気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 クロエの特別闘技教室
ある日。
学園の講堂。
「はい。この方が、今日の授業で特別講師を務めてくださるクロエ・ビッテンフェルトさんです」
大勢の生徒の前で、アルエットちゃんが私を紹介した。
三学年の生徒達が全員いるので、人数が多い。
「クロエ・ビッテンフェルトです。よろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いします」
生私が自己紹介すると、生徒達が威勢よく答えた。
とても元気だ。
これが若さか……。
その日の私は、アルエットちゃんに頼まれて闘技の授業で特別講師として招かれた。
私が学生だった時、闘技の授業は男女共に行なっていた。
けれど、今は男女で別れて行われているそうだ。
だから、目の前にいるのは女子生徒ばかりである。
その中にはヤタがいるし、オルカくんを除いたビッテンフェルト四天王が揃っている。
「知っての通り、クロエさんはそこにいるヤタさんのお母様です。そして、高名な闘技者でもあります」
アルエットちゃんが言うと、ヤタがはにかみ笑うのが見えた。
照れているようだ。
「今日は、そのクロエさんに闘技の事と三年生の瞬間装着式強化装甲についてのレクチャーをしてもらう予定です」
瞬間装着式強化装甲とは、言わば変身セットの事である。
私がアールネスにいない間、ムルシエラ先輩が開発を進めていたらしく。
まだ定着しているわけではないが、今後の軍における装備となる予定なのだとか。
それに差し当たって、装着の練習等を学生の闘技授業で習う事になったそうだ。
今年からの事らしい。
それで、変身セット装着の第一人者として私にも授業へ参加してほしいと要望があったのだ。
でも、変身セットの第一人者って私じゃないんだよね。
私はアルエットちゃんを見た。
「何ですか?」
「いや……」
「?」
「授業を始めようか」
「そうですね」
授業が始まり、しばらくアルエットちゃんの組んだ進行で練習が進む。
まず準備運動から始まり、基礎体力をつけるための走りこみを終えて、闘技の型へ移行する。
「何かアドバイスがあればしてあげてくださると助かります」
「わかった」
アルエットちゃんに言われ、私は闘技の型を繰り返している生徒達を眺める。
等間隔に並んだ生徒達の間を歩いていく。
私がそばを通ると、生徒達が緊張で体を固くするのがわかった。
怖がられているんだろうか?
ふと、一人の生徒が気になって声をかける。
「君」
「は、はい。何でありましょう。ビッテンフェルト夫人」
型を中断し、ピシッと背筋を正して返事をする。
軍隊じゃないんだから……。
私はそんな彼女の腕を掴んだ。
闘技をやるにはいささか細い腕だ。
「な、何事でありますか?」
別にとって食いはしないからそんなに緊張しないでほしいな。
「君が闘技の授業を受けているのは、将来的に軍へ入る予定があるから?」
「は、はい。その通りであります」
そうなんだ。
「うん。鍛錬はちゃんとしてるね」
細い腕だが、ちゃんと筋肉はついている。
柔らかいけれど、それは脂肪の柔らかさじゃない。
筋繊維そのものが柔らかいのだろう。
しなやかさを感じる。
「はい」
「だったら、あんまり力まない方がいいよ。突きの時に力が入りすぎてる」
「で、ですが、私は鍛えてもあまり筋肉がつかないので、普通よりも力を入れないと威力が乗らないのであります」
「それは女性全般に言える事だよ。基本的に、女性は男性よりフィジカルで劣ってる。筋肉もつきにくいからね。どれだけ一撃の力を磨いても、男性の一撃に勝る事は難しいわけだ」
「じゃあ、どうすればいいのでありましょうか」
「それは、一発の拳がダメなら、千発の拳を放つんだよ」
インストラクション・ワンだ。
正確には違うけど。
「一撃が劣るなら数打って威力を補うんだ。つまり、速さで勝負って事だね。筋肉量が多いって事は力を出しやすいって事だけれど、その分動きにくくなる。力で負けていても、速さで勝れる可能性が出てくるわけだ」
「なるほど」
女子生徒が納得する。
「それに、速さを極めれば威力に繋がる事だってあるからね」
「え? それはどういう事でありましょう?」
「見せた方が早いかな」
