気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
三人のビッテンフェルト編 六話 黒と白の激突 決戦
純正のビッテンフェルト流闘技を使う人間は三人いる。
一人は私の父上。
もう一人はアルディリア。
最後に、クロエ・ビッテンフェルトだ。
このクロエは、もちろん私の事じゃない。
もう一人の私でもない。
ゲーム内における、本来のクロエである。
そして、そんなクロエと何度も戦い、その戦い方を熟知している人間が一人いる。
幾度となくクロエと拳を交し合った彼女ならば、その戦い方を自分の物にしていたとしてもおかしくないと私は気付いた。
その人物こそが、カナリオ・ロレンス。
アルディリアルートのカナリオ・ロレンスだ。
そして、謎のビッテンフェルトの正体は、私の思った通りに彼女だった。
その可能性と諸々《もろもろ》の状況証拠を合わせて考え、私はその正体に行き着いた。
私よりも身長が低い。
拳を交わした事がある。
私よりも強い。
そして何より単純に、彼女を相手にして私の言葉遣いが少しばかり変わってしまう事。
最初は気付かなかったが、よく考えれば私は彼女に対すると言葉遣いがおかしくなっていた。
それはゲーム補正の影響である。
「貴様が何故、ビッテンフェルトを名乗っているのか……。それはわからぬ。だが……そんな事はどうでもいい。今はそれよりも、無性に貴様と戦いたい。理由は、倒した後にでも聞かせてもらう」
壁際に立つカナリオへ言い放った。
このカナリオは、私の知るカナリオと少し違っていた。
この世界のカナリオとも、アルディリアルートのカナリオとも違った。
具体的に何が違うかと言えば、顔つきが違う。
大人になった顔立ちはこの世界のカナリオと同じ。
けれど、彼女の作る表情には悲壮感があった。
私の知る彼女の口元は、笑顔を多く作るために口角の上がった柔らかなものだ。
けれど、今対している彼女は笑顔を忘れてしまったかのように口元が頑ななへの字の形に閉じられている。
よく目を眇めるのか、眉間の皺は深く、目元も鋭かった。
赤い髪は短めに揃えられ、オールバックにあげられている。
跳ね上がった髪が燃え盛る炎のように見えた。
まるで険しさと厳しさだけの世界で生きてきたような、そんな風貌だった。
だが、だからこそ私には魅力的に写る。
いい貌だ……。
闘志を感じる。
「私も、あなたと戦いたい。ずっと、戦いたかった。もう一度、あの時のように……」
言って、カナリオは鎧を脱ぎ始めた。
身に纏う甲冑を全て脱ぎ捨てると、彼女は黒いタンクトップ状のシャツとスパッツ姿になった。
改めてさらされた四肢。
頑強な筋肉にうっすらと脂肪を覆っているのがわかる。
魅せるための筋肉ではなく、戦うための身体つきだ。
野生動物の美しさを思わせる……。
正直に言えば、私はそんな彼女に惚れてしまいそうだった。
実に私好みの相手だ。
ああん、いけないわ。
こんな事。
私には夫と妻がいるのに……。
流石は主人公だ。
彼女にここで「やらないか」なんて言われれば、攻略されてしまう所である。
「なら、やろうではないか……」
攻略されるのは困るので先に申し出てやった。
構えを取った。
「ええ」
相手も構えた。
二回戦目だ。
私達は拳を交えた。
私がこの世界のカナリオと戦う時は、堅実な戦い方を捨てて互いに大振りの技を読み合いで当てる戦い方をする。
そんな組み手を続けてきた結果、カナリオはフェイント技術と読みはかなり高度なものになっている。
けれど、このカナリオはそうじゃない。
この世界のカナリオに比べると、とても素直だった。
攻撃の激しさはこちらが勝るだろうが、動きの癖は変わっていない。
それに注意しながら戦っていれば、私でも十分に対応できた。
牽制のミドルキック。
その後には蹴りによる体の捻りを利用したストレートが来る。
それがカナリオの戦法だ。
私の読みが当たる。
ストレートが来た。
そのストレートに合わせて、私は空手で言う所のかわし突きをボディーへ打ち込んだ。
フックで頭を下げさせ、アッパーで狙い打つコンビネーション。
それを読んで、アッパーを狙う拳に肘をぶつけて迎撃。
逆に顎を殴りつける。
カナリオはフェイントなども仕掛けてくるが……。
やはりこの世界のカナリオに比べるととても素直だった。
けれど、そんな私の優位も長く続かない。
カナリオは天才。
それは世界が違っても変わらない。
しばらく攻防を続けると、私の戦い方を理解した。
そして、戦いの最中にパターンを変えてきた。
私の戦い方に対応し始めた。
でも、まだまだ素直だ。
私の読みを外して繰り出される拳が顔面に迫ってくる。
受けるしかない拳だ。
そんな拳に向かって、私は頭突きをかました。
「くっ!」
カナリオとの組み手。
読み合いブッパの戦いでは、必然的にかわせない攻撃をカウンターでモロに食らうという事が多くなる。
そして、避けられないならば避けられないなりに少しでもダメージを殺すための技術が培われていった。
この拳狙いの頭突きもその技術の一つだ。
他にも、当たった瞬間に当てられた部分の筋肉だけを固め、他の部分の力を抜く事でダメージを逃すという方法などもある。
それらを駆使して、私はカナリオと渡り合った。
拳をあわせればわかるが、やはり彼女の強さは私以上だ。
力も早さも技術も、肉体的な部分ではどれも私に勝てる要素がない。
受けるダメージも思った以上に殺しきれない。
カナリオはとても強いのだ。
けれど、格上との戦いには慣れている。
父上。
ティグリス先生。
シュエット。
そんな私よりも強い連中と、私は戦ってきたんだ!
