気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

時の女神編 十話 不幸の根を断つために

 僕の名前はオルカ・ヴェルデイド。

 コンチュエリ・ヴェルデイドの息子。

 父は、誰か解からない。
 そういう事になっている。

 しかし、それは上辺だけの事だ。

 僕の父が誰なのか。
 恐らくアールネスの社交界に出入りする者で、それを知らない人間はいないだろう。

 僕の父は、ヴァール・レン・サハスラータ。
 かつてアールネスに弓を引き、母国よりも追放された大罪人だ。

 母がどうして、父と関係を持ったのか。
 その経緯は知らない。
 知ろうとも思わない。

 だが、父の子を産んだ事で、不幸に堕ちた事は間違いようのない事実だった。

 母は、僕を産んだ事で家から追い出された。
 ヴェルデイドの姓を名乗る事は許されているが、実家へ足を踏み入れる事は禁じられている。

 それは母が、父の知れない子供を産んだ事が原因だ。

 社交の場で普段通りに母と接する婦人や令嬢達は、陰で母を嘲笑している。
 いや、陰ながらではない。
 会話を交わし、離れる際に聞こえよがしに囁くのだ。

「大罪人と通じ、あらゆる栄華を失った無様な女だ」と……。

 僕自身、直接悪口雑言の類を浴びせられた事だってある。
 きっと母も、僕の知らない所で聞くに堪えない言葉を投げられているのだろう。

 母はかつて、誰よりも華やかな人間であったらしい。
 花を渡る蝶の如く人と交流を持ち、その魅力は人を惹きつけたという。
 しかし僕が生まれた事で、母からその精彩は消えた。

 その変わり様を人は笑うのだ。

 何故母が、そのような仕打ちを受けねばならないのか。
 かつての栄華を失い、このように虐げられねばならないのか。

 理由は知っている。
 僕という存在が、母という人間を貶めているのだ。

 僕は、そんな自分が許せなかった。
 そして何より、母を気まぐれに孕ませた父が許せなかった。

 だから僕は、自分と父を消してしまおうと思った。
 この時代で僕が父を殺せば、僕は生まれない。
 母が不幸に堕ちる事はないのだ。



 僕が隠れ家から出て向かったのは、父が軟禁されている屋敷だった。

 エミユが追ってくるのではないかと警戒したが、その様子はなかった。

 彼女には僕の考えを知られてしまっている。
 他の仲間に心配をかけまいと黙っているようだったが、僕が行動を起こそうとすれば間違いなく追ってくると思っていた。

 彼女はそんな人間だ。
 仲間想いというのだろうか?
 普段からぶっきらぼうな態度を見せるくせに、喧嘩の仲裁などに一番骨を折るのは彼女だ。
 彼女が四天王の和を取り持っていると言っても過言ではないだろう。

 そんな彼女が追ってこないのは意外だった。
 だが、好都合だ。

 屋敷まで行き、中へ侵入した。
 警備は厚かったが、僕にとっては有って無いような物だ。

 時折やり過ごし、時折排除しながら屋敷の奥へ向かう。

 父を探しながら、中庭へ入った時だった。

 そこに父がいた。
 ヴァール・レン・サハスラータは庭の中央に立っていた。
 後ろ姿が見える。

 不思議とそこに、警備の人間はいなかった。

 僕は隠れていた茂みから踏み出した。

「やはり、来たようだな」

 言いながら、父は振り返る。
 仮面に覆われた僕の顔を見て、楽しげに笑った。

「人払いはしておいた。何があっても、警備の人間がここへ来る事はない」
「どういうつもりだ?」
「貴様の俺を殺したいという気持ちはとても強かったからな。必ず、また来ると思っていたぞ。ん? そうではないか。知りたいのは何故、俺がこうもお膳立てしたか、という事か」

 父はさらに笑みを深めた。

「軟禁生活は退屈でな。俺は刺激に飢えている。暗殺者の相手をするというのは、良い刺激になると思わないか? とても楽しそうだ」

 自分の快楽のためならば、危険すら厭《いと》わない。
 それすらも楽しみにしてしまう。
 楽しみのためならば、何だってする。
 それがこの男の性格だ。

 反吐が出る!

