気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
虎と虎編 十八話 殴り込み
翌日。
早朝。
「行ってくる」
「はい。気をつけて」
国衛院本部の前、先生とマリノーが言葉を交わしあう。
他のみんなも見送りに来てくれていた。
「屋敷の付近には、国衛院の隊員達を配置しておく。屋敷に入ったら、派手に暴れてくれ。それこそ、外の人間にも聞こえるくらいの騒ぎを起こして欲しい。騒ぎが大きければ大きいほど、我々も踏み込みやすくなる」
「わかりました」
アルマール公の言葉に、私は返事をする。
「行くぜ」
そして、先生は私に言った。
「はい」
先生が歩き出し、私もそれに続く。
目指すのは、ザクルス公爵の屋敷だ。
太陽はまだ上らず、遠くの空を明るく照らしている。
人の姿がまだ見られない町を、私と先生は歩いた。
言葉を交わす事もなく、私達は歩き。
そして目的の場所へ辿り着いた。
辺りはまだ薄暗い。
門にはかがり火が灯され、門番が二人立っていた。
「何だ、お前達は?」
門番に問われる。
「ただの狼藉者だよ」
私は答え、門番に殴りかかった。
先生も同時に、もう一方の門番を殴り倒す。
二人の門番を昏倒させると、先生が門を蹴り開ける。
その音を聞きつけたのか、庭から門の近辺へ警備の人間が押し寄せてくる。
「さぁ、やるぜ。気合入れろよ」
「ええ。これが、最後の戦いですからね」
十名ほどの警備の人間に囲まれて、私達は構えを取った。
警備の人間を蹴散らした私達は、屋敷の中へ侵入する。
警備の人間を投げ飛ばし、玄関の扉を強引に開けた。
玄関の先は広いホールだ。
赤絨毯が全面に敷かれ、その中央奥には大きな階段があった。
すると、さらにぞろぞろと別の警備の人間達が現れた。
先程よりも数が多い。
いや、よく見ると警備の人間だけじゃないかもしれない。
中には、スーツ姿の男達も混じっていた。
虎牙会の構成員達だろうか。
「てめぇら! ここが誰の屋敷か知っててこんな事してるんだろうな!」
「ただの貴族だろ」
私達は、警備の人間達を殴り飛ばし、蹴り潰し、階段の手すりへブレーンバスターの要領で背中から落とし、階段の段差へ頭を踏みつけ、倒していった。
そして、その場で立つのは私達だけになる。
「二手に別れるか。騒ぎは広く起こした方がいいだろう」
「大丈夫ですか?」
今までなら素直に頷いていただろうけど、マリノーの話を聞いて少し心配になる。
「見くびるな。この程度の相手ばかりなら、どうって事ない」
先生がそう言うのなら、信じようか。
「……わかりました」
「俺は二階へ行く」
「じゃあ、私は一階へ」
それぞれ行く場所を決めて、そちらへ向かう。
そんな時だ。
玄関ホールに倒れていた警備の一人が、立ち上がって先生を追った。
警備の男は背後から先生へ迫った。
「先生!」
先生を呼ぶ。
が、先生は慌てる事無く、振り向き様に蹴りを放った。
「うわああっ!」
警備の男は蹴られ、そのまま階段を転がり落ちていった。
先生は心配ないというようにこちらへ手を振る。
あの様子なら、本当に大丈夫そうだな。
先生が二階に姿を消すと、私も一階の探索へ向かった。
時折現れる警備の人間を倒しながら、私は屋敷の廊下を駆けていく。
そして、目に付く扉は全て開け放っていった。
ここに来たのは騒ぎを起こす事が目的だ。
できるだけ派手な行動を取った方がいいとの判断からだ。
なので。
「殴り込みじゃコラー! 往生せいや!」
と人と会うたびに怒鳴りつけていった。
