気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE
閑話 変な夢の話 4
俺の名はクロウ。
クロウ・ビッテンフェルト。
俺はかつて、地球の日本に住む平凡な高校生だった。
だが、屋上のフェンスに寄りかかった時、フェンスが外れて地面へと真っ逆さまに落ちていった。
きっとその時に俺は死んだのだろう。
そして気付いたら、俺は乙女ゲーム「ヴィーナスファンタジア」の攻《・》略《・》対《・》象《・》の一人、クロウ・ビッテンフェルトになっていた。
俺の前世での名前も黒羽《くろう》だったから、その関係でこんな奇怪な事になっちまったのかもしれないな。
クロウは、テーマカラーが黒という事もあって全身黒尽くめの服装をしている。
軍人の家系で、幼少の頃から父親からみっちりと厳しく鍛えられているという設定のキャラクターだ。
そんな設定だったら、もっとゴリゴリのマッチョになりそうなもんだが……。
実際は、スマートなイケメンだ。
筋肉質ではあるけどな。
まぁ、乙女ゲームだからな。
あんまりゴツゴツしすぎるのもダメなのかもな。
ちなみに顎も割れてないぜ?
むしろ尖ってる。
常識的な範囲でなっ!
ちなみに、男の俺が何故このゲームの事を知っているかといえば、それは妹がプレイしているのを見ていたから。
だから、内容とかはあんまり知らなかったりする。
知っているのは、キャラクターの見た目とさわりの設定程度である。
俺は今年から、シュエット魔法学園へ通う事になっていた。
ちなみに俺には婚約者がいる。
アルディリア・ラーゼンフォルトという小動物みたいな雰囲気の可愛らしい女の子だ。
俺は彼女を家まで迎えに行き、一緒に馬車で学園へ向かっていた。
「今日から学園に通うんだね。僕緊張しちゃうよ」
アルディリアは僕っ子だ。
「そうだな。でも大丈夫だ。俺がいるだろ? 何かあったら俺の所にくればいいさ。守ってやるからさ」
「うん……ありがとう……」
顔を俯けるアルディリア。
俯けられる間際、その顔が真っ赤になっていたのを俺は見逃さなかった。
可愛い奴だぜ。
それから学園に入学し、しばらく経った頃の事だ。
俺は廊下で二人の少女が言い争う場面に遭遇した。
一人はこのゲームの主人公。
俺を攻略しようとする存在だ。
もう一人は、このゲームにおける悪役令嬢の一人だった。
二人はしばらく言い争っていたが、途中で攻略対象の一人である王子が乱入した。
彼は悪役令嬢の婚約者だったが、主人公に味方する。
そして結果、悪役令嬢の方がこの場を去って行った。
俺はその悪役令嬢が気になって、後を追った。
向かったのは校舎裏だ。
そこで俺は、座り込んで落ち込む彼女の姿を見た。
先ほどの事を後悔しているように見えた。
今にも壊れてしまいそうだ。
と俺には思えた。
「おい」
リスを相手に話しかけていたそいつに、俺は声をかける。
放っておけないと思った。
「な、誰よあなた?」
「クロウ。クロウ・ビッテンフェルト」
「……そう、あなたが」
座り込んでいた。
悪役令嬢が立ち上がる。
リスに悩みを打ち明けていた弱々しさが消え、今までの姿とは違う毅然とした立ち居振る舞いで俺に向かい合う。
「私はアードラー・フェルディウスと申します」
「知ってるよ。公爵令嬢だろう?」
「そうですか。それで、私に何か御用?」
俺を拒絶するように、彼女の言葉は刺々しい。
「いや、気になっただけだ。大丈夫かどうか……」
「先ほどの事を仰っているのですか? それなら大丈夫です。あの程度の事なら……」
「嘘言ってるんじゃないよ。婚約者にあんな事を言われて、大丈夫なわけないじゃないか……。だから今も……」
俺は途中で言葉を止める。