私はその場で、服に手をかけて一気に脱ぎ去った。
上半身さらしだけの裸になる。
「ええーー!」
女子生徒達の驚く声が上がった。
授業中、先生がおもむろに脱ぎ出したらそりゃ驚くよね。
私としては、筋肉の動きを見せやすいように脱いだだけなんだけどな。
「いい? よく見ておくように」
私は構え、拳を振った。
体重移動、腰の捻り、腕力、それら全てを駆使した一撃だ。
パンッ! と音速を超えた音がする。
「速い物っていうのは、それだけで威力になるんだ。だから、速さを突き詰める事が威力に繋がると思えばいいよ」
私は、他の生徒にも聞こえるように声を上げる。
「でも、今のは極端な例だ。戦いというのは、威力だけが重要なんじゃないからね。的確な力で的確な場所を射抜けば、人の体は地面に落ち、そして縫い付けられて立ち上がれなくなる。どちらかというと、そちらの技術を極める事をお勧めするよ」
女子生徒に言うと、私はその場を離れた。
「ありがとうございました」
女子生徒がお礼を言った。
「少し早いですが、これで型の練習を切り上げようと思います。集まって座ってください」
アルエットちゃんが言い、型の練習が終わる。
「折角、クロエさんに来ていただいたので、彼女への質問会を開きましょう」
集まった生徒達を前に、アルエットちゃんが言う。
生徒達から歓声があがった。
「何か聞きたい人は、挙手してね」
私が言うと、次々に手が上がる。
「はい!」
「はい!」
あまりにも多くの手が上がるので、誰を選んでいいか迷う。
「えーと、じゃあそこの子」
一人選ぶ。
「あの、武器を持った相手と素手で戦うにはどうすればいいですか?」
「そもそも戦わない事をお勧めするよ。
どうしても戦わなければならない時は、こちらも武器を確保して戦う方がいいね。
室内なら椅子とかがいいかな。
外なら、石とか。
できるだけ長いものがいいけれど、なければ投げて使えるような物がいいね。
あとは、闘技じゃなくて放出系の魔法で戦うとか」
「じゃあ、そういう武器が確保できなくて、どうしても闘技で戦わなければならない時はどうすればいいでしょう?」
そんな状況、滅多にないよ。
あ、でも魔力を扱えなくする薬を使われるとそうなるのか……。
……いや、そうなったら素直に逃げた方がいいね。
でも、一応聞かれたからには伝えておくか。
「そうだねぇ。たとえば、チヅルちゃんの使う倭の国の投げ技とかがそういうコンセプトの技だね」
合気道みたいなやつだ。
「そうでしょ?」
「そうですよ。うちの国は、魔法があまり発達していないので戦闘技術が闘技寄りです。今彼女が言ったような状況が多いので、素手で武器に対する技は確かに多いです」
チヅルちゃんが答える。
「彼女の技はアールネスとは違う異国の技。文化の違いで必要とされる技も変わってくるわけだ。だから、教わってみるのもいいと思うよ。あとは……」
武器を持っている相手への対応か……。
丸腰の時は、チヅルちゃんと同じように投げたり、魔力縄《クロエクロー》で奪ったり、それから……。
「見せた方が早いかな」
私は再び上着を脱いだ。
「えっ! また!」
生徒達がまた反応する。
ちょっと嬉しそうな声が混じっている気がする。
気のせいかな?
「ヤタ。前に出てきてくれる?」
「はい。何ですか?」
「アードラー仕込みの切れる手刀を教わってたよね」
私の手刀が「岩山両斬波」だとすると、アードラーの手刀は「では今死ね!」といった感じである。
実際に切る事ができる。
私もできなくはないが、アードラーほど切れ味はよくない。
「はい。できますけど」
「それで私の体を攻撃して欲しい」
「え!? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ」
ママの言う事を聞きなさい。
「では」
ヤタが手刀を構え、スッと私の胸へ振った。
ヤタの手刀は刃物と化している。
アードラーの切れ味には劣るが、それでもこれなら人の肌を切り裂くには十分だ。
「え?」
けれど、私の肌には傷一つつかなかった。
「確かに、斬った手応えがあったのに……」
「まぁ、やってはみたけれどやっぱりわかりにくいかな? 今のは、体に無色の魔力で膜を作って、斬られる瞬間に膜の一部を削り落としたんだ」
「?」
ヤタに首を傾げられる。
「えーと、蝶々の燐粉《りんぷん》に例えればいいかな?
