気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 二十話 決着

 ダストンの兵士達を倒し、私は廊下を進む。
 もう人員が尽きたのか、道に立ち塞がる警備の人間はいない。

 後ろから、騒ぎが聞こえる気がする。
 国衛院が踏み込んだのかもしれない。
 そっちに人員を割いているのかも。

 なら、私達の役割はもう終わりか。
 そう思いつつ、私は進む。

 二階から続く階段があった。
 そこから、先生が下りてくる。

 上半身裸で、体中痣だらけだ。

「先生」
「クロエか」
「ずいぶん、やられましたね」
「お前もな」
「服だけですよ」
「俺も、傷が痛むわけじゃない。体が重いだけだ。歳のせいだな」

 先生は苦笑し、私も小さく笑う。

「国衛院が踏み込んだみたいだな。二階の窓から見えた」
「やっぱり。なら、私達の役目も終わりですね」
「……いや」

 先生が否定する。
 どういう意味だろう?

「どうやら、奥にザクルスがいるらしい。そこまで行きたい。付き合ってくれるか?」
「先生がそうしたいのなら、付き合いますよ」「すまねぇな」
「文句の一言で言ってやりたいって所ですか?」
「ああ」

 二人、並んで廊下を歩き出す。
 二人共ボロボロで疲れきってはいるけれど、それでも足取りによどみは無い。
 一歩一歩を力強く踏みしめて、絨毯の敷かれた廊下を行く。

 そうして辿り着いた屋敷の奥。
 一つの部屋を守るように、数十名の警備の人間が詰めていた。

 きっと、彼らに守られて、ザクルスはこの奥の部屋にいるのだろう。

「クロエ。改めて礼を言うぜ」
「何のお礼ですか?」
「きっと、一人じゃここまでこれなかった。
 途中で倒れちまってたはずだ。
 国衛院に途中で捕まって、それでも俺の無実は証明できただろうが……。
 こうして、大本を叩く事はできなかった。
 もしそうだったら、これから先も狙われる事があったかもしれない。
 だから、ありがとう」
「これくらいの事なら、いくらでも付き合いますよ。最近、体も鈍ってましたし。丁度いい運動です」

 現に最近、肉がついた気がするし。
 また、ふっくらと女性らしい体つきに戻ってきていた。

 この忙《せわ》しない数日でまた筋肉が主張し始めて来たけど……。

「ふっ」

 先生が笑う。

 そんなやり取りを交わすと、私達は警備の人間達へ向かって駆けだした。



 二人でドアを強かに蹴り開ける。

 部屋の中にいた老人が、驚いた様子で座っていた椅子から立ち上がる。

「な、何だ? お前達は? まさか……」
「ティグリス・グランだよ。あんたがザクルス公爵か?」

 先生の名を聞くと、ザクルス公爵は表情を険しくした。

「平民が……。ここを誰の屋敷だと思っている!? 貴様のような下賤な人間が足を踏み入れていい場所ではないぞ! 警備の者はどうした? 出合え!」
「無駄だ。もういないからな。誰も」

 言われ、ザクルスは先生の背後を見る。

 先生の後ろ。
 入り口の扉から見えるのは、倒れ伏す男達の姿。
 私達に蹴散らされた警備の人間達の姿だった。

 そこで、初めてザクルス公爵の顔に怯えが見えた。

「よくも、俺の家族を危険な目に合わせようとしてくれたな。それに、兄弟も……!」

 先生が低い声で言い、ザクルスへ迫る。

「劣った者を劣っていると思って何が悪い。魔力も持たない無能な平民など、貴族に奉仕するためだけに生きる事を許されているのだ。そんな存在が貴族になるだと? その上、将軍? 笑わせるな! 許されるわけがない! そんな事は!」

 ザクルス公爵は怒鳴り返す。

「そうかよ。……そんな身勝手な考えで人を傷付けようとしたんだな。なら、俺の勝手な感情をぶつけられても文句は言えないな?」

 先生がドスの利いた声で言うと、ザクルス公爵は怯んだ。

「ぐぐっ……」

 そんな時だった。

「待ちたまえ。そこまでだ」

 そう言って、アルマール公が部屋に入って来た。

「貴様は、アルマール。何故、ここにいる?」
「この屋敷が騒がしい、と通報があってね。来てみると本当にびっくりするくらい騒がしくてね。門の前には警備の人間が倒れているし。これはただ事ではないと思い、踏み込ませてもらった。その判断は正しかったようだね」
「そ、そうだ。侵入者はこやつらだ! さっさと捕まえろ」
「ふむ」

