気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

時の女神編 十二話 想いを伝える拳

 廃墟じみた家屋。
 その一室は月明かりを遮られ、夜の闇の中でもより一層に暗かった。

 チヅルちゃんから聞いた、ヤタ達が潜伏する隠れ家。
 私は先ほど、その一室へ踏み込んだ。

 他の子達も揃っているかも、と思ったが踏み込んでみると居たのはヤタ一人だけだった。

 そして私は、ヤタと二人きり。
 部屋の中で向かい合った。

「コーホー。アイム・ユア・マザー!」
「……無論、存じている」

 まぁそうだね。
「ノーッ!」とは言わないよね。

「アルエット先生か……それともチヅルか……。どちらでも良いか。そちらから出向いてきたのなら、私は自らの心に従おう」

 ヤタが言いながら、構えを取った。
 ビッテンフェルト流闘技の構え。
 多分、父上から教わったのだろう。

 私の物よりも、アルディリアの物よりも、限りなく源流に近い構えだ。

「どういう事を思っているのか、私にはわからない。でも先に言っておくよ。たとえここで私を倒せたとしても、きっと未来は変わらない」

 チヅルちゃんの理論ではそうなる。
 私が負けて、本当に戦えない体にされても私は未来で行方不明になるだろう。

「ならばここでぶつけるのは、恨みだけだ!」

 叫び、ヤタが殴りかかってくる。
 拳が私の顔に迫ってくる。

 私はその拳をあえて受けた。
 仮面が外れ、部屋の隅へ飛ぶ。

「なっ……?」

 私がわざと攻撃を受けた事に、ヤタは驚いた。
 頬にめり込んだヤタの拳を掴む。

「そんなものなの? あなたの恨みっていうのはさ?」
「くっ」

 私の手を払って、ヤタは拳を引く。

「というより、手加減したでしょう?」

 ヤタの拳は、昨夜戦った時と比べて明らかに軽かった。
 手を抜いていた事は明白だ。

 これは私が悪いかもしれない。
 昨夜、弱い所を見せてしまったからだ。

 それで失望されちゃったみたいだな。

 でも、ちゃんと威厳は取り戻させてもらうつもりだから。
 許してね。

「私はあなたの母親……。あんな程度なわけがない。見せてあげるよ。あなたの母親がどれだけ強いのか」

 私は言って、大振りの一撃をヤタへ振り抜いた。
 ヤタが私の背中へ回り込むようにして、避ける。
 ブーストでそんなヤタの方へ迫る。

「!?」

 そして、そのまま背中と肩で体当たりした。
 ブーストの挙動で意表を衝かれた事もあり、ヤタは体当たりをモロに受けて吹き飛ばされた。
 壁に背中を打ちつけられ、膝をついた。

 十年早いんだよっ!

 膝をついたヤタが、無言で立ち上がる。
 構えを取った。
 私もまた、そこで初めて構えを取る。

 じりっ、と間合いを詰めるヤタ。
 そして、拳を振るってくる。

 右腕で受ける。
 次いでのフックを屈んでかわし、こちらもボディを狙ってのフック。
 身を退いてかわされる。

 手を出し合い、しかしそれが致命打にならない。
 避けあい、当たる事も稀である。
 当たったとしても、確実に防ぐ。
 互いに隙のない攻撃で戦法を組み立てているからこそだ。

 カナリオとブッパ無しでやり合う時と似ている。

 拳や蹴りが空を切る音と時折の肉を打つ音。
 それだけが室内に木霊する。

 膠着する戦況は永遠の事かに思えてくる。
 しかし、少しずつ経験の差が出てきた。

 顔を狙ってくる拳に私は頭突きを合わせた。
 ガントレットに固められたヤタの拳はとてつもなく痛かったが、それでも威力はこちらの方が勝ったようだ。

 ヤタの拳が砕ける感触が伝わってきた。

「くっ」

 呻くヤタ。
 そして、続く私の蹴りを後ろへ退いて避ける。
 その先は窓の外。
 窓から飛び出したヤタは、マントを広げて背中を向けた状態で滑空する。
 私もそれを追った。
 マントを広げ、風の魔法を操って飛ぶ。