蝶々は、羽を守るために羽根の表面に削り取れ易い部分があるんだ。それが燐粉。
それと同じで、斬られる瞬間に魔力をあえて削り取らせる事で体を守るんだ。
無色の魔力は物体じゃないから強い手ごたえはないけれど、斬った相手には肌へ刃が到達するのにも似た感触を伝えられる。
それで、目測を誤らせるという事もできるよ」
相手が達人だと、関係なく斬ってくるけれどね。
どっかの白鬼さんや死の女神みたいに。
アードラーの手刀も防げないだろう。
「?」
生徒達に言うが、いまいちよくわかっていないようだ。
「とりあえず、やってみようか。無色の魔力で膜を作って、指で触れた時に膜を崩す練習をすればできるようにはなると思うよ。そこまで絶対的な防御力があるわけじゃないけれど、そんなに難しくないし覚えておいて損のない技だから。ちょっと試してみて欲しい」
私が言うと、生徒達が練習し始める。
自分の腕に、指を当てたり離したりを繰り返す。
「別に難しく考えなくていいんです。
体の表面に膜を張って、触った時にあえて削るだけですから。
魔力の配分なんかは、自分の好きな量でいいんです。
あなたの思い通りにしていいんですよ」
練習に没頭する生徒達へ私は語りかける。
「できた!」
一番に声をあげたのはエミユちゃんだった。
「どれどれ?」
私はエミユちゃんの腕に指を這わせる。
それと同時に、エミユちゃんを覆っていた膜が削れた。
「うん。上出来」
「やったぜ! やっぱ、クロエさんはすげぇ。説明がわかりやすくて、すぐにできた!」
「それはよかった」
ほら、できた。
ね、簡単でしょ?
本当に今言った説明通りの事をするだけだからね。
すぐに他の子も覚えるだろう。
「先生! できません!」
「難しいです!」
けれど、次々にそんな声が上がる。
ええー嘘ぉー。
「そんな事ないんだけどなぁ」
「いや、これかなり難しいですよ」
アルエットちゃんが言う。
どうやら、彼女も練習していたらしい。
「私もできません。もっと練習しないと……」
ヤタも言う。
「そう……」
これ、難しかったんだ……。
無色の魔力を扱うのは難しいというし、これもその範疇か……。
じゃあすぐにできたエミユちゃんはなんだ?
あの子……。
やはり、天才か。
「じゃあ、これから三年生は瞬間装着式強化装甲の実地練習を行ないます」
アルエットちゃんが、集めた三年生の生徒達に告げる。
「あなた達には、前の時間に核《コア》への認証を行なってもらいましたね。今日は、あれを実際に装着しようと思います」
核《コア》とは、変身セットの変身機構を制御する部分の事だ。
核への認証を行なうと、認証した人物以外は変身セットを使えなくなる。
この認証は一度行なうと、特定の宮廷魔術師でなければ認証を解除できない。
これは、他国へ技術が流出しないようにするためのセキュリティだ。
核そのものの製造は極秘とされ、認証の解除も極秘とする事で他国の人間がおいそれと変身セットを扱えないようにしている。
そのため、チヅルちゃんはこの練習に参加せず、一、二年生に混じって組み手を行なっている。
ただ、チヅルちゃんはよくムルシエラ先輩といろいろ作ってるんだよね。
いろいろとガタのきていた私の変身セットを先輩に預けているのだが、そのメンテナンスにも関わっているらしい。
案外、核の製造法とか知っていそうである。
あと、預けてから一ヶ月ほど経っているのに未だ私の変身セットは返ってこない。
メンテナンスなら、それほどかからないはずなのに……。
何してるんだろう?
「とはいっても、それほど難しい事ではありません。正常に作動するか、動作確認のようなものです」
「はい」
生徒達が返事をする。
彼女達の前には、リュックサックが置いてあった。
あれが彼女達の変身セットなのだろう。
ヤタも同じだ。
今回、旧式の方を修理に出しているので、ヤタにあげた新式の変身セットを私が使わせてもらう事にしたのだ。
「では、実際に装着する前に、お手本を見せましょう」
ん?
私の出番かな。
どうれ。
「さて」
私が前へ出る前に、アルエットちゃんがおもむろに可愛らしいウエストポーチを手に取った。
え?
あれって……。
「変身!」
アルエットちゃんが唱えると、彼女の体が光に包まれる。
魔法による派手な光のエフェクトだ。
そして、彼女の体は一瞬にして魔法少女風の姿に変わった。
アルエットさんッッッ!?
この歳でフリフリ薄ピンクに!?
十九歳で少女と言い張る魔法少女だって、流石に二十五歳を過ぎてからは自重したんだぞ!
しかし、あくまでも魔法少女風である。
幼い頃のアルエットちゃんに合わせたスカートは見えそうで見えないラインのミニスカートに代わり果て、服の胴体の長さは合わず胸の北半球が首元の部分から見えてしまっている。
いかがわしい……。
見た瞬間、そんな感想が浮かぶような姿だ。
どこのお店の人ですか?
