気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

三人のビッテンフェルト編 最終話 あばよダチ公

 少し休憩して体が動くようになったので、私は聖域へ向かう事にした。
 カナリオも一緒である。

「貴様は私と二人きりで話をする時、いつも悩んでいるな」

 私は後ろを歩くカナリオに声をかけた。

「……そうなのですか? こちらの私も何かご迷惑をおかけしたのでしょうか?」
「相談に乗ったくらいだ」

 ついでに遭難したけどね。

「こちらの貴様は、リオン王子とムルシエラ先輩のどちらを選ぶか、で悩んでいた」
「何故その二人なのです?」
「この世界の貴様はリオン王子の妻だ」

 息を呑むのが聞こえた。
 驚いたのだろう。

「ムルシエラ先輩からも求婚されて、貴様は悩んでいたのだよ」
「そうなのですか……。そういえば、最近私もムルシエラ先輩に求婚されました」

 やっぱり、先輩はどの世界でもカナリオが好きなんだな。

「子供には父親が必要だろう、と。子供も今はヴェルデイド家で預かってもらっていますし」

 子供を使って外堀を固めようとしているぅっ!

 流石は先輩だ。
 心を絡め取る方法を熟知している。
 子供が懐いてムルシエラ先輩を「パパ」なんて呼んだ日には、もう「こう言っている事ですし……」なんて言ってなし崩し的に結婚させられちゃいそうである。

「私もその方が子供にはいいと思うのですが……。それでも、私にとって愛しい人はアルディリアだけですから……。はぁ、どうしましょう」

 本当にいつも悩んでるな。
 先輩の事で。

 ……それから別の世界の事なんだろうけど、他の女の人からアルディリアへの愛情を語られると何かモヤモヤする。

 浮気はだめだっちゃ、ダーリン。

「アードラーはどうしている?」

 気になったので聞いてみる。

「リオン殿下とご結婚成されました」

 当然か。

「幸せそうにしているか?」
「私にはわかりかねます。……ただ、前にリオン殿下と会った時に「私にも彼女という人間がわかってきたよ」と笑っておられました」

 アードラーは気難しくて、自分の魅力を外に出せない人間だけれど……。
 理解されたなら、大丈夫だな。
 きっと彼女の魅力は殿下を少しずつメロメロにする事だろう。

 私のアードラーがこんなに可愛いわけがない状態である。

 そんな話をしながら通路を歩くと、聖域に辿り着いた。
 そこでは、もう一人の私とシュエットがバトルを繰り広げている。
 どうやら、丁度決着がつく所みたいだ。

 もう一人の私は、巨大な白色《はくしょく》の玉を生み出してシュエットへぶつける所だった。

 何この技?
 私、こんなのできないんですけど。

「何じゃと!」

 シュエットは白色の玉を受け止めつつ、叫ぶ。

「おめえはすげえよ……たった一人でよく頑張った……! 今度はいい奴に生まれ変われよ! 生まれ変わったら1対1で勝負しよう!」
「じゃから、生まれ変わらんと言うとろうが!」

 もう一人の私がダメ押しに白色をさらにぶつける。

「ぐおおぉっ! おのれーっ!」

 白色の玉に押し潰され、シュエットは消えた。

「ふぅ」
「楽しんだ?」

 私が声をかけると、もう一人の私がこちらを向いた。

「うん。すっごい楽しかった。ちっちゃいままだけど、すっごい強かったじゃん。あの子」
「多分私がやった時はもっと強かったよ」

 ドヤァァァ!
 もう一人の私は「ぐぬぬ」と悔し気な顔をする。

「羨ましいなぁ」
「それはいいとして、さっきの技は何?」
「あれ? そっちは使えないの?」

 もう一人の私がドヤァァァ! と得意げな顔をする。
 ぐぬぬ。

「クロエ玉だよ。魔力を全部使って成しえる私の最強技だ。戦場では一気に何人も倒せる技が必要だったから開発したんだよ。ちなみに本来は無色の魔力を炎に変換して使う」
「全部の魔力を使ってぶち込むだけ?」
「いや、それは違う。元々私は魔力量が少ないから、それだけじゃ威力が出せない。それはご存知なんだろ? 実はあれ、中身スカスカでさ、魔力を螺旋《らせん》状に回して球形作っているだけなんだよ。でも、仕組みはドリルみたいな感じだから魔力を変換させたものによってはミンチだよ」

 螺旋かぁ。
 どちらかというと忍術なんだな。

「面白い技ですね」

 カナリオが言う。
 彼女の技のレパートリーがまた一つ増えたようだ。

 そんな時だった。
 二人の体から、光の粒子がチラチラと立ち昇り始めた。

「何か出てるぞ」

 カナリオに言う。

「そうですね」

 カナリオは自分の手を見た。
 うっすらと透けている。

「帰れる、という事でしょうか」

 シュエットが消えたせいだろうか。
 詳しくはわからないが、彼女のこちらへ呼び出す力が尽きたという事かもしれない。

「クロエさん。あなたにもう一度会えてよかった」
「戦う事しかしていないがな」
「いえ、あなたは私の迷いを断ち切ってくださいました。ありがとうございます。あなたのおかげで私の折れそうだった心が、また力を取り戻しました」
「そうか」

 私はもう一人の私に向く。

「私も楽しかったよ。強い相手と戦えたのもよかったし、それに……。ふふふ」

 何よ、ふふふって。

「父上を大事にね」
「そっちこそ」
「私はこれから大事にするから。……クロエ」

 もう一人の私は私の名を呼び、真剣な顔をする。

「疎《うと》ましいと思う事だってあるかもしれない。でも、いつまでも一緒にいてくれるわけじゃない。後悔しないように、ね」
「わかった」

 私も真剣にその言葉を受け止めた。

 逆の立場だけれど、私だって前の両親と死に別れたんだ。
 孝行できなかった事に後悔はある。

 大事にしているつもりだよ。

 いよいよもって、二人の姿が見えなくなってきた。
 段々と透明になっていく。

「では、さようなら」
「じゃあね、もう一人の私」

 二人はそんな言葉を残して、その場から姿を消した。
 私一人だけが残される。

 私は一つ息を吐いた。

 ほんの数時間一緒にいただけなのに、何年も一緒にいた友人と別れたような寂しさがある。
 あれは私だけれども……私だからこそ、一緒にいてとても楽しかった。

 機会があれば、また会いたいものだね。

 一人きりの空間。
 彼女達がいた証は、私が彼女に貸した学生時代の服だけだ……。

 ……何で残っているんだろう?
 こちらの物だからこちらに残るのは当然か……。

 ………………………………………………………………………………あれ?

 もしかして彼女、向こうに戻ったら全裸なんじゃない?

 いや、でも戻って寝室なら別にいいか。

 それよりも、カナリオの方だ。

 どんな時に呼び出されたのかわからないけれど、鎧を着ていたという事は戦場だろう。
 下着姿で戦場のど真ん中に立っているという状況にならないだろうか?

「ふぅ」

 まぁ、でも、カナリオなら大丈夫だろう。
 きっと負けないさ。

 勝ち抜くって約束したもんね。

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