 ヤタが着地したのは他の家屋の屋根だ。
 私も着地し、互いにまた構えを取る。

 再び攻防が始まる。
 白色で治したのだろう。
 ヤタの拳が治っていた。

 そんな中、ヤタはショベルフックを放つ。
 アルディリアの得意とする、内蔵を破壊する拳だ。
 私の脇腹に抉り込まれる。
 衝撃が、私の内臓を抜けた。

「……優しい子だね」

 私は呟く。
 ヤタは戸惑いの表情を見せる。

 ヤタのショベルフックは、前と逆の方向を狙って放たれていた。
 闘技者として、ここは前に砕いた場所を狙うべきだ。
 けれど、この子はそれをしなかった。

 でも、どちらであってもまだ甘い。
 前の油断していた時ならいざ知らず、威力が足りない。
 私が本気で固めた腹筋を穿つ程の力はない。

 私はフックの腕を掴んだ状態で、もう一方の手を振りかぶった。
 ヤタの顔面に思い切り張り手をぶつける。

 ヤタは顔を張られ、その威力で後方の屋根へ仰向けに倒れた。

 ヤタはすぐに跳ね起き、また挑んでくる。
 その顔は涙と鼻血まみれだ。

 ははは、ぶっさいくな顔だ。
 それが妙に愛おしく感じる。

 必死になって挑んでくる娘。
 私はその攻撃を受ける。

 全部受ける。
 受けながら、きっちりと反撃を返す。

 先ほどのような避け合い防ぎ合いの闘いではなく、殴り殴られ合う形の闘いになった。

 そんなやり取りを交わし続け、気付けばヤタは屋根の淵まで追い詰められていた。

 私の裏拳を避けて、一歩後退する。
 その先にもう屋根はない。
 彼女は屋根の下へ落ちた。

 追いかけて下を覗き込む。
 蹴りが私の顎を捕らえた。

 見ると、サッカーボールキックの体勢のヤタ。
 どうやらヤタは、壁に張り付き立っていたようだ。

 壁歩きだ。
 私がアルディリアに教えた技術を教わったのだろう。

 妙に嬉しくなった。
 自然と笑みに顔が綻ぶ。

 蹴られた威力を消すように、バック宙返りする私。
 そのまま壁に立つヤタ目掛けて、下方向への蹴りを放つ。
 ガードするヤタ。
 それと同時に、私も壁へ手をついて張り付いた。
 壁を地面としての闘いが始まる。

 私の血だろうか?
 ヤタの壁歩きは、アルディリアよりも巧みだ。
 安定していて、壁に張り付きながらもちゃんと闘えている。

 闘いながら、そんな事を考える。

 さっきと同じように、私の顎が蹴り上げられた。
 そしてまたさっきと同じように私はバック宙返りしてから、壁に着地せず真下へ向けてフライングクロスチョップを見舞った。