 アルマール公は答え、私達を見る。

「いかんぞ、君達。こんな事をしては」
「いやぁ、すみません。何せ、最近指名手配されてたせいで、先生が自棄酒しちゃって。何も考えずに突っ込んじゃったんですよ」

 私は首に手をやり、へこへこと頭を下げて言う。

「そうだったのか。もう二度とするんじゃないぞ?」
「本当にすみません」

 アルマール公に叱られて、私は謝った。

「き、貴様……アルマール、もしや……」

 その茶番じみたやり取りで、ザクルスは気付いたらしい。
 目を見開き、わなわなと震えだす。

 丁度、その時に国衛院の隊員が部屋に入って来た。

「院長! 屋敷を見回っている時に、こんな物を見つけてしまいました」

 隊員が何かの書類をアルマール公へ渡す。

「これは……各領の名前と品が書いてある。金額も書かれているな。もしやこれは、賄賂という奴でしょうかな?」

 アルマール公がとてもわざとらしい驚き方をする。

 わーすごいちゃばんだー。

「ザクルス公爵、少し話を聞く必要がありそうですな。屋敷の調査もついでにさせていただきましょうか」
「貴様、何の権限があって……」
「無論の事、国の秩序を保つ為の権限だ」

 アルマール公は不意に目を細めて答えた。
 その声は固く、今までのわざとらしさも軽々しさもない。
 果てしなく硬質で、冷たい声だった。

「なっ」

 驚くザクルスに、アルマール公はまた口調を変える。
 柔和な声色で続けた。

「何、これがただの贈り物だというのなら何の事は無いでしょう? 何もやましくないなら、屋敷を調べても構わないはずだ。そうでしょう?」
「この……くっ……くっ……」

 ザクルス公爵は悔しげに呻くと、その場に崩れる。
 両手を床につき、うな垂れた。

「君も、それでいいな?」

 アルマール公は、先生に向いて訊ねる。
 先生はすぐに答えなかった。
 しばし黙り込む。

 もしかしたらまだ、思う所があるのかもしれない。
 許せないと思っているのかもしれない。

「……ああ。あとは、よろしく頼みます」

 けれど、やがて先生はそう答えた。



 私達は、アルマール公に連れられて外へ出た。
 外に出ると、警備の人間が国衛院の隊員によって手当てを受けていた。

 そんな人達を尻目に、私達は国衛院の馬車へ乗り込む。

「これで、今度こそ本当に解決だろう。屋敷にはダストン将軍がいた。関係があると見て、これから事情聴取する事となるだろう。屋敷にいたのだから、言い逃れはできまい。彼から切り崩していけば、ザクルス公爵の責任も追及できるだろう」
「そうですか」

 終わったんだ、これで……。

 この数日間、気の休まる事がなかったけれど……。
 これで明日からはまた平穏な日常へ帰る事ができる。

 明日はのんびりとしよう。
 薬のせいで体も重いし。

 あ、そうだ。
 魔力封じの薬の効力を消す薬を貰わなくちゃ。

 あれって大量の水と一緒に取る事で、薬の成分を自然排出する薬なんだよね。
 ヤタに「母上はまさかこの歳で頻尿……!」なんて思われたらどうしよう……。

「一つ聞きたい事がある」

 私が色々考えていると、先生がアルマール公へ声をかけた。

「何だね?」
「身柄を確保したのは、ダストンだけなのか?」

 先生は真剣な眼差しをアルマール公へ向ける。
 対するアルマール公は、顎髭《あごひげ》を撫でて「ふむ」と唸る。

「ナミル……。虎牙会の会長があそこにはいたはずだ」

 スーツの人間が多く居たから、虎牙会の構成員だと思っていたけれど。
 やっぱりそうなのか。
 でも、ナミルさん本人がいたとは知らなかった。
 私が知らないという事は、二階に行った時に会ったのだろうか?

「ナミル・レントラント、か。確かに、あの場に彼は居た。大怪我をしていたようだから、すぐに手当てはさせた。だがね……」

 アルマール公は先生の目をまっすぐに見詰めて告げる。

「助ける事はできなかったよ」

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