アードラーは黙り込んだ。
やがて、彼女が口を開く。
「……だからと言って、どうしろと言うのです? 私が何を嘆こうと、誰も耳を傾けてはくださらないというのに……」
彼女の目尻に、うっすらと涙が浮かぶ。
「じゃあ、俺が聞く」
「え?」
「アードラーが何を嘆いているのかはわからない。きっと、俺なんかじゃ何の力にもなれない事を嘆いているのかもしれない。でもな、聞いてやるくらいはできる。それがどうしようもない事だろうが、人に話すだけでも案外楽になったりするものなんだぜ」
言うと、アードラーは俺の顔をじっと見詰めた。
アードラーは多分、悪役令嬢の中でも取り分けに美人だ。
そんな美少女に眺められて、ちょっと照れる。
不意に、彼女は小さく微笑んだ。
「あなたは、おかしな人ね。変わっているわ。ありがとう……。でも、気持ちだけ受け取らせていただきます」
「遠慮しなくてもいいぜ?」
「互いに、婚約者のある者同士。いらぬ邪推は本意ではないでしょう?」
「まぁ、そうだけどな……」
答えると、アードラーは去ろうとする。
「でもな!」
引き止めるように声を上げる。
彼女が足を止めた。
「それでもどうしようもなく辛いと思ったら、構わない。いつでも、相談に乗るぜ」
アードラーは答えず、振り返りもせずにその場を去って行った。
あの日のファーストコンタクトから時が過ぎ、春が終わろうとする季節。
夏迎えの祝い。
舞踏会の夜。
あれからずっと、俺はアードラーと話をする事はなかった。
時折、廊下ですれ違う時はある。
でも、言葉を交わす事はなかった。
うまく行っているという事なんだろうか。
しかし、どうやらそんな事はないようだった。
アルディリアを伴って、俺は会場へ入った。
そこで目にしたのは、主人公と踊る王子の姿だった。
アードラーは……どうした?
「クロウ。僕達も踊ろう」
「そうだな……」
アルディリアに乞われ、ダンスホールへ出る。
音楽に合わせて踊る。
そんな時だ。
こちらを見る視線に気付いた。
そちらを見ると、壁の花となっているアードラーの姿だ。
じっと、その視線は俺を捕らえていた。
やがて、ダンスが終わる。
「すまない、アルディリア。ちょっと、用事ができた」
「え、あ、うん。わかった……」
俺は気になって、アードラーの方へ向かった。
アードラーが俺に気付き、逃げるようにその場から離れる。
彼女はそのまま、会場から出て廊下の方へ向かった。
廊下に出て走り出す彼女。
間違いない。
俺から逃げているんだ。
けれど、本気で走れば俺の方が速いのは明白だった。
追いつき、その手を掴む。
「どうして逃げるんだ?」
「……別に、逃げているわけじゃないわ」
「お前今、辛いんじゃないのか?」
「……」
「だいたいはどうしてかわかるさ。わかってるけど……言えよ。その心の中にある物全部」
アードラーは振り返る。
「言えないわ……。この気持ちはきっと言えない」
「どうして?」
「もういいでしょう? 放して!」
アードラーは俺の手を振り払うと、そのまま走り去って行った。
「どういう事だってばよ……」
「クロウ……」
後ろから呼ばれる。
振り返るとアルディリアがいた。
「アルディリア」
「ねぇ、もしかしてクロウは、フェルディウスさんの事が好きなの?」
不安そうな目で、アルディリアは俺を見ていた。
「いや……わからねぇな。でも、気にはなる」
嘘は吐けなかった。
彼女が気になっている事は事実だ。
「じゃあ、やっぱり僕なんかより、フェルディウスさんの方がよかった?」
「それは無い」
きっぱりと言い切った。
「え?」
あまりにもきっぱりしていたからかもしれない。
彼女は驚きの声を上げた。
「俺はお前の事が好きだ。そっちは、間違いなく言い切れる事だよ」
