気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

虎と虎編 一話 虎と烏

 私はその日、町へ出かけていた。
 目的は母上の店に顔を出すためだ。

 最近の私は、ゲーム製作者にしてゲームセンターの経営者。
 劇団のオーナーであり、劇作家でもある。

 とにかく、世間から見れば責任ある偉い人間だ。
 商人や貴族など、いろいろとその関係で人と会う事も増えた。

 なら、人と会う時用に、偉い人間としてそれらしい服装を仕立てようと思った。

 スーツを新調し、今日はそれを取りに行くつもりなのだ。

 店に着くと、店員達が私に気付いて頭を深く下げた。
 何せ経営者の娘だ。
 私はVIPなのである。

「これはクロエお嬢様。ご来店、歓迎いたします」

 お嬢様と呼ばれるのはちょっとこそばゆいけどね。

「ありがとう。それで、スーツは出来てる?」
「はい。出来ております」

 奥に案内され、試着する。

 黒いジャケットとスラックス。
 内側のシャツも黒だ。
 けれど、単調にならないようスーツの合わせ部分には赤いラインが左右共に走っている。
 丁度、シャツとジャケットの境になる部分だ。
 そうして、ジャケットとシャツの色に区別をつける狙いもある。

 オーダーメイドで、その上無糸服なので体に良く馴染む。
 無糸服は、体の動きに合わせて布地が離れたりくっついたりするのでつっぱらないのだ。
 たとえ、私が無茶な動きをしても破れる事はない。

 デザインも動きやすさも申し分ない。

「いいね」

 鏡を見ながら言う。

「それはようございました」
「同じ物をあと何着かお願いするよ。できたら、家に送ってくれないかな?」
「はい。では、そのように」
「あ、それからこのまま着て帰ろうと思うから、脱いだ服もついでに家へ送ってほしい」
「はい。かしこまりました。クリーニングしてから送らせていただきます」
「悪いね。ありがとう」

 そうして私は、今日は新しいスーツ姿で過ごす事にする。
 何であれ、新しいコーディネイトというのは楽しいものだ。

 ゲームでも、新しい装備品やコスチュームを手に入れるとモチベーションが上がるものである。

 あとは帰るだけだが、その前に店の中を見て回る事にした。

 すると、見知った顔があった。

「ティグリス先生」

 その相手はティグリス先生だった。
 先生は、店の中で服を見ていた。

「クロエか……。そういえば、ビッテンフェルト家の店だったな」

 服から顔を上げ、先生はこちらを見る。
 私に気付いて名を呼んだ。

「いいスーツだな」
「ありがとうございます。先生も、スーツを見に?」

 先生が見ていた服は、スーツジャケットだ。

「ああ。これは、礼服にもなるんだろ?」
「そうですね」

 スーツは元々無糸服製作の際に私が使ったデザインで、後に母上が新しいデザインとして広めたものだ。
 その時に礼服としても使えると宣伝し、定着させたのだ。

「そうですよ。何かあるんですか?」
「まぁな……」

 先生は言葉を濁す。
 あまり話したくないのだろうか?

「これがいいと思うんだが、お前はどう思う?」

 そう言って先生が見せたのは、真っ白なジャケットだ。

「良いと思います。パンツの色にも合ってますし」

 普段通りの黒シャツ白パンツには、この白のジャケットが合っている気がした。

 先生のモデルであるホワイトタイガーだって、白と黒のツートンカラーなんだから。
 先生にはよく似合っている。

「なら、そうしよう」
「毎度あり。割引してもらうように言っておきます」
「助かる」



 数分後。
 私と先生はスーツ姿で店を出た。

 それから、少し一緒に町をぶらつく事にした。

「兄貴。どこ行きましょうか?」

 ちょっとドスの利いた声で訊ねる。

「何なんだよ、唐突に?」
「何かそれっぽいなぁ、と思って」
「お前は相変わらず、おかしな奴だな」

 そう言って、先生はかすかに笑う。

 目じりの皺が、昔よりも深い。
 いや、顔全体の皺が増えている。
 頭髪は元々白髪だから年齢を感じられない。

 でも、老けたなぁ。
 先生。

 現役の軍人だからか、身体つきはまだ衰えていないように見えるけれど……。
 仕草が少し緩やかになった気がする。
 柔らかくなったと言った方がいいんだろうか?