と聞きたくなってしまいそうだ。
魔法少女というより、魔女である。
それも四丁拳銃を駆使しそうな恥女めいた魔女っぽい。
しかしながら、流石はティグリス先生が着ても破れなかった変身セットだ。
今の体型になっても、ちゃんと破れずに形を保っている。
無糸服だから、ある程度融通が利くんだろうな……。
「ああ、すみません。流石に恥ずかしいので、変身時のコードは変えさせてもらいました」
むしろ、今恥ずかしいのはアルエットちゃんの……いや、なんでもない。
「そ、そうなんだ……」
「じゃあ、クロエさんも」
「うん」
私も変身する。
「はい。じゃあ、皆さんも実際にやってください」
「はい」
みんなは今の先生の格好に動揺していないようだ。
チヅルちゃんは噴き出してたけど。
魔法少女は子供の見るもの。
なんて概念はこっちの世界にないからか。
お洒落な老紳士が「キュアキュア3」を見に来てる時だってあるもんね。
なら、問題ないのか。
これを恥ずかしいと思うのは、私の魂に余計な思い込みがあるからだ。
そうだ。
だからこれはおかしくない。
そう自分に言い聞かせても、気になるものは気になるけどね。
生徒達が変身する。
みんな、無事に変身できた。
その後、アドバイスをしながら着けた後の動きの確認などをして、特別授業は終わった。
授業が終わった後の休み時間。
丁度昼休みだった事もあり、私達は中庭でお弁当を食べる事にした。
授業を受けた闘技科の生徒達も何人か一緒である。
結構な大所帯だ。
隣にはヤタがいて、アルディリア作の手作りお弁当を食べている。
私のお弁当も同じものだ。
こうして、娘と一緒に学園で昼食を取るのも何やらおかしな気分だ。
「アルエットちゃん。まだ、あの変身セットを持っていたんだね」
そんな中、私はアルエットちゃんに声をかけた。
「あれは、クロエ義姉さんがプレゼントしてくれたものですからね。まさか、それが軍用に使えるような最新技術で作られていたと知った時はびっくりしましたよ」
「というより、それを作るためだけに開発された技術が軍用に転用されたんだけどね」
「え? そうなんですか?」
アルエットちゃんは大層驚いた様子で、目を見開いた。
「うん。だから、瞬間装着式強化装甲の第一作はそれなんだ」
「これ、そんなすごいものだったんですか……。何だか、着るのが勿体無い気がしてきました」
「いや、着たいなら着ればいいと思うよ。……あ、でもサイズだけは合わせた方がいいと思う」
「やっぱりそう思いますか……。でも、どうすればいいのかわからなくて」
「核を一から作る事はできないけど、その辺りの調整は私もできるから今度家においでよ」
「ありがとうございます。義姉さん」
いいとも。
我が義妹《スール》よ。
変身セットのサイズだろうが曲がったタイだろうが、ばっちり直しちゃうんだから。
「母上と先生は、そんなに付き合いが長いのですか?」
ヤタが訊ねてくる。
「長いよ。出会ったのは、アルエットちゃんが七歳の時だっけ?」
「そうでしたね。あの頃は体が弱くて、結婚どころかこの歳まで生きられるとは思えなかった」
本当の所、それは黒色のせいだったんだけどね。
その原因が取り除かれたから、今のアルエットちゃんは健康そのものだ。
「え、嘘でしょう?」
「本当ですよ」
驚くヤタにアルエットちゃんは苦笑して答えた。
「いや、でも当時からして今の片鱗はあったよ」
「どういう事です?」
私が言うとヤタが訊ね返した。
「何せ、当時のアルエットちゃんに私は肋骨を折られた事があるからね」
アルエットちゃんが噴き出した。
「そんな事、してませんけど」
「いや、したした。あの時思ったね。この子は将来、私や父上を凌ぐ闘技者になる、と」
本当は、勢いよく抱きついてきたアルエットちゃんを受け止め損なっただけなんだけどね。
なんとなく話を盛ってみた。
「お、覚えがありませんよー」
まぁ、あの時は隠し通したからね。
「なるほど。そんな話が……」
ヤタは感心するように唸った。
後日、その話を聞いていた闘技科生徒達が学園に噂を拡散し、アルエットちゃんは幼い頃から私に才能を見込まれた闘技の天才だったという話が広まった。
これがアルエット伝説の幕開けであった。
学園の講堂。