「何だてめぇは! いてまうぞ!」
すると相手側も罵声を浴びせ返してくるので、必然的に騒がしくなる。
外からでもわかるくらいに騒がしくなれば、国衛院も踏み込みやすくなるのである。
ある通路を通ろうとした時だ。
そこは、とても広い通路だった。
前方には通路を塞ぐように、二十名を超える鎧を着た兵士達が詰めていた。
そんな兵士達に守られるようにして、奥にいたのは……。
「ダストン将軍か」
ダストン将軍は、自らも鎧に身を包んでいた。
けれど、きっとそれは戦うために着たのではないだろう。
鎧を着ているのは、純粋に身を守りたいがためだけに違いない。
私は、構わずに通路を進んでいく。
近づいて行くと、兵士達が剣を抜き放った。
「ビッテンフェルトの娘か」
ダストン将軍が私を見て笑みを浮かべる。
「まぁ、どちらでも同じ事よ。いや、むしろその方が好都合だ」
その笑みは安堵の笑みだろう。
先生じゃなく、私が相手だとわかってホッとしているのだ。
「それはどうかな?」
構えを取る。
「聞いているぞ。お前がビッテンフェルト公に匹敵する強さを持っていると。だが、所詮そんな物は、子煩悩の奴が言いふらしているだけの事に過ぎん」
「事実かどうかは、これから試せばいい」
「……いや、その必要もない」
ダストンの言葉に、私は顔を顰めた。
その瞬間。
私は振り返り、飛来する弓矢を掴み取った。
目前にあるのは弓矢の鏃《やじり》……。
……じゃない。
弓矢の先には鋭利な刃ではなく、何かの球体がつけられていた。
これは……!?
私はすぐさま、弓矢を遠くへ投げた。
投げられた矢が床へ落ち、同時に球体が破裂して煙が上がる。
この煙は、恐らく魔力を扱えなくする薬だ。
かつて私はこれを受け、弱っている時にサハスラータへ拉致されたのだ。
しかし、今回は何とか対処できた。
ビッテンフェルトに同じ技は二度通用しない。
これは常識である。
「ふっ」
と私は顔を上げて、ドヤ顔を向ける。
視線の先には、弓矢を構えた射手がいるはずだ。
顔を上げると、弓矢を構える二十名程の兵士達の姿があった。
「わーお……」
作るのに手間がかかるからあの時は一つだけだったけれど、あれから二十年以上も経てば数も増えるか……。
弓矢が私に向けて一斉に放たれる。
私は弓矢を避け、払った。
直撃した弓矢はない。
しかし、足元に落ちた弓矢が次々に爆発し、霧が私を包んだ。
息を止める。
だというのに、体が一気に重くなった。
吸っていないのに、効力がある!?
「ふはは、どうだ! 息を止めたとて、肌から直接取り込まれるよう改良されたものだ。しかも、外気に触れると五秒で無毒化する。特定の相手だけに効力を発揮させるよう改良された薬だ! お前がティグリスと行動を共にしていると知り、あのお方が用意してくださった薬なのだ!」
くぅ、前より厄介になってるじゃないか。
薬の効力が上がったのか、それとも私が歳を取ったせいか……。
この体の重さは、前に受けた時の比じゃない。
「くっ……」
「貴様の力など、味わうまでもない。こうすれば、ただの女に成り下がるのだからな! 今のお前では、この数の兵士を倒せまい! ふはははは!」
ダストンは笑う。
なんともまぁ、上機嫌だ事で……。
「「手を貸そうか?」」
耳元に声が囁く。
ジ・アバターの声だ。
「いらないよ。これは人間同士の揉め事だ。人間同士で解決するのが、道理ってもんでしょ」
「「わかった」」
そう答え、ジ・アバターは黙り込む。
そうさ。
これは、解決できない問題じゃない……!