「え? え?」
みるみる内にアルディリアの顔が赤くなる。
「俺は色恋とか、あんまりよくわからないけど。アルディリアと結婚できるんだなって思うと、素直に嬉しいんだ。婚約者とかそういうの関係なく、俺はお前と結婚したい。そう思ってる」
「クロウ……」
偽らざる気持ちだ。
俺はアルディリアが好きだった。
アルディリアを抱き寄せる。
そのおでこにキスした。
「あひゃあぁ……」
変な悲鳴を上げられる。
腕を解放すると、名残惜しそうにアルディリアが体を離した。
「でも、あいつも気になるんだよ。好きとかそういうものじゃないのかもしれないけどな。でも、気になるんだ。だから、今日は許してほしい」
「……うん。わかった」
俺が行こうとすると、服を掴まれた。
振り返る。
「あのね? 僕、クロウと一緒にいられるなら、側室でもいいよ?」
この国は、貴族階級以上に限ってなら正室と複数の側室を持つ事を許されている。
アードラーは公爵家だ。
もし嫁入りしてもらう事になれば、伯爵家のアルディリアがアードラーを差し置いて正室になる事は難しいかもしれない。
それでもいい、と彼女は言っているのだ。
だから、そういう気持ちを持っているのかもわからないってのに……。
ただ、気になるだけなんだから。
俺は再びアードラーに向き合った。
相変わらず壁の花になっていた彼女の前に立つ。
俺が目の前に立つまで、彼女は気付かなかった。
何故なら今の俺は、顔に仮面をつけていたからだ。
不審そうな顔で俺を見る彼女。
仮面を外すと少しの驚きを見せ、小さく溜息を吐いた。
「何の用かしら?」
「よお姉ちゃん、暇なら俺に付き合わない?」
「ふふ、何よそれ」
アードラーは小さく笑う。
「退屈そうにしてるから。踊らないか、と思ってさ」
「……やめておくわ」
答えを出すまでに少しの逡巡があった。
「あなたの婚約者に悪いもの」
「他の相手と踊っていいか、許可を取ったからだいじょうぶだ」
「そんな事を聞いたの? ……あなたは悪い男ね。いいえ、酷い男だわ」
俺は手を差し出した。
「それで……踊っていただけますか?」
「……いいわ。喜んで」
彼女が俺の手に自分の手を重ねた。
手を取りあったままダンスホールへ向かう。
二人、踊る。
どこからか、感嘆の声が聞こえた。
俺は上手く踊れているようだ。
「踊りが上手ね」
「婚約者に恥をかかせたくなかったからな。必死で練習した」
「……あなたの婚約者が羨ましいわね」
「それは、リオン王子よりも俺の方がいい男って意味かな?」
「…………」
「それは言い過ぎか」
俺は苦笑する。
「そうでも……ないわよ……」
呟くような声で彼女は答えた。
曲が終わり、俺達はダンスを止めた。
ダンスホールから出る。
「ありがとう。いい気分だった。みんなの視線、釘付けだ」
「ならよかったわ」
繋いだ手を放そうとする。
けれど、彼女が掴んで放してくれなかった。
「……あなたは本当に、酷い男ね」
囁くように告げると、彼女は手を放す。
そのまま、人々の中に紛れるようにして彼女は俺から離れていった。
あれからどれだけ経っただろう。
特に波乱があるわけでもなく、平穏な学園生活が過ぎていった。
その間、アードラーとはやはり言葉を交わす機会は訪れなかった。
ただただ俺はアルディリアと共に時を過ごし、絆を育む日々を送っていた。
そんなある日の事だった。
「クロウ! 大変だよ! フェルディウスさんが!」
アルディリアが慌てた様子で俺の教室まで来た。
「どうした?」
「ついてきて!」
俺はアルディリアに連れられるまま、講堂まで行った。
そこであった光景は、アードラーがリオン王子に糾弾される姿だった。
断罪イベントという奴だろうか?