「じゃあ、何か飯でも食いに行くか。何が食いたい? 奢ってやるよ」

 先生がそう申し出てくれる。

「いいんですか?」
「割引もしてもらったしな。ただ、新しいスーツを汚さないような物がいいとは思うがな」
「ありがとうございます。四代目」
「俺は貴族として一代目だ」

 先生の奢りで、昼食を取る事になった。
 適当な定食屋に入り、私はサンドイッチを注文する。

 本当はステーキが食べたかったが、ソースが撥《は》ねてはいけないという配慮だ。
 その分、大量に食べたけど。

「食ったなぁ……」
「すみません。やっぱり、自分の支払いは自分でしましょうか?」

 今、私のシノギは順調すぎるくらいに順調なのだ。
 そうするべきかもしれない。

「いや。お前は俺の教え子だからな。ここは教師として、格好つけさせろよ」

 そう言って、伝票を持って立ち上がる。
 そのまま会計まで持って行った。

 やっぱり、先生は格好良いなぁ……。

 食事を終えると、私達はまた道を歩き出す。

「マリノーは元気ですか?」

 私はあまり社交界へ顔を出す事がない。
 なので、最近はマリノーと会う機会が取れていなかった。

「元気だぞ」
「夜も?」
「……お前なぁ、元教え子にそんな事を聞かれる教師の気持ちがわかるか?」
「すみません。で、どうなんです? ティグリスちゃん、やってる?」
「だぁかぁらぁ……」

 すんません、兄貴。
 だって、マリノーエロいんだもん。
 気になるよ。

「アルエットちゃんとレオパルドはどうです?」
「一緒に暮らしているわけじゃないからな。よくわからん。まぁ、仲は良さそうだ」
「じゃあ、ゲパルドくんは?」
「あいつはガキの頃からあんまり変わらねぇな。料理が好きで、最近では毎日マリノーと一緒に晩御飯を作ってるよ」
「内向的な子ですよね。あんなに体格いいのに」
「体格は、俺の血のせいだな」

 そして、先生とマリノーは二人とも料理ができるから、息子である彼の作る飯は美味い、と。

「そういえば、レオパルドがアルエットちゃんと結婚した時に喧嘩したらしいですね」
「あの野郎。初対面の俺に「娘さんを俺にください」と言いやがったんだ。そうなったら、「そんな事は俺を倒してから言うんだな」と言うしかねぇだろ」

 流れるような展開だ。

「なるほど……。勉強になります」
「何の勉強だ?」
「私も最近、思う所がありまして」

 愛娘の好きな人がちょっと頼りない問題である。

「私も同じ状況になったら、相手に同じ事を言ってやります」
「そりゃあ、高く分厚い壁だな」
「先生も十分そうだったと思いますけど。でも、よく許しましたね」
「あいつは俺に勝ったからな」

 それは思いもしなかった。
 レオが勝ったのか。

「レオは、強いんですか?」
「強い弱いで言えば、強い方だ。
 だが、あの頃の奴は未熟で、俺より弱かった。
 当時はまだ学校を卒業して間もない頃だ。
 俺が負ける要素なんざこれっぽっちもなかった。
 真っ向から殴り合って、何度も何度も殴り倒した。
 それでも、あいつは立ち上がってきた。
 どうして諦めない? そんなにアルエットがいいのか? そう思った。
 そして気付いたんだよ。
 こいつの気持ちは本物なんだ、ってな。
 それに気付くと、こいつになら任せてもいいかもしれないって思えた。
 で、そう思っちまったら、負けてた。
 殴り倒されて、そのまま体に力が入らなかった」
「そうだったんですか」
「たいした男だよ。あいつは」

