして、そのどちらでもないもう二人……。

 ヴァール王子は、部屋で一人のタイプビッテンフェルト着用者と一緒にいた。
 彼は、占領された国衛院で演説を行っていた男だ。
 ヴァール王子についていた影の頭である。

「お久し振りですな。王子」
「貴様か。久しいな」

 屋敷内の音を拾う。

 王子は肘掛けのついた椅子に座り、相手に対していた。
 肘掛けに頬杖をつき、足を組み合わせて深く椅子にもたれていた。
 その声に恐れは無い。
 自分を害そうとしているであろう相手を前に、悠然とした態度である。

「あなたの野望に付き合い、我々は放逐された」
「悔やむ事はない。お前は俺に可能性を見たのだろう? 俺が王になるという可能性を」
「なら、これは自業自得と申しますか?」
「好きに思えばよい」
「なら、これから起こる事はあなたの自業自得が招いた結果ですな」

 二人のタイプビッテンフェルト着用者は、二人の人物を伴って部屋へ入ってくる。

 連れられてきたのは、妙齢の女性と青年だ。
 二人共、後ろ手を縛られている。

 その二人を見て、王子がわずかに眉根を寄せたのがわかった。

「ふむ。なるほどな」

 王子は呟く。
 連れてこられたのは、コンチュエリとオルカくんだった。

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