確か、このゲームにもあったんだったか……。
きっと今行われているこれが、そうなのだろう。
リオン王子は一方的に、アードラーを責め立てていた。
どうやらアードラーは、カナリオをイジメていたらしい。
その罪を断じているのだという。
アードラーはその口上を黙って聞いていた。
そして彼女に、王子は国外追放を言い渡した。
その光景が俺には、不快で堪らなかった。
アードラーが本当に、王子が言ったような事をしていたのかは知らない。
だが、彼女が甚振《いたぶ》られているかのような、この状況は見過ごせなかった。
「アルディリア」
「何?」
「悪いけど。俺、放っておけないわ」
「うん。そう言うと思ってた」
アルディリアは笑顔で返してくれた。
迷いが少し和らいだ。
俺は、講堂の中央へ向かった。
アードラーとリオン王子がいる場所だ。
「何だ? そなたは」
リオン王子が俺に気付いて声をあげる。
「クロウ……」
アードラーが俺の名を呟く。
「見るに耐えなかったので出てきました。殿下」
「見覚えがあるな、そなた……。夏迎えの祝いで、アードラーと踊った男か」
「ええ、まぁ」
王子は不快そうに鼻を鳴らす。
「ふん、やはりか……。そなたは不貞まで犯していたというわけだ」
アードラーへ向き、言葉を吐く王子。
そんな王子の襟首へ手を伸ばし、掴みあげた。
「それはあんたが言えるこっちゃないだろう?」
低い声で、威嚇するように告げる。
襟首を締め上げてやると、苦しげに王子は呻く。
そして、顔に頭突きをかました。
その勢いで王子が倒れた。
「だが、これも仕方ない事だぜ。何せ、俺の方があんたよりいい男だからな」
不敵に笑いかけると、王子は悔しげに顔を歪めた。
「俺の名はクロウ。クロウ・ビッテンフェルトだ。ビッテンフェルト将軍の息子だ。だが、俺はお前に仕えるつもりはない。お前がアードラーを国外追放すると言うのなら、俺も一緒に国を出て行く!」
「何だと?」
「クロウ・ビッテンフェルト。これにて失礼仕る!」
そう告げて振り返ると、二人の生徒と衛兵がこちらに飛び掛ってきていた。
飛び掛ってくる男子生徒を蹴り飛ばし、掴みかかって腕を捻ろうとした女子生徒を逆に捻って転ばせる。
衛兵達も適当に蹴散らした。
俺はアードラーの手を取る。
「行こうか」
「でも……」
「どうせもう、この国の人間じゃない」
「……そうね」
俺はアードラーを抱き上げた。
お姫様抱っこだ。
講堂から出て行く。
その途中、アルディリアに目を向ける。
「僕も一緒していいんだよね?」
「ああ。すまないな。これから、苦労かけてしまうかもしれない」
「いいよ。クロウと一緒だから」
私達は三人で外へ出た。
「馬鹿な事をしたわね、あなた……」
「そうでもねぇよ」
「いいえ、馬鹿よ……。馬鹿なんだから……」
アードラーが俺の首に抱きついてきた。
何か温かいものが首筋を伝っていった。
アードラーの言葉に、俺は返した。
それから俺は、自宅へ帰った。
両親に事情を話し、勘当してもらうためだ。
だが結果として、何故か一家全員で家を出ようという話になった。
そうして出て行く準備をしていた時、王子がしでかした事について陛下が謝りに来た。
そして、気付けばアードラーの国外追放は取り消され、俺が王子にしでかしてしまった不敬罪も許されていた。
その時に、アードラーは陛下からお詫びとして何か願いを叶えると申し出られた。
申し出に対してアードラーが願ったのは、俺の婚約者になる事。
それも、婚約者から正室の座を奪うのが申し訳ないから、アルディリアも揃って二人共正室として迎えられるようにするという物だった。
それから三年近く経ち、俺達は学園を卒業した。
今日は結婚式である。
俺の両隣には、二人の花嫁がいた。
アルディリアとアードラーだ。
二人に口付けを交わす。
頬を染める二人。
そんな二人を見て、俺は二人をこれからもずっと守り、幸せにしたいと思った。
可愛らしい二人を俺は、両腕でそっと抱き寄せた。
起きると、朝日が部屋を照らしていた。
夢だったみたいだ。
内容はしっかり憶えている。
私がアードラーと何故か女体化していたアルディリアをお嫁さんにする夢だ。
何でこんな夢みたんだろう?
