気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

閑話 熟女会

 その日私は、自宅に友達を呼んで親交を暖める事にした。
 数日前から計画し、予定の合う日を選んでの集まりだ。

 呼び掛けたのは学生時代、特に仲良くしていた女友達。
 主に、私と同じ元悪役令嬢達だ。

 みんなは呼び掛けに答えてくれ、私の部屋に集った。
 悪役令嬢五人衆の集結である。

 プラス、主人公《カナリオ》とアルエットちゃんである。

 皆、それぞれ好きな酒の入ったグラスを片手に部屋でくつろいでいた。

「こおぅして集まるのは、学生時代以来だぁなぁ。なぁ、お前ぇ?」
「何その変な喋り方」

 私の問いに、アードラーが呆れた様子で返す。

 歌舞伎風です。

「そうですね。お招きに預かり、ありがとうございます」

 イノス先輩が丁寧に礼を言う。
 先輩には、過去からこの時代に来た時一度会っている。
 私も人の事は言えないが、あまり見た目が変わっていない。

 ちなみに、アードラーもあんまり見た目が変わっていない。

 これは、魔力の扱いが巧みな人間特有の傾向らしい。
 それを証拠に、魔力の扱いに長けるコンチュエリもカナリオもあまり年齢を重ねた感じがしない。

 うん。
 みんな三十代だと思えないくらいに若々しい。
 学生と言っても通じそうなくらいの美魔女達だ。

 ただ一人を除いて……。

 私はマリノーを見た。

「あの、何か?」

 私に目を向けられ、不思議そうな顔で首を傾げられる。

「いや、別に。ただ……だらしねぇな、と思って」
「酷いです!」

 あんまり魔力の扱いに長けていないためだろう。
 マリノーだけ、相応に歳をとっているように見えた。
 三十台の熟れた女という印象だ。

「いや、悪い意味じゃないよ。なんていうの? 色気のある体してるなぁ、と思って。ちょっと羨ましいよ」

 マリノーの体はいろんな所が柔らかそうだ。
 私の体は一部を除いて柔らかさと無縁だというのに。

 カッチカチやぞ!

 それに比べてマリノーの体はなんというのか……。
 すごくエロい。

「そうですね。私もそう思います。羨ましいです」

 イノス先輩も同調してくれた。

「本当ですか?」
「ほんとほんと」

 懐疑的なマリノーをなだめるように言う。

「でも、クロエさんだって良い体してるじゃないですか。なんていうか、強そうっていう感じで」

 それ、褒め言葉じゃないよ?

「ふふふふふ」

 そんな時、笑い声が聞こえた。
 見ると、コンチュエリが笑っていた。

「変わっていないようで、安心しましたわ。クロエちゃん」
「まぁ、人間はそう簡単に変わらないって事だね。コンチュエリこそ、あんまり変わっていないように見えるよ」

 うん。
 変わらない。

 長い間会えなくて、少しだけみんなの変化が怖かったけれど……。
 こうして言葉を交わらせればわかる。
 みんな、そんなに変わっていない。

 学生だった頃と、一緒だ。
 それが嬉しい。

「そういえば、うちの子がよくそちらへ遊びに言っているようですわね」

 コンチュエリが言う。
 オルカの事か。

「そうだね。でも、遊びに来ているっていうかアルディリアに稽古つけてもらいに来ているというのが正しいかな」

 ついでにゲームもして帰ってるけど。

「そうですの。クロエさんは稽古をつけてくださっていませんの?」
「そうだね。基本、二人でやってるよ」
「なるほど。二人でヤッてるのですわね。二人きりの個人稽古《プライベートレッスン》ですのね」

 何か言葉の裏に不穏な物を感じる。

「ふふ。どうぞ、クロエさん。これは新作ですの」

 そう言って、コンチュエリが一冊の薄い本を私にくれる。

 ウホッ!
 アルディリア×オルカ本だった……。

「二人きりの稽古中を想像して描いたものですの。どうやら私、趣味が高じ過ぎて千里眼能力がついてしまったようですわね」

 アメコミでもそんな理由で超能力なんてつかねぇよ。

 それに、別に二人きりでこんな事をしてるわけじゃないからね?

 うわ、意外と内容が濃い!
 十五年の間に、話と絵の構成が巧妙になっている!

 私は本をそっと閉じた。

「コンチュエリ……。お腹を痛めて産んだ息子が実際、アッーんな事になってても心が痛まないの?」
「なりませんわね!」

 言い切った……!
 何て奴だ!

