気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

復讐者編 一話 ルクス誘拐事件

 その日の朝。
 まだ日も昇りきっていないような時間。

 自宅に国衛院の使者が訪れた。

「国衛院第三部隊副長がお呼びです。ご足労いただけませんでしょうか?」

 第三部隊副長といえば、イノス先輩か……。

 常識人の先輩が、こんな時間に呼び出すという事はよっぽどの事があったのかもしれない。
 私はそう思い、素直に応じた。

「わかった。連れて行って」

 国衛院の馬車に乗り、国衛院へ向かう。
 本部へ着くと、そのまま中へ案内された。

 案内されたのは、ドアに「第三部隊隊長室」というプレートのつけられた部屋だった。

「どうぞ」

 案内の人が中へ促す。
 私は部屋の中へ入った。

 部屋に入ると、イノス先輩がいた。

 先輩はどこか疲れているように見えた。
 普段通りの無表情ではあるが、弱々しく見える。

「こんな時間にご足労いただき、申し訳ありません」
「いえ、何か事情があったのでしょう?」

 先輩は頷いた。

「はい。とりあえず座ってください」

 応接用らしきソファーを示される。
 テーブルを挟んだ向かい側のソファーにイノス先輩は座った。

「簡単に説明します。ルクス第三部隊隊長が何者かに拉致されました」
「え?」

 あまりにも単刀直入に言われ、私は驚いた。
 その性急さもそうだが、それ以上にその内容が思いもしない事だったからだ。

「ルクスが?」
「はい」

 それは、先輩も焦る。

「どういう事なんですか?」
「昨夜、隊長が本部へ戻る途中で消息を絶ちました。隊員達に探させた所、帰りの道で横転した馬車を発見。周辺には怪我を負った御者一名がいるのみで、隊長の姿はありませんでした」

 それは尋常じゃない事態だ。

「何者かに襲われたって事?」

 先輩は頷く。

「意識を取り戻した御者の話によれば、横合いから炎の魔法をぶつけられたそうです。爆風で馬車は横転したのだとか……。状況から見て、これはルクス隊長を狙っての犯行だったと思われます。御者はその時に意識を失っており、残念ながら下手人の姿は見ていないそうです……」

 そこで、先輩は歯がゆそうに表情を歪めた。
 こうして、先輩が感情を表に出す事は珍しい。

 ルクスの事が余程心配なのだろう。

「それから、他の部隊に応援を要請し、夜を徹して捜索が行なわれたのですが手がかりはなく……。その上、話を聞いたエミユが飛び出して行ってしまって……」

 先輩は溜息を吐いた。

 疲れている理由がわかった気がする。
 先輩の心配が、ルクスに向けられたものだけじゃないからだろう。

「それで、私に応援を要請した、と?」
「はい。本来ならば、国衛院の中だけで解決すべき事なのでしょうが……。正直に言えば、これは私の個人的な要請です。個人的に頼れる人間はあなただけなんです。お願いします。協力してください」

 先輩は深く頭を下げた。

 受けるか受けないか。
 そんなのは迷うまでもない。

「それは勿論、協力しますよ。私にとってルクスもエミユちゃんも、他人というにはあまりにも親し過ぎる。頼まれなくたって、力を貸しますよ」
「ありがとう……ございます……」



 イノス先輩からの要請を受けた私は、早速町に出てルクスを探す事にした。

「すでに王都の検問は完了しています。それらしい人物が通った記録もありません」
「なら、犯人もルクスも王都内にいる」
「恐らくは……」
「なら、王都をくまなく探せばいいって事だね」

 国衛院の一室で、先輩と話した内容だ。

 ルクスは、この王都のどこかにいる。

 私のするべき事は、ここからルクスを探す事。
 そして、エミユちゃんを見つけて先輩の所へ返す事だ。

 しかしエミユちゃん……。

 きっと、話を聞いて居ても立ってもいられず飛び出しちゃったんだろうなぁ……。
 その姿が目に浮かぶようだ。

 町に出ると、国衛院隊員の姿が多く見られた。

 国衛院の第三部隊は、警察官のようなもので。
 普段から町で見かける存在ではある。
 けれど、こんなに大勢の姿を見かけるのは前に先生と一緒に追いかけられた時以来だ。

 こんなに多くの隊員の姿が町にあると、何か事件があったんだろうと一目でわかる。
 それは町の人間も理解しているのだろう。
 前の事件からまだ間もない。
 頻繁に事件が起きて、町の人々も不安そうだ。

 これはルクスのためだけじゃなく、王都に住む人達の安心のためにも早く解決しなくちゃならないな。

 とはいえ、手がかりは無い。
 ルクスは誘拐されたけれど、犯人からは何の要求もない。

 せめて、身代金の受け渡しなどの要求があれば、それへの対策が立てられるのだが……。
 犯人が要求して来ないから、国衛院の隊員達はルクスの居場所を探す事しかできない状況だ。

