気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

時の女神編 五話 状況の説明 裏 上

(これまでのあらすじ)未来から来たアルエットの話を聞いたクロエは、その帰りに謎の襲撃者と遭遇した。

 草木の眠る丑三つアワー。
 ではなく、真っ昼間。
 薄汚い路地裏は壮絶なイクサの開始点と化すか。

「ドーモ、クロエ・ビッテンフェルト=サン。チヅル・カカシです」

 襲撃者のエントリーだ。

 アイエエ、と叫びそうになるのを我慢しつつ、私は相手に対して両手を合わせた。

「ドーモ、チヅル・カカシ=サン。クロエ・ビッテンフェルトです」

 挨拶を返す。
 挨拶をしない事はスゴイシツレイにあたる事なのだ。

「その黒い仮面。お前は何者だ!?」
「ビッテンフェルト四天王」

 ビッテンフェルト四天王!?

「と、冗談はここまでにしましょう。あなたをよく知る方達から、あなたが時折そのようなおかしな文言を語ると聞きました。それでもしやと思いましたが。その切り返し、私の予想は当たっていたようですね」
「私も今のやり取りでピンと来たよ。もしかして、同じ事考えてる?」
「多分ね」
「「あなたは転生者でしょう」」

 互いに思った事を口にする。
 このチヅル・カカシという名の倭の国出身者らしき少女は、私と同じ転生者のようだった。

「実は、お話があって来ました」

 日本語でそう言って、彼女は仮面を外した。
 私にとっては懐かしい、平たい顔族特有の顔つきをした美少女だった。



「改めまして、私はチヅル・カカシ。漢字で書くと……」

 説明によれば、彼女の名前は漢字で「角樫 千鶴」と書くらしい。
 名前に鳥が入っている……。

「倭の国から留学してきました、倭の国の人間です。そして、転生者です」
「私も改めまして、クロエ・ビッテンフェルトだよ。転生者だ。転生前の名前も「黒恵」だったりする」
「そうなんですか? 私もそうですよ。前世の名前は「千鶴」でした」

 もしかして、転生の条件は名前が同じ事なのかな?

「で、私に何の用?」

 路地の壁に寄りかかりながら、訊ねた。
 同じ壁、私の隣にチヅルちゃんも寄りかかる。

「単刀直入に言いますと、今現在の事情を説明しに来ました」

 仮面を外して、歪んでいない彼女の声は透明感のある美声だった。
 思わずロザリオを首にかけたくなるような声である。

「未来の事なら、アルエットちゃんから聞いたけど」
「でも、アルエット先生は全部教えてくれなかったんじゃないですか?」

 確かにそうだ。
 でもそれは、過去が変わって歴史改変が成される事を危惧していたからだ。

「歴史改変がなされちゃ、いろいろと不味いと思うから仕方ないよ」
「いえ、そうはなりませんよ。多分、歴史改変は起こそうと思っても起こせません」

 しかし、彼女はすぐにその可能性を切って捨てた。

「どうして?」
「うーん。その前に、一つお聞きしたいのですが。あなたにとって最新の「ヴィーナスファンタジア」は何作目ですか?」
「二作目。SEだけど」
「私にとっては四作目です」

 ああ、そういう事か。

「もしかして、今回の出来事もゲームの展開と関係がある?」

 チヅルちゃんは頷いた。

「私が知っている「ヴィーナスファンタジア」は、「ヴィーナスファンタジア セカンドエクストリーム 〜時の女神〜」です」

 セカンドエクストリーム!?
 もはや、乙女ゲーの尻についていい単語じゃねぇ!

「そうなんだ。四作目まで出たのか。やっぱり、相変わらず格闘ゲームがミニゲームについているの?」

 一瞬、「え?」という顔をされた。
 けれど、それがすぐに納得した表情に変わる。

「そういえばそうでした。乙女ゲームでしたね」
「乙女ゲームだよ」

 何言ってるんだか。
 ヴィーナスファンタジアはれっきとした乙女ゲームだ。

「えーとですね。むしろ今は、乙女ゲームのミニゲームというより、格闘ゲームのミニゲームに乙女ゲームがついてきているような感じになってます」
「ん?」
「だから、三作目以降から「ヴィーナスファンタジア」は正式に格闘ゲームとして売り出されるようになりました」

 なんだってーっ!