「クロエ義姉《ねえ》さん。ご無事の帰還、改めてお祝い申し上げます!」

 アルエットちゃんが言う。
 嬉しいこと言ってくれるじゃない。

「ありがとう」

 アルエットちゃんは、かつて未来から来た時とまったく同じ風貌をしている。
 それもそのはずだ。
 彼女が過去へ渡ったのは、この時代のほんの少し前の事なのだから。

「そういえば私、アルエットちゃんと手合わせしたかったんだよね」
「そうだったんですか?」
「過去で会った時、アルエットちゃんは明らかに私より強かったからね」
「でも、今はクロエさんの方が強いと思うんですけど……」
「やってみないとわからないよ。……やらないか?」
「クロエ義姉さんと? えーと」

 私が誘うとアルエットちゃんは困った顔をする。

「別の日にしなさいよ」

 アードラーにそう言われたので、諦めた。

「そういえば、よくカナリオさんと合流できましたね」

 アルエットちゃんが話題を変えるように言う。

「ああ。合流できたのは、本当に偶然だったんだ。よく出会えたもんだよ」
「私もびっくりでした。飛び出した先にクロエさんがいたんですから」
「飛び出した、というより飛び掛ってきたじゃない」

 カナリオの言葉に私は返す。

 まさか、アンブッシュから虎頭の女が飛びかかってくるとは夢にも思わなかった。
 あの時は、投げコンボを警戒して「しゃがむ」か「投げ抜け」しようか迷ってしまったっけ。

「でも、すぐに気付いたのに戦いを止めようとしませんでしたよね」
「楽しかったからね。カナリオだってやめなかったでしょ?」
「それはそうですけど」

 互いに気付かないフリをしてバトルしたんだよね。

 で、決着がついたあとに「君は行方不明になっていたカナリオじゃないか!」という展開になったのである。

「どっちが勝ったんですか?」

 アルエットちゃんが聞いてくる。

「さぁ、どっちだったかなぁ」
「忘れましたね」

 私とカナリオは答えた。
 マジモンのバトルが楽しかった事しか憶えていない。

「そういえば、アルエットちゃん。ティグリス先生、軍人に戻ったんだって?」
「ええ、そうですね。私が教師になってゲパルドが入学した頃、軍人に戻りました」

 多分、自分がいなくても子供達が生きていけると判断したからなんだろうな。
 教師になったのだって、アルエットちゃんのために命の危険がない場所で働くためだし。
 彼女を間違っても一人にさせないようにという配慮からだ。

 でも、今は家族がいる。
 一人ではない。
 だから、大丈夫だと思ったんだろう。

「今は、アルディリア義兄さんの副官をしています」
「らしいね。アルディリアから聞いてる」

 今のアルディリアは、将軍の一人として一部隊を任される身だ。

「私としては少し心配ですけどね」

 マリノーが口を挟む。

「もう歳も若くないのですから、あんまり荒事に飛び込んでほしくありません」
「もう今は戦争なんて易々と起きないだろうし、大丈夫だと思うけどね」
「だと良いんですけどね」

 マリノーは心配そうだった。
 今となっては、戦争を仕掛けて来そうな国もないのに。

「クロエさん。少しお願いがあるんですけれど」

 アルエットちゃんとマリノーとの話が終わると、イノス先輩が声をかけてきた。

「何ですか?」
「あなたは、計算の授業が得意でしたよね?」
「まぁ、そうですねぇ」
「それを見込んでお願いがあるのですが。……うちの子の勉強を見てあげてくれませんか?」
「エミユちゃんの?」
「はい。恥ずかしながら、うちの子はあまり頭がよくないようで……。かといって、私が教えようにもすぐに逃げる始末。そこで、あなたに計算を教えていただきたいのですが」
「別にいいですよ」
「ありがとうございます」

 エミユちゃんか。
 私の事を認めていないからか、ちょっとつんけんした態度を取るんだよね。
 それでもなんとなく憎めない子だ。

 イノス先輩の頼みでもあるし、ちょっと面倒見てみようか。



 しばらく酒と談笑を楽しんでいると、アードラーがいない事に気付いた。
 姿を探して外に出ると、バルコニーに腰掛けてワインを飲む彼女の姿があった。

「どうしたの?」

 声をかけると、彼女はこちらを向く。
 笑みを作った。

「少し、騒がしいと思っただけよ。みんな、変わらないわね。まるで、十代の少女のようにはしゃいでいたわ」

 久し振りに友達と会えて、気分が若くなっているのかもしれない。

「でも、一番変わらないのは私かもしれないわね」
「どうして?」
「今も昔も、私はあなたさえいれば何もいらないと思えるもの」

 アードラーが苦笑する。

 本当にそうかな?

「それは嘘だよ」
「どうして?」
「気付いていないかもしれないけれど……。
 今のアードラーは私だけを見ていないよ。
 イェラの事も、ヤタの事も、アルディリアの事も……。
 家族に対する気持ちが、ふとした表情に出ているから。
 もう、アードラーの心の中には、私だけが居座っているわけじゃない。
 きっと、もっと多くの人間がその中にはいるんだよ」
「そう……そうなのね。私はもう、一人じゃないのね」

 アードラーは小さく笑った。

「ありがとう。クロエ。……愛しているわ」
「私もだよ」

 しばらく二人きりで一緒に過ごし、私達は部屋に戻った。
 長い夜。
 長年の友人達と楽しく飲み明かした。

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