気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 娘たちの文化祭 前編

「あの、母上。もうすぐ文化祭なのですけど。来てくださいますか?」

 ある日、私はヤタからそんな誘いを受けた。

「文化祭か……。ちょっと時期が遅い?」
「トキ様の騒ぎがありましたので……。ずれたのですよ」

 ああ。
 トキが世界の時間を止めようとした事件か。
 ヤタ達が過去へ行った時の事だね。

 あの時は、アールネス王都と外の時間がずれてしまったんだよね。
 外から見ると、うっすら幕のようなものが王都に張られていて、私達が入ろうとしたら丁度消えたんだ。
 で、家に帰るとヤタが過去の私にボコられて泣きながら寝ていた、と。

「勿論行くよ」
「ありがとうございます」

 ヤタは輝くような笑顔を向けてくれた。

「僕のクラスも出し物するよ! 歌うよ! 踊るよ! 見に来てね!」

 すると、イェラが私に抱きつきながら言う。

 スーツと帽子姿で後ろ向きに滑るように歩くんだろう?
 ちょっと楽しみだ。

「うん。二人共見に行くよ」
「やったよー!」

 という事で、私は可愛い娘達の活躍を見るために文化祭へ行く事にした。



 そして文化祭当日。
 アルディリアが休みを取ったので、私はアードラーとアルディリアと三人で文化祭へ行く事にした。

「ここに来るのも何だか久し振りだな」
「僕は、一年ぶりかな。ゲストだけど」

 私が呟くと、アルディリアが答えた。
 前の文化祭も来たって事だろうか?
 でも、ゲスト?

「ゲスト以外にある?」

 アードラーが訊ね返し、アルディリアが答える。

「コンチュエリ先輩は毎年、ここに同人誌を売りに来るよ。彼女だけじゃなくて、同人誌を書く人はこの日に発表してる」

 もうそれ、文化祭じゃなくて即売会とかいう奴ですよ。

 私達は、ヤタの教室へ向かう。

 そこへ向かう途中、人々からとても注目された。

「あれはまさか! ビッテンフェルト一家か!?」
「あれが、ビッテンフェルト一家……」

 一家とか言われると、何かのっぴきならない組織みたいだね。

 四十秒で仕度しな!

 何でこんなに注目されてるんだろう?

 その事をアルディリアに聞いてみる。

「やっぱりヤタが有名だから?」

 四天王最強だし。

「君が有名だからだと思うけど」
「十五年もいなかった私が何で有名になるの?」
「若くして武名の誉れ高いビッテンフェルト公を倒した」
「あー」
「サハスラータにさらわれて単身脱出」
「いや、そんな事してない」

 みんなが助けにきてくれたじゃない。

「あ、そうだったね。でも、国境侵犯とかしているし、何よりサハスラータへビッテンフェルト家の恐怖を植え付けるためにそういう事になってるんだよ」

 そういえば、アルマール公がそんな宣伝工作をするとか言ってた気がする。
 アルマール公め!

「陛下に圧倒的な力を見せ付けて、特例で夫と妻を娶った」

 まるで私が力ずくで陛下に無理強いしたみたいな言い方だ。
 あと、その言い方だと私が二人を娶ったみたいじゃないか。

 娶ったのはアルディリアだ。
 私は娶られた方だよ。

「ほとんど本当の事じゃない」
「ええ?」

 アードラーが答え、私は驚きの声を上げる。
 彼女の中ではそうなってるのか。

 ……あながち間違いでもないのか?

「それにしても、思っていたよりも普通ね。私はもっと、そこかしこで同人誌が売られていると思ったわ」
「あ、それは私も思った」

 同人誌は、最初に文化祭で発表されてから社交界の一部(主に淑女)に広く定着されたらしい。
 その版図は瞬く間に広がり、多くの貴婦人や淑女達がこぞって自らの欲望をあらゆる形へと昇華しているという。

 しかも、どうやら文化祭が即売会みたいな扱いをされてるらしいし。

 ちなみに、男性向けの同人誌は女性陣達から「卑猥過ぎる」「女を性の対象としか見ていない」と弾圧され、あんまり流行っていないらしい。

 同性同士は卑猥じゃないのか?

