気付いたら、豪傑系悪役令嬢になっていた SE

8D

百二十五話 限界バトル

 女神シュエット。
 彼女は「ヴィーナスファンタジア」という作品、そのタイトルの元となった女神であり、作中の最後のラスボスである。

 乙女ゲームにラスボスという言い方もおかしいのだが、嘘は言っていないのだから仕方がない。

 テーマカラーは闇色。
 全体的に黒いが、テーマカラー黒はクロエが既にいたので闇色となったらしい。

 そして格闘ゲームにおけるプレイアブルキャラクターの一人である。

 基本的な技の構成はカナリオと一緒だが、全体的にカナリオよりも高性能である。
 判定も強く、威力もやや高め。
 そして、空中飛び道具と特殊ステップ、地面から黒色を出して捕らえる遠距離投げ技が追加されている。

 モーション類はカナリオとかなり違う。
 スライム状になって攻撃する攻撃技が多い。
 攻撃を当てられると、某名作映画に出てくる体を液体金属化できる敵役みたいに体がぐにゃりと変形する。

 超必殺技は飛び道具の強化版と特殊なコマンドのガード不能技。
 ガード不能技は、特殊ステップの動作で近付いて当たると画面が暗転。
 暗転が終わると相手が倒れているというものだ。

 固有フィールドは攻撃を当てると自分の体力が回復するようになるという物である。

 色々な部分で強い彼女だが、弱点がないわけではない。
 全体的に強い分、体力が他のキャラクターよりも低めになっているのだ。

 ただ、ヴォルフラムルートのラスボスとして登場する彼女は、その弱点がない。
 ヴォルフラムくんがイベント戦闘として固有フィールドの銀狼騎士フォームで戦うように、彼女も常に固有フィールド状態だ。
 その上、体力が通常の三倍ほどある。

 しかもそれを操るCPUが異常に強く、難易度設定もできない。

 格闘ゲーム上級者の私にとってはそれほど難しくなかったけどね(ドヤァ!)。

 でも、一般的に見れば難易度がかなり高い相手なのは確か。
 そのため、技術的な面でヴォルフラムくんのルートを断念した乙女達は多いという話だ。

 何故難易度設定ができない? という苦情が寄せられた際、開発者は……。

「これは乙女ゲームですよ?」

 とコメントして乙女達からの怒りを買った経緯がある。

 後に、比較的楽に倒せるパターンが発掘され、クリアできる乙女達が増えた。

 ちなみに、カナリオの強化版であるためカナリオはもちろん、カナリオと互角の調整がなされているクロエにとって苦手なキャラクターである。
 七対三の割合でクロエにとって不利な相手となっている。

 ちなみに、性能の都合でアードラーとティグリス先生を苦手としている。
 二人とも、白色を使えないんだけど……。



 聖域の中、互いを打つ打撃音と岩の砕ける音が響き渡る。

 私とシュエットが戦う音だ。

 直径三十メートルの球形となる空間。
 本気を出せば、一瞬で詰められるような私にとっては狭い空間である。

 それはシュエットとて同じ事であり、私とシュエットは互いに聖域内の空間を縦横無尽に飛び回りながら戦っていた。

 シュエットの拳が当たり、私の体が岩壁へ叩きつけられる。
 追撃に飛び込んできたシュエットの蹴りを避け、逆に殴りつける。
 シュエットの体が吹き飛ばされ、地面を抉りながら転がっていく。
 私は岩壁を蹴って、そんなシュエットを追った。

 途中で体を液状化し、立ち上がった体勢で私を迎え撃とうとするシュエット。
 私はそんなシュエットへ拳のラッシュを仕掛けた。
 シュエットは避けず、ラッシュの攻防に応じる。

 時に防がれ、互いに拳を身へと受けあい、拳同士がぶつかり合う。
 私の拳がぶつかると、シュエットは「くっ」と呻き声を上げ、体が若干ぶれるのが見える。

 それは私の攻撃が、シュエットにダメージを与えられているという証拠だ。

 ペンダントの白色はやはり彼女に有効のようだった。

 これを使うのがカナリオなら、神性も合わさって四倍ダメージでこうかはばつぐんなわけであるが、私が使っても十分に戦えるようだ。
 これは本当に、倒せてしまうかもしれない。

 けれど……。

 シュエットの拳が私の腹を抉る。

 拳が……とてつもなく重い……。

 私は後ろへ飛び退いて威力を削ぐ。
 そんな私へ、シュエットは真っ黒な闇の弾を放つ。

「ファイエルッ!」

 私も魔力で作った炎の弾を放って闇の弾を相殺する。

 格闘ゲームにおける飛び道具技だ。
 私が実戦で使うのは初めてではないだろうか。

 シュエットの攻撃はどれも強力だ。
 倒すよりも先に、私が先に力尽きてしまう事は十分にありえた。

 本当に強い相手だ……。

 でも、逃げるにはまだ早い!