 レオは、気持ちで先生に打ち勝ったんだ。
 すごいなぁ……。

 アドルフくんはそれだけの気概を持っているだろうか?
 まぁ、そもそもまだヤタとそういう関係になるかも確かじゃないんだけれど……。

「そういえば、兄……先生はアルディリアの副官をしているんですよね」
「……ああ」
「アルディリアは、どうです?」
「あいつはすげぇ奴だよ」

 どういう意味で?

「あいつはもう一人前の将軍だ」
「そうですか」

 先生がそう言ってくれるなら、ちゃんとやってるって事なのかな?

「……なぁクロエ」
「はい。なんですか?」
「実は、俺はアルディリアの副官を辞める事になるかもしれない」
「え?」

 私は、驚いて声をあげる。

「どうしてですか?」
「悪い意味じゃねぇんだ。むしろ、これは俺にとって良い事だ」
「それはどういう……」
「お前の親父さんに、将軍にならないかと言われたんだ。それに見合うだけの実力があるから、ってな」
「将軍に……。それ、すごい事じゃないですか! おめでとうございます!」
「ああ。ありがとう。このスーツも、その時のための礼服用でな」
「そうだったんですか」
「親父さんは、陛下にも話を通しているそうだ。陛下は、快く応じてくれた、と。だからまぁ、俺が了承さえすればすぐにでも将軍になれる。純粋にそれは嬉しいんだ。ただな……」

 ティグリス先生の声色が沈む。

「本当に、俺にできるのか……。俺でいいのか、そう思っちまうんだ」
「どうしてです?」
「将軍は万を超える人間の面倒を見る役職だ。俺なんかに、そんな多くの人間を纏められるのか……。俺はそんな器じゃないんじゃないか、そう思うんだ」
「先生ならできると思いますよ」
「どうだろうな。俺は、元平民だからな。それに反発する貴族は少なくないはずだ」
「それは……」

 確かに、それはあるかもしれない。
 貴族は、プライドの高い人間が多い。
 平民出身の先生が上に立てば、それを面白く思わない人間はそれだけ出てくるだろう。

「危害を加えようとする奴だっているかもしれない。その害が、俺一人に及ぶだけならいい。でも、それが家族にまで及ぶんじゃないかと思うと、怖いんだ」
「先生……」

 その気持ちはよくわかる。
 自分が傷付けられるよりも、心を通わせた誰かが傷付く方が辛い時はある。

 私は、どう言ってあげればいいんだろうか……。
 これは、気軽に答えていい事ではないように思えた。

「ま、愚痴だと思ってくれ。教え子にまで、この悩みを抱えさせるつもりはねぇからな」

 悩んでいると、私の考えを見透かしたように先生は続けた。

「……はい。でも、何か私で力になれる事があるなら、言ってください。全身全霊を以って助力させていただきます」
「ふっ。ありがとよ」

 先生は小さく笑った。

 そんな時である。

 私達の前に、複数の男性が立ち塞がった。

「?」

 それに気付いて、私達は立ち止まる。
 その男達は、一様に青い制服を着ていた。
 国衛院の制服である。

 彼らは、国衛院の隊員か……。

 足を留めると、それに呼応するかのように周囲からさらに国衛院の隊員達が姿を現す。
 そして、彼らは完全に私達を包囲した。

 前にいた一人が、声を張り上げた。
 恐らく、隊長だろう。

「ティグリス・グラン子爵殿で間違いないか?」
「そうだが? 国衛院が俺に何の用だ?」
「お前を国軍五番隊千人隊長フレッド・ガイム殺害の容疑で逮捕する」

 国衛院の隊員は、先生の問いに対して高圧的な態度で答えた。

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