私は腕を組み、不敵に笑う。
ダストンはそんな私を不審に思ったのか、怪訝な顔をする。
「これでもまだ、ハンデにしかならないよ」
「何?」
「足りない。そう言ってるんだ。そんなんじゃまだ、私には勝てないよ」
「減らず口を……。お前達、この女を殺してしまえ!」
力というものは、戦いの大部分を占める要素だ。
力があればあるほど、有利ではある。
けれど、所詮は一部でしかない。
力だけが戦いの全てを決める要素ではないのだ。
それを教えてやろう。
兵士達が私に襲い掛かってきた。
そんな兵士達へ向かっていく。
私に襲い掛かる兵士の斬撃をかわし、身を低くして敵中の真ん中へ深く入り込む。
一人の兵士が私を斬りつけようとする。
しかし、他の兵士に腕が当たって動きが止まる。
その隙に、腕を取って投げ転がした。
仰向けに倒れたその顔を踏みつける。
そしてまた、私は身を低くして敵の間を縫うように動く。
密集した場所では、味方が邪魔になって思うように剣は振れない。
そばに味方がいる場合、必然的に横の剣閃を使う事もできない。
できるとすれば、剣を振り下ろす事ぐらいだ。
軌道がわかっているのなら、避ける事はそれほど難しくない。
しかも、身を低くした相手は、剣で斬りつける事が困難だ。
当てたとしても致命傷にはなりにくい。
味方がいるためにそれを気にしてバランスも崩しやすくなる。
重心は崩れ、さほど力を必要とせず投げる事ができる。
それに鎧も動きを阻害し、重みで倒れやすくもなる。
鎧とは殊《こと》の外《ほか》投げに弱い物だ。
鍛錬不足というのもあるだろうが。
しかし、体が重いのは私も同じだ。
今までみたいに、思うように動けない。
イメージしている動きに体が追いつかなくて、すごくモタモタしているように感じる。
その感覚にイライラする。
一言で言えば、今の私はとても遅い。
速さが足りない!
「なんて速さ!」
「動きが見えない」
けれど、兵士達はそんな事を言う。
実際は速いわけじゃなく、歩法を駆使して相手の死角を衝くようにしているだけだ。
見られないように攻撃しているのだから、見えないのは当然だ。
姿勢を極限まで低くし、相手の足元を見て向いている方向を予測。
その裏を衝いている。
それらの技術を駆使して、私は兵士達を相手に立ち回る。
少しずつではあるが、兵士達を倒していく。
これが、力以外の要素による戦い方。
今までた私が培ってきた、技と経験の成せる事だ。
私は最後の兵士を叩きのめした。
スーツの所々が斬られ、そこから流れた血が生地に滲んでいる。
流石に、無傷というわけにはいかなかった。
体中、傷だらけである。
魔力も扱えず、スーツの生地は直せない。
よく見ると、胸元の生地がざっくり切り開かれている。
超セクシーである。
そういえば、何もしていないのに私が向いただけで鼻血を噴き出した兵士がいたけれど。
あれは私に秘められた未知の能力が覚醒したわけでなくこのためか?
まぁいいや。
助かったし……。
恥じらいが薄れていくのは、歳のせいかな……。
そんな事を思うと、ちょっと切なくなる。
「ふぅ。さぁ、後は……」
私はダストンを探す。
その姿が見つからない。
知らない間に倒しちゃっただろうか?
と倒れる兵士達を見てもやっぱり見つからない。
あんな体型の人間が倒れていれば、一発でわかるはずだ。
どうやら、逃げたみたいだ。
すごいな。
あんな大きな体でどうやって私に気付かれず逃げたんだろう?
それだけ、戦いに必死だったって事かな?