 とまぁ、同人誌は大人気なわけである。
 だから、そこら中の教室がアブノーマルクライシスに見舞われているのではないか、と思っていたのだが……。

 少し拍子抜けだ。

 あ、別に見たかったわけじゃないよ?
 ただでさえ、コンチュエリが会うたび会うたび渡してくるし。

「隔《かく》……分ける事にしたらしいよ。人気がありすぎて。一時は、八割のクラスが同人誌を扱っていた時期があったらしい」

 アルディリアが答える。
 今、隔離って言おうとしたでしょ。

「今は、午前中の講堂が同人誌発表の場になってる」
「へぇ……」

 ますますそれっぽくなってるんだね。


 私達は、ヤタの教室へ着いた。
 ヤタの教室は、どうやら軽食屋らしい。
 簡単な料理を提供しているようだ。

 中は満席で繁盛しているようだった。

 奥には仕切りで仕切られたスペースがある。
 恐らく、そこが調理場だろう。

「あ、母上」

 教室へ入ると、ヤタが私に気付いて声を上げる。
 嬉しそうに笑う。

 ヤタは黒いエプロン姿だった。

「アードラー母上に、父上も! ようこそ、お越しくださいました。どうぞ、こちらです」

 席に案内される。
 満席だと思ったけど、席があったんだろうか?

「ん? 遅かったのう」

 げぇっ! シュエット様!
 まさか、一足先に来ているとは。

 どうりで朝から姿が見えなかったはずだ。

 シュエット様は、案内されたテーブル席に着いていた。
 向かい側にはトキが座っている。

「シュエット様。先に来ていたんですね」
「そりゃあ、ヤタの晴れ舞台ゆえな。早く見てやりたいではないか」

 ふふ、と慈しむような表情でシュエット様が言う。

 私より母親みたいな事をしやがって。
 母親は私なのにぃ……。

 軽くジェラシーを覚える。

「母上。何に致しますか?」

 ヤタからメニューを渡された。
 メニューに目を通す。

 多いな、メニュー。
 それに内容も、子羊のローストに香辛料と香味野菜の煮魚サハスラータ風、アールネス風ドリア、ビーフシチュー赤ワイン仕立てなど、軽食? と首を傾げたくなるものばかりだ。

 正直、文化祭ってレベルじゃねぇぞ。

「とりあえず、このふわふわデミグラスオムライスで」
「僕はチーズグラタン」
「私はハッシュドビーフがいいわ」
「はい。承りました」

 注文を取って、ヤタは厨房へ向かった。

「この店の料理はなかなかおいしいよ」

 トキが言う。

「そうなの?」
「うむ。ワシらは食事が必要ないので、あまり何かを食べる事はないが……。こんな美味いものは他に食った事がない。少なくとも、今まで食ってきた物の中では一番美味い」

 シュエット様が言う。
 そんなに?

「おまたせしました」

 ヤタが料理を運んでくる。

「いただきます」

 オムライスにスプーンを差し込んだ。
 一口食べる。

 うわぁ、ふわふわだぁ……。
 味も良い。
 ふわふわに焼きあがった卵も、卵に覆われたチキンライスも、一番味が濃いはずのデミグラスソースも……。
 どれもが主張しすぎず、かといってどれも負ける事がなく、互いの良い所を引き立て合っている。
 美味さという目標に向かって、互いに支えあいながら歩いているような味だ。
 柔らかく、それでいて強固な関係。
 食材同士の絆のような物を感じさせる一品だ。

