気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

時の女神編 十三話 私にいい考えがある!



 夜が明けて、朝の強い日差しに照らされる中央広場。
 ヤタとの闘いが終わり、私はそこに置かれたベンチに座っていた。

 座る私の膝には、ヤタの顔があった。
 気を失った彼女をベンチに横たえ、膝枕していた。

 そして私は、白色をかけながらその顔を眺めている。

 可愛らしい女の子の顔だ。
 私みたいに、イケメン寄りじゃない。
 きっとアルディリアに似たおかげだね。

 こんなに可愛い子だから、きっとモテるだろうね。

 頬を撫でる。

 くすぐったそうにしながらも、撫でる手に顔を寄せてくる。
 口元が緩んだ。

「クロエ姉さん」

 声をかけられた。
 気配でわかっていたから、驚かない。

 顔を上げるとアルエットちゃんがいた。
 その隣にはチヅルちゃんがいる。

「おはよう。アルエットちゃん。どうしてここに?」
「ずっと見ていましたから、二人の闘いを」

 そうなんだ。

「それにしても、なんかボロボロだね。チヅルちゃん」

 チヅルちゃんの服は所々がボロボロになっていた。

「先生に邪魔されないよう、足止めしていましたからね」

 私の知らない所でそんな事があったのか。
 その割に体への目立った外傷はなさそうだ。
 アルエットちゃんが手加減したんだろう。

 そして手加減していたアルエットちゃんは無傷だ。

 ティグリス先生は魔力無しで父上並に強い。
 その優れたフィジカルを継承され、なおかつ魔力も持ち合わせるアルエットちゃんはどれだけ強いのだろう?

 じゅるり……。

「何です? クロエ姉さん?」
「いや、何でもないよ」

 チヅルちゃんに向いて声をかける。

「よく止められたね。今のアルエットちゃんだと、私にも止められるかわからないよ」

 アルエットちゃんが溜息を吐く。

「カカシさんの足止めならすぐに突破しましたよ。でも、姉さん達の闘いを見ていたら、割って入れなかったんですよ。彼女の気持ちも知っていましたし、何より凄い闘いでしたから。途中からは、最後まで見ていたいと思うようになっていました」

 そうかぁ。
 母子のプライベートな触れ合いを見られてしまったか。
 恥ずかしいなぁ。

「それで、どうするか決めていただけましたか?」

 チヅルちゃんが訊ねてくる。

 歴史を変えるかどうか、という話だろう。

 きっとチヅルちゃんは、ヤタと闘う事で私が彼女へ愛情を懐く事を期待していたのだろう。
 こんなに可愛い子を悲しませるつもりなのか? と、彼女は私に訴えたかったのだ。

 その思惑は、確かに的を射ている。

 今私は、ヤタの事が可愛いくてならない。
 こんな子が、悲しい思いをするのは辛い。
 でも……。

「私は、何も変えようと思わない」

 答えると、チヅルちゃんは目を細めた。

「何故?」

 詰問するような声音だ。

「私は、今のこの子を否定したくないんだ」

 彼女と戦えば分かる。

 彼女の戦い方は、父上とアルディリアの動きが染み付いている。
 二人はきっと、私がいない分とても大事に彼女を育ててきたのだ。
 慈しみ、大事に大事に育ててきたに違いない。
 そしてその愛情に、この子は応えてきた。
 その事が戦ってみてわかった。

 それに父上とアルディリアだけじゃない。
 彼女の中にあるいろいろな人の愛が伝わってきた。
 チヅルちゃんや、他の四天王の子だったり、私の知らない誰かだったり、いろいろな人間が彼女を思いやって愛情を注いでいるのがわかった。

 それらが形を成して、今の彼女がいる。

 その愛情が伝わってきて、私もまた自分の中に芽生えた愛情を拳に乗せて伝えたつもりだ。

 私達はこの夜で、拳を交わし、愛を交わしたのだ。

 彼女の中にあるそんな深い愛情も、私が伝えた愛情も、全てをなかった事にしたくなかった。
 だから、私は歴史を変えたくないと思った。

 でなければ、今ここで私の膝に身を預けるこの子が消えてしまうだろうから……。

「ヤタは、確かに寂しい思いをしたのだと思う。
 でも、孤独ではなかったはずだよ。
 拳を交わして、よくわかった。父上とアルディリア、それにチヅルちゃんだっていてくれたんだから。
 ヤタに足りなかったのは私だけ……。
 それ以外は、とても満ち足りていたんだよ」
「そうですか」

