気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

三人のビッテンフェルト編 三話 黒恵会談

 謎のビッテンフェルトにやられたもう一人の私《クロエ》。
 介抱をしようと、うつ伏せになった彼女をひっくり返す。

 抱き上げた顔は血まみれになっていた。

 血まみれの自分の顔を見るとか、なんというホラーだ。
 ホラーは苦手だ。
 幽霊とかおばけとか超苦手である。
 それは前世からの事だけど、今世であってもそれは変わらない。

 だって幽霊は殴り倒せないからね。

「クロエフラッシュ!」

 自分の顔から白色を出して傷口を塞ぎ、出血を止めてからハンカチで顔から血を拭ってやる。
 すると、彼女が目を覚ました。

「おはよう。気分はどう?」
「……鼻くそをほじる力も残っちゃいねぇや」

 案外元気そうだ。

 現に、彼女はすぐに立ち上がった。

「しかし、どうしたもんかねぇ……。とりあえず、現状の説明をしてもらっていいかな? 私よりも、事情は知ってそうだし」
「わかった」

 私は彼女にいくつかの事を話した。
 ここが彼女にとってパラレルワールドである事を説明する。
 私が前世の記憶を持っている事も説明した。

 ちなみに、私は久し振りに日本語で話している。
 懐かしい。

 前世のお父さんとお母さん。
 可愛い弟妹達。
 元気にしているだろうか?

 私は元気です。
 男の娘と美少女と結婚しました。

「シュエット? この国の女神の名前じゃなかったっけ」
「そうだけど」
「それがなんで敵になってるの?」

 不思議そうに問われた。

 ん?

「シュエットはこのゲームのラスボスじゃない」
「乙女ゲーにラスボスなんているの?」

 私もこれ以外の乙女ゲームをした事がないので知らないが……。
 いるのもあるんじゃないだろうか?

「現にSEではいたでしょうよ。さっきのシュエット」
「SE? 効果音《サウンドエフェクト》?」
「スペシャルエディションの略だよ」
「何それ?」
「何って、「ヴィーナスファンタジア」に追加要素をつけた完全版だよ」
「え? そんなの知らないけど。「ヴィーナスファンタジア」は一作だけだったよ」
「ちょ、ちょっと待って。……じゃあ、あなたが死んだのって何年の何月ぐらい?」

 聞いてみると、私の死んだ時と同じみたいだ。
 その頃にはもう、SEも出ているし、遊び飽きるくらいには遊びつくしている時期である。
 つまり、彼女の持つ前世の記憶そのものからして、私にとってパラレルワールドという事だ。
 その結論を告げると、彼女も納得する。

「そっか、なるほどねぇ。それじゃあシュエットの事は知らないね。あれはSEになってから追加されたエンドだから」

 無論、ヴォルフラムくんの事も知らないだろう。

「ちなみに格闘ゲームは健在で、アルエットちゃんとヴァール王子もプレイアブルとして使えるようになったよ」
「マジで!? 使いたい! 特にアルエットちゃんが使いたい」
「トリッキーでそこそこ面白いよ。でも一通り使っても最終的にアードラーとティグリス先生に回帰するから一、二回使って満足するのがいいよ」
「そうなんだ……。でも、もう二度とその機会はないかもしれないけれどね」

 そうだね。
 もう、生涯格闘ゲームはできないだろうなぁ……。

 とまぁ、そういった事も含めて彼女とは色々と話をしたい所だが……。

「まぁ、それはいいとして……」

 私はじっくりと彼女の体を見た。

「何よ? そんなマジマジと見て」
「お前、いい体してるな」
「変形するたびに重量が変わるロボットのパイロットのスカウトならお断りします」
「いや、そうじゃない。ただ、最初から気になっていたけど、何でそんな破廉恥ルックなの?」

 今の彼女は、まるで麻の袋に袖穴をあけて無理やり袖を通しているような服を着ている。
 ていうか、本当に麻袋なんじゃないだろうな? それ。

 丈はギリギリだし、下には何も履いていない。
 コスパ最強のワンピースといった所だ。

「何その格好? 不沈艦なの? 「沈みません!」とか言うの? それとも、パンツじゃないから恥ずかしくないと言い張る軍人的な感じなの?」
「いや、そうじゃないけど……。こっちにもいろいろあるの!」
「ていうか……」