とても長い時間、戦っていた気がする。
でもきっと、そんなに時間は経っていない。
あまりにも濃密な時間を経験したせいで、長く感じただけだろう。
「おおおおおっ!」
私は渾身の力でカナリオの顔面を殴りつけた。
カナリオの体が傾ぐ。
が、次の瞬間強烈な蹴り上げが私の顎を捕らえた。
体が浮き上がり、そのまま地面に叩きつけられる。
その一撃で、私に立ち上がる力は完全になくなった。
私を見下ろすカナリオ。
そんな彼女の体がぐらりと揺れ、私の隣に倒れた。
力がなかったのは、彼女も同じだったらしい。
荒い息遣いが、互いの口から漏れる。
次第に、呼吸が整っていく。
「よかった……」
カナリオが呟く。
「何が?」
「あなたとまた、戦う事ができて……。私は、あなたに敗北したかった。その願いが、叶った……」
「引き分けであろう……」
カナリオは黙り込む。
しばらくして、とつとつと語り始めた。
「私の世界では、あなたは死んでいる。殺したのは、私です……」
アルディリアルートの話か。
「貴様が殺したわけではなかろう」
私が言うと、カナリオの驚く気配が伝わってきた。
「不思議な人……。どの世界のあなたも、私にとっては計り知れない人間なのですね」
小さく笑う。
「……あの人が死んだのは、戦場の最中。
サハスラータの兵を道連れに、その命は燃え尽きました。
その後、一度は落ち着いたサハスラータの攻勢もビッテンフェルトの人間が死んだ事で再び勢いを増しました。
あなたの死を知ったビッテンフェルト候は失意の内に戦死なされ、その奥方様も家族を亡くした悲しみから後を追うように自害なされた……」
あの後、そんな事があったのか……。
「丁度、一度学徒の兵役が解かれ、私とアルディリアが終業式を向かえた後の事でした。それから二年、私達は戦い続けた。サハスラータの軍勢を退けるまで……。私の青春は、戦場の中にあったのです」
「何故ビッテンフェルトを名乗る事になった?」
「私が、あなたを倒した人間だったから……。だから私は新たなビッテンフェルトとなったのです。再び、ビッテンフェルトの名を知らしめるために……。サハスラータを相手取るには、その名である方が都合良かったのです」
サハスラータを止めるために、象徴として名乗るようになったわけだ。
「アルディリアがあなたと成婚後、ビッテンフェルト家を継ぐ予定だった事を利用して私はビッテンフェルトになりました。
それからは顔を隠し、私はビッテンフェルトとしてサハスラータと戦いました。
そして、その強さを知らしめる事に私は成功しました。
サハスラータはビッテンフェルトとしての私を恐れるようになり、和睦が成立しました。
私は名実共に、ビッテンフェルトとなったのです」
「……」
「ですが、サハスラータを退けた後も戦いは終わらなかった」
「南部が攻めてきたか?」
「はい。私はそれからずっと戦い続けています。今も……。
アルディリアがその戦いで死に、彼との間にできた子供とももう何年も合っていない。
私の体と心は、もうボロボロです。
早く倒れてしまいたい。
誰かに負けて楽になりたい。何度もそう思いました。
でも、出来ないんですよ。私はもう、ビッテンフェルトなのですから。
私はアールネスにおける強さの象徴です。
私が崩れてしまえば、サハスラータとの戦いで消耗したアールネスは士気を維持できず、滅ぼされてしまうでしょう。
サハスラータだって攻めてくる……」
「そうだろうな」
「ビッテンフェルトとして生きる私にはもう、負ける事が許されなかった。それが許されるとすれば、相手はビッテンフェルトでなければならない……」