 それは私も同じ。
 手当たり次第に探すほかない。

 万能ソナーを使う手もあるのだが……。
 馬車の襲撃方法を聞くに、犯人は魔法使いである可能性が高い。
 万能ソナーを使って探せば、犯人に気付かれてしまうかもしれない。
 ルクスの安全のためにも下手には使えない。

 だから結局、建物の中を覗き見たり、聞き込みをしたりして怪しい人物を探すくらいしかできないのだ。

 そうして町中を歩き回り、時刻が昼過ぎぐらいになった頃。

 ふと、頭上に気配を感じた。

 見ると、家屋の屋根から別の屋根へ跳び移ろうとするエミユちゃんの姿が見えた。

 よかった。
 エミユちゃんの方は無事に見つかった。

 これで、先輩の不安が一つ解消される。

 私は跳び上がり、家屋にある窓枠などの出っ張りを蹴って屋根の上へ躍り出た。

「エミユちゃん!」

 走るエミユちゃんを追いかけながら、名前を呼ぶ。
 エミユちゃんは振り返って私の姿を目視すると……。

「やべぇ!」

 そう言って、走る速度を上げた。

 ちょ、何で逃げるし?

 エミユちゃん。
 案外、足も速いんだね。

 おばさん、追いつくのが大変だよ。

 それでも距離が少しずつ詰まっていく。

 それに気付いたのか、エミユちゃんは路上へ下り立った。
 路地の中へ逃げ込む。

 入り組んだ路地の中なら、逃げ切れると思ったのだろう。
 私も路地へ入り込む。

 エミユちゃんが、道を曲がる。
 私は曲がり道で跳び上がり、壁を蹴ってコーナーを曲がる。
 減速せずに曲がったので、エミユちゃんとの距離が詰まる。

「ええ!」

 それを見ていたエミユちゃんが驚く。

 コーナーで差をつける!

 が、次のコーナーからエミユちゃんも真似をして曲がるようになった。
 また距離が縮まらなくなった。

 見てすぐに覚えるなんて……。
 やはり、天才か。

 このままじゃ埒があかないな……。

 私はわざと速度を落とし、エミユちゃんの視界から消えた。
 そして、魔力縄で家屋の屋根へ登った。

 上からエミユちゃんを探す。

 彼女の姿を見つけて、屋根の上から追った。

 やがて、逃げ切ったと思ったのかエミユちゃんが立ち止まる。

「撒いたか……」

 そのセリフは撒いてないフラグだよ。

「いや、先回りさせてもらったよ」

 屋根から下り立ち、後ろから声をかける。
 エミユちゃんがビクリと体を震わせた。

「な!?」

 驚いて、振り向き様に肘を振るってくる。
 その肘を手の平で掴み、逆に関節技を極める。
 体の自由を奪った。

「いてててて!」

 エミユちゃんが痛みに悲鳴を上げた。



「それで、何で逃げたの?」

 エミユちゃんに訊ねる。
 彼女は両腕を組み、胡坐をかいた状態で座っていた。
 顔は私からつんと背けている。

「だって、クロエさん。母ちゃんに頼まれて追ってきたんじゃねぇのか?」

 よくわかったね。
 流石は娘という所か。

「そうだけど?」
「だったら逃げるよ」
「なんで? お母さん、心配してるよ」
「そりゃ、わかってるよ……」

 エミユちゃんは悪いと思っているのか、ばつが悪そうに答える。

「でも、母ちゃんがあたしを心配するように、あたしだって父ちゃんが心配なんだ」
「それは……」

 当然の話か……。
 私だって、父上がさらわれれば助けに行きたくなるだろう。

 エミユちゃんみたいに、すぐさま飛び出す事だって考えられる。
 だからエミユちゃんの気持ちもわかる。

 でも、今の私はイノス先輩の方に強い共感を覚えるんだよ。

「でも、お母さんは辛い思いをしてる。エミユちゃんが帰れば、少なくとも心配の一つをなくしてあげられるんだよ?」
「……そうだけど」
「だから帰ってあげて」
「じゃあ、父ちゃんは?」
「そっちは、国衛院の隊員達が今も探してる。それに、私も今探してる最中だから」
「クロエさんが?」

 私は力強く頷いた。

「だから、そっちは任せてほしい」

 言うと、エミユちゃんは考え込む仕草をした。
 やがて、私の顔を見上げる。

「わかった。クロエさんなら信用できる。だから、絶対に父ちゃんを助けてくれよ」
「約束する」

 エミユちゃんは説得に応じてくれて、そのまま国衛院に帰っていった。

 さて、あとはルクスの方だ。
 絶対って約束したからね。

 必ず、無事に見つけ出さないといけないな。

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