 私の立つ地面から、黒い物が滲み出す。
 前に跳んでそこから離れると、今まで立っていた場所から黒色の腕が何本も突き出された。
 シュエットの遠距離投げだ。

 私はそのまま走ってシュエットへと距離を詰め、拳を振るう。
 シュエットの顔を狙った拳が受け止められ、迎撃として向けられた拳を私も受け止めた。
 組み合う形になる。

「貴様、ワシの動きを知っているような動きじゃな? もしや、やはりワシの同類なのか?」

 シュエットが訊ねてくる。

「いや、私は人間だ。ただ、知っているんだ。私の世界には「己を知り、相手を知れば百戦危うからず」という言葉があるからね」
「「私の世界」……じゃと……?」

 私は掴まれた拳を振り払うと、ボディーを狙い打った。
 その腕がシュエットの腹を貫通する。
 貫通した腕が締め付けられる。

 シュエットがわざと穴を開け、私の腕を捕らえたのだ。
 身動き取れなくなった私にシュエットが拳を振るう。
 防いでからこちらも拳で反撃。
 だが、それも避けられてさらに蹴りの一撃を顎に受けて私は吹き飛んだ。

「ふん! 関係ない事じゃ! 貴様が何者であろうと、ワシの敵ではない!」

 こっちの動きが見切られ始めている……。
 流石は神様だ。

 このままじゃダメだね。

 私はシュエットへと突撃した。

「キャストオフ!」

 走りながら叫ぶ。
 変身が解除され、変身セットのパーツが辺りに散った。

 上着がなくなり、私はシャツ姿になる。

「また目くらましか! 無駄な事じゃ!」

 言葉通り、私が放った拳がなんなく防がれる。
 が、すぐさま私は魔力を駆使したブースト(ホバー移動)でシュエットの背後へ回り込んだ。

「なにぃ、速い!?」

 驚きつつもなんとか防ぐシュエット。
 だが、私の連撃はそれで終わりじゃない。

 ガンガンと攻撃を加える。
 シュエットも先ほどと同じように対応するが、先程よりも攻撃を防げなくなっていた。

 私の攻撃が一方的に当たるようになる。
 対して向こうの攻撃は私にクリーンヒットしない。
 掠るような攻撃を幾度か受けたぐらいだ。

 衣服が数箇所破れる程度のダメージしかない。

 変身セットは防御と打撃力を補えるが、その分重いので速さが落ちる。
 そのため変身セットを装備したままでは勝てないと思い、私は変身を解いたのだ。

 シュエットの強烈な攻撃に対して防御を捨てる事を考えれば、諸刃の剣ではあったが今は速さが重要だと思った。
 攻撃が効いても、当たらなければお話にならない。

「調子に、乗るでない!」

 シュエットの体が黒い液状になり、十数本の触手が伸ばされる。
 そのまま高速で回転する。

 触手がしなり、鞭のように私へ振るわれる。

 流石に避けきれず、私はその攻撃を全身に受けた。

 威力は低いが、鞭の一撃は避けにくく、鋭かった。

 触手の攻撃にさらされ、シャツがボロ布のようになった。

 シュエットはすぐさま元の人型へ戻ると、触手で怯んだ私に拳を捻り込んだ。
 回避動作すら取れず、シュエットの一撃を受ける。
 私は後ろへ殴り飛ばされた。

 着地に失敗して、一度地面を転がってから立ち上がる。

 体中に擦過傷ができ、出血している。

 本当に効くなぁ……。
 ボロボロだ……。

 でも、まだいけるよ。

 額を流れる血を拭い、原型を留めなくなったシャツを破り脱ぎ捨てる。

 黒のロングパンツと胸に巻いたサラシだけの姿になった。
 あとは、首にかかるペンダントだけだ。

「ふん。無様な姿だな。諦めてしまえばどうじゃ? ここまでワシを追い詰めた賞賛として、苦しまぬよう一思いに殺してやるぞ」
「まだまだ、これからだよ。だって、まだあんたを倒してないからね」