でも、これで一息つけそうだ。
不意に、傷の痛みがひく。
「「これくらいはいいでしょ?」」
ジ・アバターの声だ。
白色を流してくれたらしい。
「まぁ、これくらいいいか」
まだ、やらなきゃならない事があるからね。
「ありがとう」
礼を言うと、ジ・アバターの微笑む声が聞こえた。
早朝。
「行ってくる」
「はい。気をつけて」
国衛院本部の前、先生とマリノーが言葉を交わしあう。
他のみんなも見送りに来てくれていた。
「屋敷の付近には、国衛院の隊員達を配置しておく。屋敷に入ったら、派手に暴れてくれ。それこそ、外の人間にも聞こえるくらいの騒ぎを起こして欲しい。騒ぎが大きければ大きいほど、我々も踏み込みやすくなる」
「わかりました」
アルマール公の言葉に、私は返事をする。
「行くぜ」
そして、先生は私に言った。
「はい」
先生が歩き出し、私もそれに続く。
目指すのは、ザクルス公爵の屋敷だ。
太陽はまだ上らず、遠くの空を明るく照らしている。
人の姿がまだ見られない町を、私と先生は歩いた。
言葉を交わす事もなく、私達は歩き。
そして目的の場所へ辿り着いた。
辺りはまだ薄暗い。
門にはかがり火が灯され、門番が二人立っていた。
「何だ、お前達は?」
門番に問われる。
「ただの狼藉者だよ」
私は答え、門番に殴りかかった。
先生も同時に、もう一方の門番を殴り倒す。
二人の門番を昏倒させると、先生が門を蹴り開ける。
その音を聞きつけたのか、庭から門の近辺へ警備の人間が押し寄せてくる。
「さぁ、やるぜ。気合入れろよ」
「ええ。これが、最後の戦いですからね」
十名ほどの警備の人間に囲まれて、私達は構えを取った。
警備の人間を蹴散らした私達は、屋敷の中へ侵入する。
警備の人間を投げ飛ばし、玄関の扉を強引に開けた。
玄関の先は広いホールだ。
赤絨毯が全面に敷かれ、その中央奥には大きな階段があった。
すると、さらにぞろぞろと別の警備の人間達が現れた。
先程よりも数が多い。
いや、よく見ると警備の人間だけじゃないかもしれない。
中には、スーツ姿の男達も混じっていた。
虎牙会の構成員達だろうか。
「てめぇら! ここが誰の屋敷か知っててこんな事してるんだろうな!」
「ただの貴族だろ」
私達は、警備の人間達を殴り飛ばし、蹴り潰し、階段の手すりへブレーンバスターの要領で背中から落とし、階段の段差へ頭を踏みつけ、倒していった。
そして、その場で立つのは私達だけになる。
「二手に別れるか。騒ぎは広く起こした方がいいだろう」
「大丈夫ですか?」
今までなら素直に頷いていただろうけど、マリノーの話を聞いて少し心配になる。
「見くびるな。この程度の相手ばかりなら、どうって事ない」
先生がそう言うのなら、信じようか。
「……わかりました」
「俺は二階へ行く」
「じゃあ、私は一階へ」
それぞれ行く場所を決めて、そちらへ向かう。
そんな時だ。
玄関ホールに倒れていた警備の一人が、立ち上がって先生を追った。
警備の男は背後から先生へ迫った。
「先生!」
先生を呼ぶ。
が、先生は慌てる事無く、振り向き様に蹴りを放った。
「うわああっ!」
警備の男は蹴られ、そのまま階段を転がり落ちていった。
先生は心配ないというようにこちらへ手を振る。
あの様子なら、本当に大丈夫そうだな。
先生が二階に姿を消すと、私も一階の探索へ向かった。
時折現れる警備の人間を倒しながら、私は屋敷の廊下を駆けていく。
そして、目に付く扉は全て開け放っていった。
ここに来たのは騒ぎを起こす事が目的だ。
できるだけ派手な行動を取った方がいいとの判断からだ。
なので。