 そ、そうかぁ……。
 ついに「ヴィーナスファンタジア」は格闘ゲームになってしまったのかぁ。
 いやぁ、でもなるべくしてなったという必然性を感じずにはいられない。

「三作目から正式に格闘ゲームになったのですが、その時にキャラクターは全員一新。
 総勢十一名からなるキャラクターによる格闘ゲームになりました。
 だいたいは、前作の子供世代がプレイアブルキャラクターになっています。
 本格的な格闘ゲームになった事でグラフィックも強化されて、みんなヌルヌル動きます。
 相手を問答無用で弾き飛ばせるバーストや、吹き飛ばし攻撃による壁張り付きなどの新システムも追加されました。
 あと、キャラクターが全体的に厨二臭い言動をするようになりました」

 未知のキャラクターが十一人。
 グラフィック強化。
 新システム。
 厨二臭い。

 やってみたいなぁ。

「四作目の「時の女神」はその名の通り、時の女神であるトキが世界の滅亡を引き起こそうとする話です。あ、ちなみにストーリーの大筋はリオン王子のルートのその後です」

 トキ、か。
 そういえば、歴史の授業で習った事があるな。
 そういう女神がいたって。

 まさか、続編の話だったとは考えもしなかった。

「で、その際にトキの力によって、主要キャラクター達が過去の世界へ飛ばされてしまいます」

 あ、製作スタッフの意図がわかったぞ。

「もしかして……」
「はい」

 チヅルちゃんはにやりと笑って頷く。

「主要キャラクター達は、過去に飛ばされて若い頃の親世代キャラクター達と戦う事になるのです」

 つまり、その設定によって旧作のキャラクター達を自然な形でプレイアブルキャラクターとして追加したという事だ。

 一気に十五人キャラクターが増えて、総勢二十六人か……。
 いや、トキもプレイアブルだったとしたら二十七人。
 ワクテカが止まらない。

「で、話を戻しますけれど」

 そんな所で?
 ちょっと残念だ。
 正直に言えば「ヴィーナスファンタジア」についてもう少し話を聞きたかったが、それはあとにしよう。
 彼女の用件が終わったら個人的な雑談として聞いてみよう。

「そのゲーム展開と同じく、私達の世界でもトキが復活しました。ゲームの知識を持っていた私は、何とか有利に立ち回ろうと思ったのですが……。予定外がありまして」
「予定外?」
「私が転生した世界には、主人公がいなかったんです」
「主人公?」
「はい。三作目以降の主人公。赤い髪で平民出身の謎の男女の双子です。ちなみに後見人はムルシエラ様です」

 赤い髪で、平民出身……。
 しかもムルシエラ先輩が気にかけている。
 いったい何者なんだ……。
 未来の世界で行方不明になっているという噂のあの人物と関係があるのだろうか?

「女神を倒せるのは女神の血をひいた人間だけです。本来ならその主人公達が、自分達に女神の血が流れている事に気付いてトキを倒すのですが……。私達の世界では、何故かその二人がおらず。ゲーム原作と同じくカナリオ様も行方不明なわけで……」

 しかも女神の血を引いているのか……。
 本当に何者なんだろうか?

 それよりカナリオか。
 そんな大事な時に、彼女はいったいどこに行ったというんだろうか。

「ただ、本来なら全員で女神に立ち向かって過去へ飛ばされてしまうのですが、何とかそのカオスな状況だけは回避する事ができました。でも、主人公がいないので、女神の血を引くカナリオ様を未来へ連れて来ようという事になりまして」

 なるほどねぇ。
 だいたいわかった。

 ちょっとまとめておこう。

 この世界はまだゲーム補正を受けており、シナリオの強制力がある程度影響している。
 そして今、というより未来ではゲームのシナリオ通りに時の女神が復活した。
 女神は世界を滅ぼそうとしているので、女神の血を引く人間の力で倒す事になった。
 けれど未来にはそんな人間がいないので、過去からカナリオを連れて来て倒そうと思っている。
 そのために、チヅルちゃん達は過去へ来た。

 あれ?