 一言で言い表せば、調和している。
 ハーモニーだ。

「あら、これすごく美味しいわ。ねぇ、クロエ」
「そうだね。ミァハ」
「誰?」

 おっと、ハーモニーの世界に浸りきっていた。
 浮気じゃないよ、アードラー。
 だから睨まないで。

「ヤタ、これすごく美味しいよ!」
「本当ですか? よかった!」
「これもう軽食屋じゃなくて重食屋だよ」
「重食屋ってなんですか?」
「ごめん。そんな言葉なかった」

 でも本当に美味しかった。

「ワインはないのかい?」
「あ、私も欲しいわ」

 アルディリアとアードラーが言う。
 お酒を一緒に楽しみたくなるほど美味しかったんだな。

「ごめんなさい。校内の風紀を保つために、酒類は提供できないんですよ」
「それは残念だ」
「仕方無いわね。本当に残念」

 ヤタに言われ、二人は本当に残念そうに言った。
 私としては、お酒と料理は別で楽しみたいのでそう思わないんだよね。

「これ、ヤタが作ったの?」
「いえ、料理はほとんどゲパルドが作ってます」

 ああ、あの子か。

 ゲパルドくんは先生とマリノーの息子だ。
 先生とマリノーは料理が上手で、その二人の血を受け継いだ彼もまた料理が上手だという。
 同じクラスだったんだね。

 なるほど。
 これは確かに、自慢してもいいくらいの腕だ。
 プロの料理人だって、ここまではいかない。

「へぇ。すごいね。すごく美味しかったって、彼に伝えておいてよ」
「ありがとうございます」

 不意に、上から声がする。
 見上げると、大柄の男子生徒が立っていた。

 色素の薄い金髪、深い色の碧眼。
 ゲパルドくんだ。

 身長が高く、アルディリアに並ぶくらいである。
 体格にも恵まれていて、肩幅が広い。

「ゲパルド。どうしたんだ?」
「席が埋まって注文が入らなくなったから、ちょっと休憩しようかと思いまして」

 見ると、確かに教室の外に人が並んでいるようだった。
 丁度良い時間に入れたようだ。

「そうか」

 おっとりとした性格のようだ。
 声がのんびりしていて、眠そうな声にも聞こえる。
 顔つきもお母さん似で、優しげだ。

「本当に美味しい。もう、このまま店を出してもいいくらい」

 お世辞じゃなく、本当にそう思う。
 ゲパルドくん顔が笑顔にとろけ、頬がほんのり桜色になった。
 照れているのかもしれない。

 体は大きいけど、可愛らしい子だ。

「それが僕の夢なんです。卒業したら、お店を持ちたいと思っています」
「へぇ、いいね。店を出す時は一声かけてよ。いろいろと手伝うから」

 と、最近商人根性が出てきたから、そんな事を言ってしまう。
 純粋に、応援するだけでよかったんだけどね。

「ありがとうございます。正直、経営の事はよくわからなくて」

 ゲパルドくんは一意専心なんだな。
 料理以外には、あんまり興味がなさそうだ。

 そんな時だった。

「いつまで待たせる気だ? この店はよう!」

 ガラの悪い声が教室内に響く。
 目を向けると、外で待たされていた客がこのクラスの生徒に文句を言っているようだった。
 その客も、多分学園の生徒だろう。

「申し訳ありません。でも、席が足りなくて……」

 店員の女子生徒が必死に客をなだめようとする。

「だからなんだ? 俺の家は、伯爵家なんだぞ! そんな俺を待たせるなんてどういうつもりだ!」
「はい! すみません! で、でも……」
「まだ言うのか。お前、どこの家のもんだよ? 爵位は?」
「だ、男爵家です」
「男爵家如きが俺に指図してんじゃねぇぞ」

 おーおー、言うね。
 ここでヤタ(公爵家)が出て行ったらどうするつもりなんだろう?

 とヤタを見る。
 ヤタはそちらへ行こうとするが、それよりも前にゲパルドくんがそっちに向かった。

「や、やめてください。お客様」

 ちょっと無理しているのか、声が震えている。
 それでも、女子生徒を庇うように前へ立つ。

「何だよお前? 爵位は?」

 君、それしか聞く事ないのか?