「貴様はその自分の快楽のためだけに、母を手篭めにしたのだ!」
「はて、覚えが無いな。ここに軟禁されてから、禁欲を強いられているというのに」
「知らなくて良い事だ!」

 腰に佩いていた剣を抜く。
 父に斬りかかる。

 父は剣を持っていない。
 持つ事を禁じられているからだ。

 なら、殺す事は容易いはずだ。

 しかし、そううまくいかなかった。

 父は剣撃をかわすと、逆に僕の顎を蹴り上げた。

 次いで、剣を持つ手を引かれ、手首に肘蹴りを食らう。
 思わず剣を取り落とす。

 そして、腹を蹴られて後退した。

 父が俺の取り落とした剣を拾う。

「あまり面白い相手ではなさそうだな……」

 剣を右手で持ち、刀身の腹で左手の平を叩きながら。
 つまらなさそうに呟く。
 表情は心底がっかりした様子に見える。

 屈辱的な気分だった。

「それよりも、貴様の顔に興味がある」

 言われて、自分の顔に手をやる。

 仮面がなかった。
 どうやら、さっき顎を蹴り上げられた時に外れたらしい。

「俺に手篭めにされた女に宿った子か? 確かに俺と似ている。しかし、歳が合わんな。俺と同じ歳ぐらいではないか。私の母の面影もあるから確かに俺の子だ。それに少し見知った女の面影もある……」

 父の顔が再び楽しげなものに変わった。

「そういえば、この国には時の女神の神話があったな。
 時の女神は、時を自在に操れたという。
 この国に運命の女神が出現したという話も聞く。
 なら、時の女神も実在するだろう。
 その権能ならば、未来から過去へ人間を送る事もできるかな?
 なるほどな。面白い。
 ……本当に、クロエと出会えてよかった。
 あいつに出会ってから、俺の人生はとても楽しい」

 まさか、僕の顔からそこまで察せられてしまうとは……。

 しかし、母さんを手籠めにしておきながら、人の妻の名を挙げて賛辞を贈るなんて……。
 どこまでいっても不愉快な存在だ。
 ヴァール・レン・サハスラータ!

「そうだ……。だからこそ、僕はお前を殺しに来た。僕が生まれれば、母さんは悲しむ事になる。不幸に堕ちる」
「あの女がそんな人間であるものか。親の心を子は知らぬものゆえ、仕方ない事ではあるがな。貴様は少し、あの女を見くびり過ぎだ」
「黙れ! 貴様に何がわかる!? 母さんの何がわかるって言うんだ!?」

 僕は父に向かっていく。
 相手が剣を持っていようと関係ない。
 僕は父を黙らせたかった。

 すると、父は剣を捨てた。
 素手で応じる。

 嘗《な》めやがって!

 僕の心の中に、別種の怒りが生まれた。
 その怒りをぶつけるように、殴りつける。

 カウンター気味に顔を蹴りつけられた。
 だが、ただ蹴られたわけじゃない。
 ちゃんと手で受けた。

 蹴りを防ぎつつ、軸足を狙ってローキック。

 が、父は片足で飛び上がって、腹にとび蹴りを突き刺した。

「ぐっ」

 思わず一歩後退。
 踏みとどまる。
 前へ出て、再び殴りかかった。



 僕は全身全霊の本気で父へ挑んだ。
 けれど、父はその全てを容易くいなした。

 蹴りも拳も、全てを見切られ、容赦なく反撃された。

 僕は、学園の闘技者上位四名。
 その一人だ。

 それなのに、どうしてこうも差がある?
 何故、父にこうもいいようにあしらわれる?

 歳も一歳しか変わらない。
 体格だって僕の方が勝っている。

 なのに、どうして……?

 トドメの蹴りが、側頭部を直撃した。
 受けた僕の体が、ふらりと傾いだ。
 そのまま地面に倒れこむ。

 仰向けになり、夜空を仰ぐ。
 そんな僕の顔のそばでしゃがみ、父は僕の顔を覗き込む。

「流石は俺の子だ。才能はある。だがまだまだ実力は足りぬ。努力を怠っただろう? それではダメだ。俺を殺したいという気持ちは強いが……気持ちだけではどうにもならん」

 うるさい……。

「俺も才に溺れた事はある。だがな、世の中には才だけでは勝てない相手もある。俺を殺したければ、もっと力を培って来い。そうだな。アルディリアに教えを請え。あいつは才の無い身でありながら、努力だけで俺を倒してのけた男だ。俺に勝つ術を教わるにはうってつけだ」

 …………。

「そして、いずれ改めて来るがよい。その時にまた、相手になってやろう」

 一層笑みを深め、父は立ち上がった。
 背を向ける。

 父の言葉。
 それは僕にとって、意味のない事だ。
 ここで殺せなければ、意味がない。

 でも……。
 必ず、また挑んでやる。
 そして、今度こそは……。

 でなければ、あまりにも悔しい……。

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