「ねぇ、どうやって過去に来たの? トキに飛ばされたわけじゃないんでしょ?」
「それは、これです」

 そう言って、チヅルちゃんは懐から一つの石を取り出した。
 透明感のある青い結晶だ。

「トキが封印されていた結晶の欠片です。便宜上、クロノストーンと呼んでいます」
「ふぅん。なるほど、君達はサッカーを消しにきたのか」
「そうです。サッカーのせいで未来では、恐るべき子供達の襲撃が行われているのです」
「恐るべき子供達……。らりるれろかっ!」
「いいセンスだ」

 どうしよう。
 ツッコミがいない。

「と、冗談はここまでにしておきましょう。だいたい、これで未来の事情は話せたと思うのですが」
「いや、まだどうして歴史の改変を恐れる必要がないのか、について教えてもらっていない」
「そうでしたね。それは簡単な理由です。歴史の改変。時の流れの改竄は、神の権能でなければ成しえないからです。人間は、時という強い力に逆らえません。だから、どう足掻いても未来は変えられないんです」
「……いや、そうでもないと思うよ。だって、私はいろいろな運命を変えてきた」

 そう。
 私は自分の死の運命を回避するために、いろいろな人間の運命を捻じ曲げてきたのだ。
 彼女の理屈が正しければ、私の行動は全て無駄になっていたはずだ。

「ああ、やっぱりいろいろやってたんですね。
 正直、私が転生してこの国に留学して来た時、いろんな事が私の知っているゲームシナリオと違いすぎてびっくりしました。
 リオン王子のルートなら国外追放されているはずのアードラーさんが国外追放されていないというし、しかもアルディリアさんの奥さんになっているらしいですし。
 彼女の子供もいない。
 ヴァール王子は人質として軟禁。
 リオン王子ルートだと復活しないはずのシュエットまで復活したと言うじゃないですか」
「まぁ、いろいろあったんだよ」
「確かに、そういった運命の改変はできたかもしれません。けれど、「時」はそうならないと思うんです」
「どうして?」
「確定してしまっているからですよ。私達がここに来たという事は、この世界の延長線上にトキの危機があると確定させてしまったという事ですから。これから起こる事は「運命」の領域ではなく、「時」の領域になったはずです。だから、運命のように変えられないんです」

 本当にそうだろうか?

「でも、シュエットが言うには、私は転生者だから、運命の理から外れているらしい。もしかしたら、そのせいで私は運命を変えられたのかもしれない。だったら、同じように未来だって変えられるかもしれない」
「いいえ、それは恐らく無理でしょう。転生者に「時」へ抗う力があるとしたら、同じ転生者である私にも時へ抗う力があるはずです。でも、私はトキの力に抗う事ができませんでした」
「どういう事?」
「今、トキの復活したアールネスの王都では、時間が緩やかになっています。王都と外では時間の流れ方が変わっていて、王都の中に入ってすぐに外へ出ても夕方になっているなんていう不思議な現象にさらされます。それは私に対しても同じように発揮する現象です」

 時の影響を受ける。
 だから、運命改変のようにはいかないという事か。

「でも、絶対に不可能というわけではないと思うのです」
「そうなの?」
「もしも、時の影響を受けない者がいるとしたらそれは女神だけです」

 それって……。

「シュエット。もしくはカナリオか……」
「はい。そして私は彼女の力を使って未来を救うのと同時に、歴史を改変したいとも思っています」
「何故?」
「それは、私の親友のためです」

 チヅルちゃんは真剣な面持ちで言い放った。

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