でも……私が男に生まれていて、この世界に生まれ変わっていたらそうなっていたのかもしれないなぁ……。
そういう人生も面白そうだ……。
そう思い、私は左右を見た。
私の両腕を枕にするアルディリアとアードラーが、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
ニーサン状態である。
……私が男でも女でも、あんまり変わらない気がしてきたな。
クロウ・ビッテンフェルト。
俺はかつて、地球の日本に住む平凡な高校生だった。
だが、屋上のフェンスに寄りかかった時、フェンスが外れて地面へと真っ逆さまに落ちていった。
きっとその時に俺は死んだのだろう。
そして気付いたら、俺は乙女ゲーム「ヴィーナスファンタジア」の攻《・》略《・》対《・》象《・》の一人、クロウ・ビッテンフェルトになっていた。
俺の前世での名前も黒羽《くろう》だったから、その関係でこんな奇怪な事になっちまったのかもしれないな。
クロウは、テーマカラーが黒という事もあって全身黒尽くめの服装をしている。
軍人の家系で、幼少の頃から父親からみっちりと厳しく鍛えられているという設定のキャラクターだ。
そんな設定だったら、もっとゴリゴリのマッチョになりそうなもんだが……。
実際は、スマートなイケメンだ。
筋肉質ではあるけどな。
まぁ、乙女ゲームだからな。
あんまりゴツゴツしすぎるのもダメなのかもな。
ちなみに顎も割れてないぜ?
むしろ尖ってる。
常識的な範囲でなっ!
ちなみに、男の俺が何故このゲームの事を知っているかといえば、それは妹がプレイしているのを見ていたから。
だから、内容とかはあんまり知らなかったりする。
知っているのは、キャラクターの見た目とさわりの設定程度である。
俺は今年から、シュエット魔法学園へ通う事になっていた。
ちなみに俺には婚約者がいる。
アルディリア・ラーゼンフォルトという小動物みたいな雰囲気の可愛らしい女の子だ。
俺は彼女を家まで迎えに行き、一緒に馬車で学園へ向かっていた。
「今日から学園に通うんだね。僕緊張しちゃうよ」
アルディリアは僕っ子だ。
「そうだな。でも大丈夫だ。俺がいるだろ? 何かあったら俺の所にくればいいさ。守ってやるからさ」
「うん……ありがとう……」
顔を俯けるアルディリア。
俯けられる間際、その顔が真っ赤になっていたのを俺は見逃さなかった。
可愛い奴だぜ。
それから学園に入学し、しばらく経った頃の事だ。
俺は廊下で二人の少女が言い争う場面に遭遇した。
一人はこのゲームの主人公。
俺を攻略しようとする存在だ。
もう一人は、このゲームにおける悪役令嬢の一人だった。
二人はしばらく言い争っていたが、途中で攻略対象の一人である王子が乱入した。
彼は悪役令嬢の婚約者だったが、主人公に味方する。
そして結果、悪役令嬢の方がこの場を去って行った。
俺はその悪役令嬢が気になって、後を追った。
向かったのは校舎裏だ。
そこで俺は、座り込んで落ち込む彼女の姿を見た。
先ほどの事を後悔しているように見えた。
今にも壊れてしまいそうだ。
と俺には思えた。
「おい」
リスを相手に話しかけていたそいつに、俺は声をかける。
放っておけないと思った。
「な、誰よあなた?」
「クロウ。クロウ・ビッテンフェルト」
「……そう、あなたが」
座り込んでいた。
悪役令嬢が立ち上がる。
リスに悩みを打ち明けていた弱々しさが消え、今までの姿とは違う毅然とした立ち居振る舞いで俺に向かい合う。
「私はアードラー・フェルディウスと申します」
「知ってるよ。公爵令嬢だろう?」
「そうですか。それで、私に何か御用?」
俺を拒絶するように、彼女の言葉は刺々しい。
「いや、気になっただけだ。大丈夫かどうか……」
「先ほどの事を仰っているのですか? それなら大丈夫です。あの程度の事なら……」