「殴り込みじゃコラー! 往生せいや!」
と人と会うたびに怒鳴りつけていった。
「何だてめぇは! いてまうぞ!」
すると相手側も罵声を浴びせ返してくるので、必然的に騒がしくなる。
外からでもわかるくらいに騒がしくなれば、国衛院も踏み込みやすくなるのである。
ある通路を通ろうとした時だ。
そこは、とても広い通路だった。
前方には通路を塞ぐように、二十名を超える鎧を着た兵士達が詰めていた。
そんな兵士達に守られるようにして、奥にいたのは……。
「ダストン将軍か」
ダストン将軍は、自らも鎧に身を包んでいた。
けれど、きっとそれは戦うために着たのではないだろう。
鎧を着ているのは、純粋に身を守りたいがためだけに違いない。
私は、構わずに通路を進んでいく。
近づいて行くと、兵士達が剣を抜き放った。
「ビッテンフェルトの娘か」
ダストン将軍が私を見て笑みを浮かべる。
「まぁ、どちらでも同じ事よ。いや、むしろその方が好都合だ」
その笑みは安堵の笑みだろう。
先生じゃなく、私が相手だとわかってホッとしているのだ。
「それはどうかな?」
構えを取る。
「聞いているぞ。お前がビッテンフェルト公に匹敵する強さを持っていると。だが、所詮そんな物は、子煩悩の奴が言いふらしているだけの事に過ぎん」
「事実かどうかは、これから試せばいい」
「……いや、その必要もない」
ダストンの言葉に、私は顔を顰めた。
その瞬間。
私は振り返り、飛来する弓矢を掴み取った。
目前にあるのは弓矢の鏃《やじり》……。
……じゃない。
弓矢の先には鋭利な刃ではなく、何かの球体がつけられていた。
これは……!?
私はすぐさま、弓矢を遠くへ投げた。
投げられた矢が床へ落ち、同時に球体が破裂して煙が上がる。
この煙は、恐らく魔力を扱えなくする薬だ。
かつて私はこれを受け、弱っている時にサハスラータへ拉致されたのだ。
しかし、今回は何とか対処できた。
ビッテンフェルトに同じ技は二度通用しない。
これは常識である。
「ふっ」
と私は顔を上げて、ドヤ顔を向ける。
視線の先には、弓矢を構えた射手がいるはずだ。
顔を上げると、弓矢を構える二十名程の兵士達の姿があった。
「わーお……」
作るのに手間がかかるからあの時は一つだけだったけれど、あれから二十年以上も経てば数も増えるか……。
弓矢が私に向けて一斉に放たれる。
私は弓矢を避け、払った。
直撃した弓矢はない。
しかし、足元に落ちた弓矢が次々に爆発し、霧が私を包んだ。
息を止める。
だというのに、体が一気に重くなった。
吸っていないのに、効力がある!?
「ふはは、どうだ! 息を止めたとて、肌から直接取り込まれるよう改良されたものだ。しかも、外気に触れると五秒で無毒化する。特定の相手だけに効力を発揮させるよう改良された薬だ! お前がティグリスと行動を共にしていると知り、あのお方が用意してくださった薬なのだ!」
くぅ、前より厄介になってるじゃないか。
薬の効力が上がったのか、それとも私が歳を取ったせいか……。
この体の重さは、前に受けた時の比じゃない。
「くっ……」
「貴様の力など、味わうまでもない。こうすれば、ただの女に成り下がるのだからな! 今のお前では、この数の兵士を倒せまい! ふはははは!」
ダストンは笑う。
なんともまぁ、上機嫌だ事で……。
「「手を貸そうか?」」
耳元に声が囁く。
ジ・アバターの声だ。
「いらないよ。これは人間同士の揉め事だ。人間同士で解決するのが、道理ってもんでしょ」
「「わかった」」
そう答え、ジ・アバターは黙り込む。
そうさ。
これは、解決できない問題じゃない……!