「はい。この方が、今日の授業で特別講師を務めてくださるクロエ・ビッテンフェルトさんです」
大勢の生徒の前で、アルエットちゃんが私を紹介した。
三学年の生徒達が全員いるので、人数が多い。
「クロエ・ビッテンフェルトです。よろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いします」
生私が自己紹介すると、生徒達が威勢よく答えた。
とても元気だ。
これが若さか……。
その日の私は、アルエットちゃんに頼まれて闘技の授業で特別講師として招かれた。
私が学生だった時、闘技の授業は男女共に行なっていた。
けれど、今は男女で別れて行われているそうだ。
だから、目の前にいるのは女子生徒ばかりである。
その中にはヤタがいるし、オルカくんを除いたビッテンフェルト四天王が揃っている。
「知っての通り、クロエさんはそこにいるヤタさんのお母様です。そして、高名な闘技者でもあります」
アルエットちゃんが言うと、ヤタがはにかみ笑うのが見えた。
照れているようだ。
「今日は、そのクロエさんに闘技の事と三年生の瞬間装着式強化装甲についてのレクチャーをしてもらう予定です」
瞬間装着式強化装甲とは、言わば変身セットの事である。
私がアールネスにいない間、ムルシエラ先輩が開発を進めていたらしく。
まだ定着しているわけではないが、今後の軍における装備となる予定なのだとか。
それに差し当たって、装着の練習等を学生の闘技授業で習う事になったそうだ。
今年からの事らしい。
それで、変身セット装着の第一人者として私にも授業へ参加してほしいと要望があったのだ。
でも、変身セットの第一人者って私じゃないんだよね。
私はアルエットちゃんを見た。
「何ですか?」
「いや……」
「?」
「授業を始めようか」
「そうですね」
授業が始まり、しばらくアルエットちゃんの組んだ進行で練習が進む。
まず準備運動から始まり、基礎体力をつけるための走りこみを終えて、闘技の型へ移行する。
「何かアドバイスがあればしてあげてくださると助かります」
「わかった」
アルエットちゃんに言われ、私は闘技の型を繰り返している生徒達を眺める。
等間隔に並んだ生徒達の間を歩いていく。
私がそばを通ると、生徒達が緊張で体を固くするのがわかった。
怖がられているんだろうか?
ふと、一人の生徒が気になって声をかける。
「君」
「は、はい。何でありましょう。ビッテンフェルト夫人」
型を中断し、ピシッと背筋を正して返事をする。
軍隊じゃないんだから……。
私はそんな彼女の腕を掴んだ。
闘技をやるにはいささか細い腕だ。
「な、何事でありますか?」
別にとって食いはしないからそんなに緊張しないでほしいな。
「君が闘技の授業を受けているのは、将来的に軍へ入る予定があるから?」
「は、はい。その通りであります」
そうなんだ。
「うん。鍛錬はちゃんとしてるね」
細い腕だが、ちゃんと筋肉はついている。
柔らかいけれど、それは脂肪の柔らかさじゃない。
筋繊維そのものが柔らかいのだろう。
しなやかさを感じる。
「はい」
「だったら、あんまり力まない方がいいよ。突きの時に力が入りすぎてる」
「で、ですが、私は鍛えてもあまり筋肉がつかないので、普通よりも力を入れないと威力が乗らないのであります」
「それは女性全般に言える事だよ。基本的に、女性は男性よりフィジカルで劣ってる。筋肉もつきにくいからね。どれだけ一撃の力を磨いても、男性の一撃に勝る事は難しいわけだ」
「じゃあ、どうすればいいのでありましょうか」
「それは、一発の拳がダメなら、千発の拳を放つんだよ」
インストラクション・ワンだ。
正確には違うけど。
「一撃が劣るなら数打って威力を補うんだ。つまり、速さで勝負って事だね。筋肉量が多いって事は力を出しやすいって事だけれど、その分動きにくくなる。力で負けていても、速さで勝れる可能性が出てくるわけだ」
「なるほど」
女子生徒が納得する。
「それに、速さを極めれば威力に繋がる事だってあるからね」
「え? それはどういう事でありましょう?」
「見せた方が早いかな」
私はその場で、服に手をかけて一気に脱ぎ去った。
上半身さらしだけの裸になる。
「ええーー!」