 チヅルちゃんは一度眉根を寄せ、表情を解した。

「わかりました。仕方ありませんね」
「カカシさん。あなたは、歴史を変えようとしていたの?」

 アルエットちゃんが問う。

「ええ、そうですよ。失敗したようですけれどね」
「またそんな危ない事を……」

 問題児ばかりでアルエットちゃんは苦労していそうだな。

「それはいいんだけどさぁ、ちょっと提案があるんだ」
「何ですか?」

 アルエットちゃんが訊ね返す。

「カナリオじゃなくて、私が未来に行ってもいいかな?」
「「え?」」

 二人の驚く声が綺麗に重なった。

「何言い出しちゃってるんですか?」

 正気を疑うような口調でチヅルちゃんが問う。

「ここまで来たらとことん、カナリオに事態を秘匿したいんだよ。だから私が行く」
「クロエさんが行っても、何もできないんですよ? 時間を止められて終わりです。殴られ過ぎて正常な判断ができていないんじゃないですか?」

 失礼な。
 別に考えなしで言っているわけじゃないぞ。

「その辺《あた》りは大丈夫。私にいい考えがある!」
「その台詞、失敗フラグですよ?」

 私が言った時はだいたい成功するからいいの。

 間違っても「ホワアア!」とか「ノワアア!」なんて叫ばないんだからね。

「大丈夫だって。運命の女神だって叩きのめした私だ。何とかするよ。失敗しても、その時こそカナリオを連れて行けばいいわけだし」
「それもそうなんですが……同じ時間にもう一度来れるかもわかりませんし」

 そういう事もあるのか。
 SF知識は軽いものしか知らないけれど、一度来た時間にはもう渡れないとかいう縛りがあるのかもしれない。

「ほら、でもさ、それがダメでもその時は私がこの時代で、シュエットの聖域を掘ればトキの封印された石が出てくるんでしょ? クロノストーンがさ。それ使って、改めて私がカナリオ連れて未来に行けばいいんだよ」
「……何だか、強引な理由をつけてでも行きたいって感じですね」

 アルエットちゃんにジトッとした目で見られる。
 もっと可愛い顔してくれた方がお義姉ちゃんは嬉しいです。

「……クロエ姉さん。ただ、強い奴と戦《や》たいだけなんじゃないですか?」

 ……正直に言えば、それもある。

「ま、信じてよ。今から方法は説明するからさ」

 ………………。
 …………。
 ……アルディリアめ。
 ヴァール王子と浮気しているんじゃないだろうな?

 いや、間違いなく浮気している。
 それもヴァール王子だけでなく、ヴォルフラムくんや軍の同僚達と楽しくやっているに違いない。

 週末に新日暮里のゲイパレスでルール不明の哲学的レスリングを楽しんでいるんだ!
 そうに決まってる!

 強くなりたい! とか言って未知のエリアでディープ ダーク ファンタジーを楽しんでいるんだ!
 私というものがありながら、可愛い男の子達とイチャイチャしているんだ!

 私の心の中に黒い物が差していく。

「今度こそ呼んだじゃろ?」

 耳元に囁く声。
 私の肩に乗っていたその声の主を手で掴んだ。

「なんじゃ!?」
「うん、呼んだよ」

 私は声の主。
 手の平サイズのシュエット様に笑顔を向けた。



 未来。
 シュエットの聖域。

 そこに足を踏み入れると、中心部に大きな穴が空いていた。

 そのすぐ上には、一人の女性が浮いている。
 女性は瞳を閉じていた。

 揺れる髪の色は灰色。
 中世的な顔立ちの美女だ。

 一目見てそれが人ではないとわかる。
 そんな人とは隔絶された美しさをその女性は纏っていた。

 人でないとすれば、それは何か。
 女神である。

 彼女こそが、時の女神呼ばれる者。
 トキだった。

 聖域へ足を踏み入れる私に、トキは目を閉じたまま口を開く。

「ああ、シュエットの匂いがする。この場所の残り香よりも濃い……。彼女の綺麗な香りだ」

 彼女は言って、緩やかに振り返る。
 そして、私を見て不可解そうな表情を作った。

「?」という顔だ。

 トキは地面へ着地する。
 こちらへ少し近付いた。

「シュエットじゃないのかい?」
「いいや、ワシもおるぞ。何が匂いじゃ。気色悪い事を言いおって」

 言いながら、私の肩の上に乗ったシュエットが答える。

「シュエット。久し振りだね。会いたかったよ」
「ワシは会いとうなかったわ。じゃがのう、ワシの巫《・》女《・》の頼みゆえな。わざわざ出向いてきてやったのじゃよ。のう?」

 シュエットは私に声をかける。

「ワシが力を貸してやるのじゃ。遠慮はいらぬ。存分に叩きのめしてやるがよいぞ!」
「もちろん。我が女神様」

 私は答える。
 そして……。

 シュエットの力によって形状が変化していた強化服。
 それを身を包んだ私は、トキに対して構えを取った。

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