 避けられた。

 私はそのまま地面へ落ち、その直前で体勢を立て直して着地する。
 見上げると、ヤタが蹴りを放ちながら追ってきた。

 そんな彼女の蹴り足を掴み、ぐるりと一回転。
 そして、隣の家屋の壁へ叩きつけた。

 家屋の石壁が崩れ、その中へヤタを放った。
 崩れた石壁の穴から、私は家屋の中へ入る。

 どうやらそこは酒場だったらしい。

 酒や料理を口へ運ぶ体勢のまま、客達が呆然と私を見ていた。

「お騒がせしてすみません」

 一言謝って、私はヤタを探す。

 ヤタは一人の客とテーブルを下敷きにして倒れていた。

 流石にダメージが大きかったか。
 私の子はきっと頑丈だから大丈夫だろう思ったんだけど、やりすぎたかもしれない。

 そんなヤタに近寄る。
 目が開き、私を見る。

「それで終わり? 私に伝えたい気持ちは、それだけなの?」

 言うと、ヤタの眼に闘志が宿った。
 倒れた体勢から腕の力で体を跳ね上げ、蹴りを放ってくる。

 手の平で受けて防ぐ。

 ヤタは蹴りの勢いを利用して、そのまま立ち上がった。

「まだまだ、足りない! 足りるものか!」

 ヤタが叫ぶ。

「いいよ。ならもっとぶつけて来い! 全部だ! あなたの全部、余す所無く! 私にぶつけて来い!」

 私も叫び返し、ヤタは跳ぶ。
 空中から高速で私へと迫った。

 何をするのか受けようと見ていると、ヤタは私の首へ組み付いた。
 それを基点にして、腕の関節を狙ってくる。

 だが、かかりが甘い。
 腕を捻って掴みを解き、逆に腕の関節を極める。
 ヤタの腕から抵抗が消える。
 関節をわざと外したようだ。

 そのまま関節技から逃げられる。

 しかし今の空中からの関節技……。
 空中からの投げ?
 チヅルちゃんが言っていた、エミユ・アルマールの技か。

 ヤタは関節を嵌め直し、すかさずその場でサマーソルトキックを放つ。
 一歩退き、仰け反って避ける。
 その勢いで背後へ距離を取りつつ、空中にいる最中、水で出来た刃を飛ばしてくる。

 私は魔力を込めた手刀でそれを打ち破る。
 距離を取って飛び道具で戦うつもりか、と思って近付く。

 すると、逆にヤタもこちらに迫り、手を伸ばした。

 私の強化服の襟付近の布を掴み、そして……。

 ヤタに掴まれた襟を強引に外させた。
 それと同時に、ヤタの手から爆炎が上がった。

 酒場の客達から悲鳴が上がった。

 飛び道具と投げ技。
 距離を選ばない闘法。

 チヅルちゃんが言っていた、オルカ・ヴェルデイドの戦い方だ。

 ヤタから距離を離そうと手を出す。
 が、その手を逆に取られ、不思議な投げで転がされた。
 気付いた時には、天井が見えていた。

 これは何だ?

 アールネスにはない技術だ。
 まるで、前世で見た合気道のような投げだ。
 日本の……倭の国か。

 これは多分、チヅルちゃんの技なのだろう。

 面白い。

「はははっ」

 仰向けに倒れながら笑う。

「何がおかしい!」

 ヤタが怒鳴りながら、顔目掛けて踏みつけてくる。

 私は倒れた体勢から前蹴りを放ち、ヤタの顔を逆に蹴りつけた。
 怯んで後退するヤタ。
 その間に起き上がる。

「はははははっ!」

 ヤタの右腕と後頭部を掴み、店の壁目掛けて走る。
 思い切り壁へ顔を叩きつけた。

 この子が可愛く思えてならない。

 もっともっと構ってやりたくなる。

 私の掴みを払い、離れようとするヤタ。
 飛び上がって逃げようとする彼女の足を掴み、引き下ろす。

 逃げないでよ。
 そんな事されたら、お母さん寂しい。

 私の目の前、壁を背にする形で尻餅をついたヤタの顔を目掛けて拳を振るう。
 ヤタはさらに体勢を低くする事で拳を避けた。

 私の拳は壁を貫通する。
 再び離れようとするヤタを蹴りつける。

 防御するヤタごと、壁を蹴り抜いた。
 ヤタが店の外へ転がり出る。

「お騒がせしました」

 私は店の方に声をかけてから外へ出た。
 あとでお詫びに来よう。

 ヤタが転がった場所を見る。
 けれど、そこにヤタはいなかった。

 首を傾げ……。
 振り向き様の上段後ろ回し蹴り。

 背後の壁に張り付き、私の背後から跳びかかろうとしていたヤタを蹴り落とす。
 石畳に倒れこむ。

「ヤタ」

 名を呼ぶ。
 ヤタは顔をあげた。

「強い子だね。流石は、お母さんの子供だよ」

 それは私にとって、最大級の褒め言葉のつもりだ。
 私が父上に言われて、嬉しかった言葉でもある。

 ヤタの顔がくしゃりと歪んだ。
 けれど、すぐにその表情が険しくなる。

「なら、どうして……」

 ヤタは言いかけ、言葉を飲み込んだ。
 私を睨みつける。

「まだ夜は始まったばかり……。時間はたっぷりあるよ。十年以上溜め込んだ気持ち、この夜で全部吐き出しちゃいなよ。この夜の私は、ずっとあなたのそばにいるから……」

 ヤタは答えない。
 黙りこみ。
 そして、立ち上がった。
 構えを取る。

 私は彼女を受け入れるように、両手を広げた。

 さぁ、おいで。



 私達はそれから、どれぐらい戦ったんだろうか?