「嘘言ってるんじゃないよ。婚約者にあんな事を言われて、大丈夫なわけないじゃないか……。だから今も……」
俺は途中で言葉を止める。
アードラーは黙り込んだ。
やがて、彼女が口を開く。
「……だからと言って、どうしろと言うのです? 私が何を嘆こうと、誰も耳を傾けてはくださらないというのに……」
彼女の目尻に、うっすらと涙が浮かぶ。
「じゃあ、俺が聞く」
「え?」
「アードラーが何を嘆いているのかはわからない。きっと、俺なんかじゃ何の力にもなれない事を嘆いているのかもしれない。でもな、聞いてやるくらいはできる。それがどうしようもない事だろうが、人に話すだけでも案外楽になったりするものなんだぜ」
言うと、アードラーは俺の顔をじっと見詰めた。
アードラーは多分、悪役令嬢の中でも取り分けに美人だ。
そんな美少女に眺められて、ちょっと照れる。
不意に、彼女は小さく微笑んだ。
「あなたは、おかしな人ね。変わっているわ。ありがとう……。でも、気持ちだけ受け取らせていただきます」
「遠慮しなくてもいいぜ?」
「互いに、婚約者のある者同士。いらぬ邪推は本意ではないでしょう?」
「まぁ、そうだけどな……」
答えると、アードラーは去ろうとする。
「でもな!」
引き止めるように声を上げる。
彼女が足を止めた。
「それでもどうしようもなく辛いと思ったら、構わない。いつでも、相談に乗るぜ」
アードラーは答えず、振り返りもせずにその場を去って行った。
あの日のファーストコンタクトから時が過ぎ、春が終わろうとする季節。
夏迎えの祝い。
舞踏会の夜。
あれからずっと、俺はアードラーと話をする事はなかった。
時折、廊下ですれ違う時はある。
でも、言葉を交わす事はなかった。
うまく行っているという事なんだろうか。
しかし、どうやらそんな事はないようだった。
アルディリアを伴って、俺は会場へ入った。
そこで目にしたのは、主人公と踊る王子の姿だった。
アードラーは……どうした?
「クロウ。僕達も踊ろう」
「そうだな……」
アルディリアに乞われ、ダンスホールへ出る。
音楽に合わせて踊る。
そんな時だ。
こちらを見る視線に気付いた。
そちらを見ると、壁の花となっているアードラーの姿だ。
じっと、その視線は俺を捕らえていた。
やがて、ダンスが終わる。
「すまない、アルディリア。ちょっと、用事ができた」
「え、あ、うん。わかった……」
俺は気になって、アードラーの方へ向かった。
アードラーが俺に気付き、逃げるようにその場から離れる。
彼女はそのまま、会場から出て廊下の方へ向かった。
廊下に出て走り出す彼女。
間違いない。
俺から逃げているんだ。
けれど、本気で走れば俺の方が速いのは明白だった。
追いつき、その手を掴む。
「どうして逃げるんだ?」
「……別に、逃げているわけじゃないわ」
「お前今、辛いんじゃないのか?」
「……」
「だいたいはどうしてかわかるさ。わかってるけど……言えよ。その心の中にある物全部」
アードラーは振り返る。
「言えないわ……。この気持ちはきっと言えない」
「どうして?」
「もういいでしょう? 放して!」
アードラーは俺の手を振り払うと、そのまま走り去って行った。
「どういう事だってばよ……」
「クロウ……」
後ろから呼ばれる。
振り返るとアルディリアがいた。
「アルディリア」
「ねぇ、もしかしてクロウは、フェルディウスさんの事が好きなの?」
不安そうな目で、アルディリアは俺を見ていた。
「いや……わからねぇな。でも、気にはなる」
嘘は吐けなかった。
彼女が気になっている事は事実だ。
「じゃあ、やっぱり僕なんかより、フェルディウスさんの方がよかった?」
「それは無い」
きっぱりと言い切った。
「え?」
あまりにもきっぱりしていたからかもしれない。