 私は彼女の服の裾を掴んだ。

「こらやめて、エッチ! 乱暴する気でしょう!」

 構わず捲った服の裾から、ペロッと素肌のお尻がのぞく。

「これ「パンツがないから恥ずかしいもん」パターンやないか!」
「やったなこのぉ! 日本を代表する妖精みたいな声しやがって!」
「あ? お前こそ、プロのお姉様みたいな声しやがって!」

 しばし不毛な言い争いをした。
 それを経て。

「まぁ、それがあなたの趣味ならとやかく言わないけど、ここにいる間はちゃんとした服を着て欲しい。服は提供するから」
「私だって好きでこんな格好しとらんわ。だから、その申し出は正直嬉しい」

 私達は和解した。



 それから私達は、実家に向かった。
 そっちの方が場所的に近かったからだ。

 使用人達は二人の私に多少混乱しているようだったが、構わずに自室へ向かわせてもらった。

 自室には、学生時代の服が残っていた。
 それを着てもらう。

 服を着て姿見を確認する、もう一人の私。

「きつい……」

 二重の意味でな。

「あんまり気付かなかったけど、成長していたんだな。あと、何でヘソなんて出してたんだろう?」
「放熱のためだよ」
「そうだけど……」

 結婚してからは既婚者が公然と素肌を晒すのは体裁が悪いから隠しているけれど、ぶっちゃけ熱いものは熱いので衝動的に出したくなる事は今でもある。
 夏とかサラシだけ巻いて過ごしていたいくらいだ。

「で、これからどうするの?」

 もう一人の私が訊ねてくる。

「勿論、あいつと戦うよ。ついでにシュエットも止める」
「そうなるよね。それにしても、あれは何者なんだろう……?」

 あれ、とは謎のビッテンフェルトの事だろう。

「あの人は私の事を知っていた。それに、妙な信頼も寄せている。私と交流のある人だったんだと思う。過去に戦った事もありそうな口ぶりでもあった」
「その割に、私の戦い方に戸惑っているようだったよ」
「そうなの?」
「うん。なんていうんだろう……。別段おかしな技を使ったわけでもないのに、予想外な事をされたみたいに対応が遅れる事があったよ」

 見ているだけじゃ気付かなかったけど、そんな攻防があったのか。
 多分、それはもう一人の私も同じだろうけどね。
 こっちも相手が何をしてくるかわからないから、初見《しょけん》殺しされた感じなんだろう。

「思ってたのと違う……。そんな事を思ったのかもしれないね」

 ふふ、と不敵に笑ってもう一人の私は言った。

 そういう事か……。

「あの人物が知っているクロエは私達《黒恵》じゃないんだ。多分、私達の記憶がない本来のクロエ。ゲームのキャラクターとしてのクロエと深く関わった人間なんだね」
「私もそう思う。ただ、どのクロエに関わったかはわからない」

 もう一人の私が同意する。

「じゃあ、誰だと思う?」
「真っ先に思い浮かぶのは、父上かなぁ……」

 何でパパ?

「どうして?」
「だって……」

 彼女は言い淀んだ。
 しばし逡巡し、私の方を見る。

「ねぇ、この世界の父上は今どうしてる?」
「もうとっくに帰って来て、今頃は母上……はまだ店かな。多分、レオと一緒にお風呂入っているんじゃないかな?」
「ああ、いるんだね……。あと、レオって誰?」
「弟だけど」

 彼女はちょっと驚いた。
 でも、すぐに俯いてしまう。

「そうなんだ……」

 彼女の世界では、レオパルドがいないのだろうか?