「だから、私に?」
カナリオは答えなかった。
だが、肯定したのだろう。
この世界の私に負けた所で、何にもならないだろうに……。
彼女の語る理屈は、おためごかしの理屈でしかない。
でも、そんなものに縋ってしまいたくなるほど、今の彼女は追い詰められているのだろう。
カナリオ。
あなたはいつも、重い物を背負おうとするね。
「私を、殺してくれませんか?」
そしてカナリオはそう申し出た。
「お断りだ」
私は上体を起した。
カナリオを見下ろした。
亡羊とした目が私を見詰め返していた。
「まだ、生きろ、と? まだ苦しめというのですか?」
「そうは言わぬ。アールネスの未来のために、なんて事ももちろん言わぬ。そもそも、一個人の背に命運を負わせるなど異常に過ぎる。私が言いたいのは、ここで死ねばもう子に会う事が二度と叶わぬようになるという事だ」
カナリオの目に、意思の光が灯った。
「ビッテンフェルトとして国のために戦う事が辛いなら、カナリオとして自分の幸せのために戦え。どのような心構えを持とうと、目指すべき結果は同じだ」
「目指すべき、結果?」
「どちらであっても、敵を倒す事に変わりはないではないか」
「そう、ですね」
「やまない雨は無い。苦しみの雲が消えて晴れ渡るその時まで、勝ち抜いて生き続けろ。カナリオ」
私は力の入らない体に力を込め、立ち上がろうとする。
「ありがとうございます」
背中に、カナリオのそんな言葉を受ける。
そのまま立ち上がろうとするが、結局体を支えきれずに転んだ。
やっぱりダメだ。
もう少し休んでいよう。
このまま格好良く去ろうと思ったのに……。
格好悪いなぁ。
一人は私の父上。
もう一人はアルディリア。
最後に、クロエ・ビッテンフェルトだ。
このクロエは、もちろん私の事じゃない。
もう一人の私でもない。
ゲーム内における、本来のクロエである。
そして、そんなクロエと何度も戦い、その戦い方を熟知している人間が一人いる。
幾度となくクロエと拳を交し合った彼女ならば、その戦い方を自分の物にしていたとしてもおかしくないと私は気付いた。
その人物こそが、カナリオ・ロレンス。
アルディリアルートのカナリオ・ロレンスだ。
そして、謎のビッテンフェルトの正体は、私の思った通りに彼女だった。
その可能性と諸々《もろもろ》の状況証拠を合わせて考え、私はその正体に行き着いた。
私よりも身長が低い。
拳を交わした事がある。
私よりも強い。
そして何より単純に、彼女を相手にして私の言葉遣いが少しばかり変わってしまう事。
最初は気付かなかったが、よく考えれば私は彼女に対すると言葉遣いがおかしくなっていた。
それはゲーム補正の影響である。
「貴様が何故、ビッテンフェルトを名乗っているのか……。それはわからぬ。だが……そんな事はどうでもいい。今はそれよりも、無性に貴様と戦いたい。理由は、倒した後にでも聞かせてもらう」
壁際に立つカナリオへ言い放った。
このカナリオは、私の知るカナリオと少し違っていた。
この世界のカナリオとも、アルディリアルートのカナリオとも違った。
具体的に何が違うかと言えば、顔つきが違う。
大人になった顔立ちはこの世界のカナリオと同じ。
けれど、彼女の作る表情には悲壮感があった。
私の知る彼女の口元は、笑顔を多く作るために口角の上がった柔らかなものだ。
けれど、今対している彼女は笑顔を忘れてしまったかのように口元が頑ななへの字の形に閉じられている。
よく目を眇めるのか、眉間の皺は深く、目元も鋭かった。