女子生徒達の驚く声が上がった。
授業中、先生がおもむろに脱ぎ出したらそりゃ驚くよね。
私としては、筋肉の動きを見せやすいように脱いだだけなんだけどな。
「いい? よく見ておくように」
私は構え、拳を振った。
体重移動、腰の捻り、腕力、それら全てを駆使した一撃だ。
パンッ! と音速を超えた音がする。
「速い物っていうのは、それだけで威力になるんだ。だから、速さを突き詰める事が威力に繋がると思えばいいよ」
私は、他の生徒にも聞こえるように声を上げる。
「でも、今のは極端な例だ。戦いというのは、威力だけが重要なんじゃないからね。的確な力で的確な場所を射抜けば、人の体は地面に落ち、そして縫い付けられて立ち上がれなくなる。どちらかというと、そちらの技術を極める事をお勧めするよ」
女子生徒に言うと、私はその場を離れた。
「ありがとうございました」
女子生徒がお礼を言った。
「少し早いですが、これで型の練習を切り上げようと思います。集まって座ってください」
アルエットちゃんが言い、型の練習が終わる。
「折角、クロエさんに来ていただいたので、彼女への質問会を開きましょう」
集まった生徒達を前に、アルエットちゃんが言う。
生徒達から歓声があがった。
「何か聞きたい人は、挙手してね」
私が言うと、次々に手が上がる。
「はい!」
「はい!」
あまりにも多くの手が上がるので、誰を選んでいいか迷う。
「えーと、じゃあそこの子」
一人選ぶ。
「あの、武器を持った相手と素手で戦うにはどうすればいいですか?」
「そもそも戦わない事をお勧めするよ。
どうしても戦わなければならない時は、こちらも武器を確保して戦う方がいいね。
室内なら椅子とかがいいかな。
外なら、石とか。
できるだけ長いものがいいけれど、なければ投げて使えるような物がいいね。
あとは、闘技じゃなくて放出系の魔法で戦うとか」
「じゃあ、そういう武器が確保できなくて、どうしても闘技で戦わなければならない時はどうすればいいでしょう?」
そんな状況、滅多にないよ。
あ、でも魔力を扱えなくする薬を使われるとそうなるのか……。
……いや、そうなったら素直に逃げた方がいいね。
でも、一応聞かれたからには伝えておくか。
「そうだねぇ。たとえば、チヅルちゃんの使う倭の国の投げ技とかがそういうコンセプトの技だね」
合気道みたいなやつだ。
「そうでしょ?」
「そうですよ。うちの国は、魔法があまり発達していないので戦闘技術が闘技寄りです。今彼女が言ったような状況が多いので、素手で武器に対する技は確かに多いです」
チヅルちゃんが答える。
「彼女の技はアールネスとは違う異国の技。文化の違いで必要とされる技も変わってくるわけだ。だから、教わってみるのもいいと思うよ。あとは……」
武器を持っている相手への対応か……。
丸腰の時は、チヅルちゃんと同じように投げたり、魔力縄《クロエクロー》で奪ったり、それから……。
「見せた方が早いかな」
私は再び上着を脱いだ。
「えっ! また!」
生徒達がまた反応する。
ちょっと嬉しそうな声が混じっている気がする。
気のせいかな?
「ヤタ。前に出てきてくれる?」
「はい。何ですか?」
「アードラー仕込みの切れる手刀を教わってたよね」
私の手刀が「岩山両斬波」だとすると、アードラーの手刀は「では今死ね!」といった感じである。
実際に切る事ができる。
私もできなくはないが、アードラーほど切れ味はよくない。
「はい。できますけど」
「それで私の体を攻撃して欲しい」
「え!? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ」
ママの言う事を聞きなさい。
「では」
ヤタが手刀を構え、スッと私の胸へ振った。
ヤタの手刀は刃物と化している。
アードラーの切れ味には劣るが、それでもこれなら人の肌を切り裂くには十分だ。
「え?」
けれど、私の肌には傷一つつかなかった。
「確かに、斬った手応えがあったのに……」
「まぁ、やってはみたけれどやっぱりわかりにくいかな? 今のは、体に無色の魔力で膜を作って、斬られる瞬間に膜の一部を削り落としたんだ」
「?」
ヤタに首を傾げられる。
「えーと、蝶々の燐粉《りんぷん》に例えればいいかな?