彼女は驚きの声を上げた。
「俺はお前の事が好きだ。そっちは、間違いなく言い切れる事だよ」
「え? え?」
みるみる内にアルディリアの顔が赤くなる。
「俺は色恋とか、あんまりよくわからないけど。アルディリアと結婚できるんだなって思うと、素直に嬉しいんだ。婚約者とかそういうの関係なく、俺はお前と結婚したい。そう思ってる」
「クロウ……」
偽らざる気持ちだ。
俺はアルディリアが好きだった。
アルディリアを抱き寄せる。
そのおでこにキスした。
「あひゃあぁ……」
変な悲鳴を上げられる。
腕を解放すると、名残惜しそうにアルディリアが体を離した。
「でも、あいつも気になるんだよ。好きとかそういうものじゃないのかもしれないけどな。でも、気になるんだ。だから、今日は許してほしい」
「……うん。わかった」
俺が行こうとすると、服を掴まれた。
振り返る。
「あのね? 僕、クロウと一緒にいられるなら、側室でもいいよ?」
この国は、貴族階級以上に限ってなら正室と複数の側室を持つ事を許されている。
アードラーは公爵家だ。
もし嫁入りしてもらう事になれば、伯爵家のアルディリアがアードラーを差し置いて正室になる事は難しいかもしれない。
それでもいい、と彼女は言っているのだ。
だから、そういう気持ちを持っているのかもわからないってのに……。
ただ、気になるだけなんだから。
俺は再びアードラーに向き合った。
相変わらず壁の花になっていた彼女の前に立つ。
俺が目の前に立つまで、彼女は気付かなかった。
何故なら今の俺は、顔に仮面をつけていたからだ。
不審そうな顔で俺を見る彼女。
仮面を外すと少しの驚きを見せ、小さく溜息を吐いた。
「何の用かしら?」
「よお姉ちゃん、暇なら俺に付き合わない?」
「ふふ、何よそれ」
アードラーは小さく笑う。
「退屈そうにしてるから。踊らないか、と思ってさ」
「……やめておくわ」
答えを出すまでに少しの逡巡があった。
「あなたの婚約者に悪いもの」
「他の相手と踊っていいか、許可を取ったからだいじょうぶだ」
「そんな事を聞いたの? ……あなたは悪い男ね。いいえ、酷い男だわ」
俺は手を差し出した。
「それで……踊っていただけますか?」
「……いいわ。喜んで」
彼女が俺の手に自分の手を重ねた。
手を取りあったままダンスホールへ向かう。
二人、踊る。
どこからか、感嘆の声が聞こえた。
俺は上手く踊れているようだ。
「踊りが上手ね」
「婚約者に恥をかかせたくなかったからな。必死で練習した」
「……あなたの婚約者が羨ましいわね」
「それは、リオン王子よりも俺の方がいい男って意味かな?」
「…………」
「それは言い過ぎか」
俺は苦笑する。
「そうでも……ないわよ……」
呟くような声で彼女は答えた。
曲が終わり、俺達はダンスを止めた。
ダンスホールから出る。
「ありがとう。いい気分だった。みんなの視線、釘付けだ」
「ならよかったわ」
繋いだ手を放そうとする。
けれど、彼女が掴んで放してくれなかった。
「……あなたは本当に、酷い男ね」
囁くように告げると、彼女は手を放す。
そのまま、人々の中に紛れるようにして彼女は俺から離れていった。
あれからどれだけ経っただろう。
特に波乱があるわけでもなく、平穏な学園生活が過ぎていった。
その間、アードラーとはやはり言葉を交わす機会は訪れなかった。
ただただ俺はアルディリアと共に時を過ごし、絆を育む日々を送っていた。
そんなある日の事だった。
「クロウ! 大変だよ! フェルディウスさんが!」
アルディリアが慌てた様子で俺の教室まで来た。
「どうした?」
「ついてきて!」
俺はアルディリアに連れられるまま、講堂まで行った。
そこであった光景は、アードラーがリオン王子に糾弾される姿だった。
断罪イベントという奴だろうか?
