気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 エピローグ 二人並んで

 その後、ザクルス公爵が事件に関与していた証拠が発見された。
 関連があるとされていた虎牙会の本部から、俺を捕らえるよう要請する手紙が見つかった。
 調べてみると、その文字はザクルス公爵の筆跡と同じだったという。
 フレッド・ガイムとダストンの証言もあり、ザクルス公爵は財務担当を罷免になった。

 家督を甥に譲り、本人は領地で隠棲するよう申し渡されたそうだ。
 隠棲とはいうが、その実は監視をつけられた軟禁に近いらしい。

 どうであれ、これから先、王都に踏み入る事はできない。
 俺や俺の家族には、もう手出しできないだろう。

「このたびは、ありがとうございます。兄貴」

 墓地。
 ある墓の前で、近くに立っていた男が頭を下げた。
 トマスである。
 彼の他にも、黒いスーツ姿の虎牙会構成員達が大勢墓の近くには立っていた。

 フレッド・ガイムとダストンは処分を受ける事になったが、虎牙会の面々はどういうわけか処分を免れた。

 事件に関わっていたのはあくまでもナミル個人だけであり、その下の構成員達は彼の指示に従っていたから。
 という理由だ。

 その後は、トマスが虎牙会の会長として組を率いる事になった。
 ナミルが、そうなるよう前々から遺言をしたためていたらしい。

 いつ死んでもおかしくない稼業だ。
 もしもの時を考えて、用意していたんだろう。

 その用意が、役に立ってしまったのは残念でならない。

 俺は、墓石を見る。
 石には、ナミルの名前が刻まれていた。

「礼を言われる事なんてねぇよ」
「そうでっか……。あんたが来てくれて、親父も喜んでると思いますわ」
「そうだといいんだがな……」

 どうなんだ?
 兄弟……。

「ワシら、そろそろ行きますわ」
「そうか」
「兄貴は、もう少しおったってください。親父も、その方が嬉しいと思いまっさかい」
「わかった」

 トマスがその場から離れ、それに続いて虎牙会の構成員達も墓から離れていく。

 俺だけが、その場に残される。

「……なんで、こんな事になっちまったんだよ」

 一つ呟く。

 こんな形で会えなくなっちまうなんて、思いもしなかった。
 お前とは何度も酒を飲み交わしたけど、それでもまだ足りないと思えるよ。
 もっともっと、お前とは語り合いたい事があったのに……。

 もう二度と、それも叶わない。

 そう思うと、涙が出た。

「何泣いてるんだよ、兄弟」

 声をかけられた。

 この声は……!

 すぐさま顔を上げ、そちらを見た。
 すると、そこにはナミルが立っていた。

「よう、兄弟」
「ナミル……!」

 どういう事なんだ?
 これは……。

「何で?」

 笑みを作りながら、ナミルは近付いてくる。
 自分の名前が刻まれた墓石に寄りかかった。

「嘘を吐いたんだよ。アルマール公が」
「何だと?」
「あの後、俺は国衛院の隊員に助けられた。火傷の跡は残っちまったが、白色で一命は取り留めたんだ。それで、アルマール公からスカウトされた」
「スカウト?」
「ああ。虎牙会へ罪が及ばないようにする代わり、死人として国衛院の第二部隊で働くよう取引を持ちかけられた」

 第二部隊?
 確か、諜報を専門とする部隊だったか。

「死人として?」
「その方が、諜報ってのはやりやすい部分があるのかもな。死んだ人間なら、相手に捕まっても助ける必要がないしな。あとは、俺の持ってるスラム街の情報と伝手が欲しかったんだろうな。俺の知ってる情報があれば、スラム街の治安維持は格段にやりやすくなるだろうしな」
「そうだったのか。虎牙会の連中はそれを知っているのか?」
「トマスだけは知ってるよ」

 あいつめ。
 この事を知ってて、ここにいるよう言ったのか。

「はぁ……」

 溜息が漏れる。

「何だよ? 嬉しくねぇのか?」

 墓石から離れ、両手を広げてナミルは言う。

「嬉しいぜ。でもな」

 俺はナミルに殴りかかった。
 ナミルはその拳を受け止める。

「何するんだよ?」
「俺の涙を返せ」
「出ちまったもんはもう戻らねぇだろ」

 そう言って、ナミルは無邪気に笑う。

 そういえば、こいつはこんな笑い方をする奴だったな。
 子供みたいに、楽しげに……。

 それを見ると、許せる気がした。
 強張った表情が緩む。

「まぁ、死人になっちまったら肩書きも力もねぇや。何もないなら、今度こそ対等かな?」
「昔から、今も……。ずっと変わらねぇよ。どうなったってな」
「はは、そうだな。それは死んでも変わらない、か。……じゃあ、これから呑みに行くか?」
「ああ。お前の奢りだぜ?」
「今回ばかりは仕方ねぇな」

 苦笑するナミルに俺は小さく笑い返す。
 墓から離れ、二人で町へ向けて歩き出した。

 昔と同じように、二人並んで、談笑を交わしながら。

「気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く