気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

復讐者編 四話 タイプビッテンフェルト

 国衛院へ辿り着いた私だったが、国衛院はすでに占領されていた。
 そこでチヅルちゃんと出会った。

「どこへ行くの?」

 チヅルちゃんに連れられるまま国衛院を離れ、その道中で私は訊ねる。

「魔法研究所です」

 魔法研究所は、その名前の通り魔法関係の研究や開発を行う所だ。
 そこで日夜、宮廷魔術師達によって新しい魔法や魔術具が研究されているのである。

「そこなら落ち着けるはずです」
「わかった」

 チヅルちゃんに案内されて、魔法研究所へ辿り着く。
 建物の中に入り、ある一室に向かった。

 そこは、ムルシエラ先輩の研究室である。
 部屋に入る。

 汚部屋である。
 自宅の部屋はキャナリィちゃんが掃除しているので最近は綺麗なものだが、こっちは相変わらずカオスだ。

「クロエさん?」

 先輩が私を見て驚く。

「途中で見つけました」
「それは丁度よかった」

 丁度いい?

「それで、町がどうなっているのかわかりましたか?」

 ムルシエラ先輩はチヅルちゃんに訊ねる。
 どうやら、二人は騒動があった時にここで一緒にいたらしい。
 チヅルちゃんは先輩に頼まれて、外の様子を見に行っていたのだろう。

「町は暴徒でいっぱいです。国衛院の隊員達が頑張っていましたが、数が足りなくて苦戦しているようでした。それに、国衛院の本部が占拠されてしまったらしく、命令系統も混乱しているようです」
「国衛院が?」
「はい。占拠していたのは、黒い鎧を着た一団です」
「黒い鎧……」

 ムルシエラ先輩は眉根を寄せた。

「それはまさか……」
「恐らく、タイプビッテンフェルトです」

 タイプビッテンフェルト?
 あの黒い鎧の事か。

「何ですか? それ」

 私は訊ねた。

「……本当は極秘なのですが。今や、それも意味のない事ですね」

 一つ溜息を吐き、先輩は説明を始める。

「瞬間装着式強化装甲《しゅんかんそうちゃくしききょうかそうこう》が軍の装備として正式に採用された事は知っていますか?」
「ええ。知っています」
「タイプビッテンフェルトは、その発展系です」

 じゃあ、あの黒い鎧も瞬間装着式強化装甲なのか。

「あれは標準的な強化装甲と違い、装備による兵士自身の強化を促す機能がついています」
「兵士自身の強化?」
「はい。あれには、ビッテンフェルト流闘技の動作を補助する機能がついているのです」
「動作の補助……。それってもしかして、動作を父上の動きに近づける機能だったりします?」
「その通りです。タイプビッテンフェルトは、使用者のビッテンフェルト流闘技の使い手の動作を補助、矯正し、ビッテンフェルト公の動きを再現する特性があります」
「つまり、ビッテンフェルト流闘技を使える一般の兵士を父上と同じ強さを持つ兵士に変える?」

 先輩は頷いた。

「はい。ビッテンフェルト公は、この国で最強の武人ですから」

 ビッテンフェルトはアールネスにおいて最強、と?

「その力を一般の兵士が行使できれば、脅威だと思いませんか?」

 うわ……。
 つまり、量産型父上か。

 そんな物が軍に配備されたら、サハスラータ王涙目である。

「それだけでなく、使用者の癖などを覚えて最適化する機能もあります」
「使えば使うほど馴染んでいくって事ですか?」

 先輩は頷く。

 あのぎこちなさは、まだ鎧に適応できていなかったからか。
 次に会った時は、さらに手強くなっているかもしれないって事か。

 やっかいな……。

「正式採用されれば、我が国の兵力が飛躍的に向上するはずだったのですが……」
「その脅威が今、アールネスに降りかかっているわけですね」
「残念ながらその通りです。どういうわけか、相手に奪取されてしまいました。国衛院を相手にそんな事をやってのけるのは容易い事ではないでしょう。あの連中は、いったい何者なのか……」
「それならわかりますよ。恐らく、サハスラータの人間です」
「サハスラータが?」

 先輩は怪訝な顔をする。

「今のサハスラータがそのような敵対行動を取るとは思えませんが」

 先輩は外交の仕事もしている。
 サハスラータへ行き、向こうの考えも深く理解しているのだろう。
 だから、懐疑的なのだ。

「国の意向ではないのだと思います。むしろ、私怨じゃないかと」

 私は、今まで見聞きした事を話した。
 サハスラータの細作と影を見た事だ。

「影、か……。ヴァール王子の失脚で、王子についていた影の一派はサハスラータから追放されたと聞く。その復讐という事ですか」
「そうだと思います」
「恐らく、タイプビッテンフェルトは国衛院への輸送中に奪われてしまったのでしょう。認証登録をする前なら、誰でも核に登録できますからね。アルマール公にしては珍しい手落ちですね」
「国衛院? どうして国衛院なんですか?」

 軍への配備ならば、軍へ輸送するのではないだろうか?