「子爵家です」
「だったらしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ」

 客の男子生徒が、そう言ってゲパルドくんを殴った。

「馬鹿だな、あいつ。一年生か」

 その様子を見て、ヤタは呆れたように呟いた。
 どういう意味だろう?

「すみません。でも、仕方ない事なんです。お許しください」

 当のゲパルドくんは、応えた様子もなく丁寧に対応している。
 それに対して、客の男子生徒は手首を押さえていた。

 殴った時に手首をやったな?

 これじゃあ、どっちが攻撃されたのかわからないよ。

「ちっ! そうかよ。わかったよ」
「すみませんでした」

 お、客が帰ろうとする。

「申し訳ありませんでした」

 店員の女子生徒も出てきて、頭を下げる。
 客はそれを見て……。

「きゃっ」

 腹いせとばかりにその顔を手の平で叩きつけた。
 倒れる女子生徒。

「あ?」

 その光景を見たゲパルドくんの表情が豹変する。
 眉根が下がり、目を細めた。

「あ、やばい」

 ヤタが声を漏らす。

「何してくれてんだ、てめぇ?」

 ドスの利いた声が聞こえた。

 この声は、もしかして……。
 ゲパルドくん?
 さっきとは別人のような低い声だった。

「な、なんだよ?」

 ゲパルドくんに睨まれ、怯みながら客が言う。
 対して、ゲパルドくんは指の骨を鳴らして尚も客を睨む。

「うちのもんに手ぇ出したんだ。覚悟は出来てんだろうなっ!?」

 言いながら、ゲパルドくんは客の腹をドゴーッと蹴りつけた。
 客の体が後ろに飛び、壁へ強かに体を打ちつけた。

 うわぁ……。

「ひぃ、ひぃぃ!」

 客は壁を背に座り込んだまま、怯えた声を上げる。

「まだ終わりじゃねぇぞ、ゴラァ!」

 ゲパルドくんが、なおも向かっていこうとする。

「待て待て、そこまでだ。そろそろ落ち着け」

 ヤタが止めに入った。

「ヤタ……」

 未だに険しい表情のゲパルドくんは、けれどヤタを前にして動きを止めた。

「お前ももう行け。この件は、ヤタ・ビッテンフェルトが預かる」
「ビ、ビッテンフェルト? 公爵家!? は、はい!」

 ヤタの名前を聞いた客は、驚いてそのまま逃げていった。
 爵位にこだわる人間ほど、上の爵位の人間には弱いんだよね。

 それからしばしして、ゲパルドくんの表情が元の優しいものに戻っていった。

「落ち着いたか」
「うん。また、やってしまいました。ヤタ。ごめん、また迷惑かけてしまって」
「いいよ。ゲパルドが行かないなら、私が出て行こうと思っていたから。ほら、もう調理場に戻りなよ」
「うん」

 素直に頷き、ゲパルドくんは調理場へ戻っていった。

「ゲパルドくん。いつもあんな感じなの?」

 私はヤタに訊ねる。

「彼自身は、何をされても怒らないんですけどね。仲の良い人間が傷つけられるとすぐにキレます」

 限定的な状況では沸点が低いんだね。

「それに強いんだね」
「ええ。もし、彼が闘技の授業を受けていたならきっとビッテンフェルト四天王はグラン四天王になっていたでしょうね」
「ヤタより強いって事?」
「お父様より、基本的な闘技の手ほどきは受けているらしいですからね」

 先生仕込みか……。
 何より、どうみてもフィジカルエリートだもんね。
 闘技向きの体つきだ。

 それにしても、すごい豹変ぶりである。

 あの変わりようは、マリノーを彷彿とさせるな。
 で、怒るとティグリス先生みたいな怒り方をする、と。
 きっと、感情のふり幅が大きいんだろうな。

 なるほどなぁ。
 そんな所まで受け継いじゃったわけだ。

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