気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

神々の戦い編 九話 もう何も怖くない

 思えば――
 死の運命を超える事。
 それは私の原点だった気がする。

 記憶を取り戻し……。
 未来に自分の死が待っている事を知った私は、その死から逃れようとあらゆる手段を講じた。

 そして死の運命を超えた。

 けれど、その超えたはずの死の運命は、明確な実体を伴って私の前へ立ち塞がった。

 死の女神カラス。
 彼女は死、そのもので……。

 私は、この死を超えなければ未来を掴めないらしかった。

 シュエット様の聖域。
 私はカラスを連れて、そこへ訪れた。

 聖域では、シュエット様とトキが待っていた。
 二人の所へ行って、振り返る。

 カラスと向かい合わせになった。

「変身」

 告げると、変身セットが私の体に纏われる。

 これは旧式の変身セットを改良したものだ。
 新式の方は、もうヤタのものである。

 金属プレートとカーボンを併用した装甲強化型だ。

「なるほど。戦う事を選択した、か。おもしろい」

 カラスが笑みを浮かべて言う。

「勘違いするな。私は、あんたと戦う事は主目的じゃない。私の目的は、あんたに取引を持ちかける事だ」
「へぇ、どんな?」
「私は、家族の命もこの国に住む人々の命もかけられない。だから……」
「だから?」
「くれてやれるのは、私の命だけだ」

 カラスは笑みを深めた。

 領分を侵したのは私だ。
 なら、罰は私一人だけが受けるべきなんだ。

 だから、私は自分の命だけを賭ける事にした。

「私の命をくれてやる。だからその代わり、他の誰にも手を出すな」
「なるほど。自分の命か、他の人々の命か、その二択というわけだ。いいね。それもいい。君が死ねば、他の人間には手出ししない事としよう」

 よかった。
 乗ってきた。

「でも、ただじゃやられない。抵抗はさせてもらう」
「ふぅん、なるほどね。いいよ、乗ってあげる。その方が、楽しそうだ。でも、勝てるつもりかい? その二人の力だけじゃ、小生には及ばないよ?」

 カラスの言う通りだ。
 シュエット様曰く、二人の神の力を得ても私はカラスに勝てないという。
 善戦が関の山だと。

 でも、私が限界を超えれば。
 全て出し切れば、届くかもしれない。

 命は賭けた。
 だが、まだ負けに賭けたとは限らない。

 部の悪い賭けは嫌いじゃない、ってね。

「及ばない部分は、私がなんとかする。殴れるのなら、神様だって殺してみせる」

 まさか、ガチでこんな台詞を言うシチュエーションなんて、前世ではありえなかったな……。

「始めようか。シュエット様。トキ」
「うむ」
「わかった」

 二人の神が、私の中に入って力を与える。
 強化服が黒く艶かしい、生物的なフォルムに変化する。

 今までにない力を感じる。
 今の私ならば誰にも負けないような、そんな万能感が私を満たす。

 女神を二人宿すだけで、こんなに力を得る事ができるとは思わなかった。

 これなら勝てる。
 そんな気がする。

「「そうか、そうじゃったのか……!」」

 唐突に、シュエット様の声が私の中に響く。

 やめて、シュエット様。
 虚無りそうだから。

「「わかったようだね」」
「「ああ。勝ちの目は、確かにある。ただ、確実ではない」」
「「その辺りは、実際にそうなってみないとわからないね」」
「「ギリギリじゃのう」」

 私の中で、トキとシュエット様が何やら意味深なやり取りをする。

 どういう事なの?
 何でもったいぶるの?

 でも、勝ちの目があると言うのなら、希望が見えた。

「準備はできたかい?」

 カラスが問い、刀の柄に手をかけた。

「ああ。行くよ」

 私も構えを取った。

 そして、戦いは始まった。

 先に仕掛けたのは私。
 あの時と同じだ。

 前の時をなぞる様に、カラスもまた刀で斬りつけてくる。
 ただ、前と違うのはその刃が辛うじて見えるようになった事だ。

 太刀筋を予測して右腕のソードブレイカーで防ぐ。
 刃は強化服の装甲を斬り、腕の肉まで到達する。
 それでも、骨までは至らない。

 防いだ!