確か、このゲームにもあったんだったか……。
きっと今行われているこれが、そうなのだろう。
リオン王子は一方的に、アードラーを責め立てていた。
どうやらアードラーは、カナリオをイジメていたらしい。
その罪を断じているのだという。
アードラーはその口上を黙って聞いていた。
そして彼女に、王子は国外追放を言い渡した。
その光景が俺には、不快で堪らなかった。
アードラーが本当に、王子が言ったような事をしていたのかは知らない。
だが、彼女が甚振《いたぶ》られているかのような、この状況は見過ごせなかった。
「アルディリア」
「何?」
「悪いけど。俺、放っておけないわ」
「うん。そう言うと思ってた」
アルディリアは笑顔で返してくれた。
迷いが少し和らいだ。
俺は、講堂の中央へ向かった。
アードラーとリオン王子がいる場所だ。
「何だ? そなたは」
リオン王子が俺に気付いて声をあげる。
「クロウ……」
アードラーが俺の名を呟く。
「見るに耐えなかったので出てきました。殿下」
「見覚えがあるな、そなた……。夏迎えの祝いで、アードラーと踊った男か」
「ええ、まぁ」
王子は不快そうに鼻を鳴らす。
「ふん、やはりか……。そなたは不貞まで犯していたというわけだ」
アードラーへ向き、言葉を吐く王子。
そんな王子の襟首へ手を伸ばし、掴みあげた。
「それはあんたが言えるこっちゃないだろう?」
低い声で、威嚇するように告げる。
襟首を締め上げてやると、苦しげに王子は呻く。
そして、顔に頭突きをかました。
その勢いで王子が倒れた。
「だが、これも仕方ない事だぜ。何せ、俺の方があんたよりいい男だからな」
不敵に笑いかけると、王子は悔しげに顔を歪めた。
「俺の名はクロウ。クロウ・ビッテンフェルトだ。ビッテンフェルト将軍の息子だ。だが、俺はお前に仕えるつもりはない。お前がアードラーを国外追放すると言うのなら、俺も一緒に国を出て行く!」
「何だと?」
「クロウ・ビッテンフェルト。これにて失礼仕る!」
そう告げて振り返ると、二人の生徒と衛兵がこちらに飛び掛ってきていた。
飛び掛ってくる男子生徒を蹴り飛ばし、掴みかかって腕を捻ろうとした女子生徒を逆に捻って転ばせる。
衛兵達も適当に蹴散らした。
俺はアードラーの手を取る。
「行こうか」
「でも……」
「どうせもう、この国の人間じゃない」
「……そうね」
俺はアードラーを抱き上げた。
お姫様抱っこだ。
講堂から出て行く。
その途中、アルディリアに目を向ける。
「僕も一緒していいんだよね?」
「ああ。すまないな。これから、苦労かけてしまうかもしれない」
「いいよ。クロウと一緒だから」
私達は三人で外へ出た。
「馬鹿な事をしたわね、あなた……」
「そうでもねぇよ」
「いいえ、馬鹿よ……。馬鹿なんだから……」
アードラーが俺の首に抱きついてきた。
何か温かいものが首筋を伝っていった。
アードラーの言葉に、俺は返した。
それから俺は、自宅へ帰った。
両親に事情を話し、勘当してもらうためだ。
だが結果として、何故か一家全員で家を出ようという話になった。
そうして出て行く準備をしていた時、王子がしでかした事について陛下が謝りに来た。
そして、気付けばアードラーの国外追放は取り消され、俺が王子にしでかしてしまった不敬罪も許されていた。
その時に、アードラーは陛下からお詫びとして何か願いを叶えると申し出られた。
申し出に対してアードラーが願ったのは、俺の婚約者になる事。
それも、婚約者から正室の座を奪うのが申し訳ないから、アルディリアも揃って二人共正室として迎えられるようにするという物だった。
それから三年近く経ち、俺達は学園を卒業した。
今日は結婚式である。
俺の両隣には、二人の花嫁がいた。
アルディリアとアードラーだ。
二人に口付けを交わす。
頬を染める二人。
そんな二人を見て、俺は二人をこれからもずっと守り、幸せにしたいと思った。
可愛らしい二人を俺は、両腕でそっと抱き寄せた。
起きると、朝日が部屋を照らしていた。
夢だったみたいだ。
内容はしっかり憶えている。
私がアードラーと何故か女体化していたアルディリアをお嫁さんにする夢だ。
何でこんな夢みたんだろう?
でも……私が男に生まれていて、この世界に生まれ変わっていたらそうなっていたのかもしれないなぁ……。
そういう人生も面白そうだ……。
そう思い、私は左右を見た。
私の両腕を枕にするアルディリアとアードラーが、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
ニーサン状態である。
……私が男でも女でも、あんまり変わらない気がしてきたな。
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