気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 十二話 拳と拳 投げと投げ

 アルディリアが私の方へ向かってくる。
 前項姿勢のピーカブーに近いスタイル。

 私よりも高い身長を私の胴辺りまで縮めている。
 息のかかるような超至近距離。
 本来ならば互いの攻撃を外しようもなく、避けようのないデッドゾーンだ。
 それがアルディリアの距離。
 その距離で彼は、攻撃を当てて攻撃を防ぐ技術を磨いてきた。
 最《もっと》も得意とする距離だ。

 だから、近付かせるわけには行かない。
 チョッピングライトを打ち下ろす。

 が、その打撃が後頭部へ当たる直前、アルディリアの顔がこちらを見上げた。
 上半身を捻る動作、その動きで私の拳を避ける。
 同時に体を捻りながら打ち上げられた拳が、私の顎を狙う。

 結果として、互いの拳が顔に擦れあった。

 すぐさま、私はアルディリアから距離をとった。
 アルディリアはゆっくりと体勢を整える。

「十五年前の君だったら、今ので僕の勝ちだっただろうね」
「かもね」

 本当に強くなったよ。
 アルディリア!

「やっぱり、僕一人じゃ追いつけないか……」

 言うと、アルディリアが再度向かってくる。
 今度は前項姿勢ではなく、ビッテンフェルト流闘技の構えだ。

 私の間合いよりも少し遠い距離に迫り、牽制のジャブやキックを放ってくる。

 今度は、私の動きか……。
 なまじ、距離がある分少し攻めにくい。

 私の戦い方は相手の動きを見切ってから攻勢をかける、一種のカウンタータイプ。

 だから、同じ型ならば相手の攻撃が当たらない距離からの牽制攻撃を狙える方が有利だ。
 この牽制が当たるなり、相手が手を出してきた際などに隙を見出し、そこから猛攻をかけて切り崩す。

 今の私は不利だ。
 だったら……。

 私は、ピーカブースタイルでアルディリアに迫った。

 さきほどの私と同じように、アルディリアはチョッピングライトを落とした。
 先ほどの焼き増しのような展開。

 が、私の対応は違った。
 アルディリアの拳を避けずに、そのまま胴体にタックルをかました。

 アルディリアの拳は目測を誤り、私の背中に当たる。
 それほどの痛みは無い。

 直撃すると思い、力を緩めたのかもしれない。

 アルディリア……。

 私はそのままアルディリアを押し倒そうとする。
 けれど、アルディリアは踏みとどまった。

 これは、壁走りの仕組みを使って床に足を縫いつけたのだろう。
 チョッピングライトを打ち損なってバランスを崩しているのに、よくやる!

 体を離す。
 追いすがろうとするアルディリア。
 ジャブを一当てして、怯んだ隙に距離を作る。

 そんな時。

「ぐあ……っ」

 先生の悲鳴が聞こえた。
 見ると、先生はイノス先輩に腕を取られ、関節を決められていた。

「そんな余裕はないよ!」

 よそ見している間に、アルディリアが私に迫る。
 次々と攻撃を仕掛けられ、私はそれに対応する。

 アルディリアとの戦いに応じる私だが、内心は先生の方が気になって仕方なくなってしまった。

 先生はイノス先輩の関節技を強引に解いたようだが、それでも苦戦しているようだ。

 ゲームと同じで、投げキャラに弱いという事だろうか?

 というより、イノス先輩を殴る事に躊躇いがあるように見える。
 攻撃を仕掛ける様子はあるが、極力顔などの急所を狙わないようにしている。
 イノス先輩もそれに気づいて、利用するようにして戦っている。