「今の軍は、あまり実戦に恵まれていないので。犯罪者の取締りなどで、荒事の多い国衛院へ配備した方が良いデータが取れると判断したのですよ」

 なるほど。

「影はサハスラータの諜報組織らしいですからね。その情報を得ていても不思議ではありませんよ」
「そうですね。かつて、影は国衛院から重要書類が奪取した事もある。可能ですね」

 重要書類というのは、私への対応策だな。
 それのせいで、私は対策を立てられてさらわれてしまったわけだ。

 彼らなら、ビッテンフェルト流闘技の型を知り、習得する事もできるだろう。
 だから、あれを扱えている。

「それに、今日はルクスが誘拐されて国衛院の人員がそちらに割かれていました」
「……国衛院への輸送が行なわれたのは今日です」
「恐らく、連中の本当の目的はタイプビッテンフェルトの奪取。そちらから目をそらしてその隙に奪取するため、ルクスを誘拐したんでしょうね」

 実に計画的な犯行だ。

 それにしても、タイプビッテンフェルトか……。
 あれは恐ろしい兵装だ。

 実際に戦ってみればわかるが、高いレベルで父上の戦い方を再現している。
 あの力を多くの兵士が持てば、確かに軍の戦力は飛躍的に向上するだろう。
 しかも、実働時間が長くなればさらに強くなる。

「タイプビッテンフェルトは、全部で何着あるんですか?」
「三十着あります」

 父上が三十人……。
 それが一斉に襲い掛かってくるというのは悪夢である。

 そんなのどうすればいいんだろう……。
 私だけでは対処できない。
 父上と共闘しても、それだけの数を相手にする事はできないだろう。

「ビッテンフェルト公と同じ力量の人間が三十人いると思えば本当に脅威ですね」

 私の表情から不安を読み取ったのか、先輩はそんな事を言う。
 けれど、すぐにその表情は笑顔に変わった。

「でも、所詮は紛い物です。対応策はあります」
「本当ですか? それはいったい」
「具体的な対応策は二つあります。一つは、タイプビッテンフェルトの弱点を衝く事。鎧の背中部分には、一枚の装甲を隔てて水晶が埋め込まれています。この水晶が動作補助の術式を担っているので、外してしまえば最大の機能である動作補助が行えなくなります」
「つまり、その水晶がなければただの強化装甲になるって事ですね?」

 先輩は頷いた。

「そしてもう一つは……」

 先輩は私を見た。

「タイプビッテンフェルト以上の力でねじ伏せる」

 力でねじ伏せる?
 それができないから困っているのに。

「ムルシエラさん。準備できました」

 いつの間にか移動していたらしく、チヅルちゃんが部屋の奥から声をかけてきた。
 そこには、さらに奥へ続く扉があった。
 その扉の内側、隣の部屋からチヅルちゃんは顔を出している。

「ありがとうございます。これに関しては、実際に見せた方が早いでしょう」

 チヅルちゃんに礼を言ってから、ムルシエラ先輩は私に言った。
 先輩が奥の部屋へ向かって歩き、私もその後に続いた。

 部屋の中に入ると、さっきまでの部屋と同じような汚部屋に続いていた。

「この部屋は?」
「秘密研究のための部屋です。研究の盗用などを防ぐために、部屋の主とそれに認証された者しか入れないようになっています」
「え? 私が入っていいんですか?」
「チヅルさんとあなたの認証はしています。だから大丈夫です」

 そうなんだ。
 いつの間に……。

「認証は髪の毛や血などで行ないます。いずれ、あなたもここへ招待する予定でしたからね。あなたの変身セットについていた髪の毛で認証しました」

 何も言ってないのに……。
 相変わらず、先輩は人の考えている事を読むのが得意らしい。

 先輩は、部屋のさらに奥へ案内する。

「うわぁ、何これ?」

 部屋の奥には、水晶板が何枚も縦に張り付けられた壁があった。

「モニターです」
「モニター?」

 チヅルちゃんが答え、私は聞き返した。

 映像を投影する機械って事?
 こんなにモニターがあると、なんだか映画に出てくる軍や宇宙局の管制室みたいだ。

「それは後で。それよりも先に、こちらを見てください」

 そう言う先輩に目を向ける。
 先輩の目の前には、白い布に覆われた何かがあった。
 先輩は布に手をかける。

「これが、もう一つの対応策」

 そう言って、先輩は布を取り去った。
 布が取れて現れたそれは、一着の強化装甲だった。

「あなたの変身セットを改造して作った最新式の強化装甲。タイプビッテンフェルト・バージョンクロエ。またの名を「黒の貴公子」です」

 先輩はその強化装甲を示し、高らかにその名を告げた。

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