蝶々は、羽を守るために羽根の表面に削り取れ易い部分があるんだ。それが燐粉。
それと同じで、斬られる瞬間に魔力をあえて削り取らせる事で体を守るんだ。
無色の魔力は物体じゃないから強い手ごたえはないけれど、斬った相手には肌へ刃が到達するのにも似た感触を伝えられる。
それで、目測を誤らせるという事もできるよ」
相手が達人だと、関係なく斬ってくるけれどね。
どっかの白鬼さんや死の女神みたいに。
アードラーの手刀も防げないだろう。
「?」
生徒達に言うが、いまいちよくわかっていないようだ。
「とりあえず、やってみようか。無色の魔力で膜を作って、指で触れた時に膜を崩す練習をすればできるようにはなると思うよ。そこまで絶対的な防御力があるわけじゃないけれど、そんなに難しくないし覚えておいて損のない技だから。ちょっと試してみて欲しい」
私が言うと、生徒達が練習し始める。
自分の腕に、指を当てたり離したりを繰り返す。
「別に難しく考えなくていいんです。
体の表面に膜を張って、触った時にあえて削るだけですから。
魔力の配分なんかは、自分の好きな量でいいんです。
あなたの思い通りにしていいんですよ」
練習に没頭する生徒達へ私は語りかける。
「できた!」
一番に声をあげたのはエミユちゃんだった。
「どれどれ?」
私はエミユちゃんの腕に指を這わせる。
それと同時に、エミユちゃんを覆っていた膜が削れた。
「うん。上出来」
「やったぜ! やっぱ、クロエさんはすげぇ。説明がわかりやすくて、すぐにできた!」
「それはよかった」
ほら、できた。
ね、簡単でしょ?
本当に今言った説明通りの事をするだけだからね。
すぐに他の子も覚えるだろう。
「先生! できません!」
「難しいです!」
けれど、次々にそんな声が上がる。
ええー嘘ぉー。
「そんな事ないんだけどなぁ」
「いや、これかなり難しいですよ」
アルエットちゃんが言う。
どうやら、彼女も練習していたらしい。
「私もできません。もっと練習しないと……」
ヤタも言う。
「そう……」
これ、難しかったんだ……。
無色の魔力を扱うのは難しいというし、これもその範疇か……。
じゃあすぐにできたエミユちゃんはなんだ?
あの子……。
やはり、天才か。
「じゃあ、これから三年生は瞬間装着式強化装甲の実地練習を行ないます」
アルエットちゃんが、集めた三年生の生徒達に告げる。
「あなた達には、前の時間に核《コア》への認証を行なってもらいましたね。今日は、あれを実際に装着しようと思います」
核《コア》とは、変身セットの変身機構を制御する部分の事だ。
核への認証を行なうと、認証した人物以外は変身セットを使えなくなる。
この認証は一度行なうと、特定の宮廷魔術師でなければ認証を解除できない。
これは、他国へ技術が流出しないようにするためのセキュリティだ。
核そのものの製造は極秘とされ、認証の解除も極秘とする事で他国の人間がおいそれと変身セットを扱えないようにしている。
そのため、チヅルちゃんはこの練習に参加せず、一、二年生に混じって組み手を行なっている。
ただ、チヅルちゃんはよくムルシエラ先輩といろいろ作ってるんだよね。
いろいろとガタのきていた私の変身セットを先輩に預けているのだが、そのメンテナンスにも関わっているらしい。
案外、核の製造法とか知っていそうである。
あと、預けてから一ヶ月ほど経っているのに未だ私の変身セットは返ってこない。
メンテナンスなら、それほどかからないはずなのに……。
何してるんだろう?
「とはいっても、それほど難しい事ではありません。正常に作動するか、動作確認のようなものです」
「はい」
生徒達が返事をする。
彼女達の前には、リュックサックが置いてあった。
あれが彼女達の変身セットなのだろう。
ヤタも同じだ。
今回、旧式の方を修理に出しているので、ヤタにあげた新式の変身セットを私が使わせてもらう事にしたのだ。
「では、実際に装着する前に、お手本を見せましょう」
ん?
私の出番かな。
どうれ。
「さて」
私が前へ出る前に、アルエットちゃんがおもむろに可愛らしいウエストポーチを手に取った。
え?
あれって……。
「変身!」
アルエットちゃんが唱えると、彼女の体が光に包まれる。
魔法による派手な光のエフェクトだ。
そして、彼女の体は一瞬にして魔法少女風の姿に変わった。
アルエットさんッッッ!?
この歳でフリフリ薄ピンクに!?
十九歳で少女と言い張る魔法少女だって、流石に二十五歳を過ぎてからは自重したんだぞ!
しかし、あくまでも魔法少女風である。
幼い頃のアルエットちゃんに合わせたスカートは見えそうで見えないラインのミニスカートに代わり果て、服の胴体の長さは合わず胸の北半球が首元の部分から見えてしまっている。
いかがわしい……。
見た瞬間、そんな感想が浮かぶような姿だ。
どこのお店の人ですか?