私は腕を組み、不敵に笑う。
ダストンはそんな私を不審に思ったのか、怪訝な顔をする。
「これでもまだ、ハンデにしかならないよ」
「何?」
「足りない。そう言ってるんだ。そんなんじゃまだ、私には勝てないよ」
「減らず口を……。お前達、この女を殺してしまえ!」
力というものは、戦いの大部分を占める要素だ。
力があればあるほど、有利ではある。
けれど、所詮は一部でしかない。
力だけが戦いの全てを決める要素ではないのだ。
それを教えてやろう。
兵士達が私に襲い掛かってきた。
そんな兵士達へ向かっていく。
私に襲い掛かる兵士の斬撃をかわし、身を低くして敵中の真ん中へ深く入り込む。
一人の兵士が私を斬りつけようとする。
しかし、他の兵士に腕が当たって動きが止まる。
その隙に、腕を取って投げ転がした。
仰向けに倒れたその顔を踏みつける。
そしてまた、私は身を低くして敵の間を縫うように動く。
密集した場所では、味方が邪魔になって思うように剣は振れない。
そばに味方がいる場合、必然的に横の剣閃を使う事もできない。
できるとすれば、剣を振り下ろす事ぐらいだ。
軌道がわかっているのなら、避ける事はそれほど難しくない。
しかも、身を低くした相手は、剣で斬りつける事が困難だ。
当てたとしても致命傷にはなりにくい。
味方がいるためにそれを気にしてバランスも崩しやすくなる。
重心は崩れ、さほど力を必要とせず投げる事ができる。
それに鎧も動きを阻害し、重みで倒れやすくもなる。
鎧とは殊《こと》の外《ほか》投げに弱い物だ。
鍛錬不足というのもあるだろうが。
しかし、体が重いのは私も同じだ。
今までみたいに、思うように動けない。
イメージしている動きに体が追いつかなくて、すごくモタモタしているように感じる。
その感覚にイライラする。
一言で言えば、今の私はとても遅い。
速さが足りない!
「なんて速さ!」
「動きが見えない」
けれど、兵士達はそんな事を言う。
実際は速いわけじゃなく、歩法を駆使して相手の死角を衝くようにしているだけだ。
見られないように攻撃しているのだから、見えないのは当然だ。
姿勢を極限まで低くし、相手の足元を見て向いている方向を予測。
その裏を衝いている。
それらの技術を駆使して、私は兵士達を相手に立ち回る。
少しずつではあるが、兵士達を倒していく。
これが、力以外の要素による戦い方。
今までた私が培ってきた、技と経験の成せる事だ。
私は最後の兵士を叩きのめした。
スーツの所々が斬られ、そこから流れた血が生地に滲んでいる。
流石に、無傷というわけにはいかなかった。
体中、傷だらけである。
魔力も扱えず、スーツの生地は直せない。
よく見ると、胸元の生地がざっくり切り開かれている。
超セクシーである。
そういえば、何もしていないのに私が向いただけで鼻血を噴き出した兵士がいたけれど。
あれは私に秘められた未知の能力が覚醒したわけでなくこのためか?
まぁいいや。
助かったし……。
恥じらいが薄れていくのは、歳のせいかな……。
そんな事を思うと、ちょっと切なくなる。
「ふぅ。さぁ、後は……」
私はダストンを探す。
その姿が見つからない。
知らない間に倒しちゃっただろうか?
と倒れる兵士達を見てもやっぱり見つからない。
あんな体型の人間が倒れていれば、一発でわかるはずだ。
どうやら、逃げたみたいだ。
すごいな。
あんな大きな体でどうやって私に気付かれず逃げたんだろう?
それだけ、戦いに必死だったって事かな?
でも、これで一息つけそうだ。
不意に、傷の痛みがひく。
「「これくらいはいいでしょ?」」
ジ・アバターの声だ。
白色を流してくれたらしい。
「まぁ、これくらいいいか」
まだ、やらなきゃならない事があるからね。
「ありがとう」
礼を言うと、ジ・アバターの微笑む声が聞こえた。
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