「実はさぁ……」

 彼女は口を開き、とつとつと語りだす。

「私の世界の父上って、今牢屋の中にいるんだよね……」
「え、そうなの?」

 今度は私が驚く番だった。
 思いがけない事に、思わず聞き返す。

「国家反逆罪になるのかな?」

 そう前置いて、彼女は自分の世界で起こった事を話してくれた。

 幼い頃に父上を打ち負かし、父上が家を出た事。
 その後、サハスラータに渡ってアールネスへ攻めてきた事。
 その理由が、自分に負けた屈辱を雪ぐためだった事……。

「そうなんだ……」

 それしか言えなかった。
 その話を聞いて、私は少しだけ恐ろしさを覚えた。

 私は、家を出ようとした父上の事を思い出す。
 あの時私は、偶然父上が出て行く場面に出くわした。
 そして引き止めた。

 あれがなければ、私の人生も彼女と同じ道を辿っていたかもしれない。

 アルディリアともアードラーとも一緒に暮らす事はできなくなっていたかもしれない。

 何より、父上から愛情を受けて接される事はなかっただろう……。

 私の覚えた恐ろしさは、まるで目隠しをされて歩き、立ち止まった場所が崖の淵だったかのような物だ。
 一歩間違えば、落ちてしまっていた。
 そんな恐怖だ。

「……で、その後に家が取り潰されちゃってね。家財一切国に没収」
「だから落ちぶれてそんな格好なの?」
「いや……これは……」

 再び言い淀む彼女。
 ただ、ちょっとだけ頬を染めていた。
 悲壮感はない。

「えっとねぇ」

 彼女は気を取り直すように前置いた。

「一度没落したけれど、私がサハスラータの戦いで積んだ武勲とその後に起きた南部の国の戦争で積んだ武勲。その二つを合わせて、何とかビッテンフェルト家は再興したんだよ」

 やっぱり、南部との戦争は起きたのか。

「それはよかった」
「で、アルディリアは予定通り、ビッテンフェルト家の婿養子に来てくれた」

 おお、何だ。
 ちゃんとアルディリアと結婚できているじゃないか。
 独り身なうえに奴隷落ちでもしているのかと思ったよ。

「で、再興するまでにいろいろとお金がかかってさぁ。私、アルディリアとアードラーから多額の借金を背負っちゃったんだよね」
「ん?」
「アルディリアの方は結婚して帳消しにしてもらったんだけどぉ……。でも、負い目みたいなものがあるじゃん?」
「まぁ、そうだよね。そんな経緯があれば」
「あんまり逆らえないじゃん? アルディリアにもアードラーにも……。で、そこそこアレな要求とかにも応えなくちゃいけないって感じになるじゃない?」

 何か話の方向が怪しくなってきたぞ……!

「だから、プレイ的な?」
「わかった。祈ってるんだな?」
「おおう、そうそう。祈り祈り。Prayだよ」
「ははは、相手に祈りたくなるくらいに恩を感じてるって事だよね」
「そうそう、流石私。わかってるぅ」

 どことなくよそよそしいやり取りをして、唐突な沈黙が二人の間に下りた。
 互いに目を合わせない。

 やがて、もう一人の私がぼそぼそと呟くように語り出す。

「……間が悪かっただけなんだよね。こんな格好するのも初めてだし……。アルディリアが帰ってくるのを待っていたら、ワームホール的な物が足元にできて……。咄嗟に飛び退いたら、飛び退いた先に別のワームホール的な物があってそのまま飛び込んじゃったんだよ」

 孔明の罠みたいだな……。
 だから彼女はその勢いで転がり出て来たのか。

「それはいいとして、あのビッテンフェルトの正体について話をしよう。多分、父上ではないと思うよ」
「体格がまったく違うからね」

 あの人物はもっと小さい。
 鎧のせいで威圧的だけれど、私よりも身長が低い。

「ちょっと考えたけれど、身長的に未来の私、って事もないね。態度も不自然だし」
「ああ、そんな考えもあったか。「理想を抱いて溺死しろ」とか言ってくるんだね」

 アチャー。

 しかし、本当に誰なんだろうか?

 そんな時、もう一人の私が部屋から出て行こうとする。

「ちょっとトイレ」
「ん。場所わかる?」
「わたしんちだもの」

 そりゃそうだ。

 彼女が部屋から出て行ってから、私は一人であのビッテンフェルトの正体について考えを巡らせた。

 あの動きの癖……。
 確かにどこかで見た事がある。

 どこだったか?

 それにあのビッテンフェルト流闘技……。

 身近な人であれを使うのは、父上かアルディリアぐらいだ。

 他には……。

 ……そういえば後一人いる。

 そこまで考えて、私はその正体に思い至った。

 ありえない話ではない。
 そういう事もあるか……。

 なら、あれの正体は恐らく……。

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