 昔、私が先生と戦った時と同じだ。
 極力、致命打にならない所を狙って攻撃している。

 教え子で、女性だ。
 先生としては、戦いにくいのだろう。

 そして私も、二人の戦いの行方が気になってアルディリアとの戦いに集中できない。

 このままでは遠からず先生が沈んで、私は二人を相手にする事となる。
 それはきつい。
 今の二人を相手にすれば、私だって勝てるかわからない。

 こうなったら。

「先生!」

 私は先生を呼び、イノスの方へ走った。

 先生が私の意図を察したのか、同じようにこちらへ走ってくる。
 私と先生がすれ違う。

 そして、先生は私を追って来ていたアルディリアにタックルした。
 アルディリアは踏みとどまろうとする。
 が、ずるずると押されて壁際まで運ばれた。

「おおおおおぉっ!」

 先生が雄叫びを上げて、アルディリアを蹴りつける。
 アルディリアの体が、壁ごと隣の部屋へ倒れこんだ。

 倒れたアルディリアを追って、先生も隣の部屋へ向かった。

「さて……」

 私はイノス先輩に向き直る。

 先生も、イノス先輩よりアルディリア相手の方がやりやすいだろう。
 だから、私は相手を交換する事にしたのだ。

「先輩とやるのは久し振りだね」
「正直、やりたくはありませんが……。任務とあらば、致し方なし」

 先輩は構えを取らない。
 杖に身を預けた。

「行くよ!」

 私は先輩に向かっていく。
 悪いけれど、今の私は戦いを楽しむ余裕がない。
 だから、できるだけ早く決着をつけさせてもらう。

 先輩に接近し、その杖を蹴り払う。
 先輩は体勢を崩した。
 そこを狙おうとして……。

 倒れこんだ先輩が、私の足首へ腕を伸ばしていた。

 激痛。

 先輩の親指が、私の足の甲に深く突き立てられていた。
 それだけなのに、体中へ痛みが走った。

 私の体が一瞬怯む。
 その隙に、先輩は私の右足へ絡みついた。

 アキレス腱を固められる。
 私は仰向けに倒れた。

「くっ」

 痛みに耐えながら上体を起し、先輩を引き剥がそうと手を伸ばす。
 が、その瞬間先輩はあっさりと固めを解き、伸ばされた私の腕を逆に取った。
 瞬く間に首も掴まれ、フロントネックチョークと腕を背中に向けて捻りあげる関節技のあわせ技を仕掛けられた。

「がぁ!」

 先輩の関節技が、私の体を軋ませる。
 技は完璧で、逃げる余地は無さそうだった。

 でも、外させる事はできる。

 ごめん、先輩。
 ちょっとえげつない技を使うよ。

 私は空いている左手で、先輩の脇腹。
 肋骨の間に手をやった。
 そして、親指を深く突き入れた。

 体内に指が侵入する感触が伝わる。

「!?」

 先輩は痛みで、私への拘束が緩む。
 その手を振り払い、私は先輩から逃げた。

 先輩はその場で倒れたままだ。

 私はそんな先輩へ近付き、攻撃を仕掛けようとする。
 その一撃で気を失わせられれば、それで終わりだ。

 が、私が至近距離に迫ると同時に、先輩の体が跳ね上がった。
 左足で床を蹴って体を浮かし、床についた左手で体をさらに押し上げる。

 穿弓腿《せんきゅうたい》。
 そう見えるような体勢で、先輩は私の首へ足を回した。

 形は違うが、これはイノススペシャルか。
 変形イノススペシャルというべきだろうか。

 そのまま私の首を軸に、足を絡めたまま私の背後へ体を回す。
 後ろから私の両手を掴んで強く引く。

 首を両足で締め上げ、両手を掴んで自由を奪う。
 そんな技だ。

 先輩は足へ力を込めて、私を締め落とそうとする。

「……悲しい事だ」

 私は呟いた。
 先輩は答えない。

 先輩のこの技は、高いレベルで完成されている。
 技量も素晴しく、こんな難易度の高い技なのに完璧なきまり具合で私の体を締め上げている。

 けれど……。

 如何せん、足のかかりが甘い。
 これは、右足の怪我が原因だろう。

 確かに、左足を右膝の裏で挟んで締め上げる方法を使っており、それならば怪我をした右足でも十分に締め上げる力を確保できる。
 もし、これが並の相手ならばこれで相手の首を締め上げ、数秒でその意識を絶つ事ができだろう。

 だが、私には通用しない。
 筋肉に覆われ、その上無色の魔力で補強された強靭な首。
 それを締め上げる事など、先輩の足には不可能だ。

 怪我さえなければ、私は先輩に負けていただろう。
 そう思うと、悲しかった。

 私は両足を屈めて力をためると、垂直に跳び上がった。
 途中で背中を上へ向け、そのまま天井へ叩きつける。

 背中にいた先輩は、天井と私の間に挟まれる形になった。

「かはっ」

 肺腑を潰されて漏れた、先輩の声が聞こえる。

 私の首へ込められていた力が、緩む。

 私は技から脱し、逆に先輩の体を掴んだ。

 相手をさかさまに肩で担ぐようにし、両足の太腿へ手をかけてホールドする。
 そのまま、床へと落下する。

 着地すると、足から伝わる落下のエネルギーを無色の魔力へ乗せ、そのままイノス先輩へ流す。
 落下による衝撃を全て、イノス先輩の体へと伝えた。

「飛天《ビッテン》バスター!」
「ぐくっ……!」

 呻き声が漏れ、先輩の体から力が失われた。
 気を失ったのだ。

 そんな先輩の体を優しく床へ横たえた。
 そばに跪き、その体へ白色をかける。

「足さえ無事ならば、私は負けていましたよ。先輩」

 治療が終わると、そう言って私は立ち上がる。

 先生とアルディリアが消えた、壁の穴へ視線を向けた。

 二人は、どうなったんだろうか?

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