赤い髪は短めに揃えられ、オールバックにあげられている。
跳ね上がった髪が燃え盛る炎のように見えた。
まるで険しさと厳しさだけの世界で生きてきたような、そんな風貌だった。
だが、だからこそ私には魅力的に写る。
いい貌だ……。
闘志を感じる。
「私も、あなたと戦いたい。ずっと、戦いたかった。もう一度、あの時のように……」
言って、カナリオは鎧を脱ぎ始めた。
身に纏う甲冑を全て脱ぎ捨てると、彼女は黒いタンクトップ状のシャツとスパッツ姿になった。
改めてさらされた四肢。
頑強な筋肉にうっすらと脂肪を覆っているのがわかる。
魅せるための筋肉ではなく、戦うための身体つきだ。
野生動物の美しさを思わせる……。
正直に言えば、私はそんな彼女に惚れてしまいそうだった。
実に私好みの相手だ。
ああん、いけないわ。
こんな事。
私には夫と妻がいるのに……。
流石は主人公だ。
彼女にここで「やらないか」なんて言われれば、攻略されてしまう所である。
「なら、やろうではないか……」
攻略されるのは困るので先に申し出てやった。
構えを取った。
「ええ」
相手も構えた。
二回戦目だ。
私達は拳を交えた。
私がこの世界のカナリオと戦う時は、堅実な戦い方を捨てて互いに大振りの技を読み合いで当てる戦い方をする。
そんな組み手を続けてきた結果、カナリオはフェイント技術と読みはかなり高度なものになっている。
けれど、このカナリオはそうじゃない。
この世界のカナリオに比べると、とても素直だった。
攻撃の激しさはこちらが勝るだろうが、動きの癖は変わっていない。
それに注意しながら戦っていれば、私でも十分に対応できた。
牽制のミドルキック。
その後には蹴りによる体の捻りを利用したストレートが来る。
それがカナリオの戦法だ。
私の読みが当たる。
ストレートが来た。
そのストレートに合わせて、私は空手で言う所のかわし突きをボディーへ打ち込んだ。
フックで頭を下げさせ、アッパーで狙い打つコンビネーション。
それを読んで、アッパーを狙う拳に肘をぶつけて迎撃。
逆に顎を殴りつける。
カナリオはフェイントなども仕掛けてくるが……。
やはりこの世界のカナリオに比べるととても素直だった。
けれど、そんな私の優位も長く続かない。
カナリオは天才。
それは世界が違っても変わらない。
しばらく攻防を続けると、私の戦い方を理解した。
そして、戦いの最中にパターンを変えてきた。
私の戦い方に対応し始めた。
でも、まだまだ素直だ。
私の読みを外して繰り出される拳が顔面に迫ってくる。
受けるしかない拳だ。
そんな拳に向かって、私は頭突きをかました。
「くっ!」
カナリオとの組み手。
読み合いブッパの戦いでは、必然的にかわせない攻撃をカウンターでモロに食らうという事が多くなる。
そして、避けられないならば避けられないなりに少しでもダメージを殺すための技術が培われていった。
この拳狙いの頭突きもその技術の一つだ。
他にも、当たった瞬間に当てられた部分の筋肉だけを固め、他の部分の力を抜く事でダメージを逃すという方法などもある。
それらを駆使して、私はカナリオと渡り合った。
拳をあわせればわかるが、やはり彼女の強さは私以上だ。
力も早さも技術も、肉体的な部分ではどれも私に勝てる要素がない。
受けるダメージも思った以上に殺しきれない。
カナリオはとても強いのだ。
けれど、格上との戦いには慣れている。
父上。
ティグリス先生。
シュエット。
そんな私よりも強い連中と、私は戦ってきたんだ!