と聞きたくなってしまいそうだ。
魔法少女というより、魔女である。
それも四丁拳銃を駆使しそうな恥女めいた魔女っぽい。
しかしながら、流石はティグリス先生が着ても破れなかった変身セットだ。
今の体型になっても、ちゃんと破れずに形を保っている。
無糸服だから、ある程度融通が利くんだろうな……。
「ああ、すみません。流石に恥ずかしいので、変身時のコードは変えさせてもらいました」
むしろ、今恥ずかしいのはアルエットちゃんの……いや、なんでもない。
「そ、そうなんだ……」
「じゃあ、クロエさんも」
「うん」
私も変身する。
「はい。じゃあ、皆さんも実際にやってください」
「はい」
みんなは今の先生の格好に動揺していないようだ。
チヅルちゃんは噴き出してたけど。
魔法少女は子供の見るもの。
なんて概念はこっちの世界にないからか。
お洒落な老紳士が「キュアキュア3」を見に来てる時だってあるもんね。
なら、問題ないのか。
これを恥ずかしいと思うのは、私の魂に余計な思い込みがあるからだ。
そうだ。
だからこれはおかしくない。
そう自分に言い聞かせても、気になるものは気になるけどね。
生徒達が変身する。
みんな、無事に変身できた。
その後、アドバイスをしながら着けた後の動きの確認などをして、特別授業は終わった。
授業が終わった後の休み時間。
丁度昼休みだった事もあり、私達は中庭でお弁当を食べる事にした。
授業を受けた闘技科の生徒達も何人か一緒である。
結構な大所帯だ。
隣にはヤタがいて、アルディリア作の手作りお弁当を食べている。
私のお弁当も同じものだ。
こうして、娘と一緒に学園で昼食を取るのも何やらおかしな気分だ。
「アルエットちゃん。まだ、あの変身セットを持っていたんだね」
そんな中、私はアルエットちゃんに声をかけた。
「あれは、クロエ義姉さんがプレゼントしてくれたものですからね。まさか、それが軍用に使えるような最新技術で作られていたと知った時はびっくりしましたよ」
「というより、それを作るためだけに開発された技術が軍用に転用されたんだけどね」
「え? そうなんですか?」
アルエットちゃんは大層驚いた様子で、目を見開いた。
「うん。だから、瞬間装着式強化装甲の第一作はそれなんだ」
「これ、そんなすごいものだったんですか……。何だか、着るのが勿体無い気がしてきました」
「いや、着たいなら着ればいいと思うよ。……あ、でもサイズだけは合わせた方がいいと思う」
「やっぱりそう思いますか……。でも、どうすればいいのかわからなくて」
「核を一から作る事はできないけど、その辺りの調整は私もできるから今度家においでよ」
「ありがとうございます。義姉さん」
いいとも。
我が義妹《スール》よ。
変身セットのサイズだろうが曲がったタイだろうが、ばっちり直しちゃうんだから。
「母上と先生は、そんなに付き合いが長いのですか?」
ヤタが訊ねてくる。
「長いよ。出会ったのは、アルエットちゃんが七歳の時だっけ?」
「そうでしたね。あの頃は体が弱くて、結婚どころかこの歳まで生きられるとは思えなかった」
本当の所、それは黒色のせいだったんだけどね。
その原因が取り除かれたから、今のアルエットちゃんは健康そのものだ。
「え、嘘でしょう?」
「本当ですよ」
驚くヤタにアルエットちゃんは苦笑して答えた。
「いや、でも当時からして今の片鱗はあったよ」
「どういう事です?」
私が言うとヤタが訊ね返した。
「何せ、当時のアルエットちゃんに私は肋骨を折られた事があるからね」
アルエットちゃんが噴き出した。
「そんな事、してませんけど」
「いや、したした。あの時思ったね。この子は将来、私や父上を凌ぐ闘技者になる、と」
本当は、勢いよく抱きついてきたアルエットちゃんを受け止め損なっただけなんだけどね。
なんとなく話を盛ってみた。
「お、覚えがありませんよー」
まぁ、あの時は隠し通したからね。
「なるほど。そんな話が……」
ヤタは感心するように唸った。
後日、その話を聞いていた闘技科生徒達が学園に噂を拡散し、アルエットちゃんは幼い頃から私に才能を見込まれた闘技の天才だったという話が広まった。
これがアルエット伝説の幕開けであった。
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