 私は力を感じていた。

 ペンダントから流れる白色が私の体を満たしている。
 けれど、その力が最初の時よりも増しているように思えた。

 戦っている間も、少しずつ、少しずつ、ペンダントから流れてくる白色が強くなっていくのを感じていた。

 私の全身の傷が自然と治っていく。

 みんなの信頼を感じる。
 きっと、私が信じて欲しいと言った人達だけじゃない。

 私が信じて欲しいと頼んだ人達が、さらに別の人へ私の事を伝えてくれたのだろう。

 学園の友達。
 軍の人達。
 国衛院の人達。
 王城の人々。
 漆黒の闇(略)のファンクラブの人達からの信頼もあるかもしれない。

 そんな多くの人達が私に力を与えてくれている……。

「ふふふ」
「何がおかしい?」
「とんだペテンだ」

 何が一人で戦いたいだ。
 結局の所、私は一人じゃなかったんじゃないか。

「不公平だなって思っただけだよ」
「わけのわからん事を!」

 飛び掛ってくるシュエット。
 そんな彼女を迎え撃った。



 それからどれだけ経っただろうか。
 シュエットとの長い攻防。
 その末、私は地面に力なく座り込んでいた。

 そんな私の前では、顔の左半分だけになったシュエットが転がっている。

 長い戦いを経て、私はシュエットの体を構成する黒色の大半を消滅させる事に成功した。
 つまり、勝利したのだ。

「くっ、おのれーっ! これで勝ったと思うな!」
「いや、どう見ても私の勝ちでしょうよ」

 私に彼女を消滅させる力がないと知っているからか、妙に強気な態度のシュエット。
 そんな彼女に私は苦笑して言った。

「ワシは負けていない! ワシは決して滅びぬ。必ずや、またお前の前に姿を現す。何度も何度も、お前がワシの前に倒れ伏すまで、ワシは何度でも蘇り貴様をつけ狙ってやるのじゃ! 覚悟するがよい!」

 あれ? 目的がアールネスを滅ぼす事から、私を倒す事に変わっている?
 別にいいけどさ。

「それは楽しみだな。一生、退屈しなさそうだ」

 私は言って、白色を込めた手刀でシュエットを叩き潰した。

「おのれーっ……」

 ぐじゅりと潰れ、そのまま地面へ溶け込むように消える感触が伝わってきた。

「あ、捕まえるんだったっけ。忘れてたよ。……でも、そんな体力残ってないや」

 ああ、体が重い……。
 座っているのも億劫だ。

 私は地面に寝転がる。

 少しだけ寝よう……。

 眠りに落ちるまでのわずかな間、私は先ほどまでの戦いを思い出す。
 口元が綻んだ。

 楽しかったなぁ。
 こんな戦い、きっとこれから先も体験できないんじゃないだろうか?

 そして思考は、次第に別の事へ移っていく。

 みんなの事が思い浮かんだ。

 ティグリス先生とマリノー。
 ルクスとイノス。
 王子とカナリオ。
 ムルシエラ先輩とコンチュエリ。
 そして……。

「アードラー……。アルディリア……」

 私は呟いて、眠りに落ちた。



 時間はどれだけ経ったかわからない。

 一夜は開けたのではないだろうか。

 だとしてもまだ、シュエットが目覚めて三日しか経っていないのか。

 私がシュエットに挑んで数時間か。
 それでも、その数時間はきっと彼らにとって長かったんだろうな。

 私が祭壇の間への瓦礫を弾き飛ばすと、祭壇の間ではみんなが待っていた。
 攻略対象達と悪役令嬢達だ。
 ヴォルフラムもそこにはいた。

 私の顔を見て喜ぶみんな。
 でも、特に強い喜びを見せたのは二人だった。

 アルディリアとアードラーが、私へ跳び込むように抱きついてきた。

 二人を支えきれず、私は仰向けに倒れる。

「クロエの馬鹿! 心配したんだから!」
「そうよ! 説教なんだから!」
「うん。ごめん。でも、ちゃんと戻ってきたんだからさ。ちょっとは手加減してね」

 私が笑顔で答えると、二人はその場で泣き出してしまった。

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