 長かった気もするし、とても短かった気もする。

 ヤタはいろいろな技を見せてくれた。
 私の知っている技もあったけれど、まったく知らない技も見せてくれた。
 本当に全部、持ち合わせている技を見せてくれたんじゃないだろうか?

 それは私のためだ。
 私に気持ちを伝えるためだ。
 彼女が習得した技は自分の気持ちを表現するための手段だった。

 この日、私にぶつけるためにだけ磨いてきた技のように思えた。

 そして私は、そんな彼女が愛おしかった。

 彼女が技を披露するたび……。
 振るった拳がぶつけられるたび……。
 私の中の彼女への愛しさが溢れていくようだった。
 今はもう、彼女の事が愛おしくて堪らない。
 狂おしいほどだ。

 ずっとこのまま、時間が止まってしまえばいい。
 そう思える程に、私はこの時間が愛おしくてならなかった。

 でも、楽しい時間は必ず終わる。

 時は流れ続けるものだ。
 人は時間の流れの中で、必ず終わりへ導かれている生き物だから。

 気付けば、夜が明けようとしていた。


 中央広場。
 その真ん中で、私達は対峙していた。

 がむしゃらに闘っているうちに、ここまで来てしまっていた。

 きっと彼女は全て自分の中にある物を出し切ったのだろう。
 彼女が私に向ける構えは、源流に近いビッテンフェルト流闘技の物ではない。
 少し形の違うもの。

 自分にある物を全て出し切り、その上で私へ気持ちを伝える手段として生み出したものだろう。
 ヤタ自身の、ヤタだけの構え。
 ヤタだけの戦い方だ。

 左手を開き前へ出し、右手は顔の側面に位置して拳を作っている。

 まるで、仁王像のようだ。

「多分、これで最後だね」
「……ああ」

 答える声は、くたびれているようにも寂しんでいるようでもあった。

「おいで」

 言うと、ヤタは迫ってきた。

 新しいヤタの技を受ける。
 彼女にとって一番馴染む技なんだろう。

 へとへとに疲れているはずなのに、その技のどれもが今までのどの技よりも重い。

 私はその技を全て受けた。
 出し切らせた。

 ヤタの攻撃はどれも強烈で、受けるたびに私の体が悲鳴をあげている。
 とても痛い。

 母親としては娘の気持ちを全て、受け入れるべきだ。
 受け入れて、反撃する。

 拳が胸を打つ。
 胸甲に凹みができた。
 ヤタの強化服についているものと同じ場所、同じ形の凹みだ。

 なるほど。
 これは、確定された歴史なのか。

 そして拳の一撃が私の頬を殴りつけた時、彼女の体が弛緩する。
 それが最後の力を振り絞ったものだったのだろう。

 これで、最後なんだね……。

 そう思い、私はヤタを両手で抱き締めた。

 私の左腕は背中の後ろでヤタの左腕を掴み、同時に右腕を拘束する。
 そして彼女の首を私の右腕と肩で絞める。
 足を蹴り、膝を落とさせた。

 頚動脈が腕と肩で締められる。

「このまま眠ればいいよ」

 ヤタの体から、ゆっくりと力が抜けていく。

「……母上。何故、私を捨てたのですか?」

 耳元で囁かれる。
 私に向けてきた言葉の中で、どれよりも悲痛な声だった。

 胸がキュッと締め付けられる思いだった。

「わからない。わからないよ、今の私には……」

 私にはそう答える事しかできなかった。

 ヤタが気を失う。

 そんなヤタの体から技を外し、今度はちゃんとした形でしっかり抱き締めた。

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