 顔を狙って左拳を放つ。
 首をわずかにそらして避けられる。
 裏拳で横投げに側頭部を狙う。
 しゃがんで避けられた。

 カラスは刃を引いて、くるりと回転しながら後退する。
 かと思えば、飛び込むようにして斬りかかって来た。
 一歩後退して避けた。

 今まで見えなかった斬撃が見える。
 これならまだ、戦える。

 カラスは追撃してこず、私に目を向けた。

「トキに感覚の時間を早めてもらっているようだね」

 その通り。
 今の私は、動体視力などの感覚も、体の動きも全てが加速している。
 クロックアップというやつだ。

「それだけじゃないさ」
「何?」

 地面に足を突きたて、岩盤ごと蹴り飛ばす。
 が、岩盤は飛ばず、宙に浮いた状態でピタリと制止した。

 トキの力だ。

 そして、私はカラスへと飛びかかる。

 跳び蹴りを仕掛けて難なく避けられる。
 カラスの後方へ着地。

 カラスはそんな私を攻撃しようとし……。
 途中で振り返って、刀を振るった。
 刀が、飛来した岩盤を斬り落とした。

 岩盤の時を戻し、遅ればせながら岩盤を飛来させたのだ。

 トキの力を使えば、こういう戦い方もできる。

「はは、面白い。神の影響を受けた君は、流石に読めなかった。それがこれほどとは……。君は小生の予想以上だな。君となら、楽しい戦いになりそうだ」

 そう言うカラスから、熱を感じた。
 感情の放つ熱だ。

 ようやく、私も一人の相手として見られたって事かな。

「さぁ、かかってこい!」

 私はカラスの本格的な攻防が始まる。

 拳と剣で、殴り合い、斬り合い、時に蹴りと蹴りを交差させ、トキの力を使い、魔術まで駆使して、聖域内を縦横無尽に駆け、あらゆる手段を講じて戦った。

 カラスは、間違いなく今までに戦ってきたどの相手よりも強いだろう。
 闘技は父上以上、魔術はムルシエラ先輩以上、剣速は般若以上だ。
 全てが上回っている。
 殴った体の感触も、固い。
 ダメージが通っていないように思える。

 何をしても通じない気がする。

 攻撃を受けるたび、攻撃を繰り出すたび、その強さを実感して絶望がゆっくりと心を蝕んでいくようだ。
 なのに、不思議と楽しく思い始めていた。

「いいな、君はいいな! ははははは!」

 それはカラスも同じなのだろう。

 今のカラスには熱がある。
 攻撃も最初の頃より、速く、鋭く、激しさを増していた。

 今までの天災的脅威を相手にしているかのような無機質さはない。
 確かに今、私はカラスという一柱の神と戦っていた。

 その事実は、私から不安や恐怖を取り去るようだった。
 そんなものよりも楽しさが勝る。

 だから、もう何も怖くない。

 思い、私はカラスへと飛びかかった。



 私は、うつ伏せに倒れ伏していた。

 カラスに胸を貫かれてから、力が入らなくなった。
 視界には、ゆっくりと広がる血が見えた。

 体が重く、ただひたすらに眠い……。
 瞼が、勝手に落ちてくる。

 体の感覚がなくなる。

「死んだか……。クロエ・ビッテンフェルト」

 カラスの声が聞こえる。

 死んだ……?
 私は死んだの?

「ふふふふふ……。楽しませてくれた例だ。約束通り、君の命だけで勘弁してあげるよ」

 確かに、意識が今にも溶けてしまいそうだ。
 これが、死か……。

 でも……。

 少しずつ、力が戻ってくる感覚があった。

 それを自覚すると、実感できるほどに速く体へ力が戻ってきた。
 いや、戻っているどころじゃない。
 増えていく。

 何かが私の中へ集まってきて、それが力になっている。
 そんな感覚があった。

 これは、人の気持ちだろうか?
 漠然とそんな気がする。

 私へ向ける気持ち。
 これは、尊崇《そんすう》?
 私への気持ちが体の中へ集まってくる……。

 それが、私の力になる。

 気持ちを力とする……。
 これは、前にカナリオのペンダントを着けた時と似た感覚だ。

「まだだよ」
「何……?」

 言うと、カラスの驚く声が返ってきた。
 私は立ち上がった。

 驚くほどに、体が軽い。
 まるで体そのものが新しくなったかのような、清々しさを覚える。
 力が体中に漲っている。

「どういう事だ? 君は、確かに死んだはずだ……。まさか、これは……」

 今の私なら、もう誰にも負けない気がする。

 今度こそ本当に、もう何も怖くない!

「成神《なるかみ》、か」

 カラスがそう呟いた。

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