とても長い時間、戦っていた気がする。
でもきっと、そんなに時間は経っていない。
あまりにも濃密な時間を経験したせいで、長く感じただけだろう。
「おおおおおっ!」
私は渾身の力でカナリオの顔面を殴りつけた。
カナリオの体が傾ぐ。
が、次の瞬間強烈な蹴り上げが私の顎を捕らえた。
体が浮き上がり、そのまま地面に叩きつけられる。
その一撃で、私に立ち上がる力は完全になくなった。
私を見下ろすカナリオ。
そんな彼女の体がぐらりと揺れ、私の隣に倒れた。
力がなかったのは、彼女も同じだったらしい。
荒い息遣いが、互いの口から漏れる。
次第に、呼吸が整っていく。
「よかった……」
カナリオが呟く。
「何が?」
「あなたとまた、戦う事ができて……。私は、あなたに敗北したかった。その願いが、叶った……」
「引き分けであろう……」
カナリオは黙り込む。
しばらくして、とつとつと語り始めた。
「私の世界では、あなたは死んでいる。殺したのは、私です……」
アルディリアルートの話か。
「貴様が殺したわけではなかろう」
私が言うと、カナリオの驚く気配が伝わってきた。
「不思議な人……。どの世界のあなたも、私にとっては計り知れない人間なのですね」
小さく笑う。
「……あの人が死んだのは、戦場の最中。
サハスラータの兵を道連れに、その命は燃え尽きました。
その後、一度は落ち着いたサハスラータの攻勢もビッテンフェルトの人間が死んだ事で再び勢いを増しました。
あなたの死を知ったビッテンフェルト候は失意の内に戦死なされ、その奥方様も家族を亡くした悲しみから後を追うように自害なされた……」
あの後、そんな事があったのか……。
「丁度、一度学徒の兵役が解かれ、私とアルディリアが終業式を向かえた後の事でした。それから二年、私達は戦い続けた。サハスラータの軍勢を退けるまで……。私の青春は、戦場の中にあったのです」
「何故ビッテンフェルトを名乗る事になった?」
「私が、あなたを倒した人間だったから……。だから私は新たなビッテンフェルトとなったのです。再び、ビッテンフェルトの名を知らしめるために……。サハスラータを相手取るには、その名である方が都合良かったのです」
サハスラータを止めるために、象徴として名乗るようになったわけだ。
「アルディリアがあなたと成婚後、ビッテンフェルト家を継ぐ予定だった事を利用して私はビッテンフェルトになりました。
それからは顔を隠し、私はビッテンフェルトとしてサハスラータと戦いました。
そして、その強さを知らしめる事に私は成功しました。
サハスラータはビッテンフェルトとしての私を恐れるようになり、和睦が成立しました。
私は名実共に、ビッテンフェルトとなったのです」
「……」
「ですが、サハスラータを退けた後も戦いは終わらなかった」
「南部が攻めてきたか?」
「はい。私はそれからずっと戦い続けています。今も……。
アルディリアがその戦いで死に、彼との間にできた子供とももう何年も合っていない。
私の体と心は、もうボロボロです。
早く倒れてしまいたい。
誰かに負けて楽になりたい。何度もそう思いました。
でも、出来ないんですよ。私はもう、ビッテンフェルトなのですから。
私はアールネスにおける強さの象徴です。
私が崩れてしまえば、サハスラータとの戦いで消耗したアールネスは士気を維持できず、滅ぼされてしまうでしょう。
サハスラータだって攻めてくる……」
「そうだろうな」
「ビッテンフェルトとして生きる私にはもう、負ける事が許されなかった。それが許されるとすれば、相手はビッテンフェルトでなければならない……」
「だから、私に?」
カナリオは答えなかった。
だが、肯定したのだろう。
この世界の私に負けた所で、何にもならないだろうに……。
彼女の語る理屈は、おためごかしの理屈でしかない。
でも、そんなものに縋ってしまいたくなるほど、今の彼女は追い詰められているのだろう。
カナリオ。
あなたはいつも、重い物を背負おうとするね。
「私を、殺してくれませんか?」
そしてカナリオはそう申し出た。
「お断りだ」
私は上体を起した。
カナリオを見下ろした。
亡羊とした目が私を見詰め返していた。
「まだ、生きろ、と? まだ苦しめというのですか?」
「そうは言わぬ。アールネスの未来のために、なんて事ももちろん言わぬ。そもそも、一個人の背に命運を負わせるなど異常に過ぎる。私が言いたいのは、ここで死ねばもう子に会う事が二度と叶わぬようになるという事だ」
カナリオの目に、意思の光が灯った。
「ビッテンフェルトとして国のために戦う事が辛いなら、カナリオとして自分の幸せのために戦え。どのような心構えを持とうと、目指すべき結果は同じだ」
「目指すべき、結果?」
「どちらであっても、敵を倒す事に変わりはないではないか」
「そう、ですね」
「やまない雨は無い。苦しみの雲が消えて晴れ渡るその時まで、勝ち抜いて生き続けろ。カナリオ」
私は力の入らない体に力を込め、立ち上がろうとする。
「ありがとうございます」
背中に、カナリオのそんな言葉を受ける。
そのまま立ち上がろうとするが、結局体を支えきれずに転んだ。
やっぱりダメだ。
もう少し休んでいよう。
このまま格好良く去ろうと思ったのに……。
格好悪いなぁ。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
37
-
-
104
-
-
75
-
-
1168
-
-
0
-
-
125
-
-
841
